Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

インターテクスチュアリティのレベル

2009-05-06 02:06:29 | 文学
ロシア語の論文をようやく読み終えました。たったの10ページしかないのに、5日くらいかかりました。おいおい、こんなんじゃ埒があかないぞ。

ロシア・アヴァンギャルドの作家でヴヴェジェンスキーというのがいまして、彼の「イワーノフ家のクリスマス」(と訳されていますが、「イワノーフ」だと論文では指摘されています)におけるインターテクスチュアリティ、すなわち他の作品との相互関係みたいなものを論じた論文です。具体的には、チェーホフとの関わりを主に扱っています。

この論文は出だしがかなり変わっていて、ちょっとしたおふざけではないかとすら思ってしまうほどです。チェーホフ「ワーニャ伯父さん」に登場するソーニャは、幕が降りた後に片思いの相手であるアーストロフと結婚したと言うんですね。しかも、結婚してソーニャ・アーストロワになった彼女は、ヴヴェジェンスキー「クリスマス」に「亡命」して、ソーニャ・アストローワになってしまったと話を進めるんですね。「クリスマス」に登場する子どもたちの苗字は皆最後が「―オフ(オワ)」で終わるので(カッコ内は女性形)、ソーニャもアストローワ(アストロオワ)ですから語尾(?)が一緒のところに目をつけたんですね。さらにおもしろいことに、ソーニャの結婚相手アーストロフは自然を愛する堅物で、退屈な人間だから、ソーニャもやっぱり退屈してしまう、それで、彼女はその不満とストレスから色情狂になってしまうと言うわけです。だからこそ、彼女は「クリスマス」の中でその素行の悪さを理由に殺されてしまうのです。

ここまで読んで、この論文、大丈夫かなあと不安になりました。こんな勝手な想像というか連想だけで筆を進めてしまって、この先どうなるんだろう?ただ、この先は少しずつ真面目になってゆくようでした。やっぱり「クリスマス」の登場人物とチェーホフ劇の登場人物とを重ね合わせながら論述してゆくのですが、それなりに根拠のある想像で、両者の関係性というものが見えてきます。ここで重要なのは、インターテクスチュアリティの詩学というものが別に他の作品からの影響ということを問題にしていないということ。実際にヴヴェジェンスキーがチェーホフからインスピレーションを受けて、それでその登場人物を拝借したとか、そういうことは追究しないのです。読者の想像力によって両者の関係性が見えてくるという、その方が大事だからです。影響を巡る客観的な根拠はありません。

それから話題は不条理性になり、「クリスマス」における不条理っていうのは、チェーホフ劇の中に潜在していた不条理を炙り出したものだ、という結論になります。

チェーホフ以外にも、例えばイプセンとかを例に出すのですが、著者の最終的な意見として、様々な作品の関係の戯れは、時間の進み方の双方向性というものを表現している、ということになります。つまり過去から未来へと進むのみならず、未来から過去へも時間は進んでいると言うんですね。これっていうのはインターテクスチュアリティには付き物の概念で、まあブルームとかがそう主張しているのですが。ただ、ここで出すのはちょっと唐突のような気がしました。要は他の作品との連続性の内にある、ということを言いたいだけなんですから。さて、最後にこの論文の末尾の文句を引用しておきましょう。「これで終わりにしよう」