おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

雨降りだから散歩しよう

2007-06-29 | Weblog
白洲正子が言う「隠れ里」ほどではないが、少しばかりそんな雰囲気がある山麓の集落を歩く。雨が降ってきた。小粒がぽつんと頬に当たり、次第にスニーカーを濡らしていく。人の思いにお構いなく降りかかる。頭の中の饒舌をやめて静かに小雨の山里の風景を楽しもう。梅雨の合間の休息時間。



田植えが済んで余った苗は塊のまま隅へ。みずみずしい黄緑の風景にアジアを感じる。



            
            農家の傍らがひときわ明るかった。路傍の紫陽花には雨がよく似合う。




小道沿いの林の合間から覗くシイタケ栽培のほだ木。木の姿をした番人たちが何かを担いで運んでいるようにも見える。



耕作地と未開の地が混在した風景。子供たちは何をして遊ぶだろう。かくれんぼ、木登り、秘密基地づくり、虫探し、土いじり、おしっこ飛ばし……。


            
           不要となったCDを利用した鳥避け。光を受けてきらきらと反射させて鳥を脅かして作物を守る仕掛け。大自然を生き抜く鳥も知恵者でそのうち仕掛けを見抜いてしまう。
 

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JOBA

2007-06-26 | Weblog
「ロシナンテ、行くぞ。ハイヤー」

乗馬フィットネス器具JOBAにまたがる。子供だましのおもちゃとの予断を裏切り、思っている以上に乗馬感覚を楽しめる。独特の「8の字動作」をはじめ、鞍にまたがった感じやあぶみの足ざわりも実際の乗馬とほとんど同じ。違うのはちっとも前に進まないこと。

「ロシナンテ、ちょっとゆっくりすぎない?」。声を掛けて手元の操作盤にタッチする。たちまち大人も満足する動きとなる。「速いぞ、ロシナンテ。ドウドウドウー」。背筋もピンと伸びた乗馬スタイルになるし、ロデオではないので人を振り落とさないと気がすまない設定にはなっていない。

この乗馬は1日15分で十分だそうだ。健康器具という売り出しからダイエット用と銘打ったら急激に売り上げが伸びたとか。

これだけの乗馬感覚を楽しめるのであれば、ぜひ歩行できるように改良、試作してくれないか。馬らしく4足が理想だが、なんなら6足、8足でもいい。100足だったらムカデか。2足歩行のロボットがあり、電動車椅子が街中を動き回る時代だ。日本の名だたる工作機器や電化品、ITのメーカーが総力を挙げればできそうな気がするが。

盲導犬のように乗っている人の安全、安心を常に考えて歩行する。頭部はすげ替え式にして、その日の気分に応じてチワワ、サイ、カバなどとお気に入りを選ぶ。首の部分に開閉式の収納部を作って買い物品や私物を入れる。子供から高齢者までの万人向けの馬型歩行機器、これは夢物語なのだろうか。

「ロシナンテ、朝の海の風ってのはいいなあ。機械のお前に分かるかなあ。この心地よさ」。こんな会話を今世紀中にしたいのだが。




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ダイハード4・0 不死身のアルゴリズム

2007-06-24 | Weblog
1988年の第1作から20年。ニューヨーク市警の刑事、ジョン・マクレーンは無謀、無茶にして悪運強い不死のヒーローとして始めから終わりまで動き回る。2作目、3作目は凡打の内容だったが、4作目は先祖帰りの要素が入って好打か。

愛妻と離婚し、娘の身を案じるも邪険にされ、孤食のさびしい独身生活を送る刑事の設定が時の流れを感じさせる。人間的なあくどさと天才的な悪賢さを極め、心根は金の亡者という典型的な嫌な奴がヒール役となる。相手にとって不足がないどころか、超と蛇足が付くぐらいの大満足な敵役だ。

どうやって1作目のような奇抜で衝撃的な面白さを展開し映画として大ヒットさせようか。そんな製作者たちの思いがいくつもの場面に散らばって見える。悪人と善人の天才ハッカーの存在、刑事よりはスタントマンに転職していい主人公、この父にしてこの娘ありの「敵は5人よ」発言、肉を切らせて骨を断つ捨て身戦法の最終場面などなど。「観客をはらはらどきどきさせ、時折笑わせたいんです。コンピューター依存社会もしっかり批判してます。受けましたですかね?」

ヘリから機関銃で狙撃されようが、トラックで走行中の高速道路が壊れようが、戦闘機ハリアーから攻撃されようが、ジョン・マクレーンは本当についているから擦り傷や打撲で済むだけ。不死身のアルゴリズムに従ってマクレーンは最後の決め台詞を考えればいい。それはアメリカ人に一番受けるという言葉だった。なんですかって? それを言うとネタばれになりますから。
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ビリーズブートキャンプ

2007-06-21 | Weblog
ニュースサイトにあった静止画像で軍隊式エクササイズ「ビリーズブートキャンプ」を知った。坊主頭の黒人がこれぞ目玉というぎょろ目をして、鯉が水面で大口を開けたような表情を見せている。なんだ、これ? 

タンクトップに短パン姿で筋肉もりもりが強調されている。後ろにはダイエット無用のスリムな女性たちを従えている。愛嬌ある顔つきと精力(性力)あふれる肉体の組み合わせの妙が人を引き付ける。タレントのボビー・オロゴンやボブ・サップにつながるテレビ受けするものがある。

Billy's Boot Camp、すなわちビリーの海軍新兵訓練基地。動画を見る。ボクシングのワンツーパンチや空手の蹴りを取り入れたダイエット用エクササイズ。軽快で小気味よく、なんと言っても楽しそうにやっている。誰でもできそうでやってみようかなという気分にさせる。昨夕の民放の全国ニュースでは隊長ことビリー・ブランクスの来日を伝えていた。

今朝のワイドショーにもプロモーションで出演していた。番組スタッフもビリー式エクササイズに挑戦していた。ビリー隊長は簡単そうにやっていたが、内容は体力と筋力が結構要るメニューだ。いきなりやったら息が上がること請け合い。空手の足刀(そくとう、横蹴り)もあり、これだけでも相当な鍛錬が求められる。文字通り軍隊向けのエクササイズとの印象を得た。

ダイエットは時として人を超人的なものへ駆り立てる。自らの体を絞りに絞って短期間で痩せたい。リンゴとか茹で卵を使った緩いダイエットの間隙を縫って、こうした激辛式が現れては消えていく。ダイエット、それは気まぐれでそのうち忘れる体操。



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遠雷を聴きながら

2007-06-19 | Weblog
朝から遠雷を聞いた昨日の出来事を振り返る。

彼方に見える山々の裏側から雷鳴が轟いてくる。窓際で涼んでいた飼い猫JFKが置き物のように動かなくなった。犬や猫にとって雷は理解を超える存在で恐怖の極致に追いやる「透明の怪物」らしい。JFKは身動きができず食事もトイレもせずに凝り固まったままの状態が続く。「大丈夫だよ」と声を掛けても、半眼の無表情で黙ったまま。

白っぽい空が汚れた灰色の雲の一団に覆われていく。合いの手のように遠雷が響いてくる。これは一雨くるな。窓の外の景色が暗くなっていき、土砂降りのカウントダウンに入っているのが分かる。

こんな時に限って、なぜか不要不急の行為や整理整頓がしたくなってくる。掃除、机の片付け、to do listの作成、電気ポットの中身を確認しての水足し、ゴミの分別、風呂桶洗い、テレビ画面のほこり取り、郵便ポストの中身の確認、新聞の折込チラシの流し読み、爪きり、整髪、くたびれた靴の手入れ、スリッパを夏物に替えようかなとの思案……。動かないままの猫とは対照的にやるべきこと、気になることが次々とわいてくる。

早回しの映画みたいにてきぱきとさばいていく。「はい、一丁上がり。次!」。いくつもの懸案を片付けていく心地よさにつながる。汗さえ出てきてTシャツが少し重くなった。「体は正直。夏だから汗をかくのは当たり前」。高揚した気分が不快感を吹き飛ばす。

イライラ、繰り言、悔いる思いよ、さらば。明鏡止水の澄んだ心境に入っている。一通り終えてシャワーを浴び、珈琲を手に窓際に立つころに竹槍みたいな雨が降ってきた。樹木や地面に斜めに突き刺さる。樋の破れから雨水が滝みたいにコンクリートの犬走りに落ちて砕けて、けたたましい音を上げている。

とりあえず、気になることはし終えた。達成感の中から挑戦的な思いが募ってくる。もっと降れ。もっと光れ。もっと鳴れ。空がパンと明るくなってドウォーンと地響きが走った。まだまだ、だ。もっと、いいぞ。

この文章を書いていたら晴天の霹靂でいきなり土砂降りとなった。雨に濡れた草や土の匂いが室内に漂う。この雨、なかなか降りっぷりがいい。

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電子申告

2007-06-16 | Weblog
会計事務所から法人顧問先様各位と書かれた文書が郵送されてきた。

片手に載る紙風船ほどというか、太平洋の片隅にある小島の砂浜に半分埋もれた巻貝のような小社にさえIT化の波が押し寄せてきた。

法人税、地方税、消費税及び地方消費税等の電子申告利用について

●電子申告につきましては、貴社におかれましても国のIT国家戦略の一環として、国税庁が強く推進しておりますこと、お聞き及びと存じます。

◎聞き及んで資料を見たことがあるけれども、ややこしそうで終わってました。

●これまでなかなか普及しなかったのは、顧問先様に電子証明書取得のための費用や手間等が発生するだけであり、税理士事務所双方にとってもメリットが少なかったためでありました。

◎その通り。分かってるじゃありませんか。納税者の立場になるとすぐ分かりそうなものだけど。

●しかし、平成19年1月より、顧問先様においての電子証明書による署名が省略され、税理士事務所の電子署名のみにて電子申告する事が可能となりました。

◎慶事なことのように聞こえる。

●特に顧問先様の申告に対する実質的な負担は大きく軽減され、事務手続きにメリットがでてまいりました。

◎なるほど。「メリットがでてまいりました」は殺し文句だ。

●このような状況変化を背景として、当事務所も今年の所得税確定申告から電子申告の利用を開始致しました。3月の所得税等確定申告においては、顧問先様の90%が利用を開始し、無事申告することができました。

◎電子申告が時流か。いよいよ、神(紙)なき時代へ。IT時代を生きる哲学として自らのOSを創らなくてはいけないな。アプリケーションと提灯、理屈は後から付いてくる。


●つきましては、法人顧問先様におきましても本年5月決算期より電子申告の利用を開始し、税務代理及び代行する事に同意頂きますようお願い申し上げます。
 
 別紙……届出についてご案内1通、同意書1通
 【提出する届出書】 「電子申告・納税等開始(変更等)届出書」(税務署)
           「利用届出」(県及び市町村)

※当事務所にて作成し提出させていただきます。提出に関する費用は無料とさせて頂きます。

◎無料という言葉は無敵だ。泣く子も黙り、閻魔顔も恵比寿顔になる。

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東京だるま蛙 お江戸の愛嬌もん

2007-06-08 | Weblog
六本木ヒルズ・けやき坂コンプレックス(映画館)の屋上に庭園がつくってある。高さ45メートル、広さ1300平方メートルの敷地には四季を感じさせる仕掛けがしてある。

春はサクラ、夏はサルスベリ、秋はモミジ、冬はサザンカが季節を告げる。港区で唯一の水田もある。小川にはメダカが泳ぎ、小池には蛙が1匹、2匹、3匹……と無数棲んでいる。蓮の葉の上で日向ぼっこを楽しんでいる御仁もいる。レイバンのサングラスは掛けてはいないが、超一等地ですごす気分はどんなものだろう。



この蛙たちは東京だるま蛙という種類。ここに棲み付いた由来が面白い。草木やメダカなどの生き物は庭園づくりのために計画的に植え付けされたり、放たれたのだが、東京だるま蛙は想定外の形でやってきた。庭園に運び込まれた土の中に潜んでいたものが繁殖して増えたのだという。なんという生命力! 偶然の出来事を生存を広げる機会としてしまう力に感服してしまう。

水陸両用で地中に巣をつくる蛙。愛嬌ある風貌からは想像ができないほど、賢くて、しぶとくて、傍若無人な生き物だ。夏場になると夕方から蛙たちは合唱を始める。縄張り争いやメスへのラブコールでオスが鳴くそうだが、集団になるとほとんど騒音と化す。田舎の宿で蛙の歌でも聴きながら寝入るという風流さはまったくない。「こらっ、やかましいぞ」と怒鳴ったり、手をパーンとたたくと一瞬静寂の世界となる。

「よし、よし、やっと寝れるか」。ほっとして踵を返した途端、1匹目がケロッとさぐりの第1声を放つ。続いて2匹目がゲロッとちょっかいの声。3匹目がグエッと「いいんでねえかい」の合図を伝える。そして一斉にわめき散らす。ゲロゲロ、グワッグワッ、ゲッゲッゲッー。前以上に声量を上げ、しかも下品に叫んでいる。あれは絶対に仕返しをしている。



振り返って六本木ヒルズの東京だるま蛙たち。東京タワーを眺めたり、蓮のそばで瞑想にふけったり、庭園の芝生の上でサッカーをやったりと最高だな。♪かーえーるーのうたーが~聞こえてくるよ~。クワックワックワックワッ、ケケケケ、クワックワックワッと今宵も合唱をしているだろうか。何があってもケロッだもんな。生き物であることを謳歌しているよ、君たちは。ああ、本当に。
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六本木ヒルズ お江戸を睥睨

2007-06-08 | Weblog
在京の友人のだれに聞いても「行ったことないよ。何しに行くの?」という六本木ヒルズへ。ランドマークの森タワー52階にある展望台「東京シティビュー」に上がる。海抜250メートルから360度の展望が広がる。



ガラス越しに東京の街を眺める。国会議事堂、東京タワー、レインボーブリッジ、お台場、元麻布ヒルズ、有栖川宮記念公園、広尾ガーデンヒルズ、首都高速3号線、青山霊園、東京ミッドタウン、国立新美術館など多士済々の顔見世興行だ。


「ほおー」の第一声を上げた後、次第に違和感みたいなものが頭をもたげてくる。これはジオラマ(情景模型)ではないか。見れば見るほど模型にしか見えなくなってくる。国立新美術館に向かう人の群れはCGで描いたようだし、首都高速を走る車も無線操作のおもちゃだし、空を飛ぶ飛行船や飛行機も異次元の世界そのものだ。



見渡す建物群が等身大を感じさせないことが見る者を空想の世界にいざなう。東京タワーより俺の方がでっかいぞ。人によってはゴジラに変身することもあろう。東京タワーにコブラツイストを掛け、国会議事堂を尻尾でなぎ倒し、東京ミッドタウンに頭突きを2発、青山霊園では大の字になる。ゴジラは子供じみた破壊衝動を体現している。



ふと我に返って「壊すのはもういいだろう、ゴズィーラ。脚下照顧だ。後片付けをちゃんとしておけよ」と大人の対応を取ったりする。ゴジラもしおらしくうなづく。ジオラマとしての東京の街を眺めていると、なにかしらいじりたくなる。手を入れたくなる。このままじゃ面白くないやね。なにか付け加えよーっと。不動産事業者や建築家が再開発や建築物の設計をしたくなる気持ちがよく分かる。こうして東京の街は永遠に完成形がない。

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新宿駅南口 お江戸で混迷

2007-06-07 | Weblog
ドドドドッと人波に流されて、ドドドドッと駅構内から奔流に交じる一枚の葉っぱのように吐き出された。

ドドドドッと歩道の両方から人の波が押し寄せる。押すなよ。向かってくるなよ。割り込むなよ。

周りを見渡すと、凸凹のビル群が醜悪な風景をつくりだしている。街の景観なんて一切考えたことがありません。景観なんてこの地には不似合いなの。とにかく目立ちゃいいのよ。深く考えたりする場所じゃないの。

周りのビルが凄んでいます。「文句あるんだったら他所にいきなよ」。血圧が高い人、気の弱い人、美的感覚が優れた人は行かないほうがいいですね。



片膝立てて開き直った感のある街、そこはJR新宿駅南口。

東京国道事務所のデータがある。

新宿駅の乗降客は1日約350万人。はい、全国1位です。うち南口利用者は約43万人です。

南口駅前の国道20号歩道利用者数は12時間当たり14万人。はい、全国1位です。

新宿駅南口前国道20号の交通量は1日6万台です。

混雑、混迷、混沌がいっぱいです。あまたの人々がビルを出たり入ったりとまるで蟻の世界です。



ドドドドッと東急ハンズ新宿店に流されていきます。ドドドドッと各階を歩き回ります。ドドドドッと見て回り、出口から転がり出ます。

騒音、雑音、ヘリの爆音が三重奏、四重奏、五重奏、六重奏と幾重にも重なりあっています。

空を見上げながら名案が浮かびました。新宿駅南口をぜひ世界遺産に! 景観を呑み込み、変形させ、そして自ら猥雑な空間となる。こんな街、ここ以外にはありません。




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書斎館と武相荘 お江戸で別世界

2007-06-06 | Weblog
南青山5-13-11 パンセビル1階に書斎館はある。地下鉄の表参道駅B1出口から歩いて5分との触れ込みだが、初めて訪ねる場所なのでもう少しかかった。骨董通りから横道に入ると左側のビルが目に入る。入り口に至る通路に打ち水がしてあり、植栽や小池がしつらえてある。赤ちゃんが万年筆を握り締めた看板が表にあり、I WAS BORN TO BE A WRITER.のコピー。しゃれている。



薄暗い店内はさながら秘密の洞窟。万年筆収集家が自分自身のためにつくった博物館のようでもある。アンティーク、ビンテージの万年筆が飾りケースに収められている。立派すぎて、愛着が強すぎて、大事にしすぎて雨の日に差せない傘のように、使うのがもったいないような万年筆が並んでいる。好きな物に囲まれる幸せがある。眼福だ。



店内の喫茶コーナーで珈琲だ。目の前の書架からフランスの出版社の写真集をいくつか手に取りページをめくる。ヒッチコックの映画、ジャクリーン・ケネディの妹リー・ラジウィル、カンヌ映画祭。デザイン、写真、造本といい、読書する時間が楽しくなってくる。お客は私と奥にいる中年男性1人だけで貸切状態。控えめな女性店員が秘書みたいに思えてくる。こんなにも静かな時間にはしゃべりはいらない。店内のあらゆる物をぼんやりと眺めているだけでいい。


小田急小田原線の鶴川駅から白洲正子、次郎の居宅だった武相荘(ぶあいそう)へ向かう。「徒歩で15分だよ」。駅前の交番で警察官が道順を教えてくれた。ユニクロの裏手のこんもりとした森の一角が目指す場所だった。東京都町田市能ケ谷町1284。周りは住宅や店舗が建ち並び、明るく、せわしなく、時間がどんどん流れる世界。坂道を上って入り口の受付へ。窓口でいい香りがした。「お香ですか。いいですねえ」。入場券を渡してくれた中年の女性が「あら、蚊取り線香じゃないかしら」と言って互いに笑いあった。



白洲夫妻は養蚕農家だった家屋を戦前に買い入れ、ここを終の棲家とした。正子は骨董に造詣が深い随筆家だ。次郎はGHQに「従順ならざる唯一の日本人」と言われた硬骨漢。どっしりとした茅葺の住家と自然のままの庭。隠遁、隠棲、隠居のたたずまいだが、二人の人生は彩りに満ちている。家屋裏手の森の中を歩く。隠れ里の雰囲気が訪問者を魅了する。さまざまな陰影が身を包み、気分を穏やかにしてくれる。空の色さえも駅前とは違ったものに見えてくる。好きなことをして生きてきた人間ならではの香りが武相荘に漂っている。静かなる感興が胸の内にわく。


武相荘の縁側にあるガラス戸に自身の姿が映っている。室内には正子が愛用した夏用の着物が掛けてあるのが見える。粋人の着物を背景に記念写真を1枚。


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駒形どぜう お江戸で食道楽

2007-06-05 | Weblog
浅草の街に夕闇が迫る。歩き疲れて「駒形どぜう」に辿り着く。店舗前の長椅子に先客が腰掛けている。夕涼みがてら待つことしばし。木札を手にした下足番のお兄さんに呼ばれる。座敷は大勢の客でにぎわっている。しゃべり、笑い、食い、呑んで、追加の注文を出して盛り上がっている。座敷正面の壁に年季の入った大きな神棚としめ縄、商売繁盛の熊手が並ぶ。創業は1801年、店主は六代目越後屋助七。由緒来歴が客を呑み込む。繁盛するはずだ。



風格と活況が食欲をかきたてる。「よし、いくぞ」。食べる方も気合が入る。どぜう定食を注文。献立はお通し、田楽、どぜうなべ、柳川、どぜう汁、お新香、ご飯。ビールとくじらの刺身も付け足す。


店舗のホームページを事前に見た。店主が看板の「どぜうなべ」を語る。「まあとにかく一度、食べてみてください。全然違うでしょ? 自分でもいつも『うまいなあ』と思いながら作って食べてんですよ」。食べ物屋はこうでなくちゃ。

 
なぜ、うまいのか。店主が明かしている。「生きたままのどじょうに、たっぷり酒を振りかけます。彼らは腸呼吸で、水から酸素を取り入れていますから、水分なら何でも飲んじゃう。で、体内の水分がすっかり酒に入れ替わり、泥酔状態になったところを、味噌汁でゆっくり煮込みます。すると泥臭さが消えて骨まで柔らかく、口の中でとろけるくらいになりますよ」

浅鍋でどじょうを煮る。ねぎをどじょうにてんこ盛りにする。左隣の鍋談義が聞こえる。中年男性2人に若者1人 、会社帰りの上司と部下か。遅れてやってきた中年男性が座るなり「俺、どじょうは好きじゃないんだよね」。他の男たちも口々に「実は俺も好きじゃないんだよ」。一体なにを食べにきたのか。だれが言いだしっぺなのか。うなぎ屋にでも行ったらどうか。怪訝な顔を振り向けたいところだが、私自身も「本当にうまいのか」との思いで煮上がるのを待っていた。一口、二口、三口。箸が止まらない。どぜうがとろけ、舌に絡まり、ほおの内側に滲みていく。

柳川で間をつなぎ、どぜう汁が運ばれてきた。濃厚にして官能的な味が喉元から胃袋に、全身へとじわりと広がる。体操競技で言うフィニッシュ、最後の決めの味である。くじらの刺身は予定調和的に脇役となる。「どじょうが好きじゃない」と言っていた左隣組も鍋のお代わりまでしてぱくついている。



酔ったどじょうに酔わされて、客はみな恵比寿顔。きれいな所作で美味しそうに食べる妙齢の女性、盃を手に心は桃源郷の年配者、片隅の席で黙々と箸を運ぶビジネスマン。北斎がいたら百態の漫画が描けそうでぜう。今宵は酔って候。
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浅草 お江戸で道草

2007-06-04 | Weblog
枕言葉:とうきょうだよ、おっかつぁん!


東京で最古のお寺こと浅草寺(せんそうじ)。絶対秘仏の聖観音像が本尊となっている。宗教上の理由などで一般に公開されない仏像を秘仏と呼ぶ。それでも法要などで1年に1回とか、数年もしくは数十年に1回ご開帳となる場合がままある。浅草寺の場合、絶対秘仏である故、文字通り絶対に公開されることはない。ご開帳されるのは「お前立ち」だけ。ご本尊の前にあるから「お前立ち」と言う。本物の代役というか、複製というか、同じ姿をした別物というか、二番手というか、要するに偶像崇拝の極みがつくりだしたお姿だ。仏に祈るのではない。仏像に祈るのだ。参拝者たちは大いなる幻想を営々と見続ける。




浅草ではマルベル堂も外せない。プロマイドはスタアの写真が簡単に手に入らない時代の産物だ。プロマイドの殿堂を訪れる。想像していた店内の光景がたちまちに圧縮された映像となる。1階、中2階と地階があるが、小さく狭かった。店内に1人いたアルバイトの若い女性店員も「わたしも(狭さに)驚きました」とだめ押しする。かつて輝いていたスタアたちが壁全面を覆いつくす。地階に下りて、あいうえお順に整理されたスタアたちのプロマイドボックスに見入る。名実ともに銀幕の大スタア、原節子の白黒写真4枚を買い入れる。いずれも写真集などで見たものばかりだけど、マルベル堂がスタジオで撮影した品ということで評価。





浅草ロック座がある通りを歩く。昭和の残像がいっぱいだ。フーテンの寅さんあり、ドスがきらめく任侠映画あり、聖人映画ではなく成人映画が健在な空間が広がる。この寂れ、このだれ具合、この気だるさ、この虚脱感、このそこはかとない不安感は夕暮れどきの落ち着かない気分に通じる。あの世とこの世の間にある「中陰」のような場がここにはある。魂はさまよい、つまらない人生だけど生きることには未練たらたらの世界を垣間見る。成仏までははるか彼方、永劫の時間が通りすがりを取り巻いていく。





浅草での「ふーん」:雷門の大提灯は松下幸之助が寄進した。
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お江戸にて

2007-06-03 | Weblog
四谷のホテルのビジネスコーナーのPCで綴る。

傍らにミネラルウオーターのペットボトル1本、500ml。

天然水・南アルプスか。ラベルにいわく、「南アルプス甲斐駒ケ岳に降った雪や雨が花崗岩層の水晶(石英)に磨かれました。硬度30。すっきりと切れのいいおいしさです」

そう言えば、昨日もミネラルウオーターを飲んだ。沖縄久米島・海洋深層水「琉球(くみ)の水」。深海612mから汲み上げたミネラルいっぱいの水。硬度250。

山の底と海の底の水が体の中で血と肉になっていく。神様がくれる生命力、それは水。

右手でボトルを鷲づかみにして一本丸ごと呑み干す。呑舟の勢いで体に注水。四肢が動き出す。

さて、お江戸散歩だ。
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