ある女性たちにとっての愛用品が化粧箱だとしたら、ある男性たちにとっての愛用品は工具箱となる。化粧箱にいくつもの化粧水やクリーム、口紅、アイシャドーのための化粧具などが入っているように、工具箱にはハンマーやペンチ、ドライバー、レンチ、カッターナイフ、釘、そしてネジ類が詰まっている。わたしもまた、ある男性たちと同じように工具箱を愛用している。それも大小2つ。大は本格的な作業をするための諸々の工具が収まっており重い。小はちょっとした作業での必要最低限の工具が入れ込んであって軽い。物を組み立てる、あるいは解体するのに出番が多いのが、ドライバーである。なぜなら、工業製品のほとんどにネジが使われているからである。
家庭で老朽化あるいは破損して不用もしくは不要となった品々を解体する機会がこのところ増えた。令和という新しい時代になったことだし、昭和や平成の時代に倉庫の中に押し込まれた品々を整理する中で、廃棄と取り置きの選択をすることになったためだ。本当にいろんな物がたまりこんでいるもんだ。亡くなった両親や親類らの残した物ばかりだ。本、雑誌、文書類、電化製品、置時計、園芸用品、農機具、陶器類、ガラス製品、観光地で売られていた木製の手作り人形類、事務用品などなどだ。メルカリやヤフオクに出品する気は毛頭ないので、廃棄すべきものを選び出して、燃えるゴミ、燃えないゴミに分別する作業に入る。そのためにドライバーを使って解体作業をするのである。
小学校の理科の授業だったか、カエルの解剖を想いだす。物の構造がどうなっているのか。すなわち、どんな風に組み立て上がっているのかに素朴な関心があって、工具を使って解体するのが好きなのである。マグロの解体ショーを見学したことがあるが、手際よい作業で美しくばらしていくことに感心したことがある。料理人がまな板の上で食材を包丁できれいに切っていくような感覚に共感する。使い込まれた後、不要となった品々。組み立て作業の工程を巻き戻していくようにして解体していく。まさに当初の姿に戻していく作業でもある。そこでは、長い間、ご苦労さんの気持ちを込めての整理となる。
きょうの解体はどんな品々だろうか。あちこちが錆びて傷だらけとなったスチール製の書架が目の前にある。会社などで書類ケースや在庫の品々を置くのに使ったり、家庭では本棚として使ったりした品だ。頭がプラスのネジと六角ボルトで要所が固定されて組み上がっている。ドライバーと六角レンチを使って難なく解体することができた。次はデスクトップパソコンのキーボードだ。こちらはネジと言うよりは小ぶりのネジすなわちビスで要所が留められている。ビス用の小型のプラスドライバーを使って1個ずつ取り外していく。ビスを取り払われたキーボードは長方形の2枚貝状態となっている。マイナスドライバーの先端を接合部分の一部に差し入れて、ゆっくりとこじ開けると、ぱかりと上部と下部に分かれる。2枚貝の中身に当たるのは、キーボードと同じ長方形をした透明シート。ぺらぺらのクリアファイルみたいな感じで、表面にはキーボードのそれぞれの文字の位置を示す●と配線図が印刷されている。なるほどねえ。最近のキーボードの内部はこんな風になっているのか。別のメーカーのキーボードも解体してみたが、同じ構造だった。いずれも下部の裏面にmade in chinaと記されていた。
次は電動チェーンソーだ。これもプラスドライバー1本で大丈夫だ。プラスチックのカバーを外し、本丸であるモーターカバー部分に挑む。組み立てる方は工場での製造となるため、作業員は充電式のインパクトドライバーを使って短時間に何台も仕上げていくのだろうか。わたしの場合は、のんびり、ゆっくりと構造を1つひとつ確認しながら、かつ、なるほど、こんな風に仕上げてあるのか、と好奇心を満たしつつ解体していく。モーターの心臓部とも言うべき部品を取り出す。銅線を巻いた心棒の先に10枚の羽根が付いた円盤が取り付けられている。これが勢いよく回転し、その動力をチェーンソーを回す力に変換していく。人間が思考し、創り出した論理と科学の世界の粋がここにある。物理の応用で出来上がった製品に感心するばかりである。電気って凄い!
衣類などを収納したりする木製3段ボックスはあっという間にドライバーで解体してしまう。そもそも、ドライバー1本であっという間に組み立てることができるような製品ではある。パイプ椅子も簡単に解体となる。洋タンスや食器棚などは扉などの丁番にネジが使われているが、これもお茶の子さいさい状態だ。スチール製の倉庫はどうか。これは六角ネジや六角ボルトが使われているので、ドライバーという訳にはいかないみたいだ。インパクトドライバー・レンチが必要となる。それじゃ、古い家屋はどうか。うーん、これは重機が要るなあ。それに人数もそれなりに集めないと。まあ、電化製品を解体するのが1番愉しいかもしれない。プラスチック、配線類、金属部分などが上手に組み合わさっていて、決め手はネジが要所を締めているところかな。形ある物を解き放つのも、またネジであり、ボルトであり、ビスなのである。