一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

脱亜入欧

2018年02月20日 | 社会


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“脱亜入欧”の時代もあったが、時代は“脱欧入亜”に限りなく近づいている

 福沢諭吉が自ら主宰する新聞「時事新報」において、論説で興亜論を展開したことになっているが、“入欧”については一言も触れていない。脱亜とも言っていない。丸山眞男は「日本で、「脱亜入欧」という成句が、あたかも福沢自身の造句であるかのように喧伝(けんでん)され、いなそれ以上に、福沢の全思想のキー・ワードとして、学界だけでなく、一般ジャーナリズムの世界にまで流通するようになったのは、きわめて最近の現象であり、たかだか一九五〇年代以後の傾向である。」だと言っている。

 その他の福沢諭吉の「脱亜入欧」言説研究に置いても、福沢諭吉の言葉とする“便宜主義者”が介在し、歪曲したと考えるのが妥当だ。当然右翼系論陣を張る何者かが、便宜的に使用し始めたのだろう。それを、マスメディアも都合よく使った。福沢諭吉にしてみれば、自分が言ってもいない「脱亜入欧」で日本がアジアから遠ざかったことを、不快に思っているに相違ない。右翼系陣営と経済界・米国には都合の良い勘違いだったことも事実だ。どちらかと言うと、諭吉は韓国を中心に「進出」を企てていた傾向があるくらいで、脱亜に至る経緯は見られない。

 まぁ筆者もキャッチコピーに「脱亜入欧」の裏返しで「脱欧入亜」を標榜しているのだから、便乗者の一人だともいえる(笑)。脱亜入欧が一般に強く喧伝されたのは1950~1960年あたりだと云う。正直筆者も騙されていたわけだ。「脱亜入欧」こんなことを真面目に語った福沢諭吉が、どうして一万円札の中で、デカイ顔をしているのか判らなかったが、今回概ね理解した。興味があるのは、1950年以降一般に使われだした点だろう。

 1950年以降の戦後史で目を引くのが1949の「ドイツ東西分断」、「北大西洋条約機構」、「中華人民共和国成立」。1950年の「中ソ友好同盟相互援助条約」、「朝鮮戦争」の勃発である。つまり、東西冷戦が始まった年と云うことだ。同時に、日本ではレッドパージの嵐が吹き荒れ、自衛隊の前身である警察予備隊が編成されている。

 ほう!成る程そう云う事なのか、とニオイとして納得した。たしか記憶によれば、吉田首相に対し米国は再軍備を命じたが、吉田は再び官僚及び軍部の台頭を招くとして、首を縦に振らなかった経緯があったはずだ。穿った見方をすると、「脱亜」は「脱社会主義」と云う意味合いの“すり替え成句”だった可能性がある。これぞ見事な“プロパガンダ四文字熟語”だ。一般的に福沢諭吉といえば「学問のすゝめ」を書いた国民人気抜群の啓蒙思想家であり、慶應義塾の創始者でもある。「脱亜入欧」を、国民からの絶大な支持を持つ偉人・福沢諭吉の言葉とすることは、絶対真実として通用すると、プロパガンダ用語化した人間達は考えたのだろう。

 今でも、ネトウヨ系人物のブログ等を覗くと「脱亜入欧」を標榜している部分に出くわす。そもそも、「脱亜入欧」等と云う言葉はなかったのだ。まぁ99%、東西冷戦のはじまりに合わせ急遽西側陣営によって作られた“スローガン”なのだろう。「脱亜入欧」なる四文字は「脱社会主義、入自由主義」と云うことなのだろう。しかし、「学問のすゝめ」諭吉の言葉にしてしまうとは、巧妙だ。おそらく日本の官僚がサジェストしたと考えるのが妥当だ。まぁこの件を深追いする寝られなくなるので、やめておく。

 ここまで調べて疲れ果ててしまった(笑)。しかし、政権交代時の鳩山由紀夫の“日本と価値観の異なる国に対して互いの立場を認め合いながら、共存共栄をしていく”と云う友愛外交に触れないのはフェアではないので、もう少し頑張ってみよう。鳩山はその中で、“自由民主党が推進して来た価値観外交に嫌悪感を表明し、 日本と価値観が異なる国家体制を尊重しながら、「友愛が導く国家目標」として「東アジア共同体」を創設し、アジア共通通貨”構想を語っている。筆者も鳩山の外交姿勢は大いに支持している。ダメだったのは、それを推進する政治力がゼロだった事である。

 特に「東アジア共同体」の構想は、その後の米国の暗躍を激化させた。鳩山・小沢追い落としが、米国配下の日本の既得権益勢が総出で、彼等に襲いかかった。この「東アジア共同体」の構想は、戦前からあった構想だし、中国も考えていたし、ASEANも色々と考えていた。ただ、構想の中身は我田引水な心根に基づくものだったし、アイディア程度の意味合いも強かった。しかし、鳩山の友愛外交を基盤とする東アジア共同体構想は、必ずしも我田引水ではなかったし、いやしくも日本の内閣総理大臣が所信で発言したことに意義がある。勿論、それ故に、つぶしに掛かる勢力の動きも急だったと云うことだ。

 ただ、どれほどアメリカがTPP等とチャチャを入れたとしても、アジアの時代が来ているのは確実で、動かしようもない。太平洋を隔てて“俺もアジアだ!”アメリカさんよ、それは無体だ(笑)。つまり、福沢諭吉の発言だと捏造してでも「脱亜入欧」を日本人に刷りこもうとしたアメリカである。鳩山の「東アジア共同体」や筆者が主張する「脱欧入亜」など死んでも認めるわけにはいかないのだろう(笑)。しかし、凋落の兆しは、力づくで何度押し返しても、足元にヒタヒタと波は押し寄せる。これは恐怖だろうね。世界最強の軍事力を持ち、地球を支配し、人類を支配できると思っていたのに、その栄華が滅びようとしているのだから、簡単には諦めないだろう。

 筆者などが考える「脱欧入亜」は鳩山の友愛などには程遠く、ただ現実を観察した結果のリアリズムだ。人類の人口分布図を眺め、生産に適する民族の分布を観察し、資本主義というものが、当分の間人類の主たるツールである限り、そこは何処かである。呆れる事実だが、アジアだけが突出して、その条件を満たしている。歴史的に俯瞰すれば、東西冷戦の次の時代はアジア(亜細亜)だったのだ。資本主義では“生産に適する民族の分布”は一大消費地であることも示すのだから、もう勝負ありである。グローバリズム経済を作ったアメリカが、そのグローバルの影響で窮地に追いやられる。自由と人権を標榜し国家を存立させているアメリカが、今度は「自由と人権」のブーメラン現象で、群れのように存在する小国諸国の権利主張に耳を傾けるポーズを取らざるを得ないと云う、更なる皮肉な現象にまで直面している。

 もう駄目だ、寝ます(笑)。何処か“尻切れトンボ”だが、賢明な皆様は、ご自分で補足しながら理解してくれるに相違ないと信じて、寝ることに。オヤスミナサイ!そうそう、朝の11時からはダルビッシュ君応援しないと~!