年の瀬に旧知の友と焼き鳥屋すずめへ出向く。ネタケースの前のカウンターに座る。つきだしに角切りのキャベツが小鉢に盛られて出された。串をキャベツに刺して口に運ぶ。歯ごたえがいい。食べているという食感が口中から脳内に広がる。友が注文をしていく。シイタケ、ピーマン、長ネギ、エノキの豚肉巻き、バラ、鳥皮……。「飲み物は?」。白髪頭の大将のそばでネタの出し入れをしている奥さんが尋ねた。ジョッキをやめて瓶ビールを頼む。サッポロの生が出てきた。互いにコップにつぎ合う。政治家、脚本家、元市長、元農協長ら故人となった知り合いを偲んで杯を空けた。
2人連れの客はわたしたちだけで、残りは1人でやって来たおじさんたちばかりだ。黙して酒を飲み、粛々と焼き鳥を食べている。寂しいのはお前だけじゃない。店内にあるテレビから民主党が消費税の税率を上げる論議をしているニュースが流れている。隣のおやじが画面を眺めながら呟いた。「中小企業は不景気でひいこら言っているのに、消費税を上げてさらに苦しめるつもりか。希望の灯りとなるような話をしてくれよ。お先真っ暗のブラックホールをつくってどうするんだよ」。つぶやきの度合いを超えていた。酒の肴にしては消費税率を上げる話は焼き鳥の味を不味くさせる。理由のいかんにかかわらず増税が好きな人はそうはいないだろう。ただし財務省を除いて、ということになるが。
焼き鳥で腹ごしらえをした後は店を出て、同じ並びにあるスナックかくれんぼへ。わたしたちが一番乗りだった。カウンターの端っこに2人並んで座り、焼酎のお湯割りをつくってもらう。つきだしの皮つきビーナッツをぽりぽり頬張りながら、マスターを入れて今年逝った人たちの話題となる。さまざまなエピソードが口の端に上り、元気だった当時のことが想い出された。それぞれが人生の絶頂期を味わい、失意の時間に遭遇したり、病魔に襲われたりした。故人たちはあの世に去り、わたしたちはこの世に取り残された。
時間が経つにつれて男女ペアの常連が三々五々、店にやって来た。みんな顔なじみでカウンターに座る席もほとんど決まっている。毎週、同窓会をしているみたいなもんだ。杯が進み、マイクを握ってのカラオケ風景もいつも通りだ。「アイドルを呼べ!」。だれかが叫んだ。役回りはわたしだ。携帯電話で呼び出しを掛ける。到着までの間にカウンター席に追加の席を設ける。しばらくしてアイドルがスナックの扉を開けて入って来た。女王陛下のお出ましだ。
常連から一斉に拍手が上がる。真っ赤なワンピースに白のロングブーツ姿。赤色が大好きというアイドルは身づくろいから小物、車に至るまで赤色で決めている。常連組の1人で天童よしみ似の女性が声を掛ける。「ほんとに、いつ見ても美人やなあ」。紳士服店のバイヤーであるアイドルは大原麗子似である。カラオケのリクエストは「ウイスキーがお好きでしょう」。常連組の男性たちは自分のために歌ってもらってると錯覚するほどに、アイドルは1人ひとりに語りかけるように、しっとりと歌い上げる。
年の瀬は、消費税を論議する政治家のしかめっ面と過ごすより、大原麗子の幻影と琥珀色のオー・ド・ヴィーを一杯やる方が絶対に愉しいに決まっている。アイドルとわたし、旧知の友の3人は肩を組みながら歌を歌う。友情で結ばれたわたしたちに天童よしみちゃんが割って入り、アイドルと肩を組んで歌い始めた。珍島物語。♪ふたつの島を つないだ道よ はるかに遠い 北へとつづけ ねえ とても好きよ 死ぬほど好きよ あなたとの 愛よとこしえに……。
唖然とするほどに上手だった。夜が更けるにつれ、旧知の客がやってくる。カウンター席は満員御礼だから、テーブル席が埋まっていく。歓声が上がり、熱唱が響き、チークダンスがあった。夜の静寂(しじま)と時計の針のことなどすっかり忘れ、夜のジェットストリームのようにわたしたちは生きていることを存分に味わっていた。
2人連れの客はわたしたちだけで、残りは1人でやって来たおじさんたちばかりだ。黙して酒を飲み、粛々と焼き鳥を食べている。寂しいのはお前だけじゃない。店内にあるテレビから民主党が消費税の税率を上げる論議をしているニュースが流れている。隣のおやじが画面を眺めながら呟いた。「中小企業は不景気でひいこら言っているのに、消費税を上げてさらに苦しめるつもりか。希望の灯りとなるような話をしてくれよ。お先真っ暗のブラックホールをつくってどうするんだよ」。つぶやきの度合いを超えていた。酒の肴にしては消費税率を上げる話は焼き鳥の味を不味くさせる。理由のいかんにかかわらず増税が好きな人はそうはいないだろう。ただし財務省を除いて、ということになるが。
焼き鳥で腹ごしらえをした後は店を出て、同じ並びにあるスナックかくれんぼへ。わたしたちが一番乗りだった。カウンターの端っこに2人並んで座り、焼酎のお湯割りをつくってもらう。つきだしの皮つきビーナッツをぽりぽり頬張りながら、マスターを入れて今年逝った人たちの話題となる。さまざまなエピソードが口の端に上り、元気だった当時のことが想い出された。それぞれが人生の絶頂期を味わい、失意の時間に遭遇したり、病魔に襲われたりした。故人たちはあの世に去り、わたしたちはこの世に取り残された。
時間が経つにつれて男女ペアの常連が三々五々、店にやって来た。みんな顔なじみでカウンターに座る席もほとんど決まっている。毎週、同窓会をしているみたいなもんだ。杯が進み、マイクを握ってのカラオケ風景もいつも通りだ。「アイドルを呼べ!」。だれかが叫んだ。役回りはわたしだ。携帯電話で呼び出しを掛ける。到着までの間にカウンター席に追加の席を設ける。しばらくしてアイドルがスナックの扉を開けて入って来た。女王陛下のお出ましだ。
常連から一斉に拍手が上がる。真っ赤なワンピースに白のロングブーツ姿。赤色が大好きというアイドルは身づくろいから小物、車に至るまで赤色で決めている。常連組の1人で天童よしみ似の女性が声を掛ける。「ほんとに、いつ見ても美人やなあ」。紳士服店のバイヤーであるアイドルは大原麗子似である。カラオケのリクエストは「ウイスキーがお好きでしょう」。常連組の男性たちは自分のために歌ってもらってると錯覚するほどに、アイドルは1人ひとりに語りかけるように、しっとりと歌い上げる。
年の瀬は、消費税を論議する政治家のしかめっ面と過ごすより、大原麗子の幻影と琥珀色のオー・ド・ヴィーを一杯やる方が絶対に愉しいに決まっている。アイドルとわたし、旧知の友の3人は肩を組みながら歌を歌う。友情で結ばれたわたしたちに天童よしみちゃんが割って入り、アイドルと肩を組んで歌い始めた。珍島物語。♪ふたつの島を つないだ道よ はるかに遠い 北へとつづけ ねえ とても好きよ 死ぬほど好きよ あなたとの 愛よとこしえに……。
唖然とするほどに上手だった。夜が更けるにつれ、旧知の客がやってくる。カウンター席は満員御礼だから、テーブル席が埋まっていく。歓声が上がり、熱唱が響き、チークダンスがあった。夜の静寂(しじま)と時計の針のことなどすっかり忘れ、夜のジェットストリームのようにわたしたちは生きていることを存分に味わっていた。