Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

モリッシー ギリシャメディアに答えた最新インタビュー翻訳 3

2014-11-21 22:07:21 | Morrissey Interview

モリッシー、19日のポーランドワルシャワのライブでは観客の野次?により、

6曲演奏した後ライブをやめてしまったそうで…

どんな事情があったのか知ったこっちゃいないけど、ほんとにやっとやっと

ツアー再開して調子を取り戻してきたのに、その野次の人やめて~!!

といった感じですね、はい。

…本日21日のクラクフでは何事もなく、ライブが行われることを切に祈ります。


そんな訳で、ライブ安全祈願しつつ、翻訳を先に進めます!

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8月に35歳になりました。感傷的な響きがするのは嫌だし、実際の自分はもっと若い

気でいます。私は楽観的と言えるし、時代遅れな方でもないと思うのですが、にも関わら

ず、今の時代のものより、もっと前の世代の文化(レコードから書物、絵画まで)を探し求

めることに、より興味があると感じています。ポップ・カルチャーにおける「懐古趣味色」

(20周年、40周年、70周年記念などいろいろ)の大きな波にはあらがえないと認めざる

を得ません。あなたは未来というものを楽しみに感じますか、それとも、少なくともカルチ

ャーの分野においては、過去に生きることを好みますか?


私は未来について考えることができないし、今までできた試しもない。しかし、1845年と

いう時代に生きているわけではない。もちろん、腕時計は持っているしね。過去とはとても

大きな場所だ。音楽にしろ、絵画にしろ、詩にしろ、たくさんの発見がある。しかし、現在の

マスコミは今はやりの人物しか取り上げないから、自分自身で掘り当てなくてはならないんだ。

例えば、1940年代、50年代、60年代に大きな成功を収めた俳優の死は、ほとんどのメディア

で報じられないだろう。その一方、今年の石鹸のコマーシャルに出てた誰かが死んだら、数々の

ニュースの見出しを占めるだろう。エズラ・パウンド(20世紀初頭に活躍したアメリカ人の詩人)

が『GQ』表紙を飾ることは決してない、それは憂うべきことだと思う。アン・セクストン(20世紀

半ばに活躍したアメリカ人の詩人)の名前は日中のラジオ番組で話題に上ることはない、それも

また、我々の損失だ。ガートルード・スタイン(19世紀初頭に活躍したアメリカ人の著作家。美術

収集家「スタイン兄妹」の妹として有名)はその風貌はファッションの革命であったにも関わらず、

『ヴォーグ』の表紙を飾ることはなかろう。現代の印刷媒体の内容はあいにく、いっつもいっつも

同じだ。私は、『ヴォーグ』のこの先10号分の表紙がどんなものになるか、今すぐに君に教えら

れるだろうよ。


現在私たちは、世界中で起こっていることを何でも、瞬時にわかることができるようになりました。

これは我々のまわりで何が起きているかに関して、不正に気づく機会を広げたのか、もしくは

単に私たちが住む世界の本質を暴くことになったのか、どうでしょう。


うーん、どんなに多くの災難や苦難が公に知らされずに過去に起こっていたのか、我々はついに

知ることができるようになった。政府が悪い行いをやり逃げしてきていたことを、ついに理解でき

るようになった。今まで政府は常にテレビの報道には規制をかけてきたので知り得なかったのだ。

しかし、もう何が起きているかを知るのに、テレビのニュースにを頼る必要はない。自分たち自身

で見ることも記録することもできるのだ。世界中のソーシャルメディアを利用した暴動は、これは

私の意見だが、素晴らしくて新たな冒険だ。暴動の実行に、インターネットやiphoneなどをリアル

タイムに利用した。BBCもCNNもFOXニュースももはや、プロパガンダの垂れ流し逃げはできない。

シリアやウクライナの人々は、CNNが世間の人々が何を知るべきか、知るべきでないか決定を下す

何日も前に、その場で瞬時に出来事を撮影できるからだ。世界を貫く不幸と憎しみは元々あったもので、

まったく新しいものではない。しかしついに我々は、政府の介入なしに自分たち自身で出来事を目の当

たりにすることができるようになった、それこそが新しいことなんだ。インターネットは、それもたらした安心

がどんなものであれ、もう責任逃れできなくなった政治的なリーダーにとっては禍でもあるが。私はソーシ

ャルメディア利用の暴動に興奮するが、例えばイスラム国のような宗教的な闘争には何も気持ちをかき立

てられない。そのふたつはまったく違う。


『ワールド・ピース・イズ・ノン・オブ・ユア・ビジネス』(同タイトルの曲として、というよりむしろアルバム全体

として)の収録曲には、いくつか政治的な歌詞も含まれていますね。ここ、ギリシャでは、ご存じだと思います

が、1973年のギリシャ軍事政権崩壊後の史上、最悪の5年間となりました。最近の世論では、左翼の

野党支持右翼政権支持を上回りました。これは、ギリシャがこの数カ月の間に初の左翼政権国家に

なるであろうということで、我が国の国民に希望を与えています。問題は全部そのままなのに、政党をとっ

かえればいいというのは全くくだらないと思うのですが(「投票するたび、君はこの成り行きを支持している」

と、新譜のタイトル曲で歌っていましたね)。


私はイギリスの左翼、右翼のことしか語れないが、政府というのは常に同じ権力、同じ銀行、同じコングロマ

リット(複合企業)、そして更に悪いことにはいわゆる王室を恐れているので、どこであろうとそんなに変わりは

ないね。我々は皆、人々の言うことを聞いてくれるリーダーが必要だが、そんなリーダーは決して現れない。

それだから、この世界は不幸な場所なのだ。トニー・ブレアーのような悪い政治家は、歴史的に見てもやっか

いな終わり方をするものだろう。しかし奴らはオフィスを出る時に、自分たちがどんなに不人気なのか確認し、

奴らが裏切っている国民の皆様がそれでも、ブレアーとその家族が死ぬまで享受する贅沢ライフのために金を

払い続けることを確認している。それだからこそ、政治家生活は本質的に、背徳行為に夢中になっている人々、

恥知らず、他の人々の人生を気にもかけない奴らだけを魅了するものだ。選挙システムは幻想に過ぎない。

選挙のプロセスは民主的に見えるかもしれないが、一度誰かが選ばれてしまえば、民主主義には忠実では

なくなるし、もし国民が政府に反対すれば、デモ参加者、過激論者、反逆者、煽動者と呼ばれる。決して「国民」

とは表現されない。

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今回は政治に関するくだりもあり、ますます言いたいことをいいまくりの「過激論者」であり、舌がまわる

まわるといった感じでしたね。こんな反逆者なの同じくギリシャの『Vimagazino』誌のインタビューでは、

「チャールズ皇太子から手紙を1通、それにバッキンガム宮殿への招待状を3通受け取った」と明かし

ていたそう。こっちもこっちだが王室も(痛烈批判を知らないわけもないだろうに)すごいですね。。。


この長いインタビュー翻訳、次回で最終回の予定~。