思うことがあって鍼を打ってもらうことにした。
整体、整骨、マッサージ、鍼灸に詳しい知人にお薦めの鍼師を紹介してもらう。
「予約は入れておいた。全盲の名人だ。全身に打ってもらいなさい」
土曜日の夕、知人に教えられた道順を辿り名人の元へ赴く。平屋の小じんまりとした民家に小さな看板が掛けてある。「頼もう!」と力むことなく、静かな声でおとないを入れる。
ドアを開けると小柄な年配の女性が立っていた。目が合った。盲目だった。「どうぞ」。手招きされて廊下奥の施術室へ。
8畳ほどの洋室にベッドが2つ置いてある。名人は奥にいた。椅子に半身で腰かけていた。白衣を着た年配の男性だ。
「全身に打ってもらおうと思って」
「そうですか。それじゃ服を脱いで」
「下着も脱ぐのでしょうか」
「つけたままでいいです」
ベッドにうつ伏せになる。鍼はステンレス製で髪の毛よりは大きい。ふにゃふにゃと柔らかく、体に刺し込むにはコツが要りそうだ。
「どこか悪いところがありますか」
「特にはありませんが、右肩と左膝がすこし痛いかなという程度ですが」
「分かりました。鍼は初めてですか」
「初めてです。痛いですか」
「痛くありませんよ。普通は」
シャツをめくって手で触診をしながら鍼を打っているらしい。らしいというのは、鍼を打たれているという感触がないからだ。
「鍼を打たれているという感じがしませんね。ミシン針みたいなので刺されるという思いがあったものですから」
名人はカカと笑った。打つ場所を手で探しながら首筋から肩、背骨の脇へと打っていく。
「ツボを探して打ってるんですか」
「ツボというよりは筋肉が凝っている場所に打ってるんです」
背中が終わり腰の部分に手が移る。両手がパンツの縁に掛かった。ぐいと勢いよく引き下げられた。
全身に打ってくれとの注文だから、丸出しの臀部にも鍼が打たれていく。
これが妙齢の女鍼師だったら良かったかな、といった邪念が起こりようもないほどに、手際よく打っていく。
臀部から太腿、膝、ふくら脛まで進むと、今度は仰向けになり頭に打っていく。
頂門の一針なんて言葉があったなと思いながら、もろもろ聞いていく。
「精力を高めるツボもあるんですか」
「ありますよ」
「それはあそこに打つんですか」(※実際は直接的な表現だったが、公開ブログの関係で表現を改めた)
「あそこには打ちません」
「どこに打つんですか」
「まあ、根元の部分というか、恥骨ですね」
「効果はありますか」
「効果? ありますよ」
「それじゃ、女性の場合も同じ部分に打つんですか」
滑らかな口調で応じていた名人の答えが止まった。初対面にして鍼は初体験のこの男、いきなり全身に打ってくれとか、頭も尻もお願いしますとか言った揚げ句に男女の精力絶倫のツボの教えを乞うとは。返事に窮しているのは、名人がこんな思案をしていたからかもしれない。
還暦を迎えた名人は老若男女に鍼を打ち続けて40年ほどになるという。この間、精力絶倫のために鍼を打ってもらいにきた女性は皆無だったようだ。
「女性に効くかどうかは分からんなあ」。名人は笑うしかなかった。
身の下の質問に触発されたのか、名人は男の性について持論を語りだした。
鍼の打ち始めから打ち止めまでおよそ2時間半が経っていた。日はとっぷりと暮れている。帰りには盲導犬が玄関でお見送りをしてくれた。
「顔の色艶がいいねえ」。最近、会う人ごとに言われる。
名人の鍼打ちと性談義のお蔭だとは誰も知らない。
整体、整骨、マッサージ、鍼灸に詳しい知人にお薦めの鍼師を紹介してもらう。
「予約は入れておいた。全盲の名人だ。全身に打ってもらいなさい」
土曜日の夕、知人に教えられた道順を辿り名人の元へ赴く。平屋の小じんまりとした民家に小さな看板が掛けてある。「頼もう!」と力むことなく、静かな声でおとないを入れる。
ドアを開けると小柄な年配の女性が立っていた。目が合った。盲目だった。「どうぞ」。手招きされて廊下奥の施術室へ。
8畳ほどの洋室にベッドが2つ置いてある。名人は奥にいた。椅子に半身で腰かけていた。白衣を着た年配の男性だ。
「全身に打ってもらおうと思って」
「そうですか。それじゃ服を脱いで」
「下着も脱ぐのでしょうか」
「つけたままでいいです」
ベッドにうつ伏せになる。鍼はステンレス製で髪の毛よりは大きい。ふにゃふにゃと柔らかく、体に刺し込むにはコツが要りそうだ。
「どこか悪いところがありますか」
「特にはありませんが、右肩と左膝がすこし痛いかなという程度ですが」
「分かりました。鍼は初めてですか」
「初めてです。痛いですか」
「痛くありませんよ。普通は」
シャツをめくって手で触診をしながら鍼を打っているらしい。らしいというのは、鍼を打たれているという感触がないからだ。
「鍼を打たれているという感じがしませんね。ミシン針みたいなので刺されるという思いがあったものですから」
名人はカカと笑った。打つ場所を手で探しながら首筋から肩、背骨の脇へと打っていく。
「ツボを探して打ってるんですか」
「ツボというよりは筋肉が凝っている場所に打ってるんです」
背中が終わり腰の部分に手が移る。両手がパンツの縁に掛かった。ぐいと勢いよく引き下げられた。
全身に打ってくれとの注文だから、丸出しの臀部にも鍼が打たれていく。
これが妙齢の女鍼師だったら良かったかな、といった邪念が起こりようもないほどに、手際よく打っていく。
臀部から太腿、膝、ふくら脛まで進むと、今度は仰向けになり頭に打っていく。
頂門の一針なんて言葉があったなと思いながら、もろもろ聞いていく。
「精力を高めるツボもあるんですか」
「ありますよ」
「それはあそこに打つんですか」(※実際は直接的な表現だったが、公開ブログの関係で表現を改めた)
「あそこには打ちません」
「どこに打つんですか」
「まあ、根元の部分というか、恥骨ですね」
「効果はありますか」
「効果? ありますよ」
「それじゃ、女性の場合も同じ部分に打つんですか」
滑らかな口調で応じていた名人の答えが止まった。初対面にして鍼は初体験のこの男、いきなり全身に打ってくれとか、頭も尻もお願いしますとか言った揚げ句に男女の精力絶倫のツボの教えを乞うとは。返事に窮しているのは、名人がこんな思案をしていたからかもしれない。
還暦を迎えた名人は老若男女に鍼を打ち続けて40年ほどになるという。この間、精力絶倫のために鍼を打ってもらいにきた女性は皆無だったようだ。
「女性に効くかどうかは分からんなあ」。名人は笑うしかなかった。
身の下の質問に触発されたのか、名人は男の性について持論を語りだした。
鍼の打ち始めから打ち止めまでおよそ2時間半が経っていた。日はとっぷりと暮れている。帰りには盲導犬が玄関でお見送りをしてくれた。
「顔の色艶がいいねえ」。最近、会う人ごとに言われる。
名人の鍼打ちと性談義のお蔭だとは誰も知らない。