『きょうも上天気』 浅倉久志・訳 (角川文庫)
浅倉久志の訳した作品を集めたSF短編傑作選。タイトルでは明確にうたってはいないが、2010年2月に亡くなられた浅倉久志さんの追悼作品集。
ほとんどの作品が既読なんだけれども、何度読んでもすばらしいと思う作品ばかり。
浅倉さんは、あまりに訳作品が多いため、同一人名義で同じ雑誌に複数の作品が載ると人材不足とか、穴埋めとか思われるのではないかと恐れ、複数のペンネームを使い分けていたという。この短編集では、それらの別名義訳も浅倉久志訳として明記されている。ここから新しい発見をする人もいるんじゃないかな。
ベストSF選集というと、ひとりの訳者で固まるということはめったにない。しかし、ひとりでベストSF、それも、浅倉SFベストではなく、オールタイムSFベストが組めてしまうというのは、浅倉さんならではなのだろう。そういった意味では、商業戦略的にタイトルから浅倉さんの名前が消えてしまっているのは、良かったのか悪かったのか。
しかも、この選集ではビッグネームばかりではなく、SFファンにすらほとんど名前の知られていない作家の作品も収録されている。浅倉さんの、海外SFの紹介者としての功績というのも大きなものがあったのだと思い知る。
SFファンにとっては浅倉SFベスト選集。一般読者にとってはオールタイムSFベスト選集。というところなのだろう。
「オメラスから歩み去る人々」 アーシュラ・K・ル・グィン
のっけからこの作品である。これを初めて読んだときの衝撃は忘れられない。果たして、この街は本当に架空の思考実験として割り切ってしまっていいのだろうか。そして、思考実験としてみた場合にも、自分はこの街にとどまるだろうか、それとも、歩み去ることができるだろうか。
「コーラルDの雲の彫刻師」 J・G・バラード
雲を彫刻にするという情景の美しさと、そのモチーフのギャップに耽美的な魅力を感じざるをえない名作。ただ、彼らの心情を理解できるかといわれると、あんまり共感しない。
「ひる」 ロバート・シェクリイ
“ひる”は昼ではなくて蛭。軍人のバカっぽさが際立つブラックコメディ。宇宙からの侵略者というか、お荷物をなんとかしようとする人々の右往左往は、物騒なことをやってる割になんとなく長閑な感じがする。そのあたりが浅倉節なのかもしれない。
「きょうも上天気」 ジェローム・ビクスビイ
どこかにも、あの子供の機嫌を損ねるなっていう国があるよね。異次元に消えてくれればいいのに。だれか、命を賭けて、この子供をぶったたけよ。
「ロト」 ウォード・ムーア
これもブラックコメディだよな。アメリカには、大災害や大戦争が起きても生き延びられるように準備しているサバイバリストが多いらしいけど、彼らはサバイバリスト同士で結婚してるんだろうか。そうじゃなかったら、こうなるという見本。読んでて奥さんの言動にイライラしっぱなしだったので、自分もサバイバリストの気質があるのかもね。でも災害袋すら準備してませんが。
「時は金」 マック・レナルズ
アイディアは単純ながら、なぜそんなことをしているのかというHowの設定にまでに、典型的なタイムパラドックスを持ち込むという教科書的な作品。いやほんと、まさしく教科書。
「空飛ぶヴォルプラ」 ワイマン・グイン
この結末に感動しない人はSFファンじゃない。「あかつき」くんが金星ちゃんの手をつかめていたら、ヴォルプラたちに出会えていたかもしれないね。
「明日も明日もその明日も」 カート・ヴォネガット
今この2011年に読むと、また格別な味の出る作品だ。これはもしかして今の日本を予言していたのか!
この作品とは外れるかもしれないが、支えている人は支えられている人への敬意を、支えられている人は支えている人への感謝を忘れてはいけないと思うんですよ。特に、支えられている人はそれを当然と思ってしまってはいけないと思う。
「時間飛行士へのささやかな贈り物」 フィリップ・K・ディック
うーん、これって何度読んでも意味がわからんのよね。意外とディック作品の中でも人気があるみたいだけど。
あ、もしかして、閉じていない輪の中で踏ん切りが付かずにループってる男達という設定なのか?
しかし、表紙の女の子は見るからにヤマトの戦闘班、だよな……。
浅倉久志の訳した作品を集めたSF短編傑作選。タイトルでは明確にうたってはいないが、2010年2月に亡くなられた浅倉久志さんの追悼作品集。
ほとんどの作品が既読なんだけれども、何度読んでもすばらしいと思う作品ばかり。
浅倉さんは、あまりに訳作品が多いため、同一人名義で同じ雑誌に複数の作品が載ると人材不足とか、穴埋めとか思われるのではないかと恐れ、複数のペンネームを使い分けていたという。この短編集では、それらの別名義訳も浅倉久志訳として明記されている。ここから新しい発見をする人もいるんじゃないかな。
ベストSF選集というと、ひとりの訳者で固まるということはめったにない。しかし、ひとりでベストSF、それも、浅倉SFベストではなく、オールタイムSFベストが組めてしまうというのは、浅倉さんならではなのだろう。そういった意味では、商業戦略的にタイトルから浅倉さんの名前が消えてしまっているのは、良かったのか悪かったのか。
しかも、この選集ではビッグネームばかりではなく、SFファンにすらほとんど名前の知られていない作家の作品も収録されている。浅倉さんの、海外SFの紹介者としての功績というのも大きなものがあったのだと思い知る。
SFファンにとっては浅倉SFベスト選集。一般読者にとってはオールタイムSFベスト選集。というところなのだろう。
「オメラスから歩み去る人々」 アーシュラ・K・ル・グィン
のっけからこの作品である。これを初めて読んだときの衝撃は忘れられない。果たして、この街は本当に架空の思考実験として割り切ってしまっていいのだろうか。そして、思考実験としてみた場合にも、自分はこの街にとどまるだろうか、それとも、歩み去ることができるだろうか。
「コーラルDの雲の彫刻師」 J・G・バラード
雲を彫刻にするという情景の美しさと、そのモチーフのギャップに耽美的な魅力を感じざるをえない名作。ただ、彼らの心情を理解できるかといわれると、あんまり共感しない。
「ひる」 ロバート・シェクリイ
“ひる”は昼ではなくて蛭。軍人のバカっぽさが際立つブラックコメディ。宇宙からの侵略者というか、お荷物をなんとかしようとする人々の右往左往は、物騒なことをやってる割になんとなく長閑な感じがする。そのあたりが浅倉節なのかもしれない。
「きょうも上天気」 ジェローム・ビクスビイ
どこかにも、あの子供の機嫌を損ねるなっていう国があるよね。異次元に消えてくれればいいのに。だれか、命を賭けて、この子供をぶったたけよ。
「ロト」 ウォード・ムーア
これもブラックコメディだよな。アメリカには、大災害や大戦争が起きても生き延びられるように準備しているサバイバリストが多いらしいけど、彼らはサバイバリスト同士で結婚してるんだろうか。そうじゃなかったら、こうなるという見本。読んでて奥さんの言動にイライラしっぱなしだったので、自分もサバイバリストの気質があるのかもね。でも災害袋すら準備してませんが。
「時は金」 マック・レナルズ
アイディアは単純ながら、なぜそんなことをしているのかというHowの設定にまでに、典型的なタイムパラドックスを持ち込むという教科書的な作品。いやほんと、まさしく教科書。
「空飛ぶヴォルプラ」 ワイマン・グイン
この結末に感動しない人はSFファンじゃない。「あかつき」くんが金星ちゃんの手をつかめていたら、ヴォルプラたちに出会えていたかもしれないね。
「明日も明日もその明日も」 カート・ヴォネガット
今この2011年に読むと、また格別な味の出る作品だ。これはもしかして今の日本を予言していたのか!
この作品とは外れるかもしれないが、支えている人は支えられている人への敬意を、支えられている人は支えている人への感謝を忘れてはいけないと思うんですよ。特に、支えられている人はそれを当然と思ってしまってはいけないと思う。
「時間飛行士へのささやかな贈り物」 フィリップ・K・ディック
うーん、これって何度読んでも意味がわからんのよね。意外とディック作品の中でも人気があるみたいだけど。
あ、もしかして、閉じていない輪の中で踏ん切りが付かずにループってる男達という設定なのか?
しかし、表紙の女の子は見るからにヤマトの戦闘班、だよな……。