【 さくらんぼを一個、真っ白なテーブルクロスの上に置いてみてください。
そしてそれをじっと見つめて下さい。
あなたは少しずつ、自分の心が洗われていくのを感じるはずだ。
そして、自分の心が、いかに汚れてしまったかに思いを致し、うつむいて頬を染めるはずだ。
赤く、丸く、愛くるしく、清楚、そして可憐。
この世のけがれを知らぬげな、鮮紅色の無垢の魂。
〝初夏のルビー〟と言われる、その張りつめた皮肌は輝きに満ちて、あたりの風景を映さんばかりだ。
丸くて可憐で赤い果実に、突きささるような薄緑色の細くて長い柄。
完結したデザイン。実在するメルヘン。エンゼルの玩具。
気品にあふれ、優しさに満ち、そのたたずまいは宗教的ですらある。
さくらんぼの皮は意外に強靱で、
「輸送に強い」と言われているくらいだ。
皮を破って果肉を噛んで、歯がタネに当たるまでのちょっとした不安感。
歯がタネにあたってからの、口中の急な忙しさ。
その忙しさの中で味わう、ほのかな甘みと、ほのかな酸味。
さくらんぼの味は、はかない
何も主張しないし何も訴えない。
ほんのちょっとさくらんぼです、と小さくささやくだけだ。 】(「東海林さだおの味わい方」筑摩書房)
と、凄いことになっていますが、これは東海林さだお氏の文? 詩? です。
今夜は、わが家でもぜいたくなデザートとなりました。