神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] PSYCHO-PASS GENESIS 3,4

2017-11-08 19:54:45 | SF

『PSYCHO-PASS GENESIS 3』 吉上亮 (ハヤカワ文庫 JA)

『PSYCHO-PASS GENESIS 4』 吉上亮 (ハヤカワ文庫 JA)

 
 
すっかり今さらながら、積読消化。やっぱり、こういうのは熱いうちに読まないといかんな。

『PSYCHO-PASS GENESIS』は、1、2が征陸智己篇とするならば、3、4は禾生壌宗篇とでも言うべきか。禾生壌宗のモノローグで始まり、主人公が免罪体質を疑われるのであれば、もう結末は決まっているようなもの。ハッピーエンドで終わることの無い運命。

〈シビュラシステム〉の黎明期。初期型の〈ドミネーター〉。そして、〈ノナタワー落成式襲撃事件〉の真相。前日譚という性格上、予定調和に終わることは仕方がない。それでも、アニメ本篇のキーワードを丹念に拾って世界を構築するというのはなかなかできることではない。そこは尊敬に値する。

ふたりの主人公、滄と茉莉の百合めいた関係も、その壮絶なる人生も、PSYCHO-PASSという舞台の上で踊るには充分に美しく、哀しく。そして、ふたりの物語が迎えた結末が、アニメ本篇のセリフに重層的な意味を持たせることになるとは。アニメのスピンオフ・ノベルとしてはとてもよくできた作品だった。

一方で、いろいろモヤモヤした部分は残る。

何と言っても、共感できる登場人物が一人もいないという異常さ。滄と茉莉はもちろん、唐之杜兄弟にしろ、野芽も、泉宮司も、もちろんアブラム・ベッカムにも、まったく共感できない。完全なる傍観者として、常軌を逸脱した登場人物たちの行動を見届けたという読後感。彼らと比較すると、アニメの槙島の方がまだ理解できたような気がする。

そして、あとがきにおける著者の結論「無数の人の営みによって構成される社会それ自体に、善も悪も無い」。それは命題として正しいとしても、ここに描き出された物語は、そんな風に片付けられるべきものだっただろうか。

おそらく、アブラム・ベッカムは正しい。社会のために個人が犠牲となるシステムはおかしい。しかし、それを打倒するために個人が犠牲となるのはもっとおかしい。

瑛俊のように、社会を守るために自ら犠牲になるのは確かに美しい。しかし、社会を成立させるためのシステムが個人の犠牲を必然とすることは、また話が違う。

登場人物の主張はどれも、一見正しいようで、ちぐはぐだ。まるで、本心を隠して建前を述べているような。あるいは、自分自身を屁理屈で騙しているような。

日本という楽園を守るためにすべての不条理を押し付けられた国外の様相も極端すぎて現実味が無いし、〈シビュラ〉の出自にしたって何かが解明されたわけでもないし、突っ込みどころを探せばイライラとモヤモヤがつのるだけだ。

この方向でPSYCHO-PASSの物語を完成させるには、〈シビュラ〉の本当の原点までさかのぼった、さらなる前日譚が必要なんじゃないかな。極度の混乱の中で、日本という国を救うために、未来を〈シビュラ〉に賭けた想い。そんな話を読んでみたい。

 


[SF] ジャック・グラス伝

2017-10-30 22:03:02 | SF

『ジャック・グラス伝』 アダム・ロバーツ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

読んでいて、とても楽しかったSFミステリ。

宇宙的殺人者、ジャック・グラスの伝説。犯人はジャック・グラスと決まってるのに、フーダニットが課題となる不思議。

英国SF協会賞&ジョン・W・キャンベル記念賞受賞作じゃなくて、メフィスト賞受賞作の間違いじゃないのかという評判は伊達ではなかった。読み終わってみると、ものすごく納得がいく。

なんとかの十戒とか、なんとかの二十則に抵触しているような気がしないでもないが、それでも結末にはアッとさせられた。

3篇連作のうち一番面白かったのは、何と言っても第一部の「箱の中」。未来において、もっとも価値の安い手段が人力であるとは珍しくも無い設定ではあるが、“これ”を囚人の労役として成立させるのは興味深い。

そして、小惑星を居住環境に作り変えるという土木工学SF的側面と、ひと癖もふた癖もある囚人たちの人間関係のドラマが並行して進むアンバランスさ。さらに、極限環境における囚人たちのサバイバルというスリリングな物語が、一転して宇宙的殺人者の物語に転調する様が秀逸。

第二部の「超高速殺人」は、ハウダニットの見当はすぐについても、なぜ犯人がジャック・グラスなのかというところが問題。お嬢様探偵のダイアナと、老執事みたいなアイアーゴのコンビも楽しすぎる。

第三部の「ありえない銃」は、ハウダニットというか、何が起こったのかを突き止める物語。これが物語全体の背景に流れる問題に直接つながっていき、長編としての背骨になる。したがって、まえがきから注意深く読んでいけばそれ以外に解は無いはずなのだけれど……いろいろミスリードがあり過ぎで、かなり意地が悪い。

さらに言うと、あそこで恋愛を持ち出すのはなぁ。蛇足だったんじゃないかと思うのだけれど。すべては愛だよ、ということか。

 

 

 

以下ネタバレ。

個人的には、超高速の弾丸が因果関係を逆転させるのはいいとして、その弾丸と相互作用をした低速の物体はどうなるのかというのが、どうも解せない。壁を破壊するときに、穴の末端はやはり超高速になるので因果は逆転するが、穴の周囲はそのままなのだろう。その境界ではいったい何が起こっているのか。

因果の逆転する破片はどこからか(どこからだよっ!)飛んできて壁になる。因果の逆転しない壁は破壊されて外向きにバリを作る。では、穴はいつ空いたのか。うーん、光が見えた時には、すでに穴が空いているような気がするんだけど、どうなんだろう。

 


[SF] 迷宮の天使

2017-10-17 22:59:21 | SF

『迷宮の天使〈上下〉』 ダリル・グレゴリイ (創元SF文庫)

 

“自分”という意識は脳の活動の副産物にすぎず、自由意志は幻想でしかないと証明された近未来。

そんな梗概がまったくの嘘で、帯では『ブラインドサイト』のピーター・ワッツまで持ち出して、いったい何がしたかったのかと思うような、詐欺小説。少なくとも、これは脳科学SFではない。

著者自身の問題意識は人間の意識や脳の働きの不思議さにあるようだが、この小説においてはストーリー上の背景に過ぎず、さすがにこれを持って最新の脳科学が云々というには苦しいのではないか。

せいぜい、人間の脳は化学物質の影響を受け、感情や行動もその影響下にあるというところで、そんなことは近未来を待つまでも無く、現在でも否定するひとは少ないだろう。しかし、それをもって「自由意志は幻想でしかない」と断言するのはあまりにもひどい。

と言いながら、SFミステリのエンターテイメントとしては最高のデキなので、始末に困る。帯と裏表紙の詐欺的な紹介で、ある意味、手に取るべき人が手に取れないのはとても残念。

この小説は、その化学物質が簡単に合成できるようになり、様々な効果を持つ薬品が作り出されるようになった近未来の物語。

興味深いのは、物語の中心となる「ヌミナス」と呼ばれる新薬。これは服用すると、なんと、神が見える。神と言っても服用者によってその姿は異なり、主人公のライダには天使が見えるが、インド出身の青年にはガネーシャが見える。

何が面白いかといって、それをなぜ「神」だと思うのかということ。

かなりネタばれになってしまうが、後半には胎児の頃に「ヌミナス」の影響を受けた少女が登場するのだが、彼女には多数のIF(イマジナリーフレンド)達がいる。これが薬品の影響なのか、あるいは薬品とは無関係の精神疾患、ないしは、成長過程の精神のバグなのかは判然としない。

しかし、少なくとも、彼女にとって彼らは友達であって、「神」ではない。

神経学者のライダは、彼女の天使が“自分の分身”であることも理解している。天使は彼女が知り得ないことは教えてくれない。それでも、それが「神」であることを信じずにはいられない。

この小説で揺らぐのは自由意志の存在ではなく、神の存在であり、信仰である。たとえ「神」が化学物質の見せる幻であったとしても、ひとは信仰を得ることができるのか?

日本人にとっては、これは本質的に理解できない問いなのかもしれない。自分が「ヌミナス」を飲んだときに現れるのは、まさか阿弥陀如来ではないだろうし、アマテラスなんてどんな姿なのかもわからないし。もしかしてウルトラマンが出てきたら、それを神と呼べるのだろうか。どちらかというと、イマジナリーフレンドにしか思えないのじゃないだろうか。

まあ、そんなテーマはさておき、精神疾患を持つ登場人物たちが繰り広げるミステリアスでスリリングで疾走感のある物語を純粋にエンターテイメントとして楽しむのが良いのだろう。

 


[SF] 行き先は特異点

2017-10-10 22:45:15 | SF

『年刊日本SF傑作選 行き先は特異点』 大森望/日下三蔵 編 (創元SF文庫)

 

毎年、編者おふたりのアンテナの高さや読書量に驚かされるのだが、今年の目玉は「プロ作家による官能小説のアンソロジー」、要はエロ同人誌。書き手はお馴染みの方々なので安心ではあるのだが、こんなところからも収録しているのかと感心した。

コミック3作の中にも、完全下ネタが1作入っているのは、いったいどうしたことか、表現の自由を守るための戦いでも始めたのかと。

好みで言うと、「二本の足で」と「電波の武者」が傑出していて、さすがのS-Fマガジン。「海の住人」に出てくるセリフはいろんな意味で衝撃的だった。そして、一番笑ったのは、やっぱり「玩具」。


○「行き先は特異点」 藤井太洋
これが私小説というのがおもしろい。バグ修正パッチをコミットでもしたのか。わりとのどかな情景なのだけれど、配送担当者にしてみれば胃に穴が開きそうな感じ。鳥の飛行プログラム(プログラムとは言ってない)は、うちの研究室でもちょっとやってた。もう20年以上も前の話で懐かしい。

○「バベル・タワー」 円城塔
縦と横。というか、高さと広さ。東洋回帰と言いながら、英訳に適していそうというか、英訳したら受けそうな感じ。

○「人形の国」 弐瓶勉
長編の前日譚ということで、読み切りとしてはちょっと苦しいが、これだけでもイメージの奔流にさらされる。「絶望的な世界観のようですが僕にとってはこれが夢の国なのです」という著者の言葉は、とてもよくわかる。

○「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 宮内悠介
宇宙人が地球を見たら支配者は昆虫だと思うだろう、という言説があるが、こういうこともあるだろう。紫煙はすでに絶滅危惧種だけどな。

○「幻影の攻勢」 眉村卓
タイトルがセルフパロディーでクスっとする。内容は社会問題をSF的に考えてみたというエッセイとも取れるようなもので、攻勢というには、まだまだ序の口。

○「性なる侵入」 石黒正数
こっちはP・K・ディックのパロディー。たしかに、奴ら生きてるし、抜け落ちた後でも繁殖するよね。

○「太陽の側の島」 高山羽根子
読み始めて、これってそういう話かなと思ったら、そういう話になった。ただ、双方ともにファンタジーが入っているところが気になる。つまりは、そういうことなんだろう。

○「玩具」 小林泰三
そんなオチ、笑うわ。

○「悪夢はまだ終わらない」 山本弘
子供のトラウマになることを狙ったという作品とはいえ、確かにやり過ぎな感じが。しかしながら、果たして本当のサイコパスにはこれが効くのかどうかが気になる。

○「海の住人」 山田胡瓜
人間そっくりのロボット、アンドロイド(ゴーレムでもいいけど)を作るというのは、人類が持つ夢のひとつだと思う。それに対する言葉が衝撃的で、ちょっと考えさせられる。

○「洋服」 飛浩隆
キャプション芸としてはちょっと長めかもしれないが、「ボケて」同じカテゴリー。しかし、この試み自体が「傑作」に値する。

○「古本屋の少女」 秋永真琴
同様のキャプション芸ではあるが、こちらは起承転結を持った、ちゃんとしたストーリーになっている。

○「二本の足で」 倉田タカシ
SFマガジン掲載だったので、二度目なのに、説明しようのないせつなさが溢れるのが不思議。嘘なんだけれど、失われたもの。まるで、夏空の写真のような何か。

○「点点点丸転転丸」 諏訪哲史
なんか見覚えあるぞと思ったら『アサッテの人』のひとか。SF傑作選に入れるには、ちょっと方向違いのような気がする。そこから消えた中黒の捜索を始めろよと。

○「鰻」 北野勇作
エロいっていうか、怖い。

○「電波の武者」 牧野修
これも二度目だけれど、支離滅裂なだけに、何度読んでも衝撃が薄れない。これ、暗唱できたら別世界へ行けそう。

○「スティクニー備蓄基地」 谷甲州
疑似生物的な兵器が気持ち悪くも興味深い。《航空宇宙軍史》は、ちゃんと読み直したいと思っているのだけれど……。

○「プテロス」 上田小百里
驚異の生態系。宇宙生物学者の決意。

○「ブロッコリー神殿」 酉島伝法
こっちも驚異の生態系。いつものように難読造語だらけだが、比較的、楽に読めた。ストーリーがSF小説のフォーマットに適合しているからかもしれない。

○「七十四秒の旋律と孤独」 久永実木彦
創元SF短編賞受賞作。なかなか襲われずに戦闘が始まらないので、あれっとなった。始まったら始まったで、旧式なのに意外に強くて、またあれっとなった。最後のオチは見事にミスリードに引っかかってた。

 


[SF] 巨神計画

2017-10-04 23:03:09 | SF

『巨神計画(上下)』 シルヴァン・ヌーヴェル (創元SF文庫)

 

ちょっとびっくりするくらい日本アニメに毒された、じゃなかった、影響されたカナダ発のSF小説。

会話記録のみで進む構成も話題の小説で、そんなこんなの評判を知ってからの入手。

正直言って、会話記録のみの構成は、最初のうちは背景が良くわからずに戸惑ったが、物語の全貌が見えてから超特急な感じ。特に、解説でも言及されているような、インタビュアー役の主人公が現場から実況でもするように記録された部分は臨場感抜群ですごかった。

登場するロボットは、背中から搭乗して内部から操縦するというスーパーロボット系。しかも、太古の宇宙人が残したオーパーツ。ってことで、操縦方法も『ライディーン』っぽい。

解説で『ゴッドマーズ』や『ザンボット3』が言及されているのは合体するところからなのだろうけれど、はたしてこれは合体なんだろうか。部品を集めて完成させるという意味では、『どろろ』なんかも思い出される。

そんなこんなで、幼少時代をロボットアニメどっぷりで過ごした人たちは熱狂間違いなしで、この小説を起点に、あっちこっちに脱線しながら一晩中でも語り明かせそうな作品。

さらに、主要登場人物があっさり退場したり、ああなっちゃったり、こうなっちゃったり、とにかく大変。ちょっと想像を超えた展開を見せたのにも驚かされた。

この辺りは少年少女が主人公となることが多い日本アニメとは違って、オトナのドロドロしたところだとか、国家のなんとかとか、ごにょごにょ。

SF的には、超兵器を大国が入手したらというifの物語でもあり、そういう議論も興味深い。特に、秘匿ではなく公開に傾くあたりが、インターネットによって変わりゆく社会を象徴しているようでもあり、おもしろい。

エピローグも、まさかという展開になっていて、次作へ続く。これは日本での出版が待ち遠しい。

しかし、これ、本当に映画化するのかね。