いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

人類はどこまで速く走れるか・・・初めて10秒0を出したのは1960年、西ドイツのハリーです。それから47年。がんばれ桐生君。

2017年10月19日 00時44分33秒 | 日記

 選挙の記事ばかり続きました。
 新聞、テレビの予想では、自民党・公明党の圧勝となりそうです。
小池百合子氏が希望の党を華々しくスタートさせた直後は、自民党
は大苦戦か?という感じでした。しかし、小池氏自身が立候補しな
かったため、選挙後、希望の党は首班指名にだれを推すのかという
ことが問題になりました。さらにまた、旧民進党が希望の党と立件
民主党に分裂しました。そのあたりから、希望の党は、一気に失速
してしまいました。このままだと、政権交代どころか、野党第一党
の座も立憲民主党に譲ってしまいそうです。これでは、希望の党は
いったい何だったのか?ということになってしまいます。
 
 今回は、選挙の話はそこまでとして、陸上100メートルの話
を書きたいと思います。
 桐生君が日本人で初めて100メートル10秒の壁を破り、9秒
98を出しました。9月9日のことです。それから1か月少しですが、
その後、衆院が解散され、政界の大再編が起きるという事態になっ
たので、桐生君の快挙も、ずいぶん前のことのような気がしますが、
まだ先月のことです。
 
 さて、まず、陸上100メートルの記録の変遷を、掲げておきま
す。これは、私たち人類が、「速く走る」ということに挑み、残し
てきた輝ける記録です。

 1930年に10秒3が出ており、ここでは、そこから記録を載
せます。

10秒3
パーシー・ウィリアムズ  カナダ      1930年8月9日

10秒2
ジェシー・オーエンス   アメリカ     1936年6月20日

10秒3から10秒2まで、6年かかっています。
10秒2が出たあと、1939年にドイツがポーランドに侵攻して、
第二次世界大戦が始まりました。1941年には日本がアメリカと
開戦し、太平洋でも戦争が始まります。文字通りの世界大戦になっ
てしまいました。
 戦争は1945年に終わりましたが、戦中、戦後の混乱期には、
100メートル走も、さすがに、記録が伸びていません。
 1956年になって、ようやく、10秒1が出ました。これは、
10秒2が出てから、20年もかかっています。

10秒1
ウィリー・ウィリアムズ   アメリカ    1956年8月3日

 10秒1が出ると、10秒0を見たいものです。
 だれが最初に10秒0を記録するか。
 戦後の混乱も落ち着いてきて、10秒0をいつだれが出すか、世
界的に大きな関心を集めたはずです。
 
 人類で初めて10秒0を出したのは、西ドイツのハリーでした。
 1960年6月21日のことです。
 10秒1からは、4年で出ています。
 西ドイツのハリーは、これで人類史上に名を残しました。
 

10秒0
アルミン・ハリー       西ドイツ   1960年6月21日
ハリー・ジェローム      カナダ    1960年7月15日
オラシオ・エステベス    ベネズエラ   1964年8月15日
ボブ・ヘイズ         アメリカ  1964年10月15日
ジム・ハインズ        アメリカ  1967年5月27日
エンリケ・フィゲロラ     キューバ   1967年6月17日
ポール・ナッシュ       南アフリカ  1968年4月2日
オリバー・フォード      アメリカ  1968年5月31日
チャールズ・エドワード・グリーン アメリカ 1968年6月20日
ロジェ・バンビュク      フランス   1968年6月20日

 特筆すべきは、1964年10月15日のボブ・ヘイズの10秒0です。
 1964年10月15日は、何の日でしょうか。
 そう。
 これは、東京五輪です。
 東京五輪の陸上競技は国立競技場で実施され、そこで、ボブ・ヘイズは、
10秒0の世界タイ記録を出して、金メダルを取りました。
 ヘイズは、日本でも人気があり、大きな声援を受けました。

 ここで注目してほしいのは、ハリーが10秒0を出すと、いろんな選手が
10秒0を出すようになったということです。数えると、10人の選手が
10秒0を出しています。
 陸上や水泳の記録は、だれか一人が壁を破ると、他の選手たちが、セキ
を切ったように、同じように、壁を破ってくるのです。
 これは、またのちに触れます。

 さあ、ここまでくると、9秒9は、時間の問題のようになってき
ました。
 そして、1968年6月20日、全米選手権で、とうとう、9秒
9が出ました。全米選手権の100メートル準決勝で、ハインズ、
スミス、グリーンの3人の選手が、そろって、9秒9を出し、この
日、人類は、10秒の壁を破ったのです。


9秒9
ジム・ハインズ       アメリカ   1968年6月20日
ロニー・R・スミス     アメリカ   1968年6月20日
チャールズ・E・グリーン  アメリカ   1968年6月20日
エディ・ハート       アメリカ    1972年7月1日
レイ・ロビンソン      アメリカ    1972年7月1日
スティーブ・ウィリアムズ  アメリカ    1974年6月21日
シルビオ・レオナルド    キューバ    1975年6月5日
ハーヴェイ・グランス    アメリカ    1976年4月3日
ドン・クォーリー      ジャマイカ  1976年5月22日

 1968年にハインズら3選手が9秒9を出した後、次の選手が
9秒9を出したのは1972年で、4年かかっています。しかし、
その後は、9秒9が続々と出ています。

 世界陸連は、1977年から、手動式によるストップウオッチを
やめ、100メートルの記録を電気計時に統一しました。それに伴
って、タイムも、手動式が小数点ひとケタだったものが、電気計時
では小数点2けたで計測するようになしました。
 電気計時による9秒台の第一号は、1983年のカルヴィン・ス
ミスで、9秒93という記録です。
 この記録は、長い間残り、次にこれを破ったのは、かのカール・
ルイスです。
 カール・ルイスは、1988年に9秒92を記録しました。
 これを抜いたのが91年のリロイ・バレルで、9秒90を出しま
した。
 この後、ルイスとバレルは、競うようにして記録を更新していき
ます。最初に9秒8台を出したのは1991年のカール・ルイスで、
9秒86です。これをバレルが94年に9秒85を出して更新しま
す。

9秒93 カルヴィン・スミス  アメリカ   1983年7月3日

9秒92 カール・ルイス    アメリカ   1988年9月24日

9秒90 リロイ・バレル    アメリカ   1991年6月14日

9秒86 カール・ルイス アメリカ 1991年8月25日

9秒85 リロイ・バレル アメリカ 1994年7月6日

9秒84 ドノバン・ベイリー カナダ 1996年7月27日

9秒79 モーリス・グリーン アメリカ 1999年6月16日

9秒77 アサファ・パウエル ジャマイカ 2005年6月14日

9秒74 アサファ・パウエル ジャマイカ 2007年9月9日

9秒72 ウサイン・ボルト   ジャマイカ  2008年5月31日

9秒69 ウサイン・ボルト   ジャマイカ  2008年8月16日

9秒58 ウサイン・ボルト   ジャマイカ 2009年8月16日

 ルイスとバレルの2人は、100メートルの記録をかなり塗り替
えました。
 この2人の後、モーリス・グリーンとアサファ・パウエルの2人
がライバルとして競い合い、9秒7台を出します。
  2007年にパウエルが9秒72という記録を出し、次は、い
つ9秒6台に突入するのかという関心が世界的に高まりました。そ
れとともに、100メートルの記録はどこまで伸びるのかというこ
とも話題になりました。
 これにあっさりと答えたのがウサイン・ボルトです。
 ボルトは、2008年に9秒69を出し、人類として初めて9秒
6台の数字を見ました。
 このころのボルトは絶頂期で、翌2009年8月には、9秒58
と、とうとう9秒5台というものすごい記録を打ち立てました。
 これが、いま(2017年)も、世界記録となっています。

 西ドイツのハリーが1960年に10秒0を出してから、200
9年は49年になります。
 49年で、人類は、10秒0から9秒58まで、記録を縮めたの
です。
                       (続く)


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