神様がくれた休日 (ホッとしたい時間)

風吹くままに 流れるままに
(yottin blog)

スキー場の思いで

2023年01月30日 08時55分51秒 | 時代検証
長野県小谷村の栂池高原の最上部から更に上った、2000m級のバックカントリーで雪崩が発生して、スキーヤー(ボーダー?)が巻き込まれた
驚いたのは、巻き込まれた人たちが全て多国籍の白人だったということ
もともと小谷村、白馬村はオーストラリア人を中心にスキー好きの外国人が多くやってくる場所で、ロッジなどのオーナーになった人も多い
ジャンプをはじめ、長野オリンピックの会場にもなって世界に存在をしれるようになった。
私も10代から40代まで、栂池高原の知人のところで遊んだり、ホテルにカジキを定期的に届けに行って、時には調理を手伝ったりして、夜にはオーナーの息子と飲んで一晩泊めてもらったりしたものだ。
あの頃の白馬駅付近の賑わいはかなりのもので、今は面影もない
もちろんスキー場の宿泊施設も軒並み満員で、夜もこうこうと灯りがともっていたものだ
この沿線は関東圏より、関西圏のお客さんが多かったように思う、まだマイカー所有者が少ない時期だった、中央線や北陸線で来ると言っていた
ホテルのスナックで神戸の女子大生と飲んだ時、初めて生の関西弁に触れて感動した。
知人のロッジオーナーは時々、栂池高原からバックカントリーをスノーモビルで岩岳方面へ行くことがあり、私も誘われたことがあったが、メカ音痴の私には無理だった。
高校時代からスキーと言えば、栂池高原や、ローカルな池の田だとか行っていたが、やはり有名なのは八方尾根だった
あの頃は白馬は「信濃四谷」と言ったが、なぜ「白馬」になったかしらない。
長いスキーを電車(ジーゼル)に持ち込むから車内は人よりスキーの方が存在感があった、大糸線のジーゼルカーで白馬大池まで行って、そこからバスに乗り換えて親の原まで上がる。帰りはつづら折りの道路を駅まで滑って降りてきたこともある。
馬の背コースが一番の難コースで、私はそこを滑る技術は無かったから、鐘の鳴る丘で、おこちゃま滑りをしていた。
社会人になってからは、新潟市に移ったので、上越沿線にかわった
苗場、湯沢高原、六日町、小出、石打丸山などに出かけた
スキーは仕事が忙しくなるにつれてしなくなり、40代でやめた。

今朝の雪の様子



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4 コメント

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Unknown (nobara_kaori)
2023-01-30 13:55:47
お話を伺っていて、私も想い出しました。
学生時代、栂池高原に学校の施設があって、その運営を手伝っていたのです。
今回の事故で出てくる地名はよく知っているものばかり。
ガイドは付いていたのでしょうか?
そうでないと無謀、幾らスキー経験があっても事故は起きますよね。
救助隊も命がけです。
Unknown (achikochitei)
2023-01-30 15:30:44
「初めて生の関西弁に触れて感動した。」という表現が嬉しいです。やはりテレビで聞くのと隣の席でしゃべるのを直に聞くのでは違いますよね。神戸弁の女性は京都弁を話す女性とも大阪弁を話す女性ともちがう気性の持ち主です。
Unknown (injya1goo5yumi)
2023-01-30 19:25:47
achikochiteiさま

京都、大阪、神戸はそれぞれの個性あるとお聞きしていましたが
やはりそうなんですね。
70年以上生きて未だに生粋の関西の人とまともにお話したのは数回だけです、神戸、奈良、滋賀野洲、京都、それだけかな
関西言葉は憧れです。
Unknown (injya1goo5yumi)
2023-01-30 19:30:19
nobara_kaoriさま

今回の事故は外国人だけの数グループで、地元ガイドはついていなかったようです。 心肺停止2名、不明者はまだいるようです
雪崩に埋まった人を探すのも二次災害の恐れがあるので命がけです、横一列で傾斜のある雪の上を竹棒など刺して埋もれた人を探す、本当にご苦労様です。
相手が外国人だけに、今後はどうなるのでしょうか?

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