福岡のうきは市はくだものの産地にして王国である。完全無農薬栽培を謳う生産農家が手掛けた柿を知人からいただいた。昨年の晩秋の頃である。けっこうな量だった。毎日1個食べても2カ月はかかりそうだった。
粛々と食べる日々が続く中で、柿は次第に熟れていく。その熟れ具合が最高な状態を食していく一方で、取り置きの熟柿はさらに熟れていく。貴腐ワインと違って、熟れ過ぎの行く先は消費期限を超えて腐敗の世界に入り込んでいく。ならば冷凍保存してその旨みを永続させよう。そんな想いで冷蔵庫の冷凍室の中に食べきれない熟柿を入れ込んで保存した。
晩秋から歳末を経て、新年となり、1月、2月が過ぎて3月に入った。3日に1度の割合でコチンコチンの熟柿を解凍して食卓に載せるようになった。アイスキャンディーみたいにしゃりしゃり状態で食べるのも良し、フローズンスムージーみたいにどろりとした状態で頂くのも良し、そんな解凍熟柿の魅力にすっかり虜になった、とある1日を再現してみた。
冷凍室に保存していた熟柿を取り出して皿の上に置くと、表面が次第に白い霜で覆われる。冷たいことを除いては常温に置いてある柿とまったく同じ姿が一変する現象である。
しばらく時間が経過していく中で、表面の白い霜は少しずつ薄くなっていく。まさに解凍されていく過程を観ることができる。熟柿下方の楕円形の地肌は、試みに指で押してみた際に霜が取り除かれた跡である。
霜はどんどん減少していって北極と南極の氷を残した火星といった感じとなる。表面と中身がカチンコチンからやわやわが増していき、熟柿ならではの熟熟どろり、果てはどろっどろといった状態へ向かっていく。
霜がすっかり取れてしまうと、しゃきしゃきか、どろりんことした状態のいずれかを選択できる。霜が取れた直後はしゃっきりシャーベット、しばらく時間を置けばどろりんスムージーとなる。今回はどろりん状態を選ぶ。
食べ方はいろいろだが、まずは頂き部分を匙でつついて皮を少しばかり破る。ぐちゃりぐちゃりとした感覚が匙を通じて伝わってくる。
どろっとした旨みを匙ですくい上げて口元へ。濃厚な旨みを幾重にも折り重ねたような、まさに旨みのミルフィーユ状態とも言える味わいが口中にじゅわ~っと広がる。濃縮糖分ゆえ糖尿病の方は食べ過ぎに注意である。
とは言え、あまりのおいしさに糖尿病患者でも4の5の言ってられないのである。匙で旨みをすくって口元へピストン移動となる。これを味わって糖尿病が悪化し、あの世に早々と行くことになっても本望だ。そんな錯覚、勘違い、イケイケどんどんをもたらし、暴食の魅力に捕らわれること請け合いの極上の旨さである。
熟柿の旨さを独り占めしていては罰当たりだ。7割方頂いたら、残りは屋外の鳥たちに喜捨するのが良い。ヒヨドリ、スズメをはじめ、もろもろの小鳥たちがごちそうに気付いて、あっという間に平らげてしまう。残るのは種だけである。熟柿の旨みを堪能する一方で、小鳥たちにおすそ分けをしたという積善の想いが脳内に満ちて、なんともいい気分となる。解凍熟柿、お試しあれ。これ、味覚の極楽浄土である。