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FireWire、対応のハードディスクが少ない?

アップルのノート型PCである MacBook Pro へ外付けハードディスクを付けて、アップルで言うことの "Time Machine" つまり、常時バックアップをすることにした。


これまでも、外付けハードディスクはあったが、時々、バックアップが必要なフォルダーを本体からハードディスクへコピペするだけで済ませていた。

今回、必要に迫られ、この "Time Machine" を用いることなった。
今までは、常時接続では無いので、USB経由でハードディスクを付けていた。しかし、常時接続となると、USB端子が二つしか無い MacBook Pro では使い勝手が悪い。
それで、 ウインドウを使っている人には馴染みが無いが、マックでは標準装備の FireWire(IEEE1394)経由で常時バックアップをすることにした。

大昔は、Logitec製のハードディスクを用いていたが、ロジテックが市販を止めてしまった事と、マックのシステムが OSX に変わってしまったこともあり Western Digital製に乗り換えてしまった。

今回も Western Digital製を買うことでアップルストア銀座へ立ち寄った。
Western Digital の HPでも FireWire対応のラインナップがあることを確認していた。
しかし、Western Digital製品は一切扱っていないとの返事にお手上げとなり、急遽、銀座から秋葉原まで足を伸ばす事になった。

秋葉原の大型家電量販店では Western Digital製はたくさん陳列されていたが、FireWire対応のモノは無し、敢えて店員に聞いてみたところ、在庫限りで販売終了をしているとの返事。

止む無く、他のメーカーに付いて聞いたところ、G-Technology とLaCie に FireWire対応のモノがあることが分かった。無い物ねだりは無意味と、気持ちを入れ替え G-Technology のモノを、その場で購入した。

この製品は、FireWire 800と USB 3.0の両方に対応していて、使い勝手が良いが、当初の考え通りFireWire接続で MacBook Pro へ接続した。
"Time Machine" の立ち上げには数時間を要したが、何の問題も無く終了し安堵した。

一段落したところで、何故にアップルストア銀座で、 Western Digital製を扱わないのか?が分かった様な気がした。
FireWire は、元々がアップルの提唱した規格であって、後に IEEE1394 として標準化されている。
これまで、ウインドウズでの使用例を聞かないが、アップルだけ?がデフォルトで採用しているようだ。それ故、FireWire(IEEE1394)に非対応のサードパーティーの製品は、アップルストアから排除されたとも言えそうだ。

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中秋の名月とスーパームーン、


今日(27日)は「中秋の名月」。
夕方から都内でも雲間にまん丸の月が見え隠れしている。明日は地球と月の距離が近くなり、今年最大の満月「スーパームーン」となる。

 

月は地球の周りを楕円の軌道を回っている。
このため、月が地球に最も近づく時と遠ざかる時がある。国立天文台によると、明日28日には、地球に最も近づき、最も遠ざかった3月6日と比較すると、見かけ上は直径が約 1.14倍、明るさは1.3倍くらいになるという。

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WAC (六大陸交信賞)、久々に虫干しするが、

その存在を忘れて居た訳では無いが、国際アマチュア無線連合(IARU)発行のアワード WAC(Worked All Continents)を、久しぶりに丸めて収めてあった筒から取り出してみた。
カール癖は直ぐには直らないが、心配したほど、色合いの退色や用紙の劣化も無さそうで安堵した。
1960年代後半、自分の半世紀に及ぶアマチュア無線歴からすれば、かなり早い段階に獲得した、唯一のアワード(賞状)である。

WAC(Worked All Continents)は、Suica Cardの四倍ほどのサイズだ。

WAC(Worked All Continents)を得るには、文字通り Asia Europe, Africa, North America, South America, Oceania つまり六大陸のアマチュア無線局と交信し、その証しとしての交信証(QSLカード)を相手局から得なければならない。

 

以下が、アワード(賞状)申請時の書類(写し)の一部だ。
該当する交信証(QSLカード)は複数あったが、自分なりに敷居を上げ、コールサインのサフィックスが二文字のモノに限りピックアップした。アジアについては、敢えて日本を外し、思い出に残る国のモノを選んだ。

 

具体的に記せば以下の様に、大陸名, コールサイン(国名), 交信年月日だ。

北アメリカ, W1AW(アメリカ), 1967/10/28
南アメリカ, CE3ZW(チリ), 1967/03/26
ヨーロッパ, F8OZ(フランス), 1967/08/19
アフリカ, 9J2MX(ザンビア ), 1968/11/06
オセアニア, FO8BJ(タヒチ), 1968/01/03
アジア, XW8BP(ラオス), 1968/01/14

いずれも 21メガ帶の CW つまり 「電信」で交信して交信証(QSLカード)を得たモノだ。

当時は「電話」での交信が一般的で「電信」は少なかった。

それ故、この当時の WAC(Worked All Continents)の申請では、全交信が「電信」だけであればアドバンテージが与えられて、特別に CW と特記されたが、21 オンリーは特記の対象外で少々残念な気持ちもあった。

その他、短波帶(HF)のローバンドと超短波帶(VUHF)では、周波数の特記があったが詳細は忘れた。

アメリカはアマチュア無線人口が世界一だから、容易に多数の局と交信できたし、ヨーロッパは、沢山の国が国境を接しているので、コンディションが良ければ、交信は意外に楽だった。
アジアは、近隣国だからあまり苦労すること無く交信出来るはずだったが、当時は、内戦や国境紛争で隣国との争いも絶えず、一部の国を除きアマチュア無線をやっているような国情では無かった。
オセアニアは、アーストラリアとニュージーランド以外は小さな島国が南太平洋に点在していて局数が少なく苦労した。
南アメリカは、日本から地球的には反対側に位置し、電波の到来方向が、逆の方から届く、いわゆるロングパスもあり厄介だった。しかも、ブラジル以外は局数が少なく難儀をした。
アフリカは、 歴史的にみてヨーロッパ列強の植民地が多く残っていた。それ故、宗主国の者による運用が殆どで、その数も極めて少なく、なかなか交信の機会に恵まれ無かった。

このWAC(Worked All Continents)だが、開局から五年を経て獲得したアワードであり、後にも先にもアワードはこれしか得ていない。

このアワードを獲得した理由は以下のような次第だ。
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1960年代後半は、太陽の黒点の影響で、短波帶の電波がイレギュラーに伝播して遠くまで届き、海外の沢山のアマチュア無線局と交信が出来た時代であった。
それ故、
当時の百カ国ほどの国々と交信するのに、それほど時間は掛からなかった。毎晩深夜まで眠気に堪えながらアマチュア無線に没頭できた年齢でもあった。

アマチュア無線では、交信すると、お互いの交信証(QSLカード)を交換し合うのが通例である。そのカードを得ることで、お他人様に、こんな国とか、こんな県とか市の局と交信したと自慢話のヒトツも出来た。

世界各国に、色々なアワードがあるが、日本では、AJD(全国10地方、つまり、関東地方とか東海地方とか、それぞれ一局と交信する)とか、WAJA(全都道府県別に、それぞれ一局と交信する)、JCC100(全国100都市のそれぞれ一局と交信する)~JCC400(全国400都市)などが定番であった。

自分は、海外のアマチュア無線局と電信で交信することに熱中していて、時間を掛けてやればやるほど交信証も集まって来た。
その交信証を整理し分類すれば、何処かの誰かが発行しているアワードの申請条件を満たす物が出て来たりするが、自分としては、アワードそのものに興味が無かった。

当時はアマチュア無線家の数は少なかったし、年に二回ある国家試験を受験して合格し、免許を得る必要もあった。
また、今とは違いアマチュア無線機そのものも、メーカー製は高価で種類も少なく学生には高嶺の花、多くが秋葉原などで部品を買い集め自作した。しかし、電気の知識も必要で、誰でも出来る訳でも無く敷居も高かった。

そんな事もあってか?毎週土曜日の午後になると、近隣の中学や高校の生徒達が入れ替わり立ち替わり、私の無線設備を見学にやって来た。
正直言って、ゼンゼン面識など無いが、アマチュア無線に興味がある事だけが、唯一、彼らと自分を結ぶ共通因子だ。
この頃、アマチュア無線局を構成する送信機や受信機、その他の付帯設備も含め、三局分に匹敵する機器が部屋一杯に雑然と置かれていた。

見学に来た彼らに、それらを見せたり触らせたり、実際に無線局を運用したりしてみせた。その後、段ボール箱に雑然と収められている交信証(QSLカード)を取り出し、都道府県別とか、市ごとに積み上げながら、交信実績を自慢げに見せびらかした。
明けても暮れてもアマチュア無線一筋、自画自賛、有頂天になっていた時代であった。

これを繰り返すうちに、交信証(QSLカード)は乱雑に箱に収まるようになって、必要な物を直ぐに探し出す事が困難になってしまった。

考えあぐねて、交信証(QSLカード)は、箱に雑然と放り込んだまま、その集大成?としてのアワードを見せ、交信実績を、それとなく連想させることにした。

それには、AJD でも WAJA でも JCC でもダメ、WAC が最適と、自分なりに結論付けた。

開局から五年、最初の三年は専ら国内局との交信に明け暮れていた。
四年目のある日、ヨーロッパの局から突然呼ばれて狼狽えたが、それ以後は立て続けに海外局との交信にのめり込んで行った。

この二年間で、百カ国を超える海外局と交信が出来てしまい、当人もビックリ。交信証(QSLカード)を改めて整理してみると、六大陸のアマチュア無線局との交信も達成していた。

この五年間の集大成として、WAC(Worked All Continents)をゲットした次第だ。

余談だが、今回、初めて知ったが、四十数年も経つとアワードのデザインが変わっていた。
日本風に言えば唐草模様的だったモノが、なかなか現代風で洒落ていて、長い時間が経過した事をマザマザと実感した。

 

 

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銀座に近い浜離宮恩賜庭園ではキバナコスモスが見頃になり

秋の彼岸に近い時季、銀座エリアに隣接する浜離宮恩賜庭園へ行ってきた。
浜離宮恩賜庭園は、そのルーツを辿ると徳川将軍家の浜御殿、明治維新後は宮内省の所管となり浜離宮と改められた。戦後、東京都に下賜され一般公開された。以後、東京都の管理で大名庭園の面影をシッカリと残している。 

正門から海に向かう一角に花畑があり、春は菜の花畑、秋はコスモス畑と年に二度、花畑が出現する。

今年のコスモスの花は如何かと心配しつつ入園した。
正門から真っ直ぐ歩き濠を渡ると目の前に開けた花畑は、目に鮮やかなキバナコスモスが満開だった。
汐留シオサイトの高層ビルをバックに、今を盛りとシッカリと開花したキバナコスモスの花畑は、都会の喧噪を忘れさせるに十分な空間を演出していた。

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JR東日本、混雑時以外は優先席でも「携帯OK」

東京でも、ようやく列車内での携帯電話の使用が自由になる。

報道によると、JR東日本など鉄道37事業者が混雑時を除いて十月から優先席で携帯電話を使えるように変更すると発表した。

携帯の電波が心臓ペースメーカーに与える影響は非常に低いとする総務省の指針を受けての措置だ。

関西圏の鉄道では既に実施されていたが、ようやく東日本も追従するようだ。

これまでは、優先席付近では携帯電話の電源を切るようアナウスなどがあったが、これからは、電源オフを求めるのは、体が触れあう程度の混雑時に限るという。
順次、車内放送や駅のポスターで周知するとしている。

弱い者いじめをする気はサラサラ無いが、ルールを遵守すれば、これからは気兼ねなく車内でも通話が出来そうだ。
ただし、あまり声高な通話は勘弁して欲しい・・・

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「iOS 9」、9月17日午前2時にリリースされる予定、

クパチーノ時間の明日9月16日にリリース予定の「iOS 9」と「watchOS 2」は、日本時間では9月17日午前2時頃にリリースされるようだ。

手元の iPhone, iPad, iPad mini, iPod touchは、既に iOS 8.4.1にアップデートしてあるが、iOS 9へは暫く様子を見てからにする積もりだ。

特に、MVNOを利用している場合は、iOS 9へのアップデートは待った方が良いかも?
ネットからの情報だが、iOS 9のベータ版では、仕様が一部変更になり、従来のAPNプロファイルでは通信できない事例が発生しているようだ。

 


iOS 9の新機能の詳細は、アップルのサイトにある。

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テケテケ・ギタリスト、ベンチャーズのドン・ウィルソンがラスト・ツアー

戦後の七十年間で、老若男女を問わず認知度が高かった外タレを挙げると、まず、デビュー曲(Diana)が、いきなりビルボードの1位にランクインし、来日した「ポールアンカ」だ。誰もが、大穴~?と口ずさむ程の人気だった。
ロック歌手の山下敬二郎がカバーしてロカビリーブームを巻き起こし、日劇ウェスタンカーニバルでのファンの熱狂ぶりが社会現象となった。

1990年頃に買ったLDだ。CDは12cmだが、こちらは30cmのディスクが収められている。
ジャケットに iTunes Cardを載せて撮ってみた

 

もう一人がドン・ウィルソンが率いる「ザ・ベンチャーズ」だ。
それまでには無いエレキギターによるテケテケ奏法は、インパクトを持って日本全国津々浦々に知れ渡り、テケテケ・サウンド = ベンチャーズと広く認知された。
'60年に「ウォーク・ドント・ラン」を全米ヒットさせ、'62年に初来日。日本でも'64年夏、「ダイアモンド・ヘッド」が大ヒットし、'65年にも来日公演を行って、日本に空前の「エレキ・ブーム」を巻き起こした。

'88年から、毎年のように日本でのツアーライブを行い、日本に住んでいる?との噂も出るほど、日本人には馴染みのテケテケ・サウンドが定着した。今では、日本各地のコピーバンドは数知れず、特にオヤジバンドの力の入れようは半端で無い。

ザ・ベンチャーズのオリジナルメンバーは5人。
結成から半世紀が過ぎ、その間にリードギターのジェリー・マギー、ノーキー・エドワーズが脱退後、96年にドラムのメル・テイラーが他界、05年にはベースのボブ・ボーグルがツアーを脱退。残るは、ドン・ウィルソンだけとなった。

最後のオリジナルメンバーとしてベンチャーズを牽引してきたが、高齢のためハードスケジュールをこなすことが難しくなったとして、ツアーから離れることになり、最後の日本公演で7月に来日した。

ドン・ウィルソン最後の来日公演は、7月17日松戸市民会館を皮切りに、全国28都市、38公演し、今日(9月13日)大阪サンケイホールブリーゼで幕が下りる。

ツアーからドン・ウィルソンが抜けても、ベンチャーズは永遠に不滅だ。

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