おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

上高地帝国ホテル 秋そぞろ 11

2023-10-31 | Weblog

「ティファニーで朝食を」があれば、「上高地帝国ホテルでフルーツサンドを」があってもいい。

上高地を彩る名物は幾つもある。山と言えば、穂高連峰。川と言えば、梓川。橋と言えば、河童橋となる。そこにもう1つ名物が加わると、無敵の山岳リゾートが出来上がる。なにあろう、宿と言えば、上高地帝国ホテルである。

由緒と羨望と洗練に包まれた上高地帝国ホテルの自己紹介をホームページから引用すれば、こんな感じである。

昭和8年(1933年)、日本初の本格的山岳リゾートホテルとして誕生した上高地帝国ホテル。赤い三角の屋根と丸太小屋風の外観、上高地帝国ホテルのシンボルともいえるロビーラウンジのマントルピースが皆さまをお迎えいたします。

さらりとした紹介の中に、皆さん、もう御存知でしょう、我がホテルのことを。といった自負が文章の中に込められている。わたしたちも敬意を示す意味で訪問することにした。

 

表敬訪問は意表を突いて搦め手から。ホテル裏手の散策路から訪れた。赤い屋根、ドーマー、石造りの壁、木造のベランダ。富裕さが漂う山荘然としている。

 

裏手から表側に廻っていく。堅牢さとおしゃれな色彩が際立つホテルに、すらりとした高木が寄り添う。

 

表玄関を眺めると、風格という言葉が浮かんでくる。ここを造った人たち、ここを運営し働く人たち、ここを訪れる人たちによって、ここは品と格を磨きあげていった。

 

表玄関を入り、ロビーラウンジへ向かう。ホテル名が入ったマットを踏みしめ、木造の渋い階段を上がると、マントルピースが歓迎してくれる。ささやかにして、上品な感興を覚えることになる。

 

小さ過ぎず、大き過ぎずの程よい空間に、木造の食卓と椅子がゆったりと配置されている。こんな絵になる舞台の中でいただくケーキや珈琲の旨さが一層引き立つのは言うまでもない。

 

 

1杯1400円の珈琲とマスカットなどのフルーツが乗ったショートケーキ。珈琲を5杯いただきました。さて、お代はいくらでしょう。1400円×5杯=7000円となりますが、上高地帝国ホテルは違います。2杯目以降のお代わりは無料でございます。飲めば飲むほどお得になる。一見の訪問者にもそんなことをさらりと致すのが、このホテルの懐の深さなのです。

 

穂高連峰の麓のホテルでモンブランを頂く。また愉しからずやであります。

 

珈琲を飲んで、おしゃべりをして、舌鼓を打ちっぱなしのわたしたち一行。食欲のタガが少し緩んでフルーツサンドを注文致しました。まずは上から目線でじっくりと味わいます。

 

次いで横から目線でも堪能致します。フルーツサンドがなにやら色っぽく見えてきます。サンドが食欲を誘惑してきます。その美味を礼賛しながら、食べることの幸せをつくづく味わいました。フルーツサンドさん、あなたは上高地の想い出に彩りを添えてくれました。至福が隠し味で挟み込んであったのですね。

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大正池、梓川、河童橋 秋そぞろ 10

2023-10-29 | Weblog

高山市が運営する「あかんだな駐車場」地区から上高地行きのシャトルバス(濃飛バス)が出発する。途中、岐阜県から長野県へと県境を越えて行く。わたしたち一行は上高地の入り口とも言える大正池バス停で下車した。ここから池や湿地、原生林、梓川、北アルプスの名峰の眺めを味わいながら河童橋までを辿る。約1時間ほどの散策で「これぞ上高地の神髄」と呼ぶべき景勝の数々に触れるひと時となる。

標高1500mの上高地の空気が体を巡り、瞳は緑の色合いに染まり、清流に気持ちが洗われる。この心地よさを知るには、この地を訪れて体感するしかない。

気持ちが穏やかになる―。

いくつもある人生の想い出の中で、上高地はそんな1章を加えてくれるだろう。

大正池。随分と昔に訪れたときは池のあちこちに枯れた樹木が仁王立ちとなった姿を見せていたが、時の流れでほとんど姿を消していた。

 

原生林をあるがままにして残している上高地。人の手が入った自然風景とは違って、文字通りの自ずから然る風景が目の前に広がっている。

 

自然が創り出した盆栽。まさに自然という神の手によって成された作品、アートである。

 

白樺の木立の向こうに流れる梓川。対岸の樹木が色づき始め、深まりゆく秋の風情を醸し出してる。

 

長さ36mの木造吊り橋の河童橋、清流・梓川、それに山頂が雲に覆われた穂高連峰は上高地を象徴する景観をつくっている。後世に残し伝えたい美しい日本の風景である。

 

宿泊した上高地西糸屋山荘。河童橋の近くにあり、登山家らの拠点となっている宿である。

 

西糸屋山荘の部屋からの景色。白樺などの樹林の先に梓川が流れている。梓川の動と樹林の静が調和の世界を創り出し、身も心も落ち着く時間を生み出し続けている。

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岐阜県高山市奥飛騨温泉郷平湯温泉 秋そぞろ 9

2023-10-27 | Weblog

ひだ宇宙科学館カミオカラボを出て現実世界に戻る。宇宙から降り注いでいるであろうニュートリノを眼で見ることはできないが、わたしの体のありとあらゆる箇所を突き抜けているのだろう。例えば、こんな所をシュッと通り抜けて地面の中へ突っ込んで行ったのだろうか。

通り抜け箇所 その1

膝元からふくらはぎを経てラバーシューズの中を突き抜けて地中へ向かっただろうか。

 

通り抜け箇所 その2

腰回りから生殖器を突き抜けて大腿部の中をぐるぐる回りながら出て行っただろうか。

 

通り抜け箇所 その3

分厚い大胸筋や逞しい二の腕、腹わたがたっぷりと詰まった腹部や肉厚の臀部を通り抜けただろうか。なんとなくお尻が痒いなあと感じたのは、凄い勢いでニュートリノがお尻を突き抜けたからだろうか。

神岡町夕陽ケ丘を車で出発したわたしたちは奥飛騨温泉郷へ向かう。飛騨温泉郷の頭に奥の文字が付くだけで旅情を掻き立てられる。奥という漢字が日本人に訴求する力は大きい。例えば、奥が付く地名を想い起こしてみよう。奥日光、奥多摩、奥会津、奥秩父、奥丹後、奥伊豆などが浮かんでくる。奥という漢字の音や文字からわたしたちは、その先に何かがあるのかなという期待と想像力を喚起させられる。

実例がある。大学生時代に知人たちと日光を訪ねたことがある。知人の中に栃木県出身者がいて日光を案内してくれた。華厳の滝を間近に見、中禅寺湖で手漕ぎの舟遊びを愉しんだ。日光のバス停留所で地元の人なのか分からないが、男性から耳寄りの情報を教えられた。

奥日光に行けば、絶品の温泉卵を食べることができるよ。

わたしたちは奥日光の温泉卵という言葉に取り付かれ、タクシーだったかバスだったかで奥日光に到着した。物音1つしない無音の世界が広がっていた。鳥のさえずりも聴こえず、風の音もしない。空気だけが静かに漂っていた。人の姿もなかった。肝心の温泉卵もなかった。落胆と無音をたっぷりと味わって、奥の文字が付かない日光に戻った。奥という言葉に誘われて出向いたが、奥には何も無かったという話である。

奥飛騨。う~ん。用心用心。奥飛騨温泉郷。うう~ん。温泉郷という言葉で誘ってくるねえ。奥飛騨温泉郷平湯温泉。奥飛騨温泉郷という魔球を投げて誘った後に、平湯温泉という普通っぽい球種を投げてくるとは。平らな湯。地味な温泉名である。わたしたちは行かざるをえない訳があって平湯温泉へ。到着後、老登山ガイドが食事処を案内してくれた。

訪れた食事処は和風の味わいがいっぱいの店内である。灯油ストーブにやかんが置かれ、早くも冬支度に入りつつあることを教えてくれる。

 

とろろ蕎麦を注文すると、蕎麦が朴の葉に乗って出てきた。味はう~ん、そうですねえ、なんと言いましょうか、まあ、蕎麦の矩を超えないものでした。

静かな佇まいの平湯温泉街を横目に見ながら、わたしたちは近くにある駐車場へ。あかんだな駐車場。大阪弁の「あかんたれ」、あるいは「あかんがな」を想起させる風変りな名称である。アカンダナ山の麓にあるから名付けられた駐車場みたいだ。アカンダナ? なにそれって想ったら自分でググってみてくださいな。あかんだな駐車場に老登山ガイド運転の車を止めて、わたしたちが向かった先は濃飛バスの出発地である。バスの行き先は……。

わたしたちが訪れる先である上高地。マイカーの乗り入れはできず、バスかタクシーでしか行くことができない。さあ、いざ、上高地へ。

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ひだ宇宙科学館カミオカラボ 秋そぞろ 8

2023-10-25 | Weblog

立山連峰麓の室堂での2泊の予定を悪天候のため1泊に変更したわたしたち一行。下山した後、老登山ガイド運転の車で富山市内に入りホテルで1泊。翌朝、次の登山を計画している目的地に向かって車を走らせる途中、岐阜県飛騨市神岡町夕陽ケ丘に入って道の駅・宙スカイドーム・神岡に立ち寄った。

ここを見せたくてね。老登山ガイドが道の駅に併設された施設を指差した。ひだ宇宙科学館カミオカラボである。当初、その名称にぴんとこなかった。施設に入場して、ああ、あれか! かつて聞いたことがあることを想い出した。

施設のパンフレットから一部を引用してみる。神岡町にはニュートリノの研究でノーベル物理学賞をもたらしたスーパーカミオカンデをはじめ、宇宙と素粒子の謎を研究するための研究拠点が集まっています。

ニュートリノ? スーパーカミオカンデ? 素粒子? となるが、簡単に説明しておこう。まずは素粒子から。これは物質を構成する最小単位の粒子のことである。ニュートリノは素粒子の一種。スーパーカミオカンデは神岡町の地下に作られた世界最大のニュートリノ検出装置のことである。研究機関は東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設。カミオカラボはスーパーカミオカンデの研究内容を映像やゲームで紹介している施設である。深入りすると素粒子並みに細々とした話になるので概略だけ理解して施設内を見てみよう。

読めば、なんとなく分かったような気になる説明である。

これからはニュートリノが宇宙の彼方から目の前に迫って来る映像が次々と展開していく。

なにか向こうから、こちらに飛来してくるなあ。臨場感たっぷりだ。

 

玉屋~! そう叫びたくなるほどに花火のような美しさである。結構、迫力がある映像だ。

 

ドカーンと炸裂するニュートリノ花火! おお~。感嘆の声を上げる。

 

こちらもドッカ~ン。まさに宇宙はニュートリノだらけであることを知る。

 

ニュートリノを検出するスーパーカミオカンデの一部を実物と同じ材料と取り付け方で再現したコーナー。異次元の世界を神岡町で体験することができる。わたしたち一行はニュートリノをたっぷりと浴びながら次なる地へ車で移動していく。

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さらば立山、室堂からの下山  秋そぞろ 7

2023-10-23 | Weblog

夕刻に入り天候急変で追い立てられるように宿泊予定の室堂山荘に向かい、チェックインしたわたしたち一行はフロントのスタッフに明日の天気を尋ねた。翌日には山荘に向かい合うようにそびえたつ立山連峰の三山(雄山、大汝山、富士ノ折立)をわたしと老登山ガイドの2人で縦走し、雷鳥沢に下って山荘に戻る7時間の歩きを計画していたからだ。

形の良い坊主頭で40代ぐらいの男性スタッフ―お寺の住職みたいな風貌である―がわたしを見ながら返答した。

明日の天気は午前中、雨が降ります。それも結構な雨です。午後からは気温が下がり雪が降ります。冬山に登る準備はしてきましたか?

いいえ。

わたしの返答を聞いたスタッフが畳みかけるように話の続きをした。

雨降りで雨具を着ていても、気温が下がると雨具もろとも全身がバリバリに凍ります。そうなると手足が動かなくなります。それでも明日登りますか? 

スタッフの言いたいことは明瞭である。明日の登山で死にたいですか。

立山連峰の登山経験が多い老登山ガイドもスマホで明日の悪天候の情報を仕入れていた。縦走の途中で低体温症に襲われる可能性があるとの判断だ。

老登山ガイドが即断して、わたしに告げた。残念だが、明日の立山連峰の縦走は中止しよう。縦走を踏まえて明日も山荘に宿泊予定だったが、キャンセルして撤退しよう。

わたしたち一行は山荘に2泊する予定を変更し、翌日は山荘を出て富山市内に向かい、そこで1泊することにした。夕食後にスマホを使って宿泊先を探し予約をすると、ひと風呂浴びて、畳の部屋に布団を敷き暖房をつけて早々と寝入った。2重窓の外では強風が吹きまくっていた。

立山連峰の麓にある室堂山荘の大食堂。どっしりとした木組みに木製の食卓と椅子が並んで、いかにも山荘という雰囲気を醸し出している。外国人らを含めた登山客らはそれぞれの部屋で悪天候の1夜をすごした。

 

翌日、朝食を済ませると、早々に室堂山荘でチェックアウトをし、下山の拠点となる立山ターミナルに向かう。銃弾のような勢いの水つぶてが体にぶち当たって来る。強風で雨が横殴りに吹き飛んでくるのだ。来た時と逆のコースで高原バスに乗り、ケーブルカーを使って出発地点の立山へと向かった。

下山の高原バスの車窓から見た景色。霧が立ち込めて何も見えない。運転手は五里霧中にあるつづら折りの道路を、乗客がなんの心配も抱かないほどに見事なハンドル操作で下っていく。

 

室堂行きの起点となったケーブルカーの立山駅に到着する。前々日に宿泊したリゾートホテルの迎えの車が待っていた。ホテルに老登山ガイドが預けていた車を引き取るためだ。ホテル玄関にはハロウィーンスタイルの木彫りの熊たちがお帰りなさいの顔をしていた。木彫りではない、野生の熊も出没するのでご用心である。

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天候の急変で魔の山と化す立山 秋そぞろ 6

2023-10-21 | Weblog

快晴の天気予報であっても、山登りで絶対に欠かせない物は雨具である。麓で晴れていても、山頂付近では風が吹き、雲が流れ来て雨模様というような急変があるからだ。雨具とは登山服の上から着る撥水式の雨除けの衣服である。風除けの役目も果たしてくれる。背負っているリュックもビニール製のカバーで覆って濡れるのを防ぐ。気温の低い高山で雨に濡れることは命取りになりかねないのだ。一番怖いのは雷だ。標高が高い岩山では逃げ場がないからだ。山にしろ、川や海にしろ、自然の中に入り込むというのは危険がいっぱいだ。備えと、自らの体力の見極め、状況に応じた最適な対応が必要となる。後は運の良さだろうか。

室堂に到着して晴れ間にある立山連峰の景観を愉しんでいたわたしたち一行は天気の急変に遭遇することになる。

有毒ガスが発生しているということで立ち入り禁止となっている地獄谷を覗き込む。天国と違って地獄の景色は荒涼としている。

 

雲が切れて剱岳が姿を現した。老登山ガイドは言う。今まで何回もここに来たが、剱岳を観ることができたのは今回が初めてだよ。いつもは雲に隠れているんだ。あなたたちはラッキーだったね。ラッキーとアンラッキーの差は、アンの2文字程度のわずかな差でしかない。ラッキーのすぐ後ろにアンラッキーがすぐ控えているのだ。

 

立山連峰の山頂付近が雲に覆われてきた。瞬く間の変容である。

 

雲行きが怪しいというのはこのことだろうか。日本海側から富山県に流れてきて立山の峰々にかぶさっていく。

 

いかにもな魔の山と化していく山容。宿となる山荘を目指して戻っていく。

 

小雨が降り出した。遠方を眺めれば人々の姿にのしかかる様に、不穏さを感じさせる雲の一団が迫って来る。辺りも暗くなってきている。

 

室堂山荘に到着して屋外を観る。瞬く間に霧が立ち込めてしまった。日が暮れ始める頃、わたしたちが宿泊した山荘に登山姿の女性が1人やって来て尋ねた。ここは雷鳥荘ですか。山荘のスタッフが返答する。そこはもっと下の方ですよ。女性は霧が立ち込めた上に、暗くなってきている中で目指す山荘に向かった。この悪天候の中を無事、到着できるのだろうか。そんな心配がよぎる出来事だった。山の天気の変容は遭難と落命に直結する自然現象である。

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室堂平を歩く 秋そぞろ 5

2023-10-19 | Weblog

高原バスが室堂ターミナルに着いた。そこは雄山、大汝山、富士ノ折立の3つの峰が連なる立山連峰がそそり立ち、麓には室堂平と呼ばれる高原が広がっている。石畳の遊歩道が高原内に巡らしてあり、歩きながら空と山と高原の景観を存分に味わうことができる。

画家ならば絵筆を取り、写真家ならば一眼レフのシャッターを押し、歌人ならば一首詠むだろう。創作意欲を湧き起こす何かがここにはある。スマホを手にしたわたしは撮りたいという想いが自然な流れの動作となって何枚もの写真を収めながら歩いていた。ご宣託が聞こえた。この景色を見よ。ここの空気を味わえ。見える全てを記憶にとどめ、スマホで記録に残せ。

室堂ターミナルを出ると、立山の文字が彫り込まれた石碑の周りに人々が吸い寄せられて、記念写真の時間となる。石碑の背景には立山連峰がどんと居座っている。

 

山肌が荒々しく削り込まれた連峰を眺めながら石畳の遊歩道を歩く。麓には秋色に染まった草原が広がっている。

 

約1万年前に噴火活動で誕生した火口湖である「みくりが池」。周囲約630m、水深約15mという。この日の景観はなにか怖い物語ができそうな雰囲気が漂っている。

 

立山? そこはどんな所なのだろう。そんな好奇心が人々を引き付け、呼び寄せる。歩く人がおり、登る人があり、見納めて帰る人がおり、いつか再び訪れる人がいる。また、逢いたい。恋心にも似た想いを立山の自然はもたらしてくれる。

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錦秋を求めて立山連峰へ 秋そぞろ 4

2023-10-17 | Weblog

われらが日本は島国である。温泉がいっぱいの火山国でもある。そして、もつ1つ国の形をつくるものがある。それは山がいっぱいの国である。低山から高山までが居並び、連峰から独立峰までがある。見目麗しい天下の富士山をはじめ、各地に地域の名を冠した富士山が幾つもそびえている。

小さい頃に暮らした家の傍には裏山があった。雑木林に覆われた低い山だったが、家の窓から山全体を眺めながら、いつも想うことがあった。あの山の向こうはどうなっているのだろう。ある日、裏山に足を踏み入れ、頂上を目指した。樹林を抜け、丈の高いカヤが茂る中を進んでいった。稜線にたどり着くと、そこは緩やかに下る草原となっていた。下方には住宅が立ち並ぶ地域がいくつも広がっていた。未知の存在を知るという素朴な感嘆があった。別世界を観ることに子どもながら歓びに似た感慨を味わったことを今も想いだす。感嘆と感慨は体内で新たなDNAをつくりだした。こうして、わたしは「そこに山があるから登る」人となり、今日に至っている。

立山の宿から向かうのは錦秋の中にあると想われる立山連峰である。事前情報では紅葉は例年より遅れているとのことだった。連峰に向かうケーブルカーがある立山駅に宿のスタッフが送ってくれた。車内で立山連峰で紅葉を前日観てきたという京都の老夫婦と言葉を交わした。山麓一帯はけっこうきれいでしたよ。

標高475mの立山駅から平均勾配24度というケーブルカーに乗る。1・3㎞の距離を7分ほどで中継地点の美女平に着く。ここから立山連峰の麓となる標高2450mの室堂までを高原バスを使って向かう。マイカーの乗り入れはできず、高原バスだけが登山客や紅葉見物客を運ぶことになる。距離にして約23㎞を50分ほどかけて登っていく。未知だった景色が目の前に広がり、流れていく。

 

高原バスの窓からスライドショーみたいにして景色が移り変わっていく。遠方の雲が横線のようになっている下に富山市内の街が広がっている。

 

もりもりと盛り上がった山々が目の前に連なっている。手前の林の先には平原が広がっている。

 

樹々の葉が黄色や赤に色づいているのが分かる。寒さが増せば、一段と色合いを強めていきそうだ。

 

ごつごつとした山肌と鮮やかな彩りを見せ始めている樹木との対照が絵になる。

 

高原バスの終着となる室堂ターミナルの建物が見えてきた。ターミナルの右手にそびえるのが立山連峰となる。山肌には幾つもの谷筋がギザギザ模様を創り出している。自然が無造作に引っかいた太線状の作品。標高2450mでしか見ることができない異界の風景である。

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東海北陸自動車から富山・立山へ 秋そぞろ 3

2023-10-15 | Weblog

高速道の長いトンネルを過ぎると、そこは富山だった―。

セントレアの駅から名鉄の列車に乗って、愛知県を北上し隣接県の名鉄岐阜へ到着した。今回の秋の山行の案内を務める男性が改札口で待ち受けていた。槍ヶ岳など北アルプス一帯の山々の登山ガイドをしている。わたしの同行者の親族で御年82歳の現役。登山に適した痩身にして足取りも軽い。名古屋市内在住で週3日は三河湾国定公園に出向いて登山をし健脚を維持しているという。1度面識があり、今回の山歩きの立案をお願いした上での再会だけに、笑顔でグータッチの挨拶を交わす。ガイドが運転するマニュアル操作の愛車に乗り込み、いざ出発である。

セントレア駅から名鉄岐阜へは乗り換えなしの特別車ミュースカイを利用した。インターネット時代ならではの旅をするために、名鉄をはじめ、今回の山行で利用する交通機関の搭乗、乗車の予約をすべてウエッブで行ってみた。飛行機、列車、ケーブルカー、バスのすべての切符となるデータがスマホの中に入っている。便利である一方で、スマホの紛失や電源切れになると、かなり困ったことになる怖さも秘めている。宿の予約は事情通のガイドに一任でネット予約よりは割安で取ることができた。

登山ガイド運転の車は名鉄岐阜駅から東海北陸自動車の各務原ICへ向かい、高速道に乗って北上していく。愛知、岐阜、富山を縦貫する高速道は文字通り、東海と北陸の両地方を結ぶ大動脈となっている。山また山が続く山岳地帯をトンネルで貫き、高原地帯を走り抜けていく。

ひるがの高原サービスエリアで休憩を取る。標高850mに立地し、日本で一番高い所にあるサービスエリアである。標柱に示してあるように、ここからは大日ヶ岳や白山を眺望することができる名所でもある。

 

大日ヶ岳を一望する。稜線の一番高い所が山頂である。山腹の森林がいくつか縦状に削られ緑が見えている。登山ガイドに尋ねる。「あれはゴルフ場ですか」。大笑いしながらガイドが答える。「スキー場ですよ。あれがゴルフ場だったら、ボールが転がり続けて、何回打ってもカップインできませんよ」。確かに。急斜面の下り坂だ。世界一難しいゴルフ場だ!

 

同じ景色が冬場になるとどうなるか。サービスエリアの食堂に写真が掲示されていた。スキー場であることを改めて実感する。スキー人口の減少でスキー場の経営は厳しいらしい。大学生の友人たちが東京から夜行列車に乗ってスキー場へ行って愉しんでいたというスキーブーム時代を知る者としては、隔世の感がある。満つれば欠けるのは、満月も各種ブームも一緒みたいだ。

 

東海北陸自動車道の印象は長い、長いトンネルを走行することである。それも一直線である。まさに地中をまっすぐに貫いてできた高速道であることがよく分かる。作業に当たった方々の労苦に想いを馳せつつ、じっと前を見続ける。岐阜から富山に出ると北陸自動車道に入った後、一般道に降りて一路、立山にある宿を目指す。

 

夕刻に宿となるホテルに到着した。ひと風呂浴び、ビールで乾杯し、地産地消となる夕食をいただく。パーテーションなしの食卓で歓談しながら配膳された品々を味わう。わたしたちはコロナ禍が過ぎ去った中で寛ぎという幸せの時間にたっぷりと浸っていた。

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セントレア 秋そぞろ 2

2023-10-12 | Weblog
 
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蕎麦の白い花から始まった 秋そぞろ 1

2023-10-10 | Weblog

里山で長年にわたり暮らしていると、四季折々の風景や風情が体の中に取り込まれてくる。少しばかり心の中で想いを馳せるだけで、春夏秋冬の彩りが浮かび、香りを味わうことができるようになる。初秋から中秋を経て、深まっていく秋。散歩の途中に出くわす景色は昨年と同じ彩りを見せている。昨年も、一昨年も、そして以前にも見た蕎麦畑で白い花々が実りの秋の到来を告げている。

痩せた土地であっても育ち続ける逞しさを持つ蕎麦。白い粉をまき散らしたように、蕎麦の花が一斉に咲き出している。

 

素朴にして可憐さを併せ持つ蕎麦の花。白い花が時を経て黒い実となり収穫されて、わたしたちが知る、あの味わい深い蕎麦が誕生してくる。手打ち蕎麦を味わうのに、ずず、ずいーっと音を立てるのもよし、黙してすするのもよしだ。

 

 

盛りを過ぎて、青かった葉が次第に色褪せていく中で、明るい色合いをした小さな花々が見納めの美しさを披露している。里山の秋景色が旅心を誘う。里山とは違った秋を探しに遠くへ行ってみたい。心中で想うだけの希望で終わるのではなく、彼の地へ身と心を運んでいくという紀行へ。

 

飛行機に乗ろう。夢物語りではない。ウエッブで予約し、スマホでチェックインをしデジタル搭乗券を発行させる。空港で保安検査を経て機内へ。午前中の便だったのでサンドイッチの軽食が出た。いくつかある飲み物の中から赤ワインを指名する。フランスワインだが、どこの産地かは不明。グラスで頂きたいところだが、紙コップに注いで味わってみる。味がどうこうと言うよりは、機上でサンドイッチを頬張りながら赤ワインを飲んでいるという行為を味わう。

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中秋の名月の光を浴びながら未来を想う

2023-10-02 | Weblog

夜明け前、満月となった中秋の名月の光がレースのカーテン越しに寝室に入り込んでいた。月光に促されるように寝床から出て、窓の外の景色を眺める。柔らかな月明りに照らされた風景は静寂の中にあった。寝室からベランダに出て、満月の光を浴びた。西の天空にあった満月に照らされて、わたしの人影がベランダの上に伸びていた。

月光浴をしよう。部屋に戻って折り畳み椅子をベランダに持ち出して、満月に対面する形で腰かけた。日光浴と違って、光に伴う温かさはなかった。金色の円環の中にほの青い地形が模様となって見える。月面を無心で眺めているうちに、いろんな想いが次第に湧き上がってきた。それは過去の回想ではなく、未来へ馳せていった。

東の空から上がり始めた中秋の名月。スマホのカメラで撮ると満月は小ぶりとなるが、肉眼ではカメラの眼と違ってかなり大きく見える。

 

夜明け前、西の空に移動している満月をスマホのカメラでとらえる。露出が月明りに合ったため空全体が明るくなって風情がないが、肉眼ではもっと暗めで、とっても風情がある。

 

好事魔多し。金色に輝いていた満月を叢雲が覆い隠していく。これまで満月を無心に眺めていたのが、なにやら不穏さを感じるようになってきた。

 

月光を取り巻く暗雲の光景は、不安と不安定な世界の今をわたしに想い起こさせた。ウクライナとロシアの戦争、経済大国が軍事大国へと突き進む中国、朝鮮戦争以来、北と南に分断されて軍事的衝突の懸念が続く朝鮮半島、高齢化と少子化が同時進行していく日本……。欧米、ロシア、中国それぞれの政治的、経済的、軍事的な野心の渦巻きの中に世界が取り込まれていく。

 

暗雲の中にあっても満月は光を地表に注ぎ続けようとしている。小さな光明と大きな不安が交錯する世界にわたしたち地球人は住んでいる。

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