
■■■■■■■■■苦難の異国経営■■■■■■■■■
北条 俊彦 ●経営コンサルタント ●前 住友電工タイ社長
■「開花の足跡」
●日本では1929年(昭和4年)の世界大恐慌から2・26事件の起こる1936
年(昭和11年)までの昭和初期の文化的風潮を示す流行語としてエロ・グ
ロ・ナンセンスが使われ始めましたが、
著書「陰獣」により猟奇ブームを引き起した江戸川乱歩の転向、
1936年の阿部定事件報道「忘れちゃいやヨ」のエロ歌謡発禁・回収
を機にエロ・グロ・ナンセンスの時代は終わったとされています。
エロは煽情的、グロは怪奇、猟奇的、ナンセンスは馬鹿馬鹿しいという意
味ですが、1990年代のタイは、民衆が経済発展の息吹を肌で感じ、プミポ
ン国王の導きの下、自由と解放を心から謳歌した時代でした。
そんな“礼節と敬愛”を重んずる国でありながらも、タイ発展の契機となっ
たベトナム戦争の影響を色濃く残していました。
バンコクやパタヤなどで享楽的且つ退廃的に過ごした米兵の存在は、厭戦
的なタイ社会の風潮と相まってタイ独特のエロ・グロ・ナンセンス文化を
産み出し、その余韻がまだ残っていたのではなかったのかと思います。
●現在、タイが飛躍的発展を遂げたのは 「チャイナリスク」を主因に
「チャイナプラス1」の拠点候補として、ーーーー
(1)市場マーケットの成長性と貿易自由度の高さ。
(2)AEC以降の域内関税撤廃、人移動自由化等を見据えた部品・技術・サー
ビス輸出拠点。
(3)政治混乱と無関係に安定した経済成長(政治と経済は別)外国企業の直
接投資と急速な工業化で発展、政治混乱が外国企業中心の経済発展に及
ぼす影響が少なかった。
(4)幹線道路などのインフラが整備されており、AEC域内の物流至便性の理
由によりますが、現在タイが「中進国の罠」に陥っているのも事実です。
●1990年代に外国人企業、特に日本企業がタイへ直接投資を加速させてき
た理由は、
(1)農業中心の産業構造 ⇨ 海外からの資本と技術移入とタイの安価な労働
力が合致
(2)外資に対する投資促進サービス・インセンテイヴの高さ、タイは自国産
業育成の発想はあまりなく、直接投資(外資)依存にて経済発展を遂げて
きた国であるため。
(3)物価水準と生活のし易さ、言葉の問題
(4)顧客が既に進出、日系企業の進出数が多い
という理由からだったと思い起します。
●皆さんは、タイは親日国だというイメージを持っておられるでしょうが、
1970年代は、タイが軍政に対する民主化運動で揺れ動いた時期であり、
日本の経済進出に対し激しい反日運動が行われました。
1974年、時の首相田中角栄はタイ訪問時に激しい反日運動に遭遇していま
す。特定アジア地区で現在も行われている日本製品不買運動もあり、日本
人はエコノミックアニマルとして嫌われる存在だったのです。
●私が住友電工において担当した第一次タイ投資計画は、1997 年7/1アジ
ア通貨危機により 7/2常務会上程が延期となり、爾来2年間の見直しの結
果、客先の援護と投資圧縮等で実現しました。
また第二次タイ投資計画は反日から始まったチャイナプラス1を前提にタ
イでの開発機能の拡大と豪亜地区ROH化を図ったものでした。幸いなこと
に、両社共に現在、豪亜地区の自動車部品事業の重要拠点として益々発展
しているそうです。
●さて、冒頭のエロ・グロ・ナンセンスの話に戻しますが、当時のタイ
(特にバンコク、パタヤ)では、そういった風潮が強かったように記憶
しています。
また、私が痛感したのは、当時日本人はエロ、タイ人はグロではないかと
いうこと。タニヤ、スクムビットで夜な夜なタイ人女性を求めて徘徊し、
昼は昼で人の目も気にせず若いタイ人女性と腕を組んで闊歩する日本人の
姿。
タイ版阿部定事件や猟奇殺人事件が多発、赤いモータサイ(自動二輪)の
幽霊(ピー)に怯えながらも無残な写真が掲載された死体新聞を貪り見る
タイ人の姿。今では全く様相は変わっていますが・・・
まあ、そういった特徴的な時代に“人間的なタイの人”と一緒に仕事をさせ
て頂いたわけでありますが、これから少しタイにおける日常ビジネスにつ
いて、私の経験則を、記憶にあるがまま書き出してみました。
■「協働の心ざし」
■「タイにおけるビジネス習慣 1)」
*1. プライドの高さのケア
*2. 官公庁関係は全てタイ語での対応、役所業務の煩雑さと「袖の下」
*3. 相手にとことん歩み寄る姿勢
*4. ミスマッチを起こさぬよう人事採用前の面会の機会設定
*5. 家族や両親との関係を把握した上での社員のキャリア設計
*6. 最悪の場合を想定させる教育
*7. 天気の変動
*8. 交通事情
* 9. 通信の不安定さ
*10. 許認可関係は担当官への粘り強いアプローチ
*11. 宗教習慣の尊重(仏教行事・イスラム教徒の増加)
*12. 労働関連法:高い残業代1.5〜3.0倍
*13. 病欠による有給 年間30日まで有給で病欠が可能。通常有給は年6日
以上皆勤手当の活用と福利厚生(パーテイー、社員旅行は重要)
*14. ジョブホッピング
*15. コンプライアンス
*16. サプライチエーンのバックアップ体制(政治問題、自然災害)
*17. 本社と現地の温度差、現地事情の理解不足:「TKY」「OKY」
以下、順序は違えますが、17.は意外と重要です。
本社との温度差を解消しておくこと。
日本人幹部も経営経験などない者が殆どで駐在員の選定にも問題と限界が
あります。“TKY”は“OKY”とも言う、海外駐在員の「心の叫び」で“お前
がここへきてやってみろ!”の略語です。
2.は全てに書類が必要で、また、タイ人の役人は強くて偉いのです。
15.は従業員による横領と不正。ソンクラーンもしくは年末に果物や缶詰、
お酒をカゴに入れて役人や取引先に渡すのは一般的。交通違反も袖の下で
見逃し多々ありでした。
13.はタイにも失業保険・健康保険制度あり事業主も応分の負担。
11.は、タイ人男性は生涯に一度出家する事が望ましいと考えられています。
雨季に3ヶ月〜半年程度出家する「短期出家」が一般的です。
タイ仏教は修行=仏の教えを社会に還元するという考えで、出家は人生の
門出(祭り)、成人式のようなものです。
日本の宗教では出家した僧侶が還俗することは殆どありませんが、彼らは
「得度 👉 出家 👉 還俗」のプロセスを経ます。企業でも出家休暇を認め
ています(私の会社も認めていました)。
また、イスラム教徒が意外と多く人口比率5%程度ですが、南部3県(ヤ
ラー、ナラテイワート、パッターニー)に集中しています。もともとマレ
ー半島には最も古いイスラムのパタニ国があり、それが後に併合されたた
めマレー系イスラム教徒が多いのです。
現在も自治や独立を求めてテロが多く、私が駐在したいた頃も、警察署が
放火被害を受けたり、ゴム園にタイ人警察官の首が転がっていたりと事件
が多かったものです。
付け加えると、人事採用ですが、これはタイ人に任せると自分より優秀な
のは絶対選ばないため良い人財が集められないことには気をつけましょう。
私の場合は、常に書類選考から個々の面接まで全て参加しました。
■「タイにおけるビジネス習慣 2」
1)所得控除殆どなく、高い個人所得税率、日本との合算申告
2)・法人税における計算で減価償却と交際費が特徴的
・減価償却は定額法が一般的、中古資産に関する規定なし。
・耐用年数は簡素:建物20年、コンピューター機器3年、
その他有形固定資産5年(*特別償却等は除く)
・小額固定資産の規定なく、1年を超えて使用する資産は全て減価償
却資産として計上要。
・乗用車は100万バーツを超える額は税務上の経費扱いにはならない。
・交際費は、年間の総収入と資本金の額のどちらか大きい方の0.3%。
・繰越欠損金は5年間認められている(赤字を翌期以降の利益と相殺で
きる)
3)・VAT 日本の消費税とほぼ同じ仕組み、但しタックスインボイス形式
・VATの登録収入が年間180万バーツを超える事業者、日本と違って
VAT登録事業者のみがVATを取れる。売上VAT-仕入VAT=納税VAT
4.法人の源泉徴収による納税
*業務間の取引により、相手が法人個人問わず支払う場合には、内容
により一部を納税する必要あり。資産の賃貸料(家賃)、広告料・
コンサルタント料等(2〜5%)
ポイントは、「日本に比べ厳しい税法と間接部門にかかる時間とコスト」
即ち、意外と高い税率、そして、面倒な申告・納税手続きと膨大な書類で
す。
税金ですが、400万バーツ超は35%、タイに地方税がないとはいえ、日本
よりはるかに高い税金となります。また、駐在員のアパート会社負担の場
合のアパート代、駐在員教育費を会社負担の場合その教育費は所得税の対
象となります。
海外赴任で、税金が増えた分を会社が補填した場合、その分も給与として
所得税のかかる「タックスオンタックス」方式です。
毎月のVATと源泉税の計算と申告納付という面倒な事務作業がタイの経理
事務を煩雑にしており、仕入VATが売上VATより多い場合還付請求ができ
ますが、必ず税務調査があり還付滞留は常套化しています。
(注)法律改正で変更されているかもしれませんので実際実務を進める上
では、現状を必ず確認下さい。
■「不借身命」
●最後に、「組織経営成功の源泉は何か? それは諦めない経営者の努力、
そして従業員との融和(ES向上)と一体化」です。
駐在員は、日本側(本社)の不理解と孤独感から諦め感が先に立つケース
が多い(タイ式カラオケ通い等々、現実逃避行動に走る)、のですが、
決して諦めず壁に立ち向かう闘志が必要です。
またタイ人は新しいことを学ぶことが好きであり、ISOとかTS等を使って、
具体的な教育制度は充実させることが重要です。また、仕事の動機づけに
なるツールも必要で、従業員個人の向上に繋がること:例えばクレド経営
などを模索してみるのも1つかと思います。
皆さんご存知のナポレオンヒルの調査結果が示すように、経営者にとって
“諦めない努力”こそが、夢を現実化してくれる重要なキーワードであると
思います。彼は「失敗と挫折に直面した時にとる行動性について検証する
ため、30,000人の男女を対象に調査した(即ち、人は何かに挑戦している
時に何回壁にぶち当たったら諦めるか?平均で0・6回)。
ほとんどの人にとって、挫折するためにはたった一つの障壁で十分だった。
意欲に燃えた人たちは色々なことを始めるが、結局は挫折に直面する前に辞
めているということなのです。失敗こそが成功の「一歩」という事でしょう。
最後に、タイ人と日本人は朋友です。
「大凡、朋友は、箴規指摘する処少なく、誘掖奨勧の意多きを須ちて、方に
是なり。亦、須らく委曲謙下して、寛く以ってこれを居るべし。」
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