参院選結果社説 際だつ中央紙と地方紙の差・田尻孝二/リベラル21

2007-07-31 21:05:57 | ジャーナリズム
安倍路線の評価を巡って

 参院選挙は自民党の歴史的敗北という結果で終わりました。当然のことながら30日の朝刊各紙の社説は選挙結果の論説で埋め尽くされています。
 戦後レジームからの脱却を掲げて安倍政権はこの10ヶ月に教育基本法の改正、国民投票法、防衛庁の省昇格と荒業を次々と繰り出してきました。今回の国民の審判はこれらの施策にもはっきりとNOを突きつけたのか…。新聞は民意をどう汲み取ったのでしょう。各社説を読んでの印象はまったくバラバラです。ならば、それらを比較検討してみることは各新聞の姿勢をチェックする格好の方法ではないでしょうか。

 産経、読売、日経の全国紙三紙は「選挙の結果が安倍政権の示した国の形の方向を国民が否定した」とは考えていないようです。むしろ、敗因を意図的に別のところに切り離して述べています。

 産経は敗因を「政治とカネ」をめぐる有権者の政治不信と「清新な候補者を用意できなかったこと」だと書いています。その上で政権の政治路線を支持していますが、下の社説で言う「実現態勢の不備」という表現は抽象的過ぎて内容ガ見えません。

 「戦後レジーム(体制)」からの脱却を掲げ、憲法改正を政治日程に乗せ、教育再生の具体化を図るなど、新しい国づくりに向かおうとした安倍首相の政治路線の方向は評価できるが、それを実現させる態勢があまりに不備であったことは否定できない。(産経新聞)

 読売は「自民党の惨敗は、多様な要因が複合した逆風の結果」とした上で専ら安倍首相の激励論を展開しています。
 
最大の争点となった年金や格差の問題は、いずれも過去の政権の"負の遺産"と言うべきものだ。必ずしも、政権発足後10か月の安倍首相に全責任を負わせることは出来まい。
 厳しい選挙結果にもかかわらず、安倍首相は、「新しい国づくりに責任を果たす」と繰り返し強調した。引き続き「戦後レジームからの脱却」を掲げ、憲法改正や教育再生に取り組む決意の表明である。
 それには、選挙の審判を重く受け止め、民主党との協調も模索しつつ、態勢の立て直しを図らねばならない。(読売新聞、中略有)


 日経は安倍氏の「仕事」についての評価には触れていません。その上で路線と別のところに敗因を押し込めています。

 参院選での与党の敗因ははっきりしている。年金の記録漏れ問題で有権者は政府に裏切られたような感情を抱き、政府不信の声が渦巻いた。(日本経済新聞)


 朝日と毎日は安倍政権の路線に対して「国民は首を縦に振らなかったと」いう認識を示しています。朝日の「それらはいまの政治が取り組むべき最優先課題なのか」、毎日の「暮らしの実感から離れた理念先行型の安倍路線」、要するに国民のあまり関心のないところで首相が熱心にやってしまったということでしょう。しかし、これは歯切れの悪いむず痒い書き方です。熱心にやったことが悪いのではなく、熱心にやった内容が悪いのだという明瞭な指摘が必要です。

 ところが、首相が持ち出したのは「美しい国」であり、「戦後レジームからの脱却」だった。憲法改正のための国民投票法をつくり、教育基本法を改正し、防衛庁を省に昇格させた。こうした実績を見てほしい、と胸を張ってみせた。
 有権者にはそれぞれ賛否のある課題だろう。だが、それらはいまの政治が取り組むべき最優先課題なのか。そんな違和感が積もり積もっていたことは、世論調査などにも表れていた。(朝日新聞)

 首相は「戦後レジームからの脱却」を前面に掲げてきた。実際に改正教育基本法や防衛省昇格、国民投票法なども成立させた。集団的自衛権の憲法解釈の見直しについても進めている。
 国民は暮らしの実感から離れた理念先行型の安倍路線に対して明らかに「ノー」と言ったと言える。(毎日新聞)


 茨城新聞の社説は朝日・毎日と同じ作りであるけれど直截的に言い切って分かりやすい表現になっています。

 選挙結果を見る限り、「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げる安倍政治に、必ずしも国民がもろ手を挙げ賛成していないことは明らかだ。満足しているとは言い難い。有権者は「美しい国」や「改革実行」を訴えた安倍政治より、「国民生活が第一」と訴えた小沢民主党の格差是正路線を支持優先した。特に少なくとも憲法九条と安全保障、国際貢献の関係では、国民の総意を反映した高度慎重な政治判断が必要だ。(茨城新聞)


 新聞を見ていても中央と地方の意識のずれを感じます。全国紙はどれもいわば高所大局から論じ庶民の感覚に密着していないところがあります。安倍政権のとり憑かれたように猛進していく政治手法の危うさ、それに対して国民が自然に抱いた心情についていくつもの地方紙が言及しています。

 先の国会で強行採決を連発した強引さは際立つ。タカ派的な国家観や歴史認識に基づく「戦後体制からの脱却」に向け、九条改憲などに突き進む危うさを感じ取り、ブレーキをかけようと考えた人も少なくなかった。(北海道新聞)



 愛国心を盛り込んだ教育基本法改正をはじめ、憲法改正、集団的自衛権行使の政府解釈の見直しと、首相が足早に進めてきた「戦後レジーム(体制)からの脱却」路線に対する国民の警戒感も見逃せないだろう。 (高知新聞)



 憲法改正は自民党の歴代首相が積み残した宿題だが、自主憲法制定の党是が安倍政治のもとで息を吹き返した。世論は一般的な改憲手続きに柔軟だが、戦争放棄の九条改正には厳しい目を向ける。微妙な世論の賛否を束ねて改憲に持っていこうとする安倍政治のスタンスに危うさはなかったか。(河北新報)


 安倍首相の手法で最も特徴的なのはコミュニケーション不全のまま突っ走ることです。象徴的なのが「美しい国」。美しいという言葉ほどそれぞれの主観でどうにでもなるものはありません。おまけに具体的な肉付けもない。安倍首相のわたくしの思いを国民は共有できませんでした。

 戦後生まれ初の日本国首相は戦後体制脱却を唱える。しかし気負いは空転した。語る言葉が目次の域を出ず、戦後の何が悪く、だからどうする、を語れなければ、国民がついていくはずはない。(東京新聞)


 さらに、悪いことに説明不足のまま政策として実現していきます。もともと地に足が着いていないものをろくな話し合いもせずに押し付けてしまう。大臣たちもそんな任命権者に似て説明は大嫌いでした。なんとか還元水大臣も絆創膏大臣も…。

 もう一つは、強引な政治手法である。憲法改正に向け、国民投票法を国会で強行してまで成立させたのが象徴的だ。(秋田魁新報)


 さて、新聞は世におもねることなく、正確で公正なその主張は人々のひとつの指針となるべきものです。全国紙が判断を留保した部分を地方紙は曖昧にせず分かりやすく意思表示しています。

 首相は続投する意向を表明したものの、政権基盤の弱体化は避けられない。示された民意を、首相は謙虚に受け止めるべきである。憲法改正をはじめとする「戦後レジーム(体制)からの脱却」路線を、強引に進めるのは許されない。(信濃毎日新聞)

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ、国民投票法や改正教育基本法を成立させた安倍政権の「実績」は有権者に受け入れられなかった。安倍首相と与党は、この点を直視しなければならない。(新潟日報)

 安倍首相は「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げ先の国会で強行採決した国民投票法や教育改革関連法などを実績としてアピールした。だが、渦巻く不信の中で安倍流の強引さに、有権者は反発を強めたとみられよう。
 安倍政治に自民党支持層を含む有権者が「ノー」を突き付けたことで安倍カラーは色あせた。参院選勝利をてこに推し進めようとした憲法改正や教育再生などについても、見直しが迫られよう。(山陽新聞)


 以上、選挙結果の社説からおもに安倍政権の「戦後レジームからの脱却」の評価に関わる部分を抜き出して書きました。最後に沖縄の2紙をご紹介します。参院選の結果という同じテーマで沖縄は独自の視点を持っています。改めて沖縄の特別な位置を感じないではいられません。

 年金問題は沖縄選挙区でも大きな争点になった。「集団自決」(強制集団死)の記述をめぐる教科書検定問題や憲法改正の動きに対しても、有権者は敏感だった。
 歴史認識や戦後体験などウチナーンチュの琴線に触れるテーマが浮上したために、野党支持層だけでなく、広範な有権者から「このまま進むと大変なことになる」という危機感が生まれた。退職教員など沖縄戦や米軍統治を経験した世代の動きが目立ったのも今回の特徴だ。
 西銘陣営は年金や教科書検定問題に対して、選挙期間中、「政府に喝」というチラシを配って政府の対応を批判した。選挙のための選挙用の主張ではなく、選挙後もその姿勢を貫き、喝を入れてほしい。(沖縄タイムズ)

 衆院で議席の3分の2を占める巨大与党を背景に「数の論理」で押し切る政治手法を推し進め、与野党の合意が軽視される。こうした「安倍政治」への異議申し立てでもある。猛省を促していると受け止めるべきだ。
 国民は、首相が掲げる「戦後レジーム(体制)からの脱却」に対しても、もっと丁寧な説明を求めているのではないか。国の行方や国民の暮らしを左右する重要法案に対して、慎重に論議を尽くすことを政治に強く期待しているはずだ。首相をはじめ、政府与党は国民の期待や願いには耳を傾け、常に謙虚であるべきだ。今後の国のかじ取りに生かす必要がある。(琉球新報)

http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-94.html#more

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民主党が試される番だ/沖縄タイムス

安倍首相の指導力に疑問

 参院選は民主党が六十議席を獲得し、結党以来初めて参院第一党になった。

 自民党は勝敗の鍵を握った二十九の一人区で、わずか六議席を得たにすぎない。改選議席六十四を三十七に減らしたのは歴史的惨敗と言っていい。

 しかも、岡山で参院幹事長を務める片山虎之助氏が落選。青木幹雄参院議員会長のお膝元・島根でも国民新党が推す新人が当選し議席を失っている。

 四国ではすべての議席を民主党と同党などが支援する候補者に取って代わられた。

 格差にあえぐ地方の反乱であり、本来は自民党が強い地域で多くの議席を失ったことで、安倍内閣はレームダック(死に体)状態に陥る可能性もある。

 自民党が議席を減らした原因には、民主党が訴えた「都市と地方の格差」を同党が軽視したことも要因としてある。

 さらに言えば、安倍晋三首相が強調する「美しい国づくり」や「戦後レジーム(体制)からの脱却」、「税財政の構造改革」より先に「緊急の課題として取り組むべきことがあるのではないか」との国民の思いである。

 地方が抱える経済的苦境はそれほど深刻であり、自民党はこの問題に答え切れなかったと言わざるを得ない。

 安倍首相は三十日の記者会見で「負けた責任は私にある」と述べた。だが一方で、「私が進める改革路線は国民の理解を得ている。辞任せず改革を進めていきたい」とも話している。

 本当にそうだろうか。記者団が問うた責任論は、国民誰もが聞きたい重要な問題と言っていい。しかし、首相はこの質問にきちんと答えなかった。

 首相には国民に対し「なぜ辞任しないか」という理由を説明する責任があるはずなのに、国民が納得するような理由は示さなかった。これでは自民党支持者だけでなく、党内でも理解は得られまい。

 総理の座に残るのであれば、首相は早急に衆院を解散し国民の信を問うのが筋だろう。今選挙で有権者が出した答えは「安倍政治不信任」であり、与党に投票した有権者にも批判があることを忘れてはなるまい。


論争で政権担当能力示せ


 民主党は三十二の改選議席を大幅に伸ばした。

 小沢一郎代表はこの勢いをかって早期の衆院解散、総選挙を求めると思われる。だが、参院運営では野党第一党として議長、各委員会の委員長ポストを得ることになる。

 どのような運営を行うのか国民は注視しているのであり、その意味で民主党は、野党各党・会派との連携も視野に入れていいのではないか。

 言うまでもないが、衆院で三分の二を確保している与党が通した法案に、やはり“数の力”で反対を繰り返せば、せっかく得た国民の支持もすぐに得られなくなる。

 少なくとも民主党が参院を舞台に政争を繰り広げれば、与党と何ら変わらないということになり、「良識の府」としての参院の役割さえもが問われてくることを認識したい。

 国会は論議の場である。年金問題は言うに及ばず「政治とカネ」の問題、道州制を軸にした地方改革、公務員改革についても徹底的に、時間をかけて論議していくことだ。

 国民が求めるのは何よりも政策論争であり、民主党は論争を通して政権担当能力を示す責務があることを肝に銘じる必要があろう。


沖縄問題の解決に全力を


 沖縄選挙区で当選した糸数慶子氏は三十七万六千四百六十票を獲得。西銘順志郎氏=自民公認・公明推薦=との票差は約十二万票もあった。

 社民党比例区の山内徳信氏は十四万五千六百六十六票を得て、六年の任期を終えて引退した大田昌秀氏の後を継いだ。

 糸数氏と山内氏は県立読谷高校での生徒と教師の関係で、まさに師弟が手を携えて国会に乗り込むことになる。

 永田町では「沖縄問題」は風化したという声も耳にする。だが、日米同盟が強化され、在日米軍基地が再編されようとしている今こそ、もう一度政府、与党に「沖縄問題」の解決を強く訴えるべきであり、そのためにも両氏の手腕が問われることになる。

 沖縄問題に醒めた安倍政権に県民の声をどう訴えていくか。「平和の二議席」が果たす役割はこれまで以上に重要だ。
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070731.html#no_1


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