根無し草のつれづれ

日々の雑感をひたすら書き綴ったエッセイ・コラム。また引用部分を除き、無断掲載の一切を禁ず。

ユメネコ

2007-04-10 18:11:15 | エッセイ、コラム
明け方、猫を抱いて眠るイメージの中で目覚める。
撫でるとフワフワした毛が心地よく、抱くと柔らかな感
触で温かな体温が感じられる猫だった。
アパート住まいで動物は飼えないので、腕に残る猫の
感覚はむろん夢の中のものである。
しかし、妙にリアリティがあり、けれどそれはいま散歩
道で遭う顔馴染みの猫たちとも、むかし実家で飼って
いた猫とも明らかに違う猫の姿で、はて?夢に登場し
た猫のイメージはどこからやってきたものだろうか、と
起き出すには早い早朝のベッドで考える。
考えることしばし、はたと一匹の猫の記憶がよみがえ
ってきた。

十数年まえのまだ学生だったころ一回だけ遭ったこと
のある猫。
朝コンビニに行った帰りに出遭った猫で、ノラ猫には珍
しく、「おいで」という私の呼びかけに逃げることなく、む
しろ積極的に近寄ってきた仔猫だった。
近くに寄ってきた所で頭を撫でて抱き上げ、そして膝の
上に置くと、喉をゴロゴロ鳴らしながら寝付いていた。
どんな理由で別れてしまったのか分からないが、まだ
親の温もりが恋しい年頃だったのだろう。
そうやって猫を膝に置いて数分間、私の膝の上で安心
しきった表情を浮かべ眠る猫をみて、なんだか妙に心
がくすぐったい気持ちになったのを憶えている。
もともとコンビニに弁当を買いに行ったこともあり、いつ
までもそうしているとせっかく温めてもらった弁当も冷め
てしまうので、おかずを少し分け与え、『またな』と頭を
ひと撫でして立ち去ったのだが、その後二度とその仔
猫をみかけることはなかった。

なぜその猫のことをよく憶えているかと言えば、それは
その猫にノミをうつされ閉口したからだ。
猫好きの私もさすがに学習して、それ以来ノラ猫を不用
意に抱くことはやってない。

最近は猫の寿命も長くなったと聞くが、既に十年以上前
のこと、仮に奇特な人に拾われ可愛がられたとしても、
その猫はおそらくもう天寿をまっとうしていることだろう。
ノラのままだったとしたら、寿命はもっと短かった筈。
そうして実体はなくなり、霊魂だけになった猫が、自らの
生涯を振り返る上でふいに私のことを思い出し、私の夢
の中に気まぐれに現れ、自らの幻をみせたのかもしれな
かった。
記憶のイタズラと簡単に片付けてしまうには、触覚にも
訴えかけるえらく現実感のある猫の夢だったので、たぶ
んあの夢はあの時の仔猫が、たわむれに私にみせたも
のだろう。

ちょうどいまごろの桜が花から若葉に移り変わる季節の
ことだったか、朝の空気はまだ肌寒かった。