法華経の行者 十三
「お女中しっかりしなさい。これお女中 ..」
彦四郎は叫びながら女の両ほほを手で叩いた。女は、ハッと気がつき
目をあけたが、その目は恐怖におびえていた。
泣きはててもう涙も枯れたのか大きく開いたうつろな目に、恥らうよ
うな激しい感情が走ったようだ。のぞき込んでいた彦四郎が驚いて大
声を出した。
「そなたは梅どのではないか、梅どの、わしじゃぁ、覚えていないか
斉藤彦四郎じゃ。」
と言って女の肩を激しくゆすった。女の目から大粒の涙がひとすじ
頬を流れた。
「恥ずかしい姿をお目にかけて相すみません。」
消え入るような声だ。そのまま女は目もあけられず泣き伏してしまっ
た。
「彦四郎、知っているお女中か、」と小源太が訊いた。
「はい、との、亡くなった小岩六助の妻女で梅どのです。」
「なに、あの小岩の女房がどうして..」
「深い事情はわかりませんが、小岩どのの妻女はもう十年以上前、娘
御のりょうさんを残したまま家を出て行方が知れなくなっていたので
す。」
と彦四郎は応えた。
続く