初心者の老人です

75才になって初めてVISTAを始めました。

女優さんの卵?

2018年07月23日 22時40分29秒 | Weblog


四条大宮発の嵐電(らんでん)が

朝のラッシュアワーで

太秦(うずまさ)駅、帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅

まで、カツドウ屋でほぼ満員になる話を

もう少し…






嵐電車両には東映、大映、松竹の

それぞれどこのカツドウ屋さんはわかりませんが

電車内で一目見るだけで身体から

カツドウ屋の雰囲気があふれています

当時は、職業による雰囲気が

なんとなく感じられましたが

最近の勤め人は、その人がどんな職業か

サッパリ感じられなくなってしまいました





嵐電車内のカツドウ屋さんにまじって

女優さんの卵というか、撮影所の

俳優部に所属する若い女の子が乗っています

その若い女優さんの卵?のなかには

スタイルも良く、なかなか可愛らしい女の子が

います。

こんな可愛い魅力的な女の子がどうして

売れないのかと思ったことが度々ありました…

… … …

添付写真は、太秦撮影所の時代劇の

オープン・セットです…










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撮影所への通勤電車、嵐電

2018年07月22日 22時10分34秒 | Weblog


私が撮影所へ通い始めた頃は

まだ、テレビの影響は受けていません

京都四条大宮駅発の嵐電(らんでん)は

撮影所への通勤電車でした…

嵐電とは四条大宮発→嵐山行き、

京福電鉄(けいふく)の通称です








嵐電(らんでん)の太秦(うずまさ)駅では

東映、第2東映、大映撮影所の映画人が

ドッと下車していました。

次の帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅では

松竹のカツドウ屋さんが大勢下ります





映画関係者を普通、映画人といっていましたが

身内ではお互いをカツドウ屋と呼んでいました

映画は最初、サイレント映画(無声)でスタート

しました。そして映画のことを活動写真と

呼ばれていました。活動写真に携わる人を

カツドウ屋と呼ばれていました





撮影所は三社とも京都郊外にありました

毎朝の京都の勤め人は郊外から京都市内に

集まってきますから、撮影所に通うカツドウ屋さんは

それに逆行して郊外の撮影所に向かうことになります

四条大宮発の嵐電車内は、カツドウ屋さんで一杯でした








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時代劇セットの思い出

2018年07月21日 22時54分25秒 | Weblog


撮影所のスタジオで

時代劇セットへ朝8時過ぎに

入ります。

午前9時から撮影が始まります

大名屋敷の廊下、居室が照明に

照らされて準備が整います

やがて、日本髪を結った和服姿の

女優さん、侍役で裃(かみしも)姿の

男優さんが揃って演技が始まります






昼休みを挟んで朝から夕方まで

時代劇のセットで時代劇姿の俳優さんらと

仕事をしていると、現代から江戸時代に

タイムスリップした気分になりました。






仕事が終わって、太秦駅から嵐電(らんでん)で

四条大宮へ帰ってきて、四条河原町木屋町筋の

いきつけのニッカバーでハイボールを飲みながら

音楽を聞いていると、やっと現代に戻ってきた

ように感じていました…


… … …

私が撮影所に入社した最初のころの思い出です…











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下鴨神社の思い出

2018年07月20日 22時53分39秒 | Weblog


私は下鴨神社の西側

下河原町で生まれました

そして、神社の北側

左京区松ノ木町の

マクリン幼稚園へ通って

いました。






当時は、いまのように

グループで通園することもなく

一人で神社の横を通っていきました

幼稚園の帰りに下鴨神社を通ると

晴れた空から「ピーヒョロヒョロ…」と

鳶の鳴き声がのんびりと聞こえていました



下鴨神社の広い境内、糺の森、河合神社

あたり、草ぼうぼうの馬場などが

私の遊び場でした。

戦後、満州から引き揚げてきて、

京都へ落ち着いたところは今度は

糺の森の東側だったので、私にとって

下鴨神社は縁があるのでしよう…



下鴨神社が世界遺産登録されてから

訪れたことがありましたが

境内がすっかり綺麗に整理されて

なんとなく、よそよそしく私には

昔の雰囲気が懐かしく感じました

私の通ったマクリン幼稚園は

いまも健在です…












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テレビ映画「長七郎江戸日記」

2018年07月19日 22時15分58秒 | Weblog



サンテレビ(神戸)の昼間再々放映されて

いた「暴れん坊将軍」が終わりました

続いて東映時代劇テレビ映画

「長七郎江戸日記」(ちょうしちろうえどにっき)

の再放映が始まりました…





主演は里見浩太朗、そして高品格、火野正平

女優さんに野川由美子、それに謎のある設定の役に

歌手の三田明(みたあきら)で彼は、

渋い演技を見せています




連続物のテレビ映画は毎週、一回の放映ですから

1年で53回になります…

そのテレビ映画の再放映では月~金の毎日

放映されますから、1年分が二ヶ月ぐらいで

放映されてしまいます。



「長七郎江戸日記」の制作放映は1983年

でしたから、約35年前の作品です…

この作品はセットとオープンセットの撮影が

主ですが、ここ3、4篇になんと、下鴨神社の

糺の森、馬場、摂社河合神社の塀外の藪などが

立ち回り場面に使われていました。









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木津川流れ橋

2018年07月18日 22時29分50秒 | Weblog


時代劇映画のロケーションに

不自由しないのが京都です

昨日の嵐山・保津川下りは

太秦(うずまさ)の撮影所から

近くでした…





時代劇映画に打って付けの場所が

撮影所から東の方角にあります。

京都府八幡市の木津川流れ橋です

木津川に架かる流れ橋は手摺がなく

木津川が増水すると、橋桁が流れます

橋桁にはロープがつながれていて

川が落ち着くとロープをたぐり寄せて

橋を直します…




テレビ時代劇映画「暴れん坊将軍Ⅳ」の

第8話「人情!め組の成金騒動」で

事件が解決した一家をめ組の連中が送り出す

場面に使われていました…

劇場用時代劇映画、テレビ時代劇ドラマでも

よく使われています

私もテレビ取材で行ったことがあります。

最近、ロングに高速道路が開通して、

カメラアンクル的に少し不自由になったようです













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保津峡へロケーション

2018年07月17日 22時49分32秒 | Weblog


先日の豪雨で危険水位に達した

桂川のニュースがありました

桂川は京都嵐山を流れる

保津川(ほづがわ)の下流の名称です





保津川は、四季を通じて上流の亀岡(かめおか)から

嵐山への保津川下りで人気があります

緩やかな流れ、急流などスリルに富んだ川下りです

この保津川下りは時代劇映画でよく使われます

劇映画で、天竜下りとして使われたこともありました。





JR山陰線、保津峡駅の近くに、愛宕山からの

清滝川と合流する落合(おちあい)があります

この落合には山道の崖から保津川が見える

絶好の場所があります。

昼間の光線状態がいいのか、

劇場用時代劇映画で

各撮影所がよく使っていました






テレビ映画「暴れん坊将軍」でも

事件の生き証人を悪侍が崖から突き落とす

場面などに、なんども使われていました

画面では、京都市内からかなり遠方の

ように写りますが、撮影所から意外と近いの

です








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時代劇のロケーションは

2018年07月16日 22時40分00秒 | Weblog


震災後、関西で再建した撮影所は

京都市内に点在する神社仏閣を

活用して、時代劇を主に制作

するようになったのでしょう…





太秦(うずまさ)から近くに

嵐山があります。天竜寺の境内、

鳥居本、保津峡、落合、亀岡

釈迦堂、大覚寺と大沢池、広沢池

などロケーションによく使われました






撮影所の近くに御室(おむろ)の仁和寺(にんなじ)が

あります。広い境内や五重塔のある風景も時代劇によく

使われました

仁和寺は春の桜と秋の紅葉の時期には観光客が

大勢押し寄せます…

また、大手電気機器メーカー「オムロン」の

創業地で地名の御室(おむろ)にちなんで…







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映画撮影所と関東大震災

2018年07月15日 22時14分12秒 | Weblog



テレビ時代劇映画は京都太秦(うずまさ)の

撮影所で、作られます…

太秦の撮影所にはには東映、松竹、大映の

三社がそれぞれ

劇場用時代劇映画を主に制作していました

それに対して関東の撮影所は

東宝、新東宝、東映、松竹大船、大映(多摩川)、日活、などで

主に劇場用現代劇映画を制作していました…






劇場用時代劇映画を制作していた

太秦の撮影所などはテレビ時代劇映画を

制作するようになりました

撮影所を取り巻くように古寺名刹が

数多くあります。

テレビ時代劇映画のロケ撮影は

日帰りで処理できます






映画(活動写真)は初め

東京で始まったようです

そして、関東大震災によって

東京とともに、撮影所も

壊滅して、関西に撮影所を

移したようです…









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下鴨神社「糺の森」

2018年07月13日 22時04分10秒 | Weblog


テレビ時代劇映画「暴れん坊将軍」は

京都市太秦(うずまさ)の東映撮影所で

制作されました…

時代劇のロケーションには市内の神社仏閣が

よく使われました

昨日の上賀茂神社の御手洗川がロケによく使われましたが

上賀茂神社よりいくらか撮影所に近い神社に

下鴨神社(しもがも)があります。

上賀茂神社と下鴨神社の両方を総称して

「賀茂神社」と呼んで、この二社で催す

「葵祭」が有名です…






「下鴨神社」の広大な境内に、「糺の森(ただすのもり)」が

あって、「暴れん坊将軍」で徳田新之助(松平健)の立ち回りに

よく使われました。この糺の森は市内から近場にあるので

劇場時代劇映画のロケでもよく使われます。

おなじくテレビ映画「必殺仕掛け人」でもよく使われました






私はこの下鴨神社の西側で生まれました。そして

父親の仕事の関係で小学校三年生のとき、満州新京(長春)へ…

敗戦後、満州から引き揚げてきて、しばらくして

下鴨神社の東側の泉川町へ帰ってきました

毎夜、真っ暗な下鴨神社の糺の森を横切って

銭湯へ通った思い出があります…









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