ここ広州は人口1200万人で、東京とほぼ同じ
自動車の生産が集中する “東洋のデトロイト” とも呼ばれる所だ
歴史的には最古の記述から2222年と、由緒ある地らしい
(最古の歴史から現代までの中間が抜けているようだが、まあいいでしょう)
その広州に伝わる、全中国的にも有名(らしい)伝説が
五羊(ウーヤンと読む)伝説
それは
その昔、この地の人たちは海や川から獲れる魚を主食としていた
しかしあるとき、天候が荒れて漁に出られず、食べるものがなくなり存亡の危機にあった
それを見かねた天の仙人5人が、口に稲穂をくわえた5匹の羊を連れてこの地に降りた
その仙人達は、広州の人々に米を耕作する技術を教えてくれたそうだ
おかげで広州の人々は天候の悪化に左右されず、安定して米を食することができるようになった
それを見届けて仙人達は、空に帰っていったらしい
5匹の羊を残して
これが “ウーヤン伝説”
広州市内の越秀公園内には、新しいものではあるけれど5羊の石像が建てられていた
真ん中の羊が稲穂を咥えているのが、見えるでしょうか?
その近くには、こんなレリーフもあった
住民に稲穂を与える仙人
収穫を喜ぶ人々と、それを祝福する天女達
雰囲気はよく表現されているけど
あくまでも史跡ではなく、 5~6年前に作られたものです
自動車の生産が集中する “東洋のデトロイト” とも呼ばれる所だ
歴史的には最古の記述から2222年と、由緒ある地らしい
(最古の歴史から現代までの中間が抜けているようだが、まあいいでしょう)
その広州に伝わる、全中国的にも有名(らしい)伝説が
五羊(ウーヤンと読む)伝説
それは
その昔、この地の人たちは海や川から獲れる魚を主食としていた
しかしあるとき、天候が荒れて漁に出られず、食べるものがなくなり存亡の危機にあった
それを見かねた天の仙人5人が、口に稲穂をくわえた5匹の羊を連れてこの地に降りた
その仙人達は、広州の人々に米を耕作する技術を教えてくれたそうだ
おかげで広州の人々は天候の悪化に左右されず、安定して米を食することができるようになった
それを見届けて仙人達は、空に帰っていったらしい
5匹の羊を残して
これが “ウーヤン伝説”
広州市内の越秀公園内には、新しいものではあるけれど5羊の石像が建てられていた
真ん中の羊が稲穂を咥えているのが、見えるでしょうか?
その近くには、こんなレリーフもあった
住民に稲穂を与える仙人
収穫を喜ぶ人々と、それを祝福する天女達
雰囲気はよく表現されているけど
あくまでも史跡ではなく、 5~6年前に作られたものです
上海でだけど・・・
が…
羊と山羊はしっかり区別しないらしいですよ…
そして、羊の類は食べないかもとも…
ちょっと目からうろこな話でした
よく考えたら、中華で羊料理って私は聞いたことないかもしれません
広州で未だにありがたい動物かどうかは聞き逃したけど、
少なくともヤギ料理はまだ食べてないな
今日からNoriは上海に来ています
モニュメントがヤギに見えるのは私だけでしょうか…??( ̄□ ̄;)
(立派過ぎる角のせい??)
でも考えてみれば、ヤギって「山羊」なんですよねぇ…
そういえば!
豊饒の仙人の使いならば、もしかして広州では現代でも羊はありがたい動物なんでしょうか??