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■清水寺と坂上田村麻呂

2023-12-09 | ●北條語録

■■■■■■■■■清水寺と坂上田村麻呂■■■■■■■■■

北條俊彦
(経営コンサルタント・前 住友電工タイ社長)

■■音羽山清水寺
⚫️今年も竜田姫の御霊験あらたか、深まる秋に櫻、楓、櫨、ブナ、
ナラ、銀杏など、樹々の枝葉は命を燃やす

朝晩の厳しい冷え込み、日中の暖かい陽射し、そして蕭蕭たる秋霖
に、彼らは燃え立つ真紅や黄、橙、輝く
黄金と色鮮やかに変化して
ゆくのである。それら自然が
織りなす錦繍の世界は実に耽美的で、
我々の心を癒
し、日常を忘れさせてくれる。

⚫️竜田姫は、奈良県生駒郡三郷町にある竜田神社に祀られ『錦秋の
神様』と親しまれている女神である。


平城京は、東(春)、西(秋)、南(夏)、北(冬)に女神を 配し
ており、西(秋)に配されたのが竜田山の
神霊竜田姫であった。
・東の「佐保姫」、
・西の「竜田姫」、
・南の「筒姫」そし

・北の「宇津田姫」
を総称し「東西南北四女神」と
云う。
竜田山はもうなくなってしまったが、能因法師が
『嵐吹く 三室の山
のもみじ葉は 竜田の川の 錦な
りけり』と詠んだように竜田川は昔も
今も紅葉の名所
である。

『このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉のにしき神のまにまに (菅
原道真)』奈良には, 和歌に詠まれた
紅葉の名所は実に多いが、今回
は奈良ではなく、京
都の音羽山清水寺で夜の紅葉狩りを家内と楽
しむ事
にした。

   
⚫️清水寺は開創以来、奈良仏教の法相宗を宗旨とし 奈良興福寺の末
寺であった(近年北法相宗の本山
として独立)。法相宗は唐の時代、
玄奘三蔵の弟子
慈恩大師基が開いた、インド瑜伽行派思想を継承する
大乗仏教宗派の一つで、飛鳥時代に留学僧の
道昭が唐から持ち帰って
いる。

法相宗では葬礼や祭礼を執り行わず、経典や教義の探究などを主とす
るインド原始仏教の影響を強く
受けた宗派である。

音羽山清水寺の開創は778年、奈良で長年修行を積んだ 僧の 賢心
(けんしん)が、夢で“南の地を去れ“
とのお告げを受けたことが清水
寺の始まりと聞く。

霊夢に従い、賢心は奈良から北へと歩き続け、やがて京都の音羽山で
清らかな水が湧き出す瀧を見つける。
そこで行叡居士と出会うことに
なるが、行叡は賢心に
霊木を授け御霊地での後事を託してその地を去
る。
爾来、行叡から継承した草庵と観音霊地を賢心は守り続ける。
二年後、坂上田村麻呂が音羽の瀧を訪れる。賢心に出会った田村麻呂
は、寺院建立の協力を申し出
ている。そして『十一面千手観世音菩薩』
をご本尊
として寺院を建立、寺名を音羽の瀧の清らかな水にちなんで
清水寺』と名づけたと伝えられる。賢心は後
に、延鎮と改名する。

⚫️坂上田村麻呂は平安時代、四代の天皇に仕えた武官で、二度に
亘り征夷大将軍に任命される。
死後、嵯峨天皇の勅命により田村麻呂
の遺体は、
平安京の東に向かい、立った状態で柩に納められ埋葬され
たが、来、『王城鎮護』『平安京の守護
神』と称えられ、今も神将、
武神として信仰の対象
となっている。


               (清水寺楼門:仁王門(2023-11-17撮影)
お恥ずかしいことに、私はこれまで清水寺には参詣したことが一度も
ない。辿るようにゆっくりと進む家内に先導
され石段を登って行くが、
先ず眼前に大きく聳える楼
門(仁王門)をくぐり抜け、左廻りして西
門へと進む。


(音羽山清水寺紅葉(2023-11-17撮影)

⚫️西門は極楽浄土に往生する入り口の門と云われて、浄土を観想する
日想観の聖所でもある。日想観とは
「沈む夕陽に染まった朱色の空に
西方(極楽)浄土を
想い、お釈迦さまの教えを体感する」修行法の事
しい。

        (西門と市街風景(2023-11-17撮影)
西門からは、京都タワーや街灯りの煌めく京都市街が一望できる。実
に綺麗である。日想観ではないが、目
を閉じて日没間際の金色に染ま
る京都市街を想像し、
“西方浄土もかくあるものか”と独り納得する。
西門に連なる三重塔、我が国最大級の仏教建築物、高さ約31メート
ルでその天をつく姿は実に勇壮である。

⚫️清水寺は“京の雅”というより、どこか素朴で剛毅な氣を感じさせる
お寺である。聞くところ、現存する建造物
の殆どが寛永年間に徳川家
光によって再建されている。

ひょっとして富と権力を握った武士(さむらい)の美学を象徴的に具
現化した創建物となっているのであろうか。
因みに現存する日光東照
宮も徳川家光によって建て
替えされたものであるらしい。

石畳の路をゆっくり進み経堂の前に出る。平安中期に『一切経(大蔵
経)』が奉納されるなど、当時、経堂は
全国から多くの学僧達が参集
し仏典の書写や研究を
行う一大機関であり、経堂の上座に釈迦三尊が
鎮座
されている。

                  (経堂釈迦三尊像と岡村信基作の円龍/出典:京都清水寺編nippon.com)

⚫️中央に釈迦如来、脇侍に獅子に乗る文殊菩薩と象に乗る普賢菩薩が
控えておられた。釈迦如来のお姿
は清楚で、静かな笑みを湛える慈愛
に満ちた表情は
見る者の心をついつい引き止めてしまう。また鏡天井
に墨絵で円龍が描かれているが、“夜になると 鏡天井から抜け出して
音羽の滝の水を飲む“と伝わる。

そして、聖域とされる国宝の本堂へ到る。本堂は檜皮葺の曲線が美し
い起り反り屋根に象徴される寄棟造。

その奥は内陣、更に、内々陣と続いている。内陣より先が仏様の世界
である。現世とは全く別の世界である

本堂内々陣に三基の厨子が並んでおり、中央の厨子にご本尊、右側の
厨子に毘沙門天立像、左側の厨子
に地蔵菩薩立像と、それぞれ秘仏と
して安置されている。

今日は、中央の厨子がご開帳されており、ご本尊『十一面千手観世音
菩薩像』に合掌。
暫くの間、観世音菩薩に向き合うが、観音さまの表
情が
色々変化するような錯覚を覚えた。観音さまのお顔は、鏡となっ
て私の心の変化を映し出しているようだ。静かに
呼吸を整えてじっと
見つめていると、観音さまは穏やかな
表情に変わられ、私は優しい空
気に包まれ、心安らかな
思いに満たされた。感謝。

⚫️コロナ禍以降、積極的に人と関わり、仕事を頑張り、そして趣味な
どで自分磨きを楽しんでも、なかなか幸福感や
充実感を得ることがで
きず、喪失感、虚無感、孤独感、
そして寂寥感に苛まれる人も多いと
聞く。
『観世音菩薩と心静かに対座する時間を取られては如何だろうか。』

                                                  (清水寺本堂舞台(2023-11-17撮影)
観世音菩薩は般若心経にいう『観自在菩薩』として、
・人に見えるもの
見えないもの
聞こえるもの
聞こえな
いもの
世の中の全てを 四十二の手と、十一の表情
を持って 一切衆生を救済
されようとする。
一切衆生悉有仏性その慈悲の心は広く  自由
自在に救いの手を差し伸べ
ておられるという。


     (清水寺本堂舞台/2023-11-17撮影)
また、森羅万象、万物流転の常ならぬ世、有象無象の命に対し五つの
観想で観ておられるそうだ。

・一つは、「真観」で真実の心で見る、真理を愛する心
・二つは、「清浄観」私利私欲のない清らかな心で見る 利他、利公
      を重んじる心

・三つは、「広大智慧観」万物を大きな視点から差別なく見る心
・四つは、「悲観」即ち、神の優しい愛
・五つは、「慈観」即ち、厳しい愛

 
                        清水寺本堂十一面千手観世音菩薩像
                  (出典:日本遺産ポータルjapan-heritage.bunka.go.jp)

⚫️厳かな空気が漂うご本尊にお参りして後、本堂に繋がる清水の舞台
に進む。舞台は音羽山の切り立った断崖に
立つ 1633年再建の木造
建築で懸造りと呼ばれ、日本
古来の伝統工法による頑強な構造である。
多くの参詣
者の訪れる舞台を樹齢400年余の欅を使い、長さ約12
メートル、周囲幅約2メートルの18本の柱が支えて
いる。釘は一本
も使われていない。
舞台はご本尊に奉納するための場所で、雅楽や能狂言、歌舞伎など伝統
芸能が演じられた。落語では
ないが・・舞台をネタに上方落語あり。
『殿集め(清水さんの舞台から)』
「大店のお嬢さんが清水の舞台から、いついつ、飛び降りるとの噂が
たつが、その日は噂が噂を呼び舞台の
下は人だかり。お嬢様というこ
とで若い殿御も多く、集
まった人々はお嬢さんが飛び降りる理由をあ
れこれと
噂し合う。
いざお嬢様は現れたが、いっこうに飛び降りない。舞台の下では、ま
だか?どうした?どうした?と大騒ぎ。お嬢
様はその様子を暫く眺め
ていたが、やがてお付きの女中
に“ねえ、たくさん殿御は集まったけれ
どよい殿御はいな
いものねえ。“」・・・お後が宜しいようで

⚫️舞台を飛び降りた人も実際にいたようで、江戸時代の 「清水寺成
就院日記」にも詳しく記録されている。
234人飛び降り 34人が
亡くなったようで、飛び降りた
人の7割が女性。二度も飛び降りいず
れも助かった
女性もいたという。
飛び降りの理由は篤い信仰心によるもので「観音さまを一心に信じ、
飛び降りれば命は助かり願い
はかなう」と
舞台は地上約12メートル程度の高さ。高所恐怖症の私は急ぎ足で舞
台際から移動、奥の院で、ライトアップ
された清水の舞台の全貌と錦
繍を観賞する。

帰路、寺内の茶屋を過ぎた所に池があり、色づいた枝葉が立体映像の
ように水面に浮き上がって見えている。
映りを良くするため、池の水
は少し濁しているそうだ。


      (清水寺池に映る紅葉(2013-11-17撮影)

⚫️夜も更け、清水寺を後に帰路を急ぐも空腹と寒さで足取りが重い。
営業している店など殆どなく自宅まで我慢すること
になってしまった。
京の秋は、松茸、秋茄子、丹波栗、九条
ネギ、堀川牛蒡に海老芋、鯖
と、食欲の秋。

家内殿は『旬を感じる京料理』を期待していたようだが申し訳なし。
次回、なんとかせねば(笑)。
但し、本日、腹は空くとも心は十分に満たされているのだ。

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