おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

冬の朝、PAPA&CAPAを読む 3

2013-02-21 | Weblog
キャパとは何者だったのか。あるいは何者たろうとしたのか。PAPA&CAPAの中にそのことに触れた個所がある。「キャパはその生涯で、ムービーカメラマン、豪華客船の専属写真家、映画プロデューサー、テレビ制作会社の共同経営者、作家など、戦争写真家以外の何者かになろうと何度か試みているが、当時のキャパもすでに、常に命を危険に晒さなければならない戦争写真の仕事を、果たして自分はいつまで続けられるものだろうかと漠然と考えていた節がある」。当時というのは、へミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」の映画化が決まった1940年頃である。2人が出会うことになったスペイン内戦を題材にした映画作品の端役に、へミングウェイはキャパを推していたという。


華やかなハリウッド映画の世界への憧れと挑戦は、戦争写真家から次の1歩を踏み出すための道でもあった。キャパの著書「ちょっとピンぼけ」も映画化を想定して書かれたとされ、映画化される際には製作、主役をするつもりだったらしい。そうなれば映画俳優キャパの誕生である。映画界進出のためにも「誰がために鐘は鳴る」に端役であっても出ることは実績づくりとなるはずだった。こうしたキャパの目論見はどうなったのか。1954年、インドシナでの戦争で取材中に地雷を踏み、戦争写真家として亡くなったことが答えとなっている。誰がために鐘は鳴るの端役にキャパの名前はなく、ちょっとピンぼけも映画化されることはなかった。


映画の主役は夢物語となったが、映画的な夢見るような出来事が現実に起きた。起きたと言うよりは、キャパが仕掛けたのだろう。いきさつはともかく、誰がために鐘は鳴るの主役の1人であるイングリッド・バーグマンと恋仲になったことである。北欧系のクールビューティとは結局、別れることになるのだが、戦争写真家の男がハリウッドの大輪と逢瀬を重ねたというだけでも実に映画的な展開だ。2人の関係を知った上で、バーグマンの横顔を撮ったキャパのモノクロ写真を見ると、なにやら艶めかしい香りがしてくる。


キャパの傑作写真は1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦のちょっとピンぼけだけではない。ピカソやマチスといった画家やブルドッグを抱いた作家のカポーティを被写体にしたものもいい感じだ。写真家として歩み出したころの恋人ゲルダ・タローがパジャマ姿で寝床で眠っている写真は微笑ましい。このタローという写真家名が画家の岡本太郎から拝借したという話があるのはご愛嬌だ。たくさんの人物写真の中で、へミングウェイを撮った写真群には敬意と親しみがにじみ出ている。養子縁組したPAPAを大好きだったことが伝わってくる。


1937年、スペインで出会った2人の男。へミングウェイは作家であることにこだわり、作家として人生を貫いた。キャパは戦争写真家として名を成しつつも戦場以外に活躍の場を求めようとした。キャパが戦場で命を落した1954年、へミングウェイはノーベル文学賞を授賞した。7年後の1961年、へミングウェイは「もうだめだ」という手紙を知人に送り、猟銃でもって自らの人生を閉じた。

PAPA&CAPAを読み終える。外の雨は上がっている。曇り空のようだ。へミングウェイとキャパがいた、あの懐かしい時代は遥か遠くになってしまった。





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冬の朝、PAPA&CAPAを読む 2

2013-02-20 | Weblog
へミングウェイほど写真や映像で人を引き付ける魅力を持ったノーベル賞作家はいないのではないか。そう思えるほどに写真の中のへミングウェイはその眼差し、風貌、物腰、服装が絵になる人物だ。作家ではなく、拳闘家やアフリカの狩猟ガイド、フロリダの釣り名人、闘牛解説者、猫のブリーダーであったとしても、なにかしら様になり面白そうな人物然としている。

実際、話題は豊富だった。自動車事故や飛行機事故で命を落としかねない体験をしたり、勇ましく戦場に赴く一方でアフリカの地で狩猟に興じ成果の獲物のそばで記念写真に収まったりする。大酒呑みで結婚、離婚を何度も繰り返すこともあれば、キューバやフロリダの邸宅で朝6時から正午まで小説書きに精を出す日々を送る。原稿を書き、推敲する真摯な作家の姿はやはりへミングウェイをへミングウェイたらしめる。ものを書くという自己表現が人物像に深みをもたらしている。

書くことの中に人生の愉しさを見つけ出した者だけが知る秘密の歓び―。世界と人生が陰であれ、陽であれ、あるいは悲劇的であろうが、喜劇的であろうが、それらを感性と勇気を持って見据える。そこからテーマを見極め、自らの中で咀嚼し創造力を広げていく。現実からの問い掛けに自らの答えを作品として仕上げていく。こんな創造的なことが、たった1人でできる。多くの作家たちと同様に、へミングウェイも1人で受胎して作品を産み出してきた。日はまた昇る、武器よさらば、老人と海、キリマンジャロの雪などの傑作もあれば、そうでない作品もいくつもある。

自己表現としての作品のいくつかはベストセラーとなり、映画の原作となってへミングウェイに富をもたらした。創作は作品だけでなく人生にも及んだ。上半身裸になって猟銃を構えてカメラレンズを見据えた姿と、書架を背にして机に向かって執筆に勤しむ姿が堂々たる体躯の中に同居する。執筆以外の行動もへミングウェイらしさを創り上げていく要素となって魅力を高めていった。

PAPA&CAPAの著者はへミングウェイ人気をこう分析している。「開拓時代から脈々と続くワイルドウエストのアメリカン・ヒーローの顔を併せ持つ新しいタイプの作家だった。狩猟、釣り、ボクシング、闘牛、戦争など、およそ作家らしからぬマッチョなイメージをまとい、普段は娯楽小説しか読まないような層からも人気を集めていた。船旅がまだ主流の時代に、イタリア、パリ、スペイン、アフリカなど世界中を旅した移動派の作家として、多くのアメリカ人がまだ見たことのない異国を舞台にした長篇を書いたことも、同時代のウィリアム・フォークナー、ジョン・スタインベックらとは明らかな違いである。しかもへミングウェイの場合、そういったイメージとライフスタイルが、作品と表裏一体の体をなしていた」

金持ちの妻がへミングウェイに富と贅沢な暮しをもたらす一方で、不毛の10年とされる次作の執筆不振に陥る。しかしながら小説の女神は見捨てることをしなかった。才能に再び火を灯して長篇への扉を押し開く。誰がために鐘は鳴る。それはへミングウェイのためなり。作品は映画化されることになり、戦争写真家キャパが映画俳優になったかもしれないという話につながっていく。




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冬の朝、PAPA&CAPAを読む 1

2013-02-19 | Weblog
書名にあるPAPAはアーネスト・へミングウェイ、CAPAはロバート・キャパだ。2人の出会いと親交、喧嘩、絶縁、別れという17年の流れがまとめてある。フリーライターの山口淳が著した。PAPAに惚れ込んだCAPAが撮影したPAPAの素の姿がモノクロ写真で収められている。

著書を手に取るきっかけは知人との会話からだった。2月初旬に放送されたNHKのTV番組「推理ドキュメント 運命の一枚〜"戦場"写真 最大の謎に挑む〜」を話題にしていた。戦争写真家としてキャパを一躍有名にした作品「崩れ落ちる兵士」の真実をノンフィクション作家、沢木耕太郎が解き明かしていく。戦場で兵士が敵弾に撃たれた決定的瞬間をとらえた作品が、実は戦場ではなく戦闘の演習場面であり、撃たれた瞬間ではなく突撃の際に体勢を崩したところを撮ったものだった。

しかも、撮影者はキャパではなく、キャパを写真家として売り出そうとしていた恋人のゲルダ・タローが撮ったものだと指摘する。崩れ落ちる兵士は、やらせ写真ではないかとの説もあって真贋が話題となっていたが、キャパ自身が作品について語ることがなかったから真実は謎となっていた。その謎を沢木耕太郎の探求心とコンピューターを駆使した最先端の分析によって真実を浮かび上がらせたという内容だった。

知人とひとしきり番組の話題をした後、キャパの他の写真に話は広がっていった。その中で知人が話した本が耳に残った。「キャパがへミングウェイを撮った写真を集めた本があって、けっこう面白いんだ。へミングウェイのお尻丸出しのもあったりしてさあ」。そんな本があるのか。その時はそう思った。それなりに知ってるつもりの世の中の合間から、毎年毎年知らないことがひょっこりと姿を現す。だから日々生きることは面白く、明日はいつも新鮮だ。それが年を重ね老い弱っていき不自由なことが増えていくものだとしても。知は力と言うけれど、知は歓びでもある。

冬の朝、寝床の中でPAPA&CAPAを読み始める。外は雨らしい。雨読。最高の読書日和。2人の経歴がカバーの裏表紙に記されている。

Ernest Hemingway 1899~1961年。20世紀アメリカ文学を代表する文豪。釣り、狩猟、闘牛、ボクシングを愛したタフガイな作家として、またパリ、スペイン、イタリア、アフリカなど世界を股にかけた移動派の作家として知られる。代表作は「日はまた昇る」「誰がために鐘は鳴る」「老人と海」など多数。1954年にはノーベル文学賞を受賞した。

Robert Capa 1913~1954年。20世紀を代表する戦争写真家。ハンガリーの洋品店の息子エンドレ・フリードマンとして生まれる。1931年国外脱出。ライカA型で撮ったトロッキーの写真でデビュー。その後、ロバート・キャパの名前で数々の傑作戦争写真を発表する。1947年には写真家仲間たちと写真家集団マグナム・フォトを設立した。

本文の扉裏のキャパの言葉から著書は始まる。「われわれの友情が始まったのは、あの懐かしい時代だった。まだ若い駆け出しのフリーランス写真家だった私は、すでに著名の作家であった彼と、一九三七年共和国のスペインではじめて知りあった。どこにいっても彼は親爺(パパ)と呼ばれ、私はすぐに彼と養子縁組した」。養子縁組というのはキャパ流の表現で、法的にではなく心情的にという意味合いだ。

2人の履歴と功績を踏まえて著者は評する。20世紀文化の象徴と言える映画や雑誌といったメディアに愛され、大衆に愛されたへミングウェイ。宵越しの金を持たずにお洒落と酒とギャンブルと女遊びに惚ける豪放磊落さや誰の懐にでも入っていく社交性と繊細な気配りで、世界的有名女優を含む多くの友人たちから愛されたキャパ。

2人の魅力に誘われて、わたしは頁をめくる。雨は降り続いている。布団のぬくもりの中で緩やかな読書の時間が流れていく。
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立春大吉

2013-02-11 | Weblog
立春から早7日。九州北部のとある丘陵地にある住まいの周辺は日1日と春めいてくる。3寒4温の公式も今いずこ、2寒5温、1寒6温と寒さを土俵際に追い込む日々が続いている。寒さも本隊はすでに通り過ぎ、散発的に残党の小寒が木立を揺らすくらいだ。それもせいぜい1日ほどしか続かない。庭の白い小梅や桃色の枝垂れ梅の蕾がほころび始めた。さざんかは花の盛りを過ぎ、冬場の最終幕に真打ち登場とばかりに椿が花を相次いで開き、歌舞伎の初春興業ばりに優雅、悠然、堂々たる花姿で他の花木たちを圧倒していく。

畑を打てば血色のよい艶やかな小ミミズが姿を見せる。冬場はどこかに潜んでいて、その存在さえ忘れていたナメクジやムカデの子が陽気に誘われて路上をうろつく姿を見るのもしばしば。雌のキジが3羽、凄まじい勢いで1羽のカラスを追いかけ回す光景も躍動の春を想わせる。大食漢のヒヨドリも花びらをついばんだり、地上に降りて何やらつついたりと食欲の春を満喫している。北海道や東北の凛々しく屈強な冬と比べれば、九州の冬はあかんたれ、がしんたれもいいところだ。人も鳥も猫も虫も鷹揚にして、のほほんとなるのである。

ぬるめの露天風呂みたいな冬の終わりだから、祝日も悠揚迫らずに過ごす。朝から髭を剃らないことでお休み気分を存分に味わい、ぬるめの朝風呂の湯気で保湿感に浸り、ぬるめのホットミルクを呑みながら全国紙と地方紙の朝刊にゆっくりと目を通す。ストレッチでほぐした筋肉は、強靭さを秘めながらも力むことなく、自然体をつくり上げていく。NHKのラジオから流れてくるアナウンサーたちの明瞭で耳にここちよい声は日本語の美しい音色を改めて感じさせてくれる。

マンゴー、バナナ、桃、林檎の4種の果実を溶かし込んだラッシーを呑む一方で、寒天ゼリーや1口サイズのバウムクーヘン、レーズン、アーモンドを頬張る。冷蔵庫には雪見大福があるが、しばし待機していてもらおう。昼食はナポリタンにボルドーの赤(カステル・バロン・ド・レスタック)。タンニンが臓腑に滲みわたる。恥ずかしがり屋か海水浴帰りみたいに顔が真っ赤になっている。昼間の酒は効く。ほろ酔いをちょっと越えている感じだ。これもまた休日ならではだ。

冷蔵庫の扉を開けて食材を見ていく。赤を呑みながら夕食の献立を考える。国産牛のモモ肉がある。決まった。ステーキにしよう。荒挽き胡椒と与論島の塩で味付けをし、焼き具合はミディアムレアだ。ステーキハウスで見るようなニンニクの輪切りスライスをつけよう。後はもやしを軽く炒めて添えることにしようか。ポテトも足さないとね。彩りをつけよう。コーン、グリーンピース、ニンジンのミックスベジタブルも加えよう。酔い心地よし、献立の構想よし、夢見心地よしで近江商人ばりの3方よし。冷蔵庫には生食用の牡蠣もあった! たかだかモモ肉、されど牛ステーキ。同伴のレディーは生牡蠣。わたしは雄たけびを心中で上げた。ブラボー! 

男たちよ、祝日は厨房に立ってプライベートレストランを開こう。ブラボーシェフだ。ワインで酔っていれば怖いものなし。料理の隠し味は、もちろんラヴだよ。
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トム・クルーズよりウディ・アレン

2013-02-04 | Weblog
美男で抜群の捜査能力に加えて格闘でもたちまち相手を叩きのめす。銃撃戦でも相手側から雨、霰と弾丸を注がれても1発も当たらず、生きた姿でエンドロールを迎える男。それはトム・クルーズ。主人公がどんな危険や危機にさらされても、安心して見ることができる。それ故に、ままならない現実世界の憂さを晴らすにはもってこいと思われる映画が、トム・クルーズのタフガイ作品ではある。

ところがである。憂さを晴らすはずの最新のタフガイ作品群、例えば007などのスパイものや刑事もの、CIAエージェントものなどだが、映画の展開が進むにつれて興ざめすることがしばしば、というのが多くなった。かつての西部劇さながらの銃撃戦が最終場面の定番となっている。その凄まじさを演出するために、家屋や家具、備品の破壊はもとより、人間をずた袋みたいに撃ち抜いていく。格闘でも何人もの人間が殴り殺されたり、蹴り殺されたりする。ハリウッドはもしかしたら格言めいた教訓を作品の中で訴えたいのかなと勘繰りたくなるほどだ。いわく「人を殺そうとする者は人から殺される。これ殺し屋の宿命なり。故に人を殺すな」

爆破、銃撃、殺害の場面は、実は善意のプロパガンダなのか。それとも視覚効果や高揚感、ストレス解消のために必要な脚色にすぎないのだろうか。映画の中の展開だから、それほどこだわることはないだろうとの指摘もあろう。それを言うならば、ブルース・ウィリスのダイハード1が上映されたころは、そんな気分だった。まさに物語の中の出来事だった。その後、物語の出来事以上のことがメディアで報じられ、その影響の波が映画にもフィードバックされて、タフガイものにドンパチと殴り合いがあふれかえってしまった。憂さが晴れる以上に、憂さが画面から押し寄せてくる。トム・クルーズの最新作アウトローもまた然りなのである。

タフガイが出ない映画を見てみよう。ということでウディ・アレンの恋のロンドン狂騒曲を覗く。アレンの直近のヒット作ミッドナイト・イン・パリの舞台がフランスはパリならば、これは文字通りイギリスはロンドンが舞台となった作品だ。イギリスに敬意を表して作品の中でシェイクスピアの言葉が出てくる。「人生はしょせん意味のない空騒ぎだ」。この言葉をなぞるように老若2組4人の男女が離婚、結婚、浮気、不倫、岡惚れ、片思いをやり散らかす。当人にとっては意味のある言動、人生だが、傍からはどうにでも勝手にやってくれという展開である。あなたがどうなろうと、いっさい知りません。どうぞお好きなように。観客は傍観、諦観した想いで映画の出演者たちを突き放していく。

感情移入できない人たちの人生を、映画館の座席から少しばかり冷やかに見守る。監督のアレンでさえ作品の人物たちに冷やかなんだから、観客も感化されようと言うものだ。作品の後半でシェイクスピアの言葉がまたまた引用されている。「薬よりも幻想の方が効く」。老若2組4人はそれぞれが恋という幻想を抱いて異性を求めていく。空騒ぎの拡散で物語は4組8人へと進んでエンドロールで中断される。見ていられないってわけだ。トム・クルーズの空騒ぎには同調できないが、ウディ・アレンの描く空騒ぎはどこか微笑ましい。意味のない空騒ぎにも当人には薬効があるもんだ。だからこそ、われわれの人生を愉しもうじゃないか。





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冬なれど春の陽気でサイクリング

2013-02-03 | Weblog
冬だけど、春みたいな陽気に誘われてサイクリングに出かけた。背中に斜め掛けしたバッグには水を入れた小型のペットボトルと折りたたみ帽子、オレンジ色の手袋、それにメモ帳を詰め込んだ。山荘周辺の里山の小道、路地など未踏の道に入り込む。この道はどこへ、どこまで続くのだろうか。こんな疑問に答えを出すのは、道なりに車輪を転がして行くと答えに突き当たる。

杉林の間を縫う小道を進むと、前方が開けた丘陵地に出くわした。山紫水明の光景が目の前に広がっている。はるか彼方には霞んだ山並み、その手前には昼前の陽差しに照らし出されて煌めく海が横たわっている。この地を耕作する農民のほかは、誰も知らない光景に遭遇した気分だ。こんな絶景を知っているのは、世界中で何人いるだろうか。誰もいない。なんの音も聞こえない。無音の世界に太陽の光だけが注いでいる。秘密の場所を知る気分とは、こんな感じだろうか。われ以外、誰もいない、静かな世界。秘密を知っているのは、この地上では、われただ1人のみ。いや、もう1人いた。それは多分、神と呼ばれる存在だろうか。それは、われの意識の中に住み、つきまとう存在。

秘密の場所めいた丘陵地で感慨に浸りながら周りを眺める。収穫を終えた蜜柑畑が広がっている。来季の実りのときに向けて牛糞がたい肥として根元周辺に撒かれている。発酵済みだから、ちっとも臭わない。摘果して地に打ち捨てられた蜜柑の実を鳥たちがついばんで、きれいに食べつくして皮だけとなった蜜柑がいくつも転がっている。猪などの獣の侵入を防ぐ電柵が蜜柑畑を囲むように張り巡らせてある。獣がワイヤーに触れればビリビリと電流ショックを与える仕掛けだ。電源はと探してみると、太陽電池パネルを備えた器具が置いてあった。夜の闇がやってくると、人間は床で寝入ることになるが、猪や狸、狐といった獣たちは、毎度懲りることなく、あちこちでビリビリッ、ビリビリッと感電しながら夜間徘徊をしている。

ひとしきり秘密の丘陵地で過ごした後は、再び蜜柑畑を縫う小道を辿りながら自転車を転がしていく。上から下への傾斜に従って進む。遠方に家並みが少しずつ見えてきた。日曜とあってか、畑の中には人の姿は見えない。森の向こうの方からなにやら音がする。自転車を止めて耳をすませる。大工作業の音だ。多分、あの音は家をつくっているときのものだ。明るい音の響きがする。新しい住まいづくりの音は、新しい未来づくりの音がする。のんびりとした日曜日に、ほのぼのとした想いが重なっていく。

自転車はどんどん下っていき、畑は途切れて民家が並ぶ一帯に入り込んだ。静かだ。なんの喧騒もない。平和、平穏な時間が一帯に流れている。赤地に白抜きの文字で防火水そうと書かれた丸い看板が目に飛び込んできた。頭の中で音読して、静かだった世界に初めて音がするのを感じた。ぼう、か、すい、そう! 山中の隠遁無音の世界から、喧騒とわずらわしさの世界に舞い戻った気分ではある。お寺の看板が目に入り、境内に自転車は進んでいく。お堂の前で下車する。朽ちた円空仏みたいに仁王の木像2体がお堂の表に立っている。焼かれることなく土葬され、百年後に掘り起こされた遺骸みたいに、2つの木像はかろうじて阿形、吽形の原形をとどめている。

境内を歩く。風がややあるが、春めいた陽気のせいでここちよい。2月3日は節分だ。鬼は~外、福は~内。昔、母親が炒った大豆を撒き、弟と拾い集めたことを想いだした。大豆に交じったお菓子を探し出ては歓声を上げた。そんな節分気分を想わせるように、境内にあるアラカシの巨木の周りには落ちたドングリがたくさん転がっている。生まれたての赤ちゃんの瞳の茶色ではなく、月日を重ねたドングリはどす茶色となり初々しさをすっかり失っていた。

あてどもなく、無計画に、出たとこ勝負で、春の陽気のように気ままにのんびりとした自転車転がし。春を先取りしたような時間を過ごした高揚感は勢いづいて夕飯の献立がひらめいた。今夜は、パ、エ、リ、ア! 鶏のもも肉、アサリ、エビを具材に入れよう。野菜は玉葱、ピーマン、ぶなしめじ。パエリア、パエリアと呟きながら、ペダルをこいで家へ帰ろう! 
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