渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

コメダ

2020年08月01日 | open
 


外でヒンズースクワットをやって一汗
かいたので、涼を取りに久し
ぶりに
コメダに行った。
客は席を離れて座るようにしていた。


でけえ!うめえ!


オリジナルブレンドコーヒー追加。
これまたうめえ!
三原のコメダ、潰れないでずっとあって
欲しい。
 

畳表

2020年08月01日 | open


日本各地の試斬動画を観ていた刀術の
後輩が「なんか細くないすか?」と言う。
それはね、うちらが普段試斬稽古で使って
いるのは備後表の二重織で実質2枚だから
1枚巻きでもちょい太いのよ。
うちらのは半巻き〜2/3巻きで一般的な
畳表の1枚巻きだから。

畳表の巻き方にもいろいろある。
掛け軸のようにグルグル巻きにする真巻き
が一番蜜になり切り難い。
試刀や切断目的ではなく、手筋の稽古の
ためには一度二つ折りにしてから巻く等は
昔から試斬稽古では推奨されてきた。
私の周辺(鍛人会グループ)では真巻きなの
で、きつく巻くと切り台に畳表を刺した時
に上部がピョコンと飛び出して見栄えが
悪いことも多かった(笑)。

巻いてから水に浸けるか、浸けてから
巻くかはどちらでもよいのだが、後者の
ほうが水を吸って巻き畳表がミシュラン
のビバンダム君のようにはならないので
ビジュアル的には映える。
巻いてから水に浸けると、糸で絞めた
チャーシューみたいになったりもする。
我々は大抵は3時間乃至半日、長くとも
一晩浸けなのでさほど膨らまないが、
何日か漬けたりすると、驚く程にミシュ
ランになる。
昔の大会では、ダンプのベッセルにブルー
シートを張ってそこをプールにして大量の
巻き畳表を沈めて使用していた。
東京多摩動物園の道場ではそう。
会場に出した物は、やはりブルーシート
を道場の床に敷いてその上に大量に積んで
いた。
それでも、1日の稽古途中で乾くので、
バケツで水をかけていた。
道場の下の崖状のピロティーにはドラム
缶がいくつもあって、そこにも巻き畳表
が浸けられていた。
毎回、とんでもない大量の畳表を切った。
一人あたり50乃至70本位。70太刀では
ない。もう沢山、という位に切らせてく
れる。参加費は1500円。
それをずっと続けていた。
90年代初期には多摩での月例の稽古日以外
は、土日に有志で切り稽古を行ない、更に
個人的にも自宅で畳表を巻いて切ってい
た。研究のために。
もう、途方もない数を2年程で切り抜いた。

不思議なことに、私は最初からスパスパ
と切れた。
多分だが、きちんとした刀法を先生方から
仕込まれたからだと思う。
空気切りの形イアイだろうと、その普段の
切り方で畳表あたりは切れないと嘘だ。
私は何故か切れた。
本当のやり方を教えてくれて、それを普段
実行していたからだろう。

木刀での対人組太刀と、木刀での立木打ち
かなり剣技には役に立つ。
刀を振るのは力ではない。「冴え」だ。


畳表はイグサ科のイグサの織物、藁とはイネ科植物の茎

2020年08月01日 | open

(二重織の備後表の2枚巻き=実質4枚巻き
に相当する畳表を真巻きにしての試斬)

畳表はイグサ編みの織物であり、藁とは
関係ない。植物的にも名称も。
畳表巻きのことを巻藁などと呼ぶのは、
タイヤのことをハンドルと呼ぶのと同じ。
鹿を見て馬だ馬だと言ってるような連中
が自称武術家の中にはごちゃまんといる。
大抵はデタラメなノウハウややり口を動画
で広めようとしていたりする。

畳表は畳の表面に張るイグサ織の事だ。
畳表を切っていながら藁切りナントカとか
あんまし笑わさないで貰いたい。
馬鹿は休み休み言え、と。
へえ、今時巻藁を切るのか、珍しいね、
藁集めるの大変だったろうなあ、とか思っ
て素直な気持ちで観たら、畳表のことを
藁だ藁だと言っていた。しかも変な切り
方で。時に青龍刀みたいな変な刃物使って
ドヤ顔で。
文字通り馬鹿馬鹿しくて、観たらあかん
やつやった。
町井先生やマンダム斎先生が指摘するまで
もなく、パチというのは一から十まで全部
パチなんだなあと社会勉強になった。
タイヤ握って車の運転してます、か。
もうね、最初から変すぎる。

畳表巻き。このイグサの織物は藁で作った
畳の表に張る日本固有化的品物だ。
日本人ならば、きちんと畳表のことは畳表
もしくはオモテと呼べ。それせずして日本
文化の代表面するな。
とことんパチだなあ。


ちなみに、地球の歴史上、巻藁の代用品と
して畳表巻きを考案したのは、斬鉄剣小林
康宏刀の試刀家(テスター)の小幡氏だ。
彼こそが起点でありモノノハジメだ。
私が真剣刀法を開始した平成元年頃は、
畳表の事をマキワラなどと呼ぶ理解力が
幼稚な人たちは真剣日本刀使用者にはいな
かった。どこにもそれは見られなかった。
しかし、1990年代後半あたりから、イグサ
のことをワラと呼ぶ無知な者が出始めた。
藁は遠くなりにけりが始まった頃だ。
90年代中期までは、私や師匠が大会のエキ
シビジョンで試斬を会場で披露する際にも
まだ本物の巻藁が使われることもあった
が、だんだんと80年代に発案された畳表
が主流となって来ていた。
それは小幡氏が着目したように、近年藁が
入手しにくくなった事と、切りガラを片付
け易い事から、畳表巻きが巻き藁に取って
代る時代の狭間が90年代中期だったのだ。

しかし、今でも四半世紀前に発生した馬鹿
の馬鹿呼びによって、ハンドルをタイヤと
呼んでドヤ顔でいる意味不明な族が多く
はびこっている。今でも。
嘘を広めるのはよくない。
畳表巻きのことを巻藁などと呼んでいるの
は、その時点で識別力と認知力がゼロの
ニセモノ自称武術家であることを自ら露見
させているようなものだ。
正しい日本の歴史を知らなすぎる。
まあ、その質性というかクセは捏造パチ屋
に多いのだが。
あ、と気づけばその時点からピシャリと
襟元正して自戒して改めればよいだけの
ことだ。
しかし、それをやらない勇気のない言い訳
続けや開き直りを繰り返す自分に大甘の
連中が今の刀振りには多すぎる。
心に脇差を持っていない。自分に刃を向け
る脇差を。それは武士ではない。
武士ではない者たちが不見識で区別も識別
もできない、しようとしないまま、デタラメ
なことをやってこれが日本の伝統武芸です、
みたいに振る舞っている。
たわけた事をやるでない。

刀はカタナであり、銃ではない。
幼児でも判ることだ。
日本蕎麦はうどんではない。
畳表のことは畳表と呼べ。日本人である
ならば。
区別も識別もない不見識を以って日本の
伝統武技をやってるかのように装うパチ
は、そろそろやめよ。

広島電鉄

2020年08月01日 | open





なかなかやるね。広島電鉄。