おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

Bound Round Globe no.7

2006-09-30 | Weblog
西方に浄土ありやで、東から西、本州から九州へ。列車で関門トンネルを抜けて九州に入ると、それまでと違った雰囲気を車窓から感じることがあった。

緑の風景の濃さ、太陽の光の強さ、においたつような自然の豊饒さが伝わってきた。真夏の草いきれ、土いきれみたいな野太い空気があった。駅前をはじめとした地方都市の顔つきがきれいだが貧相になった今、九州の風景は生命力の強靭さを保っているだろうか。


★福岡・博多 祇園山笠★




祭りの担い手の血沸き肉踊るエネルギーが沿道で見る人たちにも伝わってくる。アスファルトの大通りの向こうから男衆たちの先陣が小粒のように現れ、その数を増し、等身大になるにつれて怒涛の勢いとなって道いっぱいに広がる。大人の威勢の良さが剛としたら、子供たちのほほえましさは柔の魅力だ。


★福岡・百道浜 海浜公園★





博多湾に面した人工の浜辺は、ダイエー・中内功(※功のつくりは力ではなく刀)の夢の跡、ヤフードームとシーホークホテルのそばにある。金満家、定年悠々派、ホームレス、お尻丸出しのTバック水着の白人女性、インド人IT技術者、集団散歩の中国人観光客、通りすがりのお兄ちゃん、お姉ちゃん。それぞれの思いが飛び交い、宙に散じて果てていく。


★博多湾・能古島 アイランドパーク★





百道浜からすぐ、そこに見える島。頂に広場などがある公園が整備されている。その一角に動物が飼われている。実物のヤギを見るのは久方ぶりだった。生まれながらの老成した風貌に、やせた体躯。山水画の深山幽谷に住む賢者にも見える。うらやましいほどの自然体な姿。力むことがない生き方もいい。

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Bound Round Globe no.6

2006-09-29 | Weblog
ふと思いついたように旅に出て、道草のような巡行となるのも楽しい。未知だった街・尾道の駅頭に立ったときの感慨。「なぜ、こんなところにいるのだろう」「この地を訪れるのが運命だったのか」

林芙美子の像がある繁華街の路地を歩き、人恋しさに導かれ老舗の酒場「暁」でマッカランのロックをなめながら初対面のマスターと雑談する。モノクロのままだった思いに彩りを付けていく。甘くて美しい蜜のような時間。


★広島・尾道 造船所がある風景★




小津安二郎の映画「東京物語」は親子の情の現実と、その反語としての理想を描ききり名作の誉れが高い。話は尾道から始まり、尾道で終わる。なぜ尾道なのか。小津が敬愛する作家、志賀直哉が一時暮らしていたからとの説がある。志賀の住まいは今も残っており、ここで聞いたであろう対岸の造船所の様子が作品「暗夜行路」の中で描写されている。


★尾道で横たわる犬★





死んだように道の真ん中に横たわっているが、死んではいない。観光ルートの道での堂々たる昼寝。犬も還暦を過ぎると、もう恐いものはないようだ。周りのことはことごとく、どうでもいいようになるみたい。でも犬死だけはしない。


★高知・桂浜★




ゆきゆきて桂浜。黒潮の香りにカツオの切り身が頭をよぎる。近くに勇ましい風貌の龍馬の像もある。「龍馬の金策日記ー維新の資金をいかにつくったか」(祥伝社新書、竹下倫一著)が面白い。「公金50両をネコババした龍馬」「死の1カ月前まで金の無心をしていた」「ニセ金製造計画があった」などの項目があり、英傑の裏面が描かれる。帯には龍馬の写真があり、吹き出しにこんな言葉が入っている。「お金には、ホトホト苦労した人生だった」。金策に走りたい人に役に立つ本。
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Bound Round Globe no.5

2006-09-28 | Weblog
海外に行って日本の良さをあらためて実感するとはよく言われることだ。

どこに行っても日本語が通じる。方言可である。

見知らぬ食堂にいきなり入っても心配ない。品書きもメニューも即理解できる。

日本語を耳にしながらの食事は消化にいい。外国語をしゃべりながらの食事は胃によくない。アルファベットを食べているかんじ。

露天風呂につかった後に羽織る浴衣の解放感がいい。帯を締めるのもここちよい。「きゅっ」という布が擦れる音もいい。バスローブではこの快感を味わえない。

女の顔が優しい。瑞穂の国ならではの優と美と凛がある。雪見大福を思わせる肌に気分が落ち着く。


★鎌倉・江ノ電★



車体に書かれた社名も行き先も英語表記。惚れた弱みで、これも古都の粋として許容できる。


★鎌倉・浄妙寺★



世界のどの寺院よりも日本のお寺は心の落ち着きを与えてくれる。国民に見合った風景と美観が古刹にはある。境内のレストラン・石窯ガーデンテラスで鎌倉の地ビールを飲んでほろ酔うと天下を取ったようないい気分になる。幕府があった地ゆえか。


★鎌倉の和猫★



ローマの猫なんかに負けないぞ。こっちは姿勢ただしくお座りして居眠りだ。眺めていると、お茶漬けが食べたくなってきた。鮭茶漬けに、胡麻豆腐、おでん、熱燗。秋刀魚もいいな。和食の秋がやってきた。









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Bound Round Globe no.4

2006-09-26 | Weblog
料理の旨さは文化の成熟度に比例する。フランス料理、イタリア料理、中華料理、日本料理をつくりあげる土壌の下に、深く幅広い文化と芸術の地層が積み重なっている。食い物にこだわる民は、概してなんにでもこだわる。それで食べ物が旨い国は、総じて面白い人とものがいっぱいだ。

欧州の料理で日本人の舌にもっとも合うのは、多分イタリア料理。パスタ、リゾット、カルパッチョ、ピザなどいくつも品書きが出てくる。アサリ入り、きのこ入り、シーフード入り、思い描くだけで垂涎だ。それで欧州文化の源流でもある地へ。

回想としてのローマの休日。Buonasera (ボナセーラ・ こんばんわ)、Arrivederci(アリベデルチ ・さようなら)、 Buonanotte (ボナノッテ・おやすみなさい)、 Cosi Cosi(コスィ コスィ・まあまあです)。みんな忘れた。イタリア語も1日にして成らず。


★ローマ・スペイン階段★



恋人同士、友人同士、愛人同士、スル人、スラレル人たちが集まる場所。バルカッチャの泉(舟の泉)がある広場側から撮るのが常道だが、あえて階段上のトリニタ・ディ・モンティ教会側からシャッターを押した。その結果、どこなのかよく分からない場所となった。



★ローマ・スぺイン広場近くの映画ロケ地★

            

オードリー・へプバーンとグレゴリー・ペックが共演した映画「ローマの休日」のロケ地のひとつ。アメリカ人新聞記者役のペックの住まいに至る階段。50年以上も前の作品だが、そのまま残っている。映画では階段の上にテラス付きの住まいがある設定だが、実際は異なる。二人がこの階段を下る場面がある。家主が女を連れ込んだと思い、とがめるような視線をペックに向ける。独身のペックがばつが悪そうな表情をするのが印象的だった。現場に立つと映画の中に入り込んだ気分になる。確かにばつが悪くなるだろうな。



★ローマ・コロッセオそばで寝入る猫★




カラーの写真集があるぐらいに彼ら、彼女らは有名な猫たちだ。猫好きの観光客からは歓声が上がり、コロッセオと同じくらいに人気がある。野良猫かと思って観察すると、足の肉球周りの毛がきちんと切りそろえられ手入れされている。観光客はコロッセオを見て大喜びだが、毎日眺める猫たちはどうなのか。その心境を一句。 コロッセオ あくびするたび ひと寝入り





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Bound Round Globe no.3

2006-09-25 | Weblog
美術館、博物館、資料館、図書館を訪れるのは楽しい。人類の知のアーカイブだから、いくつもの好奇心を満たしてくれる。

収集・収蔵品や陳列品を見るのは幸せな時間の一つでもある。小さな資料館でさえ、入場すると3時間ぐらいは出てこないので、「もしかしたら収集品目当ての泥棒じゃないか」と心配したのか、管理人が30分置きに様子を見に来ることもあった。他の入場者がおらず貸切状態のときは、じっくり、ゆっくりと展示物と対面し、説明文も丁寧に読み込んでいく。

こうした施設にも運営者のレベルとラベルの違いがある。知の世界の広さと深さのことだか、大学院教授と小学1年生ぐらいの力量の差がある。

博物館のうちワシントンD.C.のスミソニアン博物館は横綱級だ。アメリカが産み出したもので最も知的で楽しいものの部類に入る。一見に値する。スミソニアンにはいろんな分野が個別の施設となっているが、航空宇宙分野の施設は実物の迫力をあますところなく堪能できるからお気に入りとなっている。


★ワシントンD.C.・スミソニアン博物館の航空宇宙博物館★

 

複葉機あり、単発機や双発機ありと、空を飛び回る楽しさが伝わる。地表を見下ろす快感、あらゆるものが張り付き、這い回る地上から解き放たれて空中を動き回る爽快さは、ハエの小憎らしいほど度を超えた奔放な飛行にも通じる。




人はなぜ天上を目指すのか。未知の世界がわれわれを誘惑する。突き立った宇宙ロケットの風景から人類の冒険心、探究心、成し遂げようという意志を感じる。





鬼畜米英とかつて蔑称した国に大事に保存、手入れされ、展示してある零戦。優れてよく戦ったものへの敬意にも思える。零戦とこんな場所で対面するとは。ある感慨がわいてくる。この零戦のパイロットはどんな運命を辿ったのだろう。






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Bound Round Globe no.2

2006-09-24 | Weblog
government of the people, by the people, for the people(人民の、人民による、人民のための政治)。リンカーンのゲティスバーグでの演説は民主主義の原点を示したものとして有名だ。ワシントンD.C.のリンカーン記念館の壁に全文が刻み込まれている。

演説はどんな内容なのか。まずは英文で、次いで全訳をブログに留めた。

This is the version of the text inscribed on the walls at the Lincoln Memorial in Washington D.C.

THE
GETTYSBURG
ADDRESS

Fourscore and seven years ago our fathers brought forth
on this continent a new nation, conceived in liberty, and
dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing
whether that nation, or any nation so conceived and so
dedicated, can long endure. We are met on a great battle-
field of that war. We have come to dedicate a portion of
that field as a final resting-place for those who here gave
their lives that this nation might live. It is altogether
fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we cannot dedicate…we cannot
consecrate…we cannot hallow…this ground. The brave men,
living and dead, who struggled here, have consecrated it
far above our poor power to add or detract. The world
will little note nor long remember what we say here, but
it can never forget what they did here. It is for us, the
living, rather, to be dedicated here to the unfinished
work which they who fought here have thus far so nobly
advanced. It is rather for us to be here dedicated to the
great task remaining before us…that from these honored
dead we take increased devotion to that cause for which
they gave the last full measure of devotion; that we here
highly resolve that these dead shall not have died in vain;
that this nation, under God, shall have a new birth of
freedom; and that government of the people, by the people,
for the people, shall not perish from the earth.

November 19, 1863


八十と七年前,私たちの父祖は,この大陸に新たなる国家を打ち立てました.自由を原点として懐胎され,人はみな平等であるとの命題に捧げられた国家です.
今私たちは,たいへんな内戦の渦中にあります.その国家が,あるいはそのような原点と命題とを奉じる国家一般が,長らえることができるかどうかが試されているのです.私たちはその戦争の激戦地に集っています.その国家が生き長らえるためにこの地で命をなげうった人々の最後の安息の地として,その戦場の一角を捧げるために集まりました.それは私たちにとって,全くもってふさわしく,また理にかなった行ないであります.
しかし,より大きな意味では,私たちがこの土地を捧げることはできません.この土地を聖別したり,神に捧げたりすることはできません.この地で奮闘した勇敢な人々こそが,生きている方々も戦死した方々も含め,すでにこの地を聖別しているのです.それに付け加えたり,差し引いたりすることは私たちの貧弱な力の及ぶところではないのです.私たちがここで話すことは世界の耳目を引くこともなく,やがて忘れ去られることでしょう.しかし,彼らがこの地でなしたことは,永遠に世界の記憶に留められるのです.この地で戦った人々がこれまで気高くも進めてきた未完の仕事を完遂するために,私たち生きている者は,むしろ自らの身を捧げるべきなのです.
私たちの前には大いなる責務が残されています.名誉ある戦死者たちが最後まで完全に身を捧げた大義のために,私たちも一層の献身をもってあたること.これらの戦死者たちの死を無駄にしないと高らかに決意すること.神の導きのもと,この国に自由の新たなる誕生をもたらすこと.そして,人民の,人民による,人民のための政府をこの地上から絶やさないことこそが,私たちが身を捧げるべき大いなる責務なのです.


★ワシントンD.C.・リンカーン記念館の彫像★



丸太小屋からホワイトハウスへ。
リンカーンの人生は一つのアメリカンドリームだ。
レスリングの賞金試合に出たり、南北戦争や奴隷解放にかかわったり、暗殺、死後の遺体盗掘騒ぎなど、その生涯は苦難と波乱に満ちている。

ビジネス書の中では七転び八起きや「人生は失敗の連続」の事例としてリンカーンが紹介されていたりする。

リンカーン記念館はハリウッド映画でもよく出てくるワシントンの名所とあって多くの観光客や先生に引率された学校の生徒らが訪れていた。壁の演説を読む人よりは彫像の前で記念撮影する人でごったがえしていた。
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Bound Round Globe no.1

2006-09-23 | Weblog
まあるい地球の上の凸凹や時間がデジタルカメラのレンズを通して、記憶媒体の世界に閉じ込められた。

ハードディスクの中、ブレインズの中、ネットの中、これを見た人のブレインズの中に留まる。現実には消滅した「時間の風景」が、どこかで生き続ける。

★ニューヨーク・セントラルパーク動物園でのオットセイの餌付けの光景★




調教師の持つ1個の餌がオットセイにとって世界のすべてだ。

多くの家族連れの視線はあって無きが如し。
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五色の白秋 無色透明

2006-09-19 | Weblog
ホリエモンの公判が始まった。オウム真理教の麻原被告の死刑が確定した。台風13号の強風で九州北部に被害が相次いだ。自民党総裁選で安倍候補が当確となった。地上のニュースをよそに空の色と雲の風情は日に日に秋めいてくる。

朱夏と玄冬をつなぐ秋の気候のここちよさが、内省的な気分をもたらす。さて、これからはどんな人生を歩んでいこうか。おのれの先行きをちょっと考えたりすると、朝夕の冷えもあり身が引き締まる季節となる。

ある時は畳だったり、いつしかはベッドだったりしたが、寝転んで天井を眺めて思いにふけるのが好きだった。今でも好きな時間でもある。就寝前の儀式みたいなものだ。十代、二十代、三十代……と続く夜のもの思いの底流にあるのはいつも同じだった。「十年後はどんな風になっているのか」。自らの未来をのぞいてみたいという願望と恐さが入り混じった感情に浸ってきた。

生長する樹木に例えれば、枝葉末節の自由な茂りぶりには満足してきた。一方で目指す高さに至ったかには「まーだだよ」。十年前の抽象的な思いは、十年後も抽象的なままだ。こうやって時が流れ、年齢が積み重なっていく。もののあわれとまでは言わないが、大人としての憂いを感じることが多くなった。

内省的になると、ついつい沈思となってしまう。リオのカーニバルの踊り子たちの笑顔という仮面、そのはちきれんばかりの虚無の輝きにならって、明るいもの思いにふけろう。山や海、街中に広がる秋の空気と空間のすがすがしさ。暑くもなく、寒くもない、無色透明の快適な世界が広がっている。深呼吸すると秋の旨さが体のすみずみにしみわたって現実的となる。十年後のことより、まずはきょう一日のことから。
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五色の白秋 漆黒色

2006-09-13 | Weblog
漆みたいに艶はなかったな、その闇は。
生気のない世界だ。
純正の真っ黒けだった。
自分の姿はもちろん、周りの一切が黒一色で見分けがつかない状態に陥っていた。

こんな漫画みたいな状況が本当に自分の身に起きるなんて。薄笑いしたくなった。しゃれやだじゃれにもならなくて、衰弱してあの世に行くんだな。そんな思いで天を仰いだ。でも真っ黒以外何も見えない。

三十代の初め、屋久島の縄文杉を見た帰りに遭難した。思っていた以上に日没が早かった。予定では下山し終えて日が暮れるはずだったが、片思いだった。早々と闇の幕が下りた。登山中に「嫌な感じがする一帯だなあ。こんなところで迷うと大変だ」と変な予感がした場所付近で遭難する羽目になった。

どんなに目を凝らしても漆黒一色の世界。台風崩れの低気圧で屋久島に雨雲が巻き付き、登山途中から猛烈な風雨をもたらした。遭難前に雨にしっぽりと濡れていたため、体が冷えて体力は落ちた。太ももに力が入らず足が上がらない。山道は激流となり10メートルの距離を進むのに10分もかかった。エネルギー源のビスケットもチョコも食べつくしていた。

探検家ボブ・リー考案のハンティングワールドキャリーバッグの中にも屋久島の雨はしみ込んでいた。中にあったヘッドランプも水の影響で点灯せず、頼みの光源のライターも着火不能となっていた。後から思えば、このことが幸いした。ヘッドランプが点けば無理して下山しようとしただろう。結果、山道を離れて疲労、睡魔、夜の冷え込み、心臓停止のコースを辿った可能性が大だった。

パラシュート生地でできた雨傘も登山途中の強風で骨から外れてソフトクリームをこねくり回したようになっていた。周りが真っ黒で歩けないため、その場に座り込んでパラシュート生地で体を覆った。眠気が襲い、首がこっくりして生地がめくれて雨粒が顔に当たった。それで目を覚ますことの繰り返しが何度も続いた。

漆黒の世界に家族の悲しげな表情が浮かんだ。上空を風が吹きすさぶ音と、「メリメリメリ、ドドーン」という屋久杉が倒れる音が時々聞こえるだけだ。自分の方に倒れてくるのでは。そんな不安がよぎる。

睡魔のオルゴール曲で死神と踊ってはいけない。踊りつかれて漆黒の世界に溶け込んで「ハイ、サヨウナラ」だ。眠りたいという生理と、眠ってはいけないという意思がせめぎあう。頬をたたき、肌をつねって朝が来るまで持ちこたえよう。漆黒の世界が永遠に続くかと思われた。朝までは遠い。遥かな道のり。いつしか眠りに落ちた。短かったが、いい人生だった……。

風雨一過。その後の話。ずぶ濡れと疲労困憊で心身ともにぐちょぐちょになった「ぼろくず姿」を、縄文杉を目指して早朝登山していた高齢者の一行が発見する。懐中電灯に照らし出された姿に叫び声が上がり、一行に衝撃と動揺が走る。「大丈夫ですか」と恐る恐る声を掛けられる。「大丈夫です」。か細い声で答え虚勢を張って一人で下山。登山口までよろけながら下りて、不老長寿の水と銘が彫られた石のそばの湧き水をがぶ飲みしていた。どこからかパトカーが現れ警察官が二人そばにやってきた。「○○さんですね。探してましたよ」

人は死んだらそれまでだが、死に目に会うとずぶとくなって長生きするらしい、とか。
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五色の白秋 黄金色

2006-09-12 | Weblog
黄金(こがね)色を想えば、さまざまの形となって溢れ出てくる。


☆イエローゴールドのカルティエ・ラブリング

 体重80キロの人間と対等に勝負できるほどの存在感。


☆ヴーヴ・クリコのイエローラベル・シャンパン

 うがい用。イソジンは飲めないが、これは飲み下すことができる。喉ごしよし。


☆金色の折り紙でつくった鶴

 千羽鶴の中にあってもひときわ目立つ。


☆スカラベをかたどった金色のカフス

 創造、復活、不死のシンボル。げん担ぎの一興。


☆尾形光琳の紅白梅図屏風

 この川で溺れても本望。


☆黒人の大男の首に二重にかかった喜平型ネックレス

 皮膚と金属がつくりだす官能。


☆群雲の中の満月

 地表を青白く照らし出す神秘。


連想の行き着く果て。貧しくて、卑しくて、粗末で弱弱しい黄金色はないものか。









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五色の白秋 茜色

2006-09-10 | Weblog
管理人の男性が合図を告げに歩み寄ってきた。地面を指差しての身振りか、Tの字を作った手振りだったか、「クローズタイム」の英語だったかは忘れてしまった。

背中を壁に寄り掛け足を投げ出した姿を崩して立ち上がった。赤いレンガ色の屋根でいっぱいの町並みを夕陽が照らし出している。ただ眺めているだけで心が落ち着くここちよい茜色の光景だった。

フィレンツェのドゥオモ、サンタ・マリア・デル・フィオーレ、通称花の聖母教会の頂から見渡していた。地上から巨大なクーポラの頂を仰ぎ見て好奇の心を抑えがたくなった。高きがゆえに貴からず。されど一度は上ってみたし。

高さ107メートル、464の石段の第一歩を踏み出した。大人1人が通るくらいの幅のらせん状階段を黙々と進む。14世紀にこんな代物を造ったことに感心する。地上から天上へ至る暗く、狭い階段を上っていく。

闇の世界を抜け出すと、天上からの世界が広がる。360度眺望できる。見入っていると景色から中世の香りがしてくる。絵心、詩心を刺激する。風も涼しいし夕方までの数時間を頂でぼんやりと過ごすことにした。夕暮れが近づき、レンガ色に茜色が重ね塗りされる。ところどころに金色も交じり、もう一つの風景が作り出された。

風景にほろ酔いしていると、街中の小さな教会からアンゼラスの鐘が鳴り響く。まぶたを閉じても茜色の光景がくっきりと浮かび上がってくる。誰がために鐘は鳴る。For Whom The Bell Tolls. 汝との邂逅を祝して、ということにしておこう。
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五色の白秋 群青色

2006-09-09 | Weblog
本郷ではない。三田でもない。お茶の水、水道橋、江古田でもなかった。夕景で見上げた、あの空の青みの深さは高田馬場だった。鉄橋がむき出しになった旧国鉄の駅と隣の西武ビッグボックス、それに三省堂書店が入った貸しビルの上空にできた空間に、その色はあった。

迷いを解き放つ希望の色ではなく、難渋な事態に対処する冷静さの色でもない。生の豊饒の色彩群から外れた、死の深淵に至る色あい。衝動を感じさせる色でもあった。これから先ではなく、これでおしまいの感情。生の空しさに見る者ををひたし、突如、死にたくなる思いを募らせる。理由があっていいはずだが、どんなに探してもその理由は見つからない。それは直感の世界だから。

嫌なものを見た、という感情はなかった。臨死のここちよさかもしれない。身長と体重がある存在を忘れ、思いだけが宙に浮いて、しばし群青の空に見入った。昼間から夜の世界へ入るわずかな時間の出来事だった。死のしずくが唇に落ちて、覚醒と陶然が舌先から神経を通じて体の中に広がっていく。

連続する生を支える心臓の鼓動がときおり不整脈を起こすのは、多分あの群青色のせいだろう。

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