おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

拝見 全日本剣道選手権をテレビ観戦する

2017-11-03 | Weblog

日本一を目指し64人の剣士が武道館に集結の文字を新聞のテレビ欄で見つけた。第65回全日本剣道選手権がNHK総合で放送される。祝日ながら家事でやるべきことがたくさんある中、時間があればテレビ観戦しようかなと思って赤ペンで丸印を付けた。午前が過ぎ、昼を超え、午後の片付け事で一服しようと居間の椅子に座ったところで時計と目が合った。生中継の選手権が見所に入っている時間帯だった。リモコンでテレビを付けると、準決勝進出の4人が決まったところだった。東京2人、熊本1人、福井1人という構成。うち2人は過去の選手権の優勝経験者。年齢では20代2人、30代2人。若手とベテランとの対決となる。中学、高校時代に剣道で汗をかいた元剣士としては、久、久、久し振りに剣道の試合を観戦することにした。

中学時代の剣道仲間を想い出す。小柄ながら出鼻小手の名手で先鋒の塩屋、中肉中背で小手、面の連続技を繰り出していた次鋒のわたし、抜き胴を鮮やかに決める中堅・桜本、小手、面、胴の何でもこなす副将・原田、中学生ながら180cmを超える長身で上段から面を打ち下ろす大将・畝本。われわれは春夏秋冬、中学校の体育館で稽古に明けくれた。初段昇段試験のときには原田と2人で受けた。筆記、形の披露、竹刀での試合と3つの試験で合否がその場で決まる。発表のときのことは今でも忘れない。わたしと原田の名前が合格者として読みあげられた。2人して道着姿で抱き合い、跳び上がって喜んだ。男同志で抱き合った最初の体験であった。稽古が終わって自宅に戻っても、竹刀や木刀の素振りを欠かさなかった。宮本武蔵ばりの強豪剣士になるつもりだった。結果は夢破れて山河ありだ。

他の中学校との交流試合などもやったとは思うが、今だにはっきりと覚えているのは剣道の上級者に稽古をつけてもらう出稽古だ。相手をしてくれたのは県下の強豪高として知られていた商業学校の剣道部員だった。中学生と高校生だから体の大きさの違いはあったのだろうが、防具を付けて目の前に立たれると、とてつもなく大きな存在に見えた。場数を踏み、稽古を重ね、実力が備わった有段者が醸し出す「威力」「脅威」「殺気」めいたものが漂っていた。相対した瞬間に恐怖の感情が全身を包み、動きは精彩を欠き、発せられる気合いの大音声に圧倒された。相手に何度も向かっていく掛り稽古では、錬達の竹刀捌きでいなされ、面、胴、小手を次々と打ち抜かれる。胸を借りるつもりで挑むがまったく歯が立たない。胸にたどり着く前に道場の板壁まで吹き飛ばされる始末だった。

研鑽、素振り、精進、汗、汗、汗の剣道時代に想い浸っていると、準決勝が始まった。当たり前だが、姿勢がいい。動きが機敏。無駄な動きがない。見ていてここちよい緊張感を味わう。鍔競り合いの際の気合いの応酬も猛獣の獰猛さを連想させるほどの迫力である。屋内で飼われている縫いぐるみみたいな犬ならば、尻尾を巻いて退散すること間違いなし。準決勝ぐらいになると、実力的にはどちらが勝ってもおかしくないレベルだ。解説の有段者も「だれが優勝してもおかしくないですね」と実力伯仲であることを述べていた。勝つか負けるかの試合だから、攻めた方が勝つ。気持ちで押している方が勝つ。受け身に回った方が負け。勝ち急ぐ気持ちがあると負ける。勝ちにこだわりつつ、勝ちを意識しないで、技を繰り出す。相矛盾する言い方が成立する試合の中で、勝ちへの執念が一瞬消えて繰り出した技が相手を打ち負かすことになる。そして背中に付けたたすきの色と同じ旗が審判員からさっと上がったとき、脳裏は勝った! との思いで瞬時に充たされる。

上位の有段者同士の試合はほぼ一瞬の速技で決まるので、剣道経験がない人には「あれっ、今なにがあったの?」となる。または「相手の面に竹刀が当たったのに、どして勝ちの旗が上がらないの?」といった疑問も生まれるだろう。「ああ、あれは有効な打撃とみなされないからだよ」と答えるしかない。打撃として有効とは、真剣に置き換えると分かりやすい。面を打てば相手の頭が割れ、小手では手首が切り落ち、胴では胴体がばっさりと断ち切れる。生きるか死ぬかの真剣での戦いは、これほどの切れ味が有効となる。軽く当たったぐらいでは相手はなんともないのだ。そして残心も大事だ。打撃に手応えがあっても、相手の反撃に備えて油断せず次の打撃がいつでもだせる状態に心身を構えておく。

決勝戦は同じ高校出身の30代の先輩、20代の後輩との対決となった。ともに過去に優勝経験がある者同士。後輩は思い切って攻めに徹した戦法を取った。小手を先取した後輩。先輩は決勝戦に至るまでの試合で相手に先取されながら逆転で勝ち上がってきた。決勝戦ではどうか。先輩は後輩の切れ味のよい小手を警戒し、攻めきれない。相手が攻めてきたところを打ち返して勝ちを取るというやり方があるが、後輩の攻めの鋭さを防御できるか。相対した先輩、後輩。あと1本取れば勝てるという勝ちの思いが消えた一瞬、後輩の竹刀が先に伸び、先輩の小手を鋭く打撃した。瞬く間の速技。審判員の旗が一斉に上がった。後輩が小手を2つ取って2回目の優勝を決めた。試合が終わり、着座した後輩が面を取り、頭に巻いた手ぬぐいを解いた。すがすがしい若者の顔が現れた。玉のような汗が額や頬を濡らしている。この汗もまた日本一の剣士の誉れに寄り添って輝いている。

選手権決勝戦の余韻に浸りながら中学時代の剣士たちのことを想った。高校進学で桜本とは同じ高校だったが、他の3人とは異なる進路となった。塩屋の行方は不明、原田は実家の魚屋で働き、畝本はキリスト教関係の学校に進んだ。桜本は税務署に入り、東京のどこかの税務署長まで上り詰めたところまでは知っている。さて、今頃、みんなどうしているだろうか。今日の全日本剣道選手権を見ただろうか。

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