北条小源太 十二
「左様でござったか。天皇も帰依し日本一の名刹といわれる叡山でも
そのような所なのかのう・・」
小源太が言ったとき、三郎の妻女かねが酒肴を用意して座敷に入って
きた。
「御前様、急なことで何もできませんが、どうぞお召し上がりくださ
い。」
と言ってかねは、小源太の差し出す盃になみなみと酒をついだ。
「これは奥方かたじけない。」
小源太は盃を押し頂き、口に持ってくると味わうように酒を口の中に
含んだ。なんとも言えぬよい匂いが口中に広がった。
「うむ、これはよい酒じゃ。」 彼はさも旨そうに飲み込んだ。
「ところで大学どの、近頃の京の様子はどうかの。さびれているとい
う噂だが」
「はい、との私も自分の目で見たわけではありませんが、承久三年の
変で朝廷方が義時公に亡ぼされてからは、火が消えたような淋しさだ
と聞いております。」
「やはりそうか。」
「街道も鎌倉に来る道は、人や馬で賑わっているそうですが、京には
行き来する人も少なくなり、商家もやっていけなくて閉めたところも
多いようです。それに比べて鎌倉の繁盛ぶりは、京の人が見て驚くほ
どのものだそうです。
江ノ島の辺りには大船が並んで錨を降ろし、鎌倉にむかう街道や川の
渡し場は、人や馬であふれていると申しますから。」
続く