おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

#2020 

2017-09-28 | Weblog
2017年もあと3カ月で終わる。早いものだ。一方で、まだ3カ月もある、という方もあろう。その「まだ時間はある」という鷹揚さも日1日と経過するたびに、「あとの時間が少なくなってきた」にそのうち変わってくる。そうなのだ。1年間というのは秒針のごとく規則正しく、世の中がどうなろうと流れ去っていく。ここで思う。未来という時間が向こうから流れてくるのではなく、実は未来という時間に向かってわたしたちは流されていっている。

だから、流されていく先方に何かの取っ掛かりを見つけて跳び移らないと、あっという間に時代の奔流と加齢の波に呑み込まれて、浦島太郎が味わったような変遷の世界の住民となる。太郎の感慨はいかばかりか。世界もすっかり変わったが、俺もてんで老いてしまったなあ。彼岸の風景を眺めながら太郎は思うだろうか。人生でなにをしてきただろうか。なにをしたかったのだろうか。ため息をつきながら煮え切らない悟りの境地にさ迷う。まあ、今となっては、どうでもいいことだよなあ。溌剌さはすっかり消滅し、老いぼれた感慨だけが太郎を包み込む。なんという無気力な末路。

未来に向かって、ただ流されないために多くの人の声を参考に聞こう。この1週間、この1カ月という短い時間ではなく、ここ3年間ぐらいの時間に視野を広げて跳び移るべき取っ掛かりの岩を見つけてみようじゃないか。

はっしゅたぐ・にいまるにいまる  もろびとたちのおもい いちらん

2020年は東京五輪・パラリンピックだ。ぜひ新国立競技場で開会式を生で見たい。どうやればチケットが手に入るかを検討中。与党の政治家ルートを使うのが有効か?

2019年に予定通りに消費税率が8%から10%に上がったら困るな。商売人は経費が増えるし、消費者には物価高となる。うーん、どうしよう。上に政策あれば、下に対策ありや。

2018年は平成30年となり、今上天皇が退位される予定だ。昭和天皇の崩御で始まった平成も30年で幕となる。この間に生まれた人、亡くなった人、家を建てた人、家を失った人、結婚した人、離婚した人などなど、諸人の人生が全30巻の平成物語の中に納められることになる。記録という叙事詩と記憶という抒情詩が織りなす人生劇場が綴られている。

英会話の勉強に挑戦して8年余り。2020年までにネイティブ並みにぺらぺらになるつもりだけれども、いまだに聴き取りに難儀している。日本語で思ったことを即英語に転換できない。どうしても日本語で考えての英作文をしてしまう。いまさらながらに思う。何で英語なんか勉強しているんだろうか?

貯金なしの年金暮らし。今のところは体は自称健康だけれども、そのうち介護が必要になる時期がやってくるだろう。そうなると介護保険だけで賄えるか不安になっている。老後破綻なんて言葉が週刊誌の記事などに飛び交っているが、いつか自分の身にも降りかかってくるのかなとも想ったりする、今日このごろである。

中国大陸を1年間かけて電気自動車で走破したいと思ってるんですよ。日中友好、熱烈親善の旗を掲げてね。車はもちろん日本製。トヨタかニッサンか、ホンダだね。中国語も少しは勉強して中国各都市の民衆たちともろもろのことを語り合いたいよ。

アフリカの最高峰、キリマンジャロを登攀するのが目標。高校時代、ヘミングウェイの同名小説を読んだのが憧れとなり動機になっているかもしれないなあ。富士山や槍ヶ岳は登頂済みだし、道具は一式そろっている。肝心の資金だけが揃ってない。まあ、なんとか調達するさ。クラウドファンディングでも検討してみるか。

齢50を過ぎて日本の精神文化を感じさせるものに目覚めた。理由はなぜだか分からない。精神の渇きみたいなものがあるのだろうか。書道、茶道、華道。墨を擦り、毛筆で和紙に好きな文字を綴って書の世界に没頭してみたい。茶の湯をきちんと嗜んでみたい。花を活かすための技能と心を養いたい。生涯現役で極めたい。

男の子であれ、女の子であれ、こどもを3人つくりたい。それぞれ政治家、実業家、芸術家の道に進めさせたい。個性や能力、適性を見極める。その才がなければ、今ある才を活かす職業に就くだけだ。なぜ、政治家、実業家、芸術家だって? だって世の中にどっぷりと関わるという意味でとっても面白い仕事じゃないか。

少しでも早く隠居の身となって愛猫と暮らしたいね。晴耕雨読。テレビ、ラジオはいらないな。本は万葉集だけで十分。人生の極みが詠まれているからね。畑も猫の額ほどで十分。オクラ、ダイコン、ネギでも植えますさ。年金の範囲で細々と暮らします。目立たぬように、ひっそりとね。昼寝している最中にぽっくりと逝くのが理想だな。

北京ダック、箱ふぐ、トムヤンクン。2020年までに本場のものを食べたいです。

ヒンズースクワット毎日100回を百歳になるまで続けてみます。イエス、アイ、キャンの心意気。80歳ぐらいで両膝を痛めて目標が頓挫する可能性があるが、なんとか挑戦してみます。誰も期待も応援もしてくれませんが、これはわたくしの信念なのですから。












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映画ダンケルクを深読みする

2017-09-23 | Weblog
イギリス人のクリストファー・ノーラン監督の映画ダンケルクを劇場で観た。実話に想を得て制作された戦争映画である。第2次世界大戦下の1940年、ドーバー海峡に面したフランスの港町ダンケルクが舞台。ドイツ軍に追い詰められ包囲されたイギリス、フランス両国兵40万人が海峡を越えてイギリスへ撤退する作戦を描いている。ドイツ軍の戦闘機が頭上から襲いかかって銃弾と爆弾を降り注ぎ多くの若い兵隊たちが倒れて息絶える。あるいは魚雷が放たれて救助船が沈没し、もがき苦しみながら溺死していく。どんな戦争映画にも共通する殺害と破壊が映像で描かれる。生か、死か。この2者択一しかない戦争と戦場から若者が生き抜く物語といった風の予告編を観ていたことが映画館に出向くきっかけになった。どうやって生き抜くというのか。脱走? ごますり? 裏技? こんな思いとは別に、なぜ、今、およそ80年前の戦争映画づくりなのだろうか。そんな思いもまた頭の中に湧いてもいた。

ヨーロッパ戦線のことはそんなに詳しくないので、ダンケルクの撤退作戦は映画で知ることとなった。ハリウッド映画みたいにスター俳優は出演していない。わたしにとって未見にして未知の俳優たちばかりだった。それだけに俳優にではなく、映画に没頭することになる。これがトム・クルーズやトム・ハンクス、アーノルド・シュワルツネッガ―だったら、どんな絶体絶命の場面でも安心して観ていられるし、終幕まで彼らは生き抜いていけるはずだ。

映画の出来の良し悪しを左右する大きな要素に編集の妙というものがある。ダンケルクはその編集に特徴がある。ダンケルクを舞台にした3つの時空を同時展開しながら観せるというやり方である。3つの時空の同時展開? なんのことを言ってるのとおっしゃるのもごもっとも。テレビでご活躍の予備校の林修先生やジャーナリストの池上彰さんみたいに分かりやすく説明してみましょう。

映画の中では時間の流れが異なる3つの物語が展開する。1つはダンケルクからドーバー海峡を越えて撤退する兵隊の1週間。次に撤退する兵たちを救助するためダンケルクに向けてドーバー海峡を渡っていくヨットオーナーの1日間、最後にダンケルクを撤退する兵隊たちに襲いかかるドイツ軍戦闘機と戦火を交えるイギリス軍戦闘機のパイロットの1時間。これら3つの異なる場面が数分毎に入れ替わる形で映画が進行していく。めまぐるしい展開になるはずなのだが、そこは編集の妙でもって各場面に引き込まれていく。

ノーラン監督へのインタビューサイトを観ると、できるだけCGを使わず、軍艦や救助船、飛行機も実物を使ったという。監督の本物志向によって戦闘機の爆音、銃撃音、爆弾の炸裂音などはかなり大きめとなった。わたしの席の近くの女性などは戦闘機の爆音の大きさに耳をふさいでいたくらいだった。ゴーグルを付けたバーチャルリアリティーではなく、まるで映画の場面の中に共にいるみたいな臨場感を味わってもらう目論見らしい。観客たちは音の大きさにも次第に慣れていく。同じように兵隊たちの死にも慣れていく。

この映画に描かれたものは何か。それは犠牲者があったもののダンケルクからの撤退が作戦として成功したことである。ドイツ軍戦闘機と果敢に戦ったイギリス軍戦闘機のパイロットたちをはじめ、撤退する兵隊たちを救うためにドーバー海峡を渡った多くの官民の救助船の勇気ある行動、撤退を指揮する現地司令官の毅然とした態度。これらに共通するのはジョンブル魂こと不屈の闘志だ。戦史を観れば、窮地に追い込まれたイギリス軍はダンケルク撤退以降、ドイツ軍のVロケットによるロンドン爆撃などの猛攻に耐え、アメリカの参戦もあって戦勝国の一員となる。そして、ここで思う。なぜ、今、ダンケルクの映画なのか。

この映画のメッセージをこう読む。イギリスよ、頑張れ! である。窮地、逆境、軋轢を乗り越えよ!でもある。あのダンケルク撤退の時のように、官民一心となったオールイギリスでやり抜こう! ジョンブル魂を思い起こせ! 今日のイギリスの最大の窮地とは何か。EUからの離脱交渉の困難さ、見通しの不明瞭さではないか。国民が離脱、反離脱の2派に分裂し、政治力、経済力、引いては国力の低下が懸念される事態となっている。しかもEUの事実上の盟主はドイツである。EUからどうやって撤退するのか。イギリスの逃げ得とご都合主義を許さないとするEUが迫ってくる。ドイツ軍の猛攻に打ち勝ったチャーチル首相のように、メイ首相はVサインを掲げることができるのだろうか。その前にメイ首相はダンケルクを観たのだろうか。ちょっと聞いてみたい。そして観たならば感想を伺いたいな。
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野分襲来、彼岸花はどうなった?

2017-09-17 | Weblog
いつの間にか庭の一角に彼岸花がひょろひょろと茎を雑草の合間から伸ばし、つぼみを付け、1番乗り、2番乗りといった具合に象牙色の花を次々に咲かせ始めた。ちょうどそんな頃合いに台風18号が暴風雨を伴って九州の南方を目指して北上を続けていた。16日午後3時半、九州北部域内にある居宅にも爽やか秋風とはほど遠い不穏な弱風が少しばかり吹き始めた。遙か遠方で台風がかき回す空気の渦の余波に伴う前触れ風だった。生涯に何度、台風に遭遇するのだろうか。そんな想いをしながら眼の前の彼岸花に視線を注ぐ。よりによってこんな時期に花を咲かせるとは。

台風が九州南部に上陸が確実になった翌17日早朝、朝刊に目を通していた。日本経済新聞日曜版「The STYLE」の記事広告に秋分に触れた文章があった。彼岸花と言えば、これだよ!とばかりに真っ赤な花を付けた写真が添えられていた。文章を読んでいく。

「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、秋分の日の前後3日を「秋彼岸」と呼び、彼岸の真ん中の日である秋分の日は「お中日(ちゅうにち)」といいます。秋分の日は、太陽が真東から昇り真西へ沈むため、“真西に浄土がある”とした仏教行事と結びつき、お墓参りなど先祖供養をするようになったそうです。田んぼのあぜ道には、真っ赤なヒガンバナが咲き乱れます。

文章を離れて昨日のことを振り返る。秋分の日の23日より1週間ほど前に早々と咲きだした象牙色の彼岸花たち。台風の襲来に耐えることができるのだろうか。生命力に満ちた花びらは吹き飛ばされないのだろうか。か細い茎はへし折られないのだろうか。彼岸花をいとおしむ妙な仏心が湧いてきたものの、彼岸という花の名にかこつけて仏運長久を祈って台風に備える作業をするため、その場を離れた。

台風襲来前日の16日午後3時半撮影。

彼女たちは来るべき運命を知っているのだろうか。

新聞を通読しているうちに屋外で暴風雨の狼藉が始まったみたいだ。テレビのニュースが台風の接近を伝えている。雨が屋根に打ち付け、風が逆巻いているのが音で分かる。日曜日の17日は朝から閉門蟄居状態となった。こんな時は日頃できないことをやろう。そうだ。「Junko Yamamoto ALL TIME SONGS」でも聴き通そう。爽やかな歌声を響かせる歌手山本潤子のCD5枚組。赤い鳥、ハイ・ファイ・セット、そしてソロ時代の95曲で台風をやり過ごすのだ。

まずはつまみ食いで「朝日の中で微笑んで」から聴いていく。1976年、ハイ・ファイ・セット時代の歌。作詞・作曲は荒井由美。結婚する前のユーミン。編曲は結婚後の旦那となる松任谷正隆。山本潤子の美声が流れる。

♪朝陽の中で 微笑んで
金のヴェールの むこうから
夜明けの霧が 溶けはじめ
ざわめく街が 夢をさます

音量を上げる。台風の暴風音は帳消しとなる。

♪朝陽の中で 抱きしめて
形のない愛を 包み込んで

金色に光輝く朝陽が見えるようだ。屋外の現実風景とはまったく異なるファンタジーが頭の中に浮かび上がる。

「フィーリング」「中央フリーウェイ」とお馴染みの名曲が続く。曲を聴いていた遙か若き日のことを想い出す。つまみ食いの曲をさらりと聴いた後は、台風襲来にめげずに全曲走破で行こう。1枚目のCDの最初の曲は「翼をください」。赤い鳥時代の作品。なんと1973年の曲だったのかと知る。もちろん、あの名曲もある。「竹田の子守唄」。こちらは1971年の曲。あの頃、わたしは何をしていたのだろうか。時折、軽食+ワインタイムを挟んで聴き続ける。100キロマラソン、1キロのビフテキ食い、ミニ千日回峰に挑んでいるような気分になってくる。苦行という快感。山本潤子の澄んだ美声を活かすような曲がどんどん登場する。聴いても聴いても美声が続く。「翼をください」の英語版の歌も出てくる。ジャズっぽい歌も流れる。当たり前だが、どの曲も山本潤子色に染まっている。どんな曲も歌いこなせる名歌手の世界が広がっていく。

曲によっては体をリズミカルに動かした方がいいのが出てくる。よし、聴取者も参加しなくては。手持ちのマラカスを引っ張り出してくる。久しぶりの手触りだ。曲に合わせてシャカ、シャカ、シャカと打ち鳴らす。いいねえ。台風の襲来? ほっとけ! そんな怖いもの知らずのノリノリ気分になってくる。山本潤子のバックバンドに勝手に参加してマラカスでリズムを取って体を動かす。踊りストレッチ? スローな曲にはゆっくりとマラカスを振り、勢いのある曲には烈しく振り回す。ここで「ヘイッ!」「イェーイ!」という雄叫びの声を無意識に上げていたしたら、それは台風に伴う低気圧のせいである。しっとりした曲にはマラカスはそぐわない。「やかましい、引っこんでいろ!」。そんな空耳が聞こえて自粛する。

閉門蟄居のお伴はお気に入りの音楽と楽器だ。

はじけた花火のようなデザインのマラカスを持てば、人もはじけて踊りだすさ。ブラボー!

午後1時を回って台風は大分県を東北東の方向に進み、四国・中国地方に向かっている。山本潤子のCD全走破マラソンは折り返しを過ぎた。給水、休憩タイムを取ろう。ワインを呑んで眠くなったのだ。千日回峰の行者ならば即下山の飲酒行為である。ぐっすり眠っていたようだ。小1時間は昏睡状態だったみたい。屋外を見る。雨は上がり、風は止んでいた。台風はほぼ過ぎ去ったような景色。マラカスで浮かれ、ワインで酔い心地に浸っていた頭が少しずつ覚醒していく。台風一過? 彼岸花たちはどうなった?

屋外へ。まずは居宅周囲に台風の被害がないかを確認していく。小枝や落ち葉が散らかっているが、大丈夫なようだ。あらためて空を見上げる。台風でかき回された雲が呆然として浮かんでいた。


雲にも体調みたいなのがあって、不調という言葉を当てはめる。

おそるおそる彼岸花が咲いていた場所に足を運ぶ。象牙色の花々が目の前に立ちすくんでいた。大丈夫だったんだね。どの花も吹き飛ばされていない。どの茎も折れていない。ああ、よかった。安堵の感情が湧いてくる。それにしても、なんという生命力! 傍らに腰をかがめてひと花、ひと花を眺めていく。

台風通過後の17日午後3時半撮影。
 
なんて可憐で上品にして素敵な笑顔を見せてくれるのだろう。

こんなにも烈しい環境を生き抜く彼岸花たち。きょうの美しい姿を秋分の日まで持ちこたえさせることだろう。佇んでいると、どこからかアゲハ蝶が飛んできた。嵐を乗り越えた同志が挨拶を交わし合うみたいに花々を巡っている。まるで命を慈しみ合う接吻のような光景じゃないか。


アゲハ蝶は暴風雨のためか羽の一部が欠けて、ちょっと痛々しいが、彼岸花の歓声の中で幸せそうだ。


追伸

17日午後9時27分、山本潤子全95曲を完聴。「朝陽の中で微笑んで」を今ふたたび聴きながら綴っています。頭から爪先に至るまで全身を山本潤子に取り憑かれました。これで卒業写真やフィーリングをデュエットできます。Shall we sing?


 





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EVメルセデス・ベンツ

2017-09-09 | Weblog
今、世界の各地で走り回って、わが世の春だけでなく、夏も秋も冬をも謳歌しているガソリン自動車だが、2017年の夏、電気自動車(EV)の未来に追い風ともなるニュースが相次いで流れた。英仏両政府が発表した2040年までにガソリン車、ディーゼル車の販売禁止や、米国のベンチャー企業家・イーロン・マスクが手掛けるEV専門会社テスラの小型セダン車の米国での販売開始だ。テスラには既に全世界から50万台分の予約が寄せられているという。中国でも自動車メーカーに一定割合のEVの販売を割り当てるなどの動きが出ている。中国企業の資本下にあるボルボも2019年以降、全車種をEVに切り替えることを打ち出している。ガソリン車を製造し、世界中で販売してきたドイツ、日本、米国の既存大手メーカーにとって、いよいよEVの研究、開発に乗り出さざるを得ない風向きとなってきた。馬車を絶滅させたガソリン車は産油国の石油をがぶ飲みし続けて地上のあちこちの道路を駆け抜けてきた。ガソリン車からEVへ。わたしたちは日本の夏の風物詩でもある花火よろしく、自動車革命の打ち上げ花火が上がったのを見ているのだろうか。

自動車に乗り続けて30年以上になる。何台もの車を乗り継いできた。それぞれの車のことはそれぞれのエピソードとともに如実に覚えている。デートをしたことがあった。遠出をしたこともあった。友人たちと深夜ドライブをしたこともあった。宿代わりに車内で寝入ったこともあった。雪の坂道で制御が利かずに滑って行く怖さを実感したこともあった。走行中にタイヤがパンクしたこともあった。ラジエタ―から白煙が上がったこともあった。同じ日に同じ車道で行きと帰りに速度違反の切符をもらったこともあった。道路から脇の田んぼに転落したこともあった。高齢者が運転する車に追突されたこともあった。振り返れば、車たちはわたしの人生に並走し、さまざまな出来事に遭遇してきた。仕事やドライブ、ショッピングなどで日々使っているから、車を自分の手足みたいな感覚で操作することができる。知人の中には所有車に惚れこんで愛車と呼んだりする。わたしの場合は相棒ぐらいの感覚か。

わが相棒は電気とガソリンを併用したハイブリッド車という奴だ。燃費がいいというのが購入した理由。すなわち1リットルのレギュラーガソリンで25キロから30キロ近く走行できるのが特長。フランスからやって来た知り合いの女性を同乗させた時は音が静かで、デジタル表示のパネル類を見て「どこの国の車なのか?」と尋ねられた。「ははは、日本車ですよ」とウインクするほどの余裕と矜持で返答した。フランス人の彼女の念頭には先進のドイツ車あたりがあったのかもしれないが、日本の車もどうしてどうして先進的なのである。南フランスに住む彼女が子供たちを乗せてパリまでの旅を自動車で出かけた話を車中でしだした。今では大人となり世帯を持った子供たちがまだ幼かった頃のことだ。各地を巡りながらの旅で、離婚して女手ひとつで生計をやりくりしながら子育てをしてきた彼女が子供たちと過ごした愉しい時間。彼女は回顧する。「遊び疲れた子供たちが後部座席で寝入っている姿をルームミラーで見て、わたしは幸せを感じました。ああ、なんて安心しきって寝ているの。そう思いながらハンドルを握って運転をしていました。パリまではけっこうな距離があったけど、子供たちと一緒にいることで疲れを本当に感じなかったの」

EVの時代到来の告知は環境汚染対策が大義名分なのだが、企業や国家の戦略という視点から見ると、いろんな思惑がありそうだ。EVという新しい市場を創り出す中で、ガソリン車帝国を築いている既存大手メーカ―の独壇場を、起業を含めた新規参入によって崩していこうとの戦略。また、EVを駆動させるリチウムイオン電池の製造によって部品メーカーとしての興隆を画策する新興国の存在。はては脱石油によって産油国への依存を減らすとの遠望深慮。EVは電気製品とも言え、ヤマダ電器に各メーカーのショールームが併設されたり、ドン・キホーテで特売品になるかもしれない。IT企業がAI運転技術で参入し総合電機メーカーと組んで売り出す時代がやって来るのではないか。グーグルやパナソニック、ソニーのEVがモーターショーに並ぶ日はいつだろうか。もちろん、EVメーカーを買収するという経営手法でアマゾンやソフトバンクのEVもありだ。「これからは牛丼ではなくEVの時代だ! 社運を賭ける!」と言って吉野屋の参入があれば、ひたすら驚くだけだ。

世界に君臨する自動車メーカーであるドイツ車。その御三家のメルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、BMWもEVの開発に乗り出してきた。テスラも日本では2019年に右ハンドル車を売り出すという。トヨタはハイブリッド車で世界を驚かせたが、EVでは出遅れが否めない。自動車業界はEVによって風雲急を告げている。車に乗る人、乗らない人にどんな影響をもたらし、時代がどう変わっていくのか。世界最高峰の高級車を製造するメルセデス・ベンツが本気になってEVを売り出す時、ガソリン車は博物館行きとなるだろう。メルセデスやトヨタは、どんなEVをいつ送り出すのだろうか。

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風が吹いて秋がやってくる

2017-09-05 | Weblog
キッチンの摺りガラスの一角が外側から照らされている。さては! そう思って窓を開けて見上げる。まあるい月が東の空に輝いていた。今しがた鋳造したばっかりの金貨のようだ。9月に入り晩夏にひと区切りをつけるように風が吹き抜け、雨が降りしきった。残暑をひとまずどこかに押しやって秋の気配が漂ってきた。寝室の網戸からの夜風も涼しさを通り越して、夜更けにはひやりとしだした。夏用のタオル地のブランケットを仕舞い、重さ300グラムの合繊掛け布団に替えた。気温や湿度の数値を知らなくても肌合いが秋の訪れを感じ取っていく。風が吹く度に秋が少しずつ地表に満ちていく。

朝起きて最初に口にする飲みものが冷蔵庫の冷えたミネラルウオーターから白湯に代わった。コップ1杯の水が湯呑み1杯の緑茶になった。夏場の火照った体を冷やす働きのあるキュウリを毎日1本は食していたが、さすがに食傷気味になってきた。熱々のじゃがバターなんかが脳裏に浮かんでくる。近くの生産農家に出向いて収穫が始まったイチジクを買い求める。表面に傷があったり、皮の一部が割れていたりするために出荷基準から外れたイチジクを市価より安めに売ってくれる。旧来の裸電球の形をした果実は濃い紫と茶色の皮に包まれている。軽く水洗いして、そのままかぶりつく。イヴが智恵に目覚めた味わいはいかに。さくっとした歯応えはない。果汁が滴り落ちることもない。取り立てて甘いということもない。芳しい香りが立つこともない。渋みや酸味があるわけでもない。果実にしては、なんとも没個性的な味わい。けれども、柔和な歯応えと控えめな旨味が、なぜか印象に残る。奥ゆかしい味と呼ぶべきか。秋の味覚を代表する多士済々の果実たちとは一線を画し、別系統に位置するような存在である。生産農家の女性の話では、11月頃まで収穫するのだそうだ。光源氏のように、この秋は何度イチジクの宮を訪ねることになるのだろうか。

ネットの記事を読んでいる中で、けっこう知らない用語に出くわす。例えば、ステマ。えーっと、なんだっけ、これは? 調べてみると、ステルス・マーケティングの略語。広告の手法の1つで、いわばハッタリ、サクラの広告のことらしい。例えば、レストランやホテルなどの口コミで褒めちぎったりして高評価を付け、利用を誘導するやり方である。逆にこきおろして低評価にしイメージダウンを図るという悪用もできる。そう言えば、宿泊を検討しているホテルの口コミをネットで読んでいて思い当たる節がある。大方の利用者の評価が5点満点中の4点以上を付けて「また利用したい」と書き込んでいる中で、ホテルに着いたのっけから不平不満を連発し、最後は「2度と利用することはない」といった捨て台詞を残している場合がある。競合する同業者の廻し者なのかなと思うほどに文面に怒りとイライラがにじみ出ている。もちろん、読む方も爽やかな気分にはならない。異様な低評価の口コミは読まなければいいのだが、つい何があったのかなという思いで目を通してしまう。救いは、こうした低評価の口コミにホテルの担当者が紋切り型ではあるが、一応丁寧に失礼を詫び、改善に活かすことを粛々と綴っていることである。「2度と宿泊されなくてもけっこうでございます」などと言い返す例は皆無である。お客様からのあらゆる声をホテル運営に活かしていく覚悟と度量がないと務まらない業界のようである。

TO DO LISTには読むべき本、観るべき映画、訪ねるべき旅先、会うべき人、片付けるべき物品、仕上げるべき課題などが列記されている。1日で完了するものもあれば、1カ月でやっとリストから消えるものもある。はては3カ月以上も残っているものもある。夏場は空調のある部屋や事務所で過ごしているとはいえ、体を使うのを嫌がるのを心身自体が本能的に知っているみたいだ。若いころは体力にものを言わせて一気に片付けていたような気がしているが、今ごろはその気にならないという不可解とも言える状態が居座っている。なぜ、その気にならないのかと自問しても、その気にならないからだよ、しょうがないだろうとの空しい答えが返ってくるだけである。日本の夏場独特の高温多湿という気候のせいにしてしまっている。甲子園の高校野球みたいに酷暑の中で頑張らなくてもいいんだよ、大人は。こんな言い訳にすんなり納得している。無理は禁物。いっぺんに片付けしようとするから空回りするのだと気付き、取り組むのは1日30分ぐらいで十分だと自らに言い含める。やるべき作業を小分けにして日々積み上げていけばいいんじゃないかとなる。そう思って省みてみると、作業がちっとも進んでいない。ルームランナーの上を走っているようなものだ。ルームランナーを降りて、実地に踏み出さなくては。秋の気配は心身を起動させるものがある。その気になってくる。なぜだろうなどと立ち止まって再考する必要はない。AIロボットにもなった気分でTO DO LISTの各項目を粛々と片付けていくのだ。冬が近づいてくれば、寒いからなあという声が上がってくるのが今から分かる。いわゆるディープラーニングは答えを出している。秋に完了しなかったら、それは春まで持ち越されることになる。「その通り!」。感心している場合ではない。明日から取り組もう。しかも粛々とだ。










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