「審議は尽くした」。自民、公明両党は十七日の衆院厚生労働委員会で、医療制度改革関連法案の採決を強行した。十八日には衆院本会議でも可決させた。終盤国会は、与野党が対決する重要法案がめじろ押しだ。だが、「審議不十分」との野党の声はかき消され、与党は数にモノをいわせている。今後も共謀罪創設や教育基本法改正案など問題のある法案審議が続く。巨大与党の「強行採決」を考えてみた。
「なぜ、こんなに急いで採決するのか。二〇〇二年の医療制度改革では五十六時間審議したのに、今回は三十五時間弱。まだ審議しなければならない問題がたくさんある。与党が野党の言うことに耳を貸さず、どんどん強行採決するなら、国会は要らない。選挙が終わった時点で与党の多数が決まっているんだから」
衆院厚労委の野党側筆頭理事、山井和則議員(民主)は、医療制度改革関連法案が十八日の衆院本会議で可決された後も、前日の同委の強行採決に怒りが冷めやらない。
委員会での強行採決は、阿部知子氏(社民)の質問の直後だった。「審議は尽くした」と、与党委員が突然立ち上がり、審議の打ち切りと採決を求める動議を提案。これと同時に、与野党の委員ら約二十人が、岸田文雄委員長(自民)の席へと一斉になだれ込んだ。
野党側の狙いは、委員長席のマイクを取り上げることだった。委員長の声が速記係に聞こえなくなり、記録が残らなければ「採決無効」を主張できるからだ。与党側は議事を進める委員長を守るような形で陣取った。「何やってるんだ」とヤジが飛ぶ中、岸田委員長はマイクを通さず、法案が可決されたことを大声で宣言した。
強行採決に対し、民主党の小沢一郎代表は、この直後の党首討論で「議会制民主主義を定着させるために、与党が大きな度量を持ってきちんと審議すべきだ」と小泉首相に抗議した。
首相は審議重視に賛意を示したものの、討論後、記者団に対して「強行ではない。ほかの委員会に比べて十分審議する時間を与えている」と説明した。
■与党にとっても「強行」不名誉?
だが、十八日昼の自民党丹羽・古賀派の総会では、太田誠一党改革実行本部長が「昨日は岸田委員長の下で強行採決が行われたのですが…」と口を滑らせ、出席者から「強行採決じゃないぞ」とヤジられる場面があった。強行採決は与党にとっても、ほめられたことではないようだ。
野党側の反発は、同法案自体にも及ぶ。
前出の山井委員は「要は医療費を抑制する法案。これが成立すれば、お年寄りの自己負担がアップするだけでなく、今まで以上に早期に病院から退院させられる」。高橋千鶴子委員(共産)も「患者負担が増え、病院も淘汰(とうた)されていく。地域では医療機関の集約化が進み、身近な病院がなくなってしまう」と話す。
インターネット上のバーチャル政党「老人党」の提案者でもある作家・なだいなだ氏も「怒っています。覚えていろ、と言いたい」と話し、続ける。
「負担率の一割アップと簡単に言うが、要は、負担金額が二倍になる。収入を増やせる老人など、まず、いないのに、医療負担が増やされてゆく。そんな法案を通すのに、国民に『申し訳ありません』の一言もなく、多数決で押し切るとは。小泉首相は国民に謝れと言いたい」
与党は強行採決を繰り返してきた。数にモノをいわす手法に反発する野党議員は多い。〇三年七月の参院外交防衛委員会での自衛隊を派遣するためのイラク復興支援特措法案が、強行採決された際、机上に飛び乗り、採決を阻止しようとした森ゆうこ参院議員(民主)は「言論の府だから、きちんと議論して採決するのが当然。ああいうことはないに越したことはない。私自身、ほめられたことではないと思っているが、どうしてもこの法案は成立させてはいけないという気持ちだった」と振り返る。
■「野党抵抗の術限られている」
最近では〇四年六月、年金制度改革関連法案の審議でも、抜本的な制度改革論議もなく強行採決された。
野党は「牛歩戦術」や数時間にもおよぶ大演説、内閣不信任決議案提出などで対抗してきたが、「数の論理」の前には歯が立たなかった。「野党の抵抗できる術は非常に限られている」(森議員)。
強行採決は議会運営としてほめられたものではない。それを行った理由を、政治評論家の小林吉弥氏は自民党内の事情とみる。「表向きとは違い、共謀罪創設法案、教育基本法改正案、国民投票法案に関しては、どうしてもという雰囲気が自民党内にない」と分析。
「一方、小泉首相がこだわる医療改革法案と行革推進関連法案は、今国会でどうしても仕上げないと、小泉さんがすねてしまい、秋の総裁選が円滑にいかなくなる可能性がある」。小泉首相が「もう一期やるぞ」と言い出すサプライズや、そこまでいかなくとも会期延長論に傾き総裁選に支障をきたすことに、自民党が戦々恐々となっているというのだ。これで国民を向いた法案審議といえるのか。
さらに小林氏は「小沢民主党の強気姿勢も一因。土俵際でもみあううちに、小沢氏の術中にはまってしまうのではないか、そんな危機感が与党を強行採決に向かわせた」とも解説する。
■世論の反発強く共謀罪で使わぬ
残る共謀罪などの強行採決もあり得そうだが、小林氏は「あまりに世論の反発が強く、民主の上げ潮を助長するリスクがある、と自民党も感じ始めている」と話す。共謀罪に関しては、最近のTBSの世論調査で79%が今国会成立に「こだわるべきでない」と回答。日本テレビの世論調査でも「今国会成立にこだわらず議論を尽くすべきだ」が73・8%を占めた。
自民党・旧社会党の五五年体制下では、強行採決の裏で政策面などの取引が水面下で行われていた。良くも悪くも国対政治で、政策的妥協が図られてきた。小林氏は「今は事情が異なる。裏取引しない議員が増えたばかりか、与野党協議の中身をブログで公表する議員も増えているからだ」と指摘する。政策論議の“四つ相撲”といったところだが、いかんせん与野党の数の差は歴然。与党を牽制(けんせい)する“抑止力”にはなっていないようだ。
森議員は現在、参院厚労委に所属。今後、衆院を通過した医療制度改革関連法案を審議することになる。「山ほどある疑問点について、突っ込んだ議論をして、首相はじめ政府側に真摯(しんし)に答えていただきたい」と政策論議を求める。
「それにしても高齢者に負担増を求める医療改革法案の審議時間は短すぎた」と言う小林氏だが、翻って有権者の責任も口にする。「前回総選挙で自民党を勝たせすぎたリアクションが、こういう形で出てきたことを国民は自分自身で受け止めるべきではないか」
<デスクメモ> 政治学に「沈黙の螺旋(らせん)」という有名な言葉がある。「社会の中で自分の意見が少数派になると、孤立を恐れ自分の意見を言わなくなる」といった意味。今の与党勢力は強大だ。数の論理で押す姿を見ると、この螺旋に陥る危険を感じる。野党に期待したいが、多勢に無勢。最後の“防波堤”は私たちだが…。 (鈴)
「なぜ、こんなに急いで採決するのか。二〇〇二年の医療制度改革では五十六時間審議したのに、今回は三十五時間弱。まだ審議しなければならない問題がたくさんある。与党が野党の言うことに耳を貸さず、どんどん強行採決するなら、国会は要らない。選挙が終わった時点で与党の多数が決まっているんだから」
衆院厚労委の野党側筆頭理事、山井和則議員(民主)は、医療制度改革関連法案が十八日の衆院本会議で可決された後も、前日の同委の強行採決に怒りが冷めやらない。
委員会での強行採決は、阿部知子氏(社民)の質問の直後だった。「審議は尽くした」と、与党委員が突然立ち上がり、審議の打ち切りと採決を求める動議を提案。これと同時に、与野党の委員ら約二十人が、岸田文雄委員長(自民)の席へと一斉になだれ込んだ。
野党側の狙いは、委員長席のマイクを取り上げることだった。委員長の声が速記係に聞こえなくなり、記録が残らなければ「採決無効」を主張できるからだ。与党側は議事を進める委員長を守るような形で陣取った。「何やってるんだ」とヤジが飛ぶ中、岸田委員長はマイクを通さず、法案が可決されたことを大声で宣言した。
強行採決に対し、民主党の小沢一郎代表は、この直後の党首討論で「議会制民主主義を定着させるために、与党が大きな度量を持ってきちんと審議すべきだ」と小泉首相に抗議した。
首相は審議重視に賛意を示したものの、討論後、記者団に対して「強行ではない。ほかの委員会に比べて十分審議する時間を与えている」と説明した。
■与党にとっても「強行」不名誉?
だが、十八日昼の自民党丹羽・古賀派の総会では、太田誠一党改革実行本部長が「昨日は岸田委員長の下で強行採決が行われたのですが…」と口を滑らせ、出席者から「強行採決じゃないぞ」とヤジられる場面があった。強行採決は与党にとっても、ほめられたことではないようだ。
野党側の反発は、同法案自体にも及ぶ。
前出の山井委員は「要は医療費を抑制する法案。これが成立すれば、お年寄りの自己負担がアップするだけでなく、今まで以上に早期に病院から退院させられる」。高橋千鶴子委員(共産)も「患者負担が増え、病院も淘汰(とうた)されていく。地域では医療機関の集約化が進み、身近な病院がなくなってしまう」と話す。
インターネット上のバーチャル政党「老人党」の提案者でもある作家・なだいなだ氏も「怒っています。覚えていろ、と言いたい」と話し、続ける。
「負担率の一割アップと簡単に言うが、要は、負担金額が二倍になる。収入を増やせる老人など、まず、いないのに、医療負担が増やされてゆく。そんな法案を通すのに、国民に『申し訳ありません』の一言もなく、多数決で押し切るとは。小泉首相は国民に謝れと言いたい」
与党は強行採決を繰り返してきた。数にモノをいわす手法に反発する野党議員は多い。〇三年七月の参院外交防衛委員会での自衛隊を派遣するためのイラク復興支援特措法案が、強行採決された際、机上に飛び乗り、採決を阻止しようとした森ゆうこ参院議員(民主)は「言論の府だから、きちんと議論して採決するのが当然。ああいうことはないに越したことはない。私自身、ほめられたことではないと思っているが、どうしてもこの法案は成立させてはいけないという気持ちだった」と振り返る。
■「野党抵抗の術限られている」
最近では〇四年六月、年金制度改革関連法案の審議でも、抜本的な制度改革論議もなく強行採決された。
野党は「牛歩戦術」や数時間にもおよぶ大演説、内閣不信任決議案提出などで対抗してきたが、「数の論理」の前には歯が立たなかった。「野党の抵抗できる術は非常に限られている」(森議員)。
強行採決は議会運営としてほめられたものではない。それを行った理由を、政治評論家の小林吉弥氏は自民党内の事情とみる。「表向きとは違い、共謀罪創設法案、教育基本法改正案、国民投票法案に関しては、どうしてもという雰囲気が自民党内にない」と分析。
「一方、小泉首相がこだわる医療改革法案と行革推進関連法案は、今国会でどうしても仕上げないと、小泉さんがすねてしまい、秋の総裁選が円滑にいかなくなる可能性がある」。小泉首相が「もう一期やるぞ」と言い出すサプライズや、そこまでいかなくとも会期延長論に傾き総裁選に支障をきたすことに、自民党が戦々恐々となっているというのだ。これで国民を向いた法案審議といえるのか。
さらに小林氏は「小沢民主党の強気姿勢も一因。土俵際でもみあううちに、小沢氏の術中にはまってしまうのではないか、そんな危機感が与党を強行採決に向かわせた」とも解説する。
■世論の反発強く共謀罪で使わぬ
残る共謀罪などの強行採決もあり得そうだが、小林氏は「あまりに世論の反発が強く、民主の上げ潮を助長するリスクがある、と自民党も感じ始めている」と話す。共謀罪に関しては、最近のTBSの世論調査で79%が今国会成立に「こだわるべきでない」と回答。日本テレビの世論調査でも「今国会成立にこだわらず議論を尽くすべきだ」が73・8%を占めた。
自民党・旧社会党の五五年体制下では、強行採決の裏で政策面などの取引が水面下で行われていた。良くも悪くも国対政治で、政策的妥協が図られてきた。小林氏は「今は事情が異なる。裏取引しない議員が増えたばかりか、与野党協議の中身をブログで公表する議員も増えているからだ」と指摘する。政策論議の“四つ相撲”といったところだが、いかんせん与野党の数の差は歴然。与党を牽制(けんせい)する“抑止力”にはなっていないようだ。
森議員は現在、参院厚労委に所属。今後、衆院を通過した医療制度改革関連法案を審議することになる。「山ほどある疑問点について、突っ込んだ議論をして、首相はじめ政府側に真摯(しんし)に答えていただきたい」と政策論議を求める。
「それにしても高齢者に負担増を求める医療改革法案の審議時間は短すぎた」と言う小林氏だが、翻って有権者の責任も口にする。「前回総選挙で自民党を勝たせすぎたリアクションが、こういう形で出てきたことを国民は自分自身で受け止めるべきではないか」
<デスクメモ> 政治学に「沈黙の螺旋(らせん)」という有名な言葉がある。「社会の中で自分の意見が少数派になると、孤立を恐れ自分の意見を言わなくなる」といった意味。今の与党勢力は強大だ。数の論理で押す姿を見ると、この螺旋に陥る危険を感じる。野党に期待したいが、多勢に無勢。最後の“防波堤”は私たちだが…。 (鈴)