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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

人間的なアルファベット

2022-06-14 19:33:35 | 丸谷才一

丸谷才一 2013年 講談社文庫版
丸谷さんの随筆集なんだが、いま振り返ったらこの古本買い求めたのは2019年のことだった、どうにも怠け者の読者で困ったもんだね私ときたら。
この本のできたいきさつについては、巻末の著者「おしまひの挨拶」において明かされている。
それまでに「お色気がらみの短い随筆」をいくつか書いて、それぞれに英語の題をつけたことがあったのだが、編集者の入ったある宴席でそれが話題になり、「誰かが、あれはアルファベット二十六字を全部書けば辞書仕立ての本ができる」と言ったことから、実行することになったそうな。
もっとも丸谷さんは、巻頭の「まづ最初に」のところで、イギリスの日曜新聞に「An A-Z of the Britsh and Sex」という読物があって、スクラップ収集してたことがあるので、その真似だと宣言している。
かくして、「おしまひの挨拶」にあるように、「やはらかいやうなペダンチックなやうな本ができた」と、かなり気に入ってるっぽい辞書風なものをつくりあげたんだが。
「EUPHEMISM」(婉曲語法・婉曲的表現)の章で、
>ところで言ひ落としたことがある。この本の題の「人間的な」といふのも婉曲語法ですよ。(p.72)
って言ってるように、ただの辞書ではなく色っぽいほうに傾いてる辞書である。
しかし単行本は2010年だっていうけど、当時丸谷さんは御年85歳ですよ、お元気というか意気盛んですねえ。
年齢のこと意識したついでにいうと、
>わたしはそのことをもつと丁寧に論ずべきでありました。つい話を端折つてしまふので、誤解を受ける。思へばわたしの人生はかういふ調子の言葉の足りなさの連続でありました。いろんな面でね。(p.209)
なんて調子の語りも、八十過ぎた作家の言葉だと改めて認識すると、なんか感慨がある。
それはそうと、辞書仕立てでつくるんなら、英文学に詳しい丸谷さんは「A-Z」の真似をしたかったのかもしれないけど、やっぱ古典にも詳しい丸谷さんに「いろは」順とかで、本朝の伝統である恋歌を織り交ぜながら、日本語版でやってほしかった気もする。
そう思いながら読んでくと、途中に、伊勢の「夢とても人にかたるな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず」と、和泉式部の「枕だに知らねばいはじ見しまゝに君かたるなよ春の夜の夢」という歌があげられているところがあって、これについて、
>口語訳すると詰まらなくなる。そつと静かに口ずさんで下さい。日本文学の最上の部分ですよ。かういふ立派なものを原語で読めるなんて、日本人に生れたことのしあはせです。ゆるやかに口ずさんで、色ごのみの心にふけつて下さい。それがほんとのやまと心であります。(p.220-221)
っていうかたちの解説をしているところが、なんともいいなあと思った。
あと、どうでもいいけど、人間には二十四時間周期のリズムがある(これは当然のことながら「あのことは食前がいいか食後がいいか」みたいな話題と結びついてんだけどね)って話のなかで、
>よく、時間は均質に流れるものではない、なんて言ひますが、そのことはエロチックな面から見ても正しいので、人間の生はリズミカルなものなのであります。(p.277)
ってとこがあるんだけど、なんか印象に残った。その直後に「わたしの議論は次元が高いのである」って胸を張ってる調子もいいしね。
コンテンツは以下のとおり。
ACTRESS(女優、女役者)
ART(美術)
BARRISTER(弁護士)
COMMANDMENT(戒律)
CUP(カップ)
DIARY(日記)
EUPHEMISM(婉曲語法・婉曲的表現)
FASHION(流儀、様式、流行、はやり)
FLOOD(洪水)
GIFT(贈り物)
HOMĒROS(ホメロス)
HYPERBOLE(誇張法)
ICONOGRAPHY,ICONOLOGY(図像学)
JOKE(ジョーク、冗談)
KANGAROO(カンガルー)
LIBRARY(図書館)
LUNA(ルーナ)
MAGAZINE(雑誌)
MAY(五月)
MILKY WAY,THE(天の川、銀河)
NOSE(鼻)
ODOR(匂ひ)
PILLOW(枕)
POPE(教皇)
PORNO(ポルノ)
PROSECUTOR(告発者)
QUATATION(引用)
RHYTHM(リズム)
SAPPHO(サッポー)
SHOW(見世物)
TAPIR(獏)
U and non-U(上流と非上流)
VATICAN(ヴァチカン宮殿)
VOICE(声)
WOMB(子宮)
XENOPHOBIA(外国人嫌ひ)
YES(イエス)
ZIPPER(ジッパー)


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