おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

ホモモビリタス

2014-06-26 | Weblog
待ち合わせに時間があったので、近在の図書館を見つけて入る。最近の図書館は書架の合間にソファーがあったり、周囲の植栽の緑を眺めながらくつろげる畳の間があったりと至れり尽くせりだ。ソファーにもたれて目の前の書棚に並ぶ本の背表紙を見ていく。「新・日本文壇史 第二巻 大正の作家たち」(川西政明、岩波書店)が目に入る。手に取る。扉を開く。カバー裏の内容紹介を読む。

大正の文士たちは、大逆事件以後の時代閉塞の状況を打破しようと、血気さかんで高慢、自信に満ちみちていた。斎藤茂吉と永井ふさ子の恋をはじめ、志賀直哉、若山牧水、島木赤彦、里見、宇野浩二、広津和郎らの恋の実相を、資料を博捜して探る……。(中略)花形女性記者波多野秋子と有島武郎の軽井沢心中など、文壇スキャンダルを活写する。


女を巡る大正文士たちのスキャンダルの話であり、表の顔とはあまりにも趣が異なる裏の顔のエピソード集でもある。他人の恋愛沙汰を覗き見するようなことは良しとはしないが、大正の文士とその時代をこういった視点でとらえて描いた著者と岩波書店の試みに敬意を表して頁をめくっていく。惚れて、惚れられて。その先に見えるのは普通、幸せな形なのだろうが、取り上げられた文士たちはそうではなかった。悦楽の想いに満たされた一方で、その結末は幸せな形になることはなかった。誰かに惚れることがない人生はつまらないという意味で共感できる1冊だ。待ち合わせの時間が迫って来た。本を書架に戻し、その人に逢いに行こう。


待ち合わせ時間に知人と会い、女性画家が個展を開いているギャラリーを訪れる。20点ばかりのアクリル画が展示されていた。描き手の清澄な精神が作品から溢れていて、ギャラリー全体に心地よい雰囲気が漂う。画布には富士山、月、蒼い空、イルカが飛び跳ねる青い海、龍などが色鮮やかに描かれている。訪れた人たちは1点1点を眺めながら印象を語りあったりし、審美眼に覚えありの主ばかりだった。女性の神主や小惑星探査機はやぶさのエンジン設計に携わった男性技師、経営者ら訪れた人たちの好奇心の旺盛さが会場に彩りを添えていた。絵画は活字とはまったく別世界の刺激を与えてくれる。いろんな意味での活や喝をもたらす作品に出会う愉しみがギャラリーにはある。


ギャラリーを出て、女性画家とスターバックスに入る。「お昼にインド料理のナンとカレーとラッシーをたっぷり堪能したから、今はほとんど入らないな」と言いながらマンゴースムージーを注文する。「入らないな」と口には出したものの、マンゴースムージーをストローからぐいぐい吸い上げて胃袋に直送していく。口先で言うことと、口先で行うことがまったく一致していない。女性画家に指摘され、われながらはにかむ。こってりとしたインド料理の口直しに、冷ややかなスムージーは打ってつけの味わいなんだ。


話題は龍に移り、熊本・阿蘇の幣立神宮の話になった。境内で写真を撮ると龍が写り込むというので評判になったパワースポットである。その評判が今ほど広がっていなかった昔、現地を訪ねて写真を何枚も撮ってみたが1枚たりとも龍の姿は写っていなかった。その幣立神宮が荒れているのだという。「手入れが不十分で境内が荒れているという意味なの?」。女性神主から聞いた話として女性画家が回答してくれた。「いろんな人が訪れ過ぎて神社が持つ清澄さが荒れている」。神社にお参りするには、日ごろから心身を清浄にしておくことが要るようだ。きれいなこころでお願いをする。至極もっともな原理原則である。常日ごろ手と口とこころをまずは清めよう。

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朝こそすべて

2014-06-16 | Weblog
たいていの人々の1日の始まりは、朝がやって来てからだ。

前夜からの眠りから目覚め、屋外の明るさで朝の到来を知る。

時間の新陳代謝によって、きのうまでの事柄は過去となった。


朝陽を浴びて花々が開くように、人々の気分にも新たな1日の息吹がそそがれる。

喧騒のない静かな朝の時間を過ごすためには、テレビのワイドショーや新聞の社会面はひとまず要らない。

すがすがしい気分で朝を迎えることができる人はおそらく幸せな時間を過ごしている。


体を徐々に目覚ましていくために、1杯のお茶もしくは白湯や常温水が喉元を下っていく。

心身のエンジンの調子を確認するためにストレッチやウオーキングをし滑らかな血流を促す。

健康管理とは、乗り物や道具の手入れと同じように体の手入れそのものである。


少しばかり早く起きるだけで、午前中の時間のスペースを広く使うことができる。

里山での朝のウオーキングでいろんな人に出会い挨拶を交わす。

小学生、中学生、高校生、青年、中年、老人、柴犬2匹、雑種犬1匹、猫10数匹。

人の一生の各段階にある姿、風体を朝の時間の中で日々知ることになる。


ウオーキングの途中、いつもすれ違う老人に朝の挨拶の言葉を掛けるが、毎度反応がなかった。

朝からそんな顔つきをしなくてもと思うほどに、不機嫌な表情をしていた。

老人は自分の畑の見回りでわたしのウオーキングコースにいつも姿を現していた。


数年にわたり声をかけても返答がないのは、もしかしたら耳が不自由なのかと思っていた。

自分自身では爽やかな顔つきで挨拶していたつもりだが、老人からすれば視線を交わしたくない顔つきをした人物に見えたのかもしれない。

他人に声を掛けられるのが嫌な性格なのかもと思い、会釈をしたこともあったが反応は無かった。


いつものウオーキングコースで顔見知りの農家の中年男性と立ち話をしているところに、例の老人が耕運機を運転しながら通りかかった。

中年男性は老人を知っているらしく、なにやら声を掛けた。老人の耕運機がわたしの前で止まったが、視線はわたしには向けずに中年男性に相対している。

その時、老人が不機嫌な表情とは別の表情をすることができることを初めて目撃した。


歯を見せて笑ったのだ。声は出さなかったが、破顔一笑の表情だ。

なにやら愉しそうに中年男性と話している。耳も聞こえるんだ!

ほんの数分のやりとりだったが、老人は目の前にいるわたしに視線を向けることはなく耕運機を動かして立ち去った。


数日後、ウオーキングの途中で老人と出くわした。わたしはビニール袋と金ばさみを手にしていた。路上に落ちているたばこの吸い殻や紙くずを拾うためである。

わたしは朝の挨拶をしてから独り言のように呟いた。吸い殻を拾っても拾っても、捨てる人がいるんですよ。これは吸い殻に口紅が付いているから女の人が吸ったんだろうなあ。

たばこを吸いながら犬の散歩をしているのがいるんだ。老人が初めてわたしに反応した。


老人とわたしは並んで舗装された農道を歩く。吸い殻を金ばさみでつまみながら老人に話しかける。

こんなにたばこを吸うとガンになってしまうのになあ。


この発言が老人の健康への思いに火を付けた。半年前に手術をしたんだ。小便がちこうなったもんでなあ。昼も夜も頻尿が続いて落ち着かない日々に悩まされていたのだ。不機嫌な顔つきにもなろうと言うもんだ。


高く上がる前の朝陽を浴びながら、きょうも山里を歩く。前向きな思いがいくつも湧いてくる。気分のよい朝を迎える人は幸せな時間のど真ん中にいる。
























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ガラパゴス ライフスタイル

2014-06-11 | Weblog
紙の新聞をまだ読んでいる


ノバルティスファーマのディオバンを処方する医者に相変わらずかかっている


減塩に注意をはらっているが、糖分の取り過ぎにはそれほど注意していない


親と金がいつまでもあると思っている


確実な根拠はないが、あした死ぬことはないと確信している


寿命はまだ先まであるだろうと時々思う


億万長者になる可能性はほとんどゼロだが、小金持ちぐらいにはなる可能性はあると思っている


老眼、白髪を自覚しても、まだまだ若いつもりでいる


2人に1人がガンになる時代にあっても、ガンにならない方の1人であると信じている


1日が24時間であることをすっかり忘れて、どうでもいいことに時間を費やしている


好きなこと、やりたいことが見つからないまま、年齢だけを着実に重ねている


新しいことを始めることが少なくなり、古いことをやり続けるだけで十分だと思ったりする


水の有難味をとうの昔に忘れてしまっている


増え続けるパソコン内のデータの整理をいつまで経ってもする気にならない


布団の中で思いっきり背伸びをすることが無くなった


認知症になってたまるか! という断固たる意思がまったく育っていない


宇宙から飛来する隕石が自分に当たることはないという信念がある


仏様はいないと思っているが、仏壇には手を合わせ拝んでいる


神様を見たことはないが、神社のお守りはいくつも持っている


これまでの人生で開運招福が何回あったか数えようとしない


自分の10代前の先祖をまったく知らない


百年後の日本の姿は思案のはるか外に行っている


サイバー空間のすべてのデータが消滅するという「世界の終り」が来ることを考慮することがまったくない

























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山城を探して 下

2014-06-01 | Weblog
目指している山城を含めて町の郷土誌はこう記している。「昭和58年度における、県文化課による調査のほかは、遺構の調査研究はほとんど行われていない」。えっ!である。文章はさらに続く。「時の経過に伴う自然崩壊のほか、開墾や植林、畑作、植樹(主に蜜柑)、土地の造成などにより、城郭の遺跡・遺構が破壊され、城郭の存在が失われつつある」。えっ! えっ!である。町内の山城についてはほったらかしということか。時の経過に伴う自然崩壊! 城郭の存在が失われつつある! 

郷土誌は絶望的な総論をしておきながら、各論でわが探索対象の山城についてこんな記載をしている。「標高100~140メートルの丘陵をなす山林で、東西約250メートル、南北約200メートル、面積約5万平方メートルほどで、本丸・石垣・土塁・空堀などの遺構が、はっきり残った立派な山城である。(中略)。三方は高い絶壁で、西北は丘陵に連なり、50メートル余の空堀が二重に掘られている。山頂には2か所の平地があり、1か所は2段になっていて……」。おそらく昭和58年度の県文化課の調査を基にした記述なのだろう。

その調査から幾星霜である。一抹、二抹、三抹の懸念を感じつつ山道を歩いていく。植林と思われる場所を過ぎ、自然林を切り掃った場所に出くわし、笹が生い茂ったり、山道を朽ちた竹がいくつも通せんぼしていたりと、人が入らずに荒れ地の様相を少しずつ呈してきた。それでも目を凝らしながら遺跡・遺構らしきものを山林の中に探していく。イノシシが地面をあちこち掘り返した跡がいくつもある。世俗とは切り離されたような山中行である。樹木で陽は陰り、鳥の鳴き声さえない。行く先の山道がぬかるんでいる。道路沿いの湧水が山道に広がったものだ。靴をぬかるみに取られないように用心しながら歩き進む。前方の樹木の間に何か構造物らしきものが見えた。1歩1歩近づいていく。


もっと近づいてみよう。



石垣だ! これが天智天皇時代の遺構? 


石垣に近づいてみるが、郷土誌に書かれている遺構とはこのことなのか。よく分からないというのが感想だ。一帯の山林をよく観察してみると、近くの山林の中にも石垣があるのを発見した。山頂一帯に向かって再び山道を歩き出す。途中、山道から外れる枝道があったが、まずは主たる山道を上っていく。山頂一帯らしき場所に着いたが、樹木が生い茂り展望も利かない。本丸跡だとしても、ただの山としか言いようがない。あたりを徘徊すると、ビールの空き缶がいくつか転がっていた。林業で上って来た人たちが休息か食事の合間に飲み干して捨てたのだろう。敵の来襲に備え、時に戦死を覚悟して緊張感と危機感が流れたであろう山城の跡で、現代人がのんびりとビールで喉越しの快感を味わった訳である。山城探訪で遺構かもしれないというのは石垣だけだった。後は野となれ、山となった山城の変わり果てた景観が残っていたのみである。


上って来た山道を戻ることになった。同じ道ながら、上る時の景色と下る時の景色は異なっている。下から目線と上から目線は同じ場所でも違うのだ。下りながら世俗の風景を想う。


山城が築かれた後、膨大な時間が流れた。
わたしは防御に当たった男たちと同じ地を踏んだ。


山城人たちが見ることがなかった現代の高層ビル。
丹下健三の設計だ。


山城で猫なんか飼っていた人はいたのだろうか。
この猫は京都・糺の森で日向ぼっこをしていたな。


猫が登場すれば、鼠に同伴願おう。
山城人はミッキーマウスを好きになれるだろうか。


上る時にも気付いていたが、山道脇の巨岩そばに石像が鎮座していた。
下山時に立ち寄って見入る。
岩戸観音と呼ばれているらしい。


山城を探して大過去の中に入り込み、出逢った石垣にその片鱗を感じ、再び現代という世俗に戻っていく。短いタイムトラベルが終わり、いろんな連想を愉しんだことを感謝して、わたしは観音の前で手を合わせた。

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