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JR東日本、混雑時以外は優先席でも「携帯OK」

東京でも、ようやく列車内での携帯電話の使用が自由になる。

報道によると、JR東日本など鉄道37事業者が混雑時を除いて十月から優先席で携帯電話を使えるように変更すると発表した。

携帯の電波が心臓ペースメーカーに与える影響は非常に低いとする総務省の指針を受けての措置だ。

関西圏の鉄道では既に実施されていたが、ようやく東日本も追従するようだ。

これまでは、優先席付近では携帯電話の電源を切るようアナウスなどがあったが、これからは、電源オフを求めるのは、体が触れあう程度の混雑時に限るという。
順次、車内放送や駅のポスターで周知するとしている。

弱い者いじめをする気はサラサラ無いが、ルールを遵守すれば、これからは気兼ねなく車内でも通話が出来そうだ。
ただし、あまり声高な通話は勘弁して欲しい・・・

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10月10日は、何の日?

「体育の日」で正解だが、そのルーツを辿れば、1964年開催の東京オリンピックを記念して定められた国民の祝日だ。

それは50年前、1964年10月10日だった。
前日は土砂降りだった東京だが、当日はそれがウソだったような上天気で、自衛隊機が抜けるような青空に五輪の輪を描いたのを鮮明に覚えている。
 

先の大戦で壊滅的な被害に遭った東京の復興が、オリンピック開催へ向けて一気に加速された。正に首都東京のインフラが大胆で且つ大規模に整備され、そこに住む者の生活様式まで一変した。


首都高速道路の整備、新大阪まで三時間余で走る新幹線、羽田空港に直結したモノレール、数々の名勝負の晴れ舞台・国立競技場、女子バレーで注目された駒沢オリンピック公園、ライフスタイルを変えた団地の出現、白黒からカラーテレビに買い替え・・・などは、その渦中に居た者として、いずれもが今となっては懐かしい。

また、日本中を熱狂させたアスリート達を今も忘れない。テレビ視聴率90%を越えたと言われる東洋の魔女、オリンピックの名花・チャスラフスカ、素足のランナー・アベベ、国立競技場に唯いつ日章旗を揚げた円谷幸吉、日本最初の金メダリスト三宅義信、ヘーシンクに抑え込まれた神永、100mを10秒で走り抜けたヘイズ、ウルトラCの演技・遠藤幸吉などなど、今でも国立競技場の外壁にその名を残している。

奇しくも、50年目のこの日、国立競技場のシンボルとも言える聖火台が、改築のため取り外された。いよいよ、2020年へ向けてのプロジェクトが目に見える形で始動したようだ。

たまたま立ち寄った書店で、目にした月刊誌「東京人」の11月号。「オリンピックと都市東京」と題し、1964年の変貌と次回2020年への期待が綴られていて興味深く読んだ。

 

 

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今日(7月1日)から、此処へ移転して来ました。

gooとは同系列の ispである「NTTぷらら」が、昨日(6月30日)を以て、ブログサービス(Plala Broach)を打ち切りました。

サービス開始から足かけ九年、毎日毎日のコンテンツ作りも楽しかった。無料で 1GBが与えられ、しかも、今どきにしては珍しく、広告は全く無くて、利用者からも閲覧者からも好評でした。

しかし、納得できる説明も無いまま、一方的なサービスの終了で、収益の悪化が本当の理由でしょう? 何の代替えサービスも無く、唯一、同系列の gooへ、これまでのデータ一切のインポートを勧められました。
そんな理由で、期限ギリギリのタイミングでしたが、広告ベタベタの此処へ約1,500のコンテンツを移転させました。
gooの皆さんに、どの様に受け入れられるのか?未知数ですが、暫くは、此処にお世話になる積もりでいます。

ブログのタイトル「My Graffiti Board」の由縁は、ジョージ・ルーカスが監督・脚本し、1973年に公開されたアメリカ映画 "American Graffiti" からの引用です。

以下は、この「My Graffiti Board」内の "American Graffiti" です。

American Graffiti
More American Graffiti

主なコンテンツは、四半世紀前から愛用のマッキントッシュのことや iPad/iPhone/iPodのこと、マニアックなアマチュア無線やBCLのこと、四季折々の東京タワーの点景、たまに専門的なオシロスコープのことなど、硬軟両用の内容です。

当然ながら、過去の記述ですが、時を選ばないコンテンツも沢山ありますので、ご閲覧を頂ければ幸甚に思います。
更新の頻度は、それほど多くはありませんが、この「My Graffiti Board」をブックマークして頂ければ嬉しく思います。

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増税?で「小エビのカクテルサラダ」が消えた

月に幾度か行くイタリアン レストラン チェーン店だが、四月一日から、メニューのトップページから一番人気の「小エビのカクテル サラダ」が消えた。

これまでは、まず最初にオーダーする逸品?だった。見た目にも綺麗な盛りつけで、契約農家からの仕入れだという「こだわりレタス」は、食感も良く、トッピングの淡いピンクの小エビも食べやすい。しかも、ボリューム満点で、前菜として二人で食べると持て余すほどの量があって459円だった。

それが、四月からの増税で、多くのメニューが少しずつ書き直され、「小エビのカクテル サラダ」も「小エビのサラダ」に置き換えられた。しかも「お一人分サイズ」とワザワザ添え書き付きで 299円になった。

どう見ても、分量が減るは、価格は上がるはで、良いとこ無しだ。
オーダーの時に、「お一人分で以前より量が少ないですが・・・」と念を押される。トラブルを避ける為だろう。


みみっちい話しだが、盛りつけてくるディッシュは、これまでのモノの七掛けくらいの直径だ。深さもそれなりに浅い。それ故、容積は、これまでの約三分の一ほどだ。盛りつける具材も、それに応じて少なくしつつ、メニュー単価を上げている。それでいて増税分はシッカリ控除していて、その巧妙さと強かさには関心するばかりだ。

「小エビのサラダ」をヒトツの事例としたが、今後もオーダーするメニューに変わり無い。しかし、巷では、増税で、売り上げ面では厳しくなると言いつつ、蔭ではアノ手コノ手で、シッカリと利益確保をしている現実があることを言いたいが為のことで他意は無し。

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北の丸公園は満開だった

抜けるような青空に、北の丸公園のあの見事な枝振りの桜は如何かと出掛けた。
花見客の多くは、九段坂を上り、田安門から北の丸公園へ入るが、時として、ラッシュ時の駅階段の様な混雑も予想され、今回は反対側の清水門から公園へ入った。
正直言って、公園中央の広場には桜が少ない。



大きな池の北寄りに列をなして開花しているところがあり、そこではシートを広げ手弁当を楽しむ家族連れの姿が多く見られた。
多くの花見客は、その横を足早に通りぬけ公園西側の急勾配を上る。その先で行き止まり、急に視界が広がる。かっての江戸城の城壁部分の崖の縁に立つことになる。

眼下の千鳥ヶ淵を臨む城壁から、満開の桜が濠を覆い隠すように伸びている。
北の丸公園の桜は、都内でも屈指の大きな枝振りだが、いずれも老木で、台風や強風によると思われる倒木も目立ち始めた。

ここでは見上げるのではなく、眼下のお濠へ向けて枝を伸ばす桜を見下ろすカタチでの花見となる。既に満開を過ぎ、花散らしの春風に、濠の水面は花弁が吹き溜まり、淡いピンクの文様を見せている。

北の丸公園は皇居外苑内でもあり、車座の花見酒は禁止、上野公園とは対照的に酔客はゼロ。花見客が静かにそぞろ歩きながら満開の桜を愛でる、数少ない花見処だ。












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ガンダム fact file vol.1と vol.2 を買ったが

秋葉原へ行ったついでに、有隣堂ヨドバシAKIBA店へ立ち寄った。
マックとか iPhone関連の書籍の棚を一巡し、隣の棚へ移動した時に妙に大きな本があるのに気づいた。それも二冊。一冊はブルー、もう一冊はレッドで、いずれも原色に近く、派手派手で嫌でも目が行った。

タイトルが、ブルーは「GUNDAM FACT FILE MECHANIC ILLUSTRATIONS vol.1」、レッドは「GUNDAM FACT FILE MECHANIC ILLUSTRATIONS vol.2」と難なく読み取れた。何しろB4サイズの大判だけに存在感がある。
ピチッっと透明なフィルムで密封してあり、中を見ることは出来ないが、表紙の説明からガンダムのイラスト集?何だろうと想像した。

自分と、このガンダムとの接点は、数年前にお台場の潮風公園に、夏の一時期だけ等身大?の像が一般公開されているのを見に行った。
しかし、今は同じお台場のダイバーシティ東京の前に、常設でスクッと立っているが見られる。

それ程の関わりしか無いし、この手の本に興味も無いが、身近に「ガンダム大好き」が居るのを思い出し手が出た。
もちろん、二冊とも買ったが八千円近くした。大判で重過ぎて、しかも、二冊となると片手で持つにはキツイ、持ち帰るのにひと苦労した。

画像では、二冊と一緒に自分の iPhoneを載せて撮ってみた。ビッグサイズの本であることが分かるはずだが・・・

出版元のコトバを借りると、
「ガンダムファクトファイル メカニックイラストレーションズ」は、2004年に創刊された、ガンダムシリーズ初の完全データファイル 週刊「ガンダム・ファクトファイル」で人気の高かったMS(モビルスーツ)、MA(モビル・アーマー)の描き下ろしイラスト150点以上を再集結しました。キャラクターデザイナー本人が描いたイラストや、劇中の名場面をCGで制作したイラストなど、貴重な描き下ろしイラストも掲載。ファンにはたまらない魅力的な画集です。

第三者的な自分にはチンプンカンプンだが、ガンダムファンにはお宝本?なのかもしれない。


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今日に繋がる歴史の重みを改めて感じた、

先般、旧友と横須賀市内を散策する事になり、久々、京浜急行電鉄に乗車した。
先ずは、京急の横須賀中央駅から徒歩五分ほどの所、食通には名の知れたカレー専門店で「海軍カレー」と称するモノを初めて食した。
感想としては、どんなに具材やスパイス、調理方法を工夫してあっても、カレーはカレーであって、自分としては、格別に感激するものではなかった。

そこから隣の駅まで乗車、京急の汐入駅から遠くない桟橋から、横須賀軍港巡りの遊覧船に乗船し、生まれて初めて海側から、明治時代より発展してきた軍港を目の当たりにした。

莫大な国税で建艦された、海自のイージス艦やヘリ空母、時期によっては南極観測船の「しらせ」も見られるようだ。
米国の空母ジョージワシントンは、作戦行動中で留守、ひときわ大きな専用桟橋だけを見ることになった。

その後、米軍横須賀基地の反対側に在る、今は記念艦となった、往時の戦艦三笠を見学した。

日露による日本海海戦の時の連合艦隊の旗艦であり、長い時を経て、保存管理され、現在は歴史的な記念艦として往時の姿を良く留めている。

艦内の展示物から、明治政府による近代国家への苦難の歴史を、今さらにプレイバックした。
この日本海海戦に圧勝した日本だが、もし、バルチック艦隊に大敗していたら、今日の日本は存在せず、ソビエト連邦の共和国になっていたかも知れない?

往時の共和国とは、
ロシア、ウクライナ、白ロシア、ウズベク、
カザフ、グルジア、アゼルバイジャン、リトアニア、
モルダビア、ラトビア、キルギス、タジク、アルメニア、
トルクメン、エストニア
などだが、ソ連邦の崩壊で、多くの国が次々に主権を取り戻し独立している。

一世紀も前の事で、歴史の授業で習ったが、記憶に残るのは事の発端と戦勝だけ。
遅蒔きながら、往時の世情を知るため、幾册か読んでみた。美化された記述が無い訳でも無いが、まことに小さな国が、列国の横暴に挑んだ経緯を、改めて知ることになった。

日露戦争は、我が国にとって艱難辛苦の末の辛勝で終結した。
その後の講和会議は、明治政府の思惑通りに進まず、樺太の割譲や、最も望んだ賠償金を得られず、戦時下で疲弊した日本国民の怒りが爆発、戦勝を祝う状況にはならなかった。

天下太平の平成の世に、今さら、この記念艦の艦内を巡る事で、今日に繋がる歴史の重みを改めて感じた。

 Photo by iPhone 5

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昭和とは、こんな時代だった、

書店で、そのタイトルに目を引かれ、思わず買ってしまった一冊。
「泣いて笑って夢に生きた 昭和時代」
何となく普段の忙しさに紛れ、そのまま他の本と一緒に積んであったが、急に思い出し、手に取ってページを繰ってみた。天下太平の平成も、はや四半世紀が過ぎているが、戦禍にも遭った昭和の暮らしの方が自分としては、まだまだ長い。
昭和元年は一週間に満たず、昭和64年は一週間で平成に元号が変わり、在位六十二年と二週間あまり、歴代の元号としては一番長いかも知れない。
昭和と言えば、何と言っても大戦を経験したことだろう。戦陣に散り戦火に倒れた多くの人々を思う時、それを転機に日本と言う国が大きく変革し、今の私達の毎日があるように思う。

一年毎に見開きページで、その年その年の出来事が写真と共にある。
まずは、自分の生年のページを開いてみた。親からもたびたび聞いては居たが、やはり「戦」の字が多くあり、そんな時代だったことを改めて受け止めた。
しかし、ページを繰る毎に、暮らしぶりが次第に良くなっていく様が読み取れて、驚異的なスピードで戦後の復興と繁栄を自助努力で成し遂げたかが分かる。

焼け野原にリンゴの歌は流れ、昭和39年の東京オリンピックに熱狂、国民的スターが生まれ、バブル景気に日本中が踊らされた。そんな激動の昭和を、大衆文化を中心に浮き彫りにしている。懐かしい写真も多数ある。エネルギッシュな昭和パワーに触れ、暫し元気になれる一冊かも知れない。以下はコンテンツの一部だが、昭和と言う時代の早分かりだ。


昭和0年代(ヒトケタ)新しい時代の幕開け

暗い昭和の幕開けもどこ吹く風のモボやモガ
国内に思想弾圧 満州で関東軍暴走!
日本の戸締り 誰がする?
やーとな それ ファッションだショイ

昭和10年代 ススメ軍国日本

誰が天皇を「機関」にしたか?
帝都戒厳令とチョンギリ事件
中国と開戦!宣戦布告なし
特攻は誰を救ったか?

昭和20年代 時代の大転換

ぼんやり見上げる青い空
ラジオと生きる
世界に跳ねるフジヤマのトビウオ!
テレビ時代の幕ひらく

昭和30年代 経済成長へ走る

神武以来の好景気
もはや戦後ではない?
有楽町で俺は待ってるぜ
これで世界の仲間入り

昭和40年代 熱狂は頂点に

テケテケテケで明け暮れる
高度成長の「昭和元禄」に大学紛争の嵐!
GNP第二位モーレツに突き進む
チョーさん辞めないで角さんはどうぞ!

昭和50年代 安定への模索

使い捨てライターに何やら自分の姿を見たりして
おごる日本はひさしからず
一日三語で過ごすムスメたち「ウソー!」「ホントー?」「カワユーイ!」
弱男・強女よ 大根めし 食ってみろ

昭和60年代 バブルの到来

貿易収支は超黒字 その金やいずこ?
チェルノブイリでバン!しあわせって、なんだっけ、なんだっけ?
バブルに溺れる最中にあの顔、この顔、夜霧に消えた
世間の波よ静まれ 昭和天皇 病おもし
 


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紅白、選考基準が明確で無いのが、

NHKは昨日(26日)、大みそか恒例の第63回紅白歌合戦の出場者を発表した。
出場するのは昨年の55組より5組少ない50組。
初出場は昨年の7組から一気に5組増え12組だ。最も回数の多い出場者は49回目となる。
大雑把に言って、半数は、「この人は誰?」、「どんな歌?」って印象だ。
出場回数が多い大御所的な人もいるが、何時までも居座らず、潮時を考えて勇退したらどうかな? 新人に出場枠を譲れば、そんな粋な計らいに、視聴者も、ごひいきや後援者も、流石と納得、正に金看板だろう。
また、毎年思うが、出場者の選考基準がイマイチ明確で無い事だ。
当のNHKに言わせれば 「選考は世論の支持、今年の活躍、演出・企画を総合的に判断した結果。50組という限られた数ですから、どうしてもそこに入ってこなかったというだけ」 と説明するが、いつもながら視聴者は蚊帳の外、総論的な発言で説得力に乏しい。
NHKの独断と偏見で決まっているとは言わないが、少なくとも、受信料を徴収している視聴者の意志も反映できる仕組みがあって然るべきかな?と、ふと思った。

今年の紅白、
NHKのこの番組へのメッセージは、

歌で 会いたい。
2012年。
日本中を勇気づけたロンドンオリンピックがありました。
東日本大震災からの復興に汗を流した人がいました。
この一年間、がんばったあなたに会いたい。
未来にむけて、動き出した夢に会いたい。
紅白を楽しみにしてくれるあなたはもちろん、
紅白をこれまであまり見たことがないあなたにも会いたい。
1億2千万人が歌を通して、日本のたくさんの希望に出会う、
そんなあたたかい12月31日にできたらと思うのです。
「歌で 会いたい。」
第63回NHK紅白歌合戦。12月31日、生放送で会いましょう。

当日は、午後7時15分から11時45分までの長丁場で、四時間半も丸々付き合っては居られない。取りあえず DVDレコーダーに丸録りだ。その間に、別の番組をザッピング、年越しソバを食べて、新年を迎える事になる。それ故、紅白を視るのは正月明けか? 気になる歌手やシーンのクリッピングで済んでしまいそうだ。


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何で今頃、「吉田拓郎ライブコンサート・インつま恋'75」

前代未聞の大規模オールナイトコンサートになった「吉田拓郎ライブコンサート・インつま恋'75」。1975年8月2日~3日、静岡県掛川市つま恋多目的広場で開催されたが、今となってはレジェンド?として語られるほどの超ビッグライブコンサートだった。
1975年と言えば昭和50年だ。その頃、何をしていたのか?自分の人生に重ね合わせて見ると、幼子との三人家族、何事をするにも力が入っていた時代だった。
当時、拓郎のファンは、いわゆる団塊の世代が中心だったと思う。自分は、拓郎より、かぐや姫やオフコース、チューリップの追っかけ?だったが、何となく拓郎も悪くはないと思っていた。
CDが登場する十年ほど前の時期でもあり、セルズの音源はカセットテープとレコード。いずれも高価で、買い揃える訳にもいかなかった。
だらか、当時は、誰でもエアーチェックに熱心で、毎日、番組表と首っ引きでライブ番組やミュージック番組を、カセットテープに録っていた。
先月、拓郎の "つま恋'75ライブ" が CDとして発売された。
何で 37年も経った今になってなのか?その意図は全く分からないが、初回仕様限定盤が出た。今どき、初回限定の特典が、紙ジャケット仕様とは、先祖返りの積もりにしてはチープな企画だ。
4900字と言われるライナーノーツが折り畳んで入っていたが、文字が細か過ぎて読む気にもならない。この CDを買う世代を考えているのか?甚だ疑問、編集者の思慮の無さ?だろう。
九月発売だったが、近くのJR駅前のTSUTAYAで聞いたら、お取り寄せしますと素っ気ない返事。達郎の新譜のポスターは貼ってあるのに、拓郎は無しかと思った。
急ぐ訳でも無いと、十月になってから、秋葉原へ行ったついでに、タワーレコードへも寄ってみた。
カウンターで聞いたら、少数在庫があるはずと応えつつ、奥に消えたが、暫くして CDを片手に小走りで戻って来た。何とかゲットしたが、棚にはソレが無く、拓郎も、既に過去の人か?
この CDには、つま恋'75ライブで拓郎が歌ったとされる 59曲からの 10曲とリハーサル音源 1曲が収められている。どの様な基準で選りすぐったのか?私の好みからすれば、"三軒目の店ごと"、"されど私の人生"、"君去りし後"、は別の曲に差し替えて貰いたいくらいだ。収録曲は、
 1. 僕の唄はサヨナラだけ (リハーサル) (Mono Rec)
 2. ああ青春
 3. 春だったね
 4. 今日までそして明日から
 5. 夏休み
 6. 襟裳岬
 7. 三軒目の店ごと
 8. されど私の人生
 9. 君去りし後
 10. 落陽
 11. 人間なんて
全曲が、デジタル・リマスタリングだが、正直言って、音質が良いとは言えない、当時の収録方法や録音機材からすれば、これがベスト録音だったのかも知れないが?今となっては貧相に聞こえる。
何故か一曲目の "僕の唄はサヨナラだけ" はリハーサル音源で、しかもモノラル。AM放送を聴いている様なデッドな感じで、初っ端からテンションが下がった。二曲目の "ああ青春" から、叫びとも呼べる喉嗄れ声のクライマックス "人間なんて" まで一気に聴いてみたが、前宣伝にある臨場感が豊かとは言い難い。ライブの拓郎を感じたのは、延々と繰り返す「人間なんて」のフレーズのところだけ。
そう言えば、この CDでは、あれが聴けなかったな、「朝までやるよ~」、 これなくして、「つま恋」は語れないのだが・・・
最後に、総括すれば、既に拓郎の CDを持っているなら、敢えて買うに値しないモノだった。
しかし、6万余の若者達が夜明けまで何十分間もの大合唱を続けた、その熱狂とセンターマイクの拓郎との一体感は、今にして思えば、正にフォークという時代の高まりだったのかもしれない。

 Photo by iPhone 4S
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