『隣接界』 クリストファー・プリースト (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
『奇術師』や『双生児』でおなじみのプリーストの新作。
この人の作品は、まさに気持ちよく騙されることが多いので、それを期待して読んだのだけれど、なんとなく肩透かしを食らってしまった感じ。
これまでの作品のモチーフがちりばめられ、一部の登場人物も再出演するので、プリーストの集大成というか、オールキャストの特別版といった感じ。プリーストの過去の作品を知っているならば、ニヤニヤしながら読める。そういう意味では、初心者向けというより、プリーストの作品を読み切った人が最後に読むべき本かもしれない。
しかしながら、モチーフの使い方があまりに露骨で、プリーストおたくが書いた二次創作のようなうさん臭さも感じる。なんだろう、この感じ。
メインとなるストーリーの舞台は、イスラム勢力によって政治的に支配されたイギリス。世界は異常気象と戦火による混乱の最中にある。そんな世界の中で、主人公のカメラマンは謎の消失現象に巻き込まれる。これは兵器による攻撃なのか、事故なのか。はたまた、ただの悪夢なのか。
そして、そのメインストーリーの合間に、第一次世界大戦で航空機を消す方法の研究を依頼された奇術師、第二次世界大戦でポーランドから亡命してきた女性パイロットのエピソードなどが挟まれる。
それらのエピソードは、さらにあの《夢幻諸島(アーキペラゴ)》へと繋がっていく。
テーマは明らかにいわゆる“並行世界”であり、物理学的な裏付けっぽいエピソードも出てくるが、おそらくうさん臭いのはこのあたり。
プリーストの作風は、ファンタジーともSFともつかない、科学的ではなくても論理的ではあるような、そんな危ういバランスで成り立っている。そこを、SF寄りに説明しようとして失敗したような、そんな感じを受ける。
アーキペラゴのプラチョウスに舞台が移ってからも、それぞれのエピソードは微妙にずれていて、ねじれている。そもそも《夢幻諸島》とは“そういうもの”だと理解していたけれども、それを「隣接界」として説明されてしまうと、なんだか途端に色褪せてしまった感じがして、なんだかせつない。
プリーストが描きたかったものは、第一次世界大戦、第二次世界大戦のエピソードが出てきて、さらにイスラムに支配されたイギリスが舞台であり、それをもうひとつの有り得る現実としての「隣接界」として描くことによる効果として、これはもう明らかであると思う。
しかしながら、それはプリーストらしからぬ直球すぎて、誰かがプリーストを騙って書いたのではないかという印象を受けてしまった。
さらに言うと、メインストーリーにおける幾多の謎は解明されないまま放り出されているのも不満だし、《夢幻諸島》が冥府下りの類型の舞台のように使われてるところも不満。こういう舞台設定なのであれば、あなたの愛した人は並行世界の別人、ぐらいな意地悪な世界であっても良かったのではないかという気がしてならない。