おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

やっぱりルパンでしょう

2007-09-22 | Weblog
霜降りっぱなしのカルビを連れと食べ始めてまもなく、ズポンのポケットに入れた携帯電話が鳴った。周りはアメリカ人のグループ、さしずめ20人ぐらいが焼肉をほおばりながら大きな声でしゃべっている。日本人はわれわれだけだ。こちらも負けずに「もしもーし」と大声で応える。この焼肉屋は日本体験ツアーのコースになっているらしい。そんなに広くも上品でもない店だけど、リーズナブルな値段でおいしいYAKINIKUを味わえるのが受けているのかも。

霜降りではなく前振りはこの程度として、電話の主は仕事で上京した友人からだった。株主優待券で宿泊した銀座のホテルから掛けている。1人でバーに行きたいが、どこがいいかいなという、世界情勢や自民党総裁選とは縁もゆかりもない話だった。

思いつくままに答える。帝国ホテルのオールドインペリアルはどうか。フランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテルの面影をしのばせる大人のバーだ。しかし、1人じゃもったいないなあ。1人寂しく飲む酒はルパンにしよう。

友人に指令を出す。怪盗ルパンの看板が光る外壁の扉を開けて階段を下れ。地下にある店だ。右手にあるカウンターの一番奥の席へ向かえ。用を足したいと思ったら奥の左手へ小走りで行け。トイレだ。用がなかったらカウンターのカーブに沿って進め。太宰治、坂口安吾、織田作之助のモノクロ写真が壁にかかっているのが目に入るだろう。そう、そこそこ。写真のそばの席に座るのだ。そこは誰もが一度は目指すゴールドシートだ。今宵の運試しをするんだ。運がなけりゃ誰かが座っていて、小1時間じゃまず動くことはないな。運がよければ、客が飲み終えて席を立つのと入れ違いに座ることができるかもしれない。富士山に登ったら剣が峰まで行こうじゃないか。ルパンじゃ、そこが頂上だ。


座ったな。いいぞ。ラッキーだ。ハイタッチだ。モンキーダンスだ。はしゃいで踊ったりするな。みっともないからな。そこからは店全体を見渡せていいだろう。客は界隈に勤めるスーツ姿のサラリーマンらでいっぱいだろう。年配もいるが、若いのも中年もいるな。女性を含めたバーテンが3,4人いて、忙しそうに立ち振る舞っているだろう。

よし、次は注文だ。まかり間違ってもビールなんか飲むなよ。中華料理店に行ってミディアムレアのステーキにしてね、なんて言うようなもんだ。ここの雰囲気では絶対ウイスキーだ。まあ、銘柄は国産でもスコッチでもいい。ただし水割りなんかにして飲むなよ。もったいないし、ウイスキーに失礼だ。オンザロックだ。よーし、注文したよな。

カットグラスに入ったウイスキーが目の前に置かれただろう。細長い穴蔵みたいな店で飲む姿は様になってるな。いきがってトレンチコートなんか着てないだろうな。ごめん、これはマイケル・ジョーダンだ。

男が1人、カウンターでウイスキーを飲む。いいひと時じゃないか。傍らの無頼派の作家たちが人生の賛歌と悲歌を奏でているよな。生まれてすみません。夫婦善哉。聖女の堕落。絶望と歓喜、糟糠の妻の手の柔らかさが浮かんでくるだろう。静かに瞳を潤ませて泣け。喪失の悲しみこそ男の涙にふさわしい。大事なものをいくつもなくしてきたよな。もっと飲みたい気分になっただろう。うん、それでいい。そこは懺悔の席なんだよ。唱えよ、心の中で。わが罪を許したまえ。
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アウトバーン 世界の車窓から

2007-09-15 | Weblog
ドイツでアウトバーンを走ったことがある。ハンドルを握るのはドイツ人の中年男性、ガイド役は日本語が堪能な30代半ばのドイツ人女性。自家用車ではなくマイクロバスの乗客の一員として車窓からドイツの高速道路の風景を眺める。

制限速度なしだから走行車線のマイクロバスをドイツの名車たちが軽やかに追い抜いていく。フォルクスワーゲンのサンタナが軽快に飛ばしている。中国ではタクシーとして使われている車だ。後ろから別の車が追いついてきた。アウディだ。「ちょっと、どいてくれる」。サンタナの後部にどんどん迫っていく。

「分かったよ、お先にどうぞ」。サンタナが車線を変えてマイクロバスの前に入ってきた。アウディが快適な感じでタイヤを回転させている。後ろから別の車が追いついてきた。濃紺のBMW750だ。「どいてもらおうか」。剛毅に圧倒されてアウディは進路を変えて先を譲る。

見るからに自信満々の走りを750が見せつける。「どうだ。このスタイル、この走り」。フロントマスクのピッグノーズに自画自賛のエンジン音が伝わる。車内に流れる音楽はワーグナーの「ワルキューレの騎行」が似つかわしい。

後ろから別の車が追いついてきた。装甲車のような漆黒のベンツS600だ。「どかんかい」。クロームメッキのベンツマスクがBMWの背後に迫り、750はたまらず車線から追い出される。

威風堂々の走りと、良くも悪くも権力の極みみたいな姿はベンツの真骨頂。ベンツの前に車なし、ベンツの後にも車なし。そこのけ、そこのけ、俺様が通る。走りを邪魔する車はもうどこにもいない。と思いきや、後ろから別の車が追いついてきた。

銀色のポルシェ911カレラではないか。吸い寄せられるようにベンツの後部に近づいていく。そうか、これだったか。ドイツ車の真打ちは。「ずうたいのでかいの、のろのろ走るなよ。どけよ」。ベンツに平然として物言いしている。やむなくベンツが進路を開ける。

これぞ車だという走りを見せる911。マイクロバスがおもちゃに思えてくる。ポルシェを追い抜く者はもういない。おやおや、後ろから別の車が追いついてきた。ポルシェと張り合うつもりらしい。

色こそ違うが、前を走るポルシェと同じ形じゃないか。「移動しなさい」。一瞬の動きで銀色のポルシェが車線を変えた。車体に文字が書かれている。POLIZEI。これぞ最強のドイツ車だ。
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誰も笑ってはならぬ

2007-09-09 | Weblog
「あっちょんぶりけ~ちんぴょろすぽ~ん」

ある女性のまじない言葉。ストレスから解放され楽な気分になりたい時に唱えるのだという。ヨガではないが、まじないのためのポーズもあるそうだ。表向きは意味がほとんどなさそうだが、裏側では子供にはまだまだ分からない深い意味がありそうでもある。口に出して何回か唱えると、ストレスの2つ、3つは解消されそうな気もする。

テノール歌手パヴァロッティのアリアが聞こえる。


♪誰も笑ってはならぬ 

その意味を知るまでは


秘め事を知るのは我が心のみ

朝の光がさす頃に 裏の意味をあかそう

くすくす笑いが氷のようなストレスをも消してくれることだろう 


夜明けと共に星よ消えゆけ

夢見た現実は必ずや我が胸に

我が胸に 我が胸に

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マッカラン12を飲みながら

2007-09-05 | Weblog
午後11時を過ぎて、食器棚の一番上に載せていたマッカラン12年ものと目が合った。箱入り未開封。飲もうと思って箱を手にする。グラスと氷をテーブルに用意していると、テレビ番組からビギンの「涙そうそう」が流れてくる。ほろ酔うのにいい雰囲気だ。

箱からボトルを取り出し、いぶし金のキャップをねじる。キュウイー。ワインみたいにコルク栓のキャップを抜く。スポン。シェリー樽貯蔵のスコッチをグラスに注ぐ。甘く柔らかい香りが広がる。氷を5個入れる。コロン、コロン

グラスの表面が汗をかき始めた。涼感が伝わる。ビールにも似た黄金色がグラスの中に広がる。手にすると氷がかちあう音がした。チロチロリン

グラスの縁に唇が触れ、舌先から舌の表と裏にかけてスコッチが流れ込む。二口目、三口目を口内に注ぐ。舌全体が包み込まれ、間を置いて軽いしびれが舌の中に伝わる。神経が緩んで、とろんとしてくる。この瞬間を味わいたかったんだ。ゆるりとして、とろーん。

コースターを使わなかったので、テーブルにグラスの足跡が付いた。水滴の丸い輪。面白がって四つの輪をつくる。アウディの誕生。さらに五輪でオリンピックとなり、続けて四つの輪をつなげる。ハイスピードカメラで撮ったテニスボールのバウンドの瞬間図となる。

舌のしびれが脳内に伝わる。脳内革命。後頭部がほんわかとなる。ちょっと酔眼になって初秋の天井を見上げる。いい気分で眠れそうだ。千夜一夜のピロートークはいらない。
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