1996年9月30日/集英社
時代は14世紀、南北朝のころ。大陸は元王朝の末期。肥前のとある浜辺に一人の男(密使)が泳ぎ着く。済州島のナミノオオの使者で上松浦(かみまつら)党水軍に手を結ぼうと持ちかける。上松浦党の海嶺宮の傑出した養子・小四郎がこの物語の第一のヒーロー。小四郎は上松浦水軍から離れて別働隊をつくり、「波王」と呼ばれるようになる。ほかにも勇壮な戦士たちが登場して血湧き肉躍る。
波王のテーマは三度目の元寇を阻止して日本を守ること。南朝も北朝も日本の政権を物足りなく思っている波王であるが、元の来襲は自分たち海洋の民が抹殺されること。それを防がなければならぬ。
そのために元と高麗の二重支配から逃れたい済州島のナミノオオ水軍と提携。また、まぼろしの海の民、群一族とも連携し倭寇のネットワークをつくる。群一族が第一線に出て戦いをしたがらない民と描いた作者に脱帽の思い。彼らに食料供給など後方支援を担わせたところに作者の戦争観が鮮やか。波王水軍の繰り出す「胡蝶陣」「長蛇陣」なる戦いを華麗に苛酷に描きながら作者は兵站への意識が鋭い。兵站に目を向けるところに作者の緻密さがあり物語を分厚くしている。
また、歴史上の人物では、元を倒す反乱軍の朱元璋(1328~1398)と波王が連携させたことも物語を壮大にした。元寇のとき彼らの食料はどうなっていたのかという興味が湧いた。
ほとんどが虚だと思うのだが、密使が流れ着いた神集島(かしわじま)や、波王が女を抱いた瀬底島は実在の島であり、虚と実がないまぜになっていて楽しい。
北方謙三は硬派であり、筆致に無駄がなく心地よい。戦闘場面は息もできないほどで迫力に満ち、色恋の場面は簡潔でいい。
しばらく北方謙三を読もうかという気になった。