岩倉高等学校 ラクロス部

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中村弘一選手よりメッセージ エピソード1 ラクロスを通じて広がった世界(国内編)

2020年08月27日 10時05分41秒 | 練習日記

中村弘一選手よりメッセージ エピソード1 ラクロスを通じて広がった世界(国内編)


中村選手は、大学は九州の大学。そこから、関西、関東への武者修行。
そして、オーストラリア、アメリカとラクロス修行へ。
岩倉高校には、アメリカ大学生を連れてクリニックを開催してくれました!!
熱い男です。

是非とも、最後までメッセージを読んでください。
3部作になっています。今回は、その第1作目。

皆さん初めましてこんにちは。
岩倉高校のラクロス部のみんなと開さん、水田さんにいつもお世話になっております。

中村弘一と申します。

私からはこの記事にて
【ラクロスを通じて広がった世界(国内編)】
について稚拙な文章ではありますがどうかご容赦ください。


私は18歳の時に、初めてラクロスと言うスポーツをYoutubeで知った後、大学に部活動を作る所から始まりました。

それまでは、バスケットボールに真剣に打ち込んでいたのですが、大学のバスケサークルの熱量の無さに悲しみを覚え、新しいことに挑戦してみようと思ったことがきっかけです。


当時私が所属していた、中村学園大学男子ラクロス部(当時は愛好会)はまだリーグ戦に出ることもできないような、日本でも最下層に位置する弱小サークルでした。

18歳当時個人で掲げた、「日本代表になり、メダル獲得を成し遂げる」
この目標達成のために
環境を言い訳にせず、最大限自分の能力を最大化する努力を継続すると心に決めていました。

自チームの練習では、たくさん問題があり大きな問題としては
「人が練習にこない」

日曜の午前にプレイヤー2人、マネージャー1人での練習をしていた事が鮮明に記憶にあります。

この状況の中、チームの組織作りを学ぶため、個人の技術を向上させるため

他大学の練習に行く事を始めました、
当時は九州のトップチームである九州大学、西南学院大学、福岡大学など
自チームでは考えられないような規模感での練習の質と量を体感し、なんとかこのレベルまで自チームを引き上げることはできないかと模索しました。

ただ、九州の中でのこの環境も井の中の蛙であり
日本には大きく刺激的な世界が待っていました。


次に向かった先は、関西です。
当時、九州のレベルは全国で見てもやはり、トップレベルでは無い状態でした。

きっかけはTwitterでラクロス好きの韓国系の方が関西に行くという事で、ノリで僕もお供させてくださいとツイートした事がきっかけです。笑

そのタイミングで、ポンセ、ゴジラ、立命館大学、など

初めて他地区のプレイヤーや先輩と練習をする事で、驚きもありましたがここで得た情報によると
どうやら関東でプレーしている人達のレベルは関西よりも優っているらしいと。

これは、関東に行くしかない!
そう思って、春休みの時期に当時獨協大学の同期達が九州遠征をしていた事もあって、獨協大学の友人宅を頼りながら
関東に出向いて行きました。

18歳の当時、初めて日本代表の合宿の見学やFALCONSの練習に参加したりと
同じスポーツをしてるとは思えないぐらいの衝撃でした。

その当時の経験がきっかけで、
日本代表を目指す事になり、FALCONSでプレーすると決めていました。


このように、ラクロスを通じて出会えた全国の素敵な仲間や偉大な先輩方との刺激をきっかけに

【大きく未来が変わりました】

ラクロスの重要な要素である
Lacrosse makes friends 文化

自分の一歩を踏み出す事、そして垣根を一歩だけ超えてみる事

そんな一歩から全て始まります。

ぜひラクロスを通じて、あらゆる垣根を超える一歩を踏み出してみてください。

最初は不安ですが、踏み出してみるととても癖になるのでオススメです。笑



次回は、ラクロスを通じて広がった世界(留学編)です。
期待して待っていてくださいね