
私の生まれた京都市左京区下鴨の近くに
「松竹下加茂撮影所」がありました。
バス通りから細い道を歩いていくと,撮影所の横にでます。
大きなトランスを乗せた電柱が
「ウィーン」
と鳴っています。
撮影所のセットで照明に大量の電気を
使っているからでしょう

白黒映画時代、撮影所で撮影されたされたネガ・フィルムは
その撮影所で現像していたようです。
京都下鴨の「松竹下加茂撮影所」では現像場がありました。
下加茂撮影所の門を入った右側の大きな窓のある部屋に
濡れた長いフィルムが巻かれた大きなラックが
廻っているのが見えました。
白黒映画のネガ・フィルムの現像は,
多少、現像主薬の分量がアレンジされてもDー76でした。
この処方は映画フィルム処理用に考えられたものでした。

いつからか、白黒フィルムの現像処理は
東洋現像所で行うようになりました。
京都、太泰の松竹,東映,大映が、
ここで現像処理をしていました。
… … …
京都太泰のはずれ,国鉄・山陰線、
花園駅(JR山陰線・花園駅)の
踏切を渡ったところにありました。
この東洋現像所には,映写室がありました。
ここでラッシュプリントや初号プリントの
試写ができます。
東洋現像所は東西にあります。

イーストマンカラーは,カラーフィルムですから、
白黒の設備では処理できません。
京都の太泰・大映で撮影された『地獄門』のカラーネガフィルムは,
東洋現像所東京五反田で処理されました。
… … …
映画機材やフィルムなどを扱っていた大沢商会が
京都三条河原町と三条小橋の間の北側,
いまの明治屋の近所にありました。
大沢商会の社員が、緊急の撮影済みネガ・フィルムを
東京に運んだこともありました。
… … …
やがて花園の東洋現像所でもカラー作品の
現像が出来るようになります。
東洋現像所の社名はイマジカになります。
