せろふえ

チェロとリコーダー
自閉症の娘
本と漫画 農と食 囲碁パズル
とっちらかっているので、気になるカテゴリーやリンクを

一瞬と永遠と 萩尾望都

2024年04月20日 | 
 萩尾望都のエッセイを偶然見かけて借りた。いつもの萩尾望都でとてもよい。理知的で示唆に富んでいる。僕が見ていない映画などの作品でわずかにわからないところもあるが、それすらわかるような書き方ですばらしい。
「厚木淳の「ノート」にレイ・ブラッドベリ激賛がのべられていたので、こんなすごい作家に対し、”波長があう”だの”探してたものがあった”だのいうのは冒涜じゃないかという気がしてきた」
 というのはまさに萩尾望都に対する僕じゃないか、と思ったことだ。

私の少女マンガ講義 萩尾望都

2023年12月07日 | 漫画

 萩尾望都がイタリアでおこなった講演や質疑応答のほか、インタビューなどををまとめたもの。
 萩尾望都が自分の作品のことでなく「少女漫画史」を講義したというの自体おもしろいが、彼女の視点からの少女マンの歴史がとってもおもしろい。短い時間で取り上げられる作品はほんの少しなのだがだからこそ、取り上げた作品、取り上げなかった作品の選択、取り上げ方がとてもおもしろかった。
 もちろん萩尾望都が自分の作品を語っているところもおもしろいし、イタリア、あるいは欧米での少女漫画の読まれ方もおもしろかった。

残酷な神が支配する 萩尾望都 やっぱり心揺さぶられた

2022年08月31日 | 漫画
 やっと読み終えた。
 もちろん雑誌掲載のときから少しは読んでいたのだが、つらくてねえ、はっきりいって飛ばし読みしていた。今回漫画同好会の同僚が貸してくれて、勇気を出して読んだ。もちろん読んで良かった。だがやっぱり心揺さぶられ、つらくて、通読できず、何日もに渡って読んだ。うーん。
「残酷な神」というのは、もちろんいわゆる神というか運命というかあらがえないものだとばくぜんと思っていたのだが、いやそうではない。「残酷な神」というのは親のことなのだと確かな確信と共に読み進めていった。ジェルミを支配しているのはもちろん養父のグレッグではけっしてない、サンドラなのだ。グレッグが支配しているのはむしろイアンだし、グレッグも「支配されて」いるのだ。
 萩尾望都のおりにふれて語られる家族との葛藤も根深いものだが、僕自身だって深く支配されている。ともかく重くつらい、こころ揺さぶられる話だった。著者=クリエーター=創造主=神=親、というのも、なんと残酷なのだろう。

事件 映画 野村芳太郎監督

2022年08月17日 | 映画・テレビ
 TVでやっていたのを録画しておいて見た。ほんとうはNHKのテレビドラマがとっても良かったので、もう一度見たいと思っているのだが、これも相当良い。昭和の映像だなあと思って見た。
 大竹しのぶが当時から相当評判だったが、今見てもほんとうに大竹しのぶは天才だと思うが、今回見て、松坂慶子のあごの線がキレイだと感心してしまった。なんというか演技じゃなくて全体の演出と言うことなのか、とても良いのだが、特別俳優としてうまいとかあるいは魅力的とか、そういう感じでは全然なくていやだからあごの線がキレイだった。萩尾望都の描く美しいあごなのだ。
 そういうわけでNHKの「事件」をもう一度見たい。なかの1回はたしか佐藤浩市のデビュー作で、マザコンで近親相姦の話なのだよ。信じられる?

残酷な神が支配する 萩尾望都

2022年08月10日 | 漫画
 漫画同好会の同僚が貸してくれた。連載当時、読むのがつらくて単行本になったら買うかもと思っていたのだが、やっぱり読む気になれず、でもずっと気になっていた。同僚が、買って読むけど、読み終えたらそのうち処分すると思う、読みます?と言ってくれて、感謝感激借りて読み始めた。
 読むのがつらい。テレプシコーラ山岸凉子の時にとっても感じたが、作家、クリエーターというのはなんて残酷なのだろう?神だからだろう、残酷だ。
 緻密な絵がとっても美しくて、ときどき呆然としてながめ、ため息をつきながら読んでいる。最後まで読み通せるだろうかなどと恐れている。

コンポートじゃなくてゼリー寄せ

2022年03月10日 | 食べる・飲む

 漫画を貸したお礼にりっぱな、美しい「コンポート」をもらったが、コンポートじゃなくてゼリー寄せだと思う。こんなお礼なんていらないのに。

 別の同僚に、返って来た漫画を押しつけたら、あっと言う間に読んでくれた。萩尾望都の「半神」と「訪問者」。
 感想は「おも!」(^^;) たしかにねえ、でもすごいでしょう?「すごいです。でも、おもっ!」「はい」


 一昨日(16時)ワクチンを打ち、昨日の午前中から発熱。夕方には38.8℃。今朝もまだ38.0℃。だるい。起きていると頭が重い。息苦しいとか、そんなことはなく、発熱だけだが、38℃を超えるとちょっとね。

少年の名はジルベール 竹宮惠子

2021年12月20日 | 日記
 あっと言う間に読んだ。おもしろかった。読んで良かった。萩尾望都の方だけ読むのは不公平(?)だと思って、乗り気はしなかったのだが、そういうわけで読んで良かった。
 竹宮恵子は普通の健康な精神の持ち主だと思う。作家として、萩尾望都のような天才ではない。嫉妬と羨望のないまぜになった感情を正直に書いていて、正直だ誠実だと思う。萩尾望都に言ったことやったことは、ほんとうのところはもちろんわからないけれど、竹宮恵子からしたらやむにやまれなかったのだろうし、萩尾望都にしたら完全に被害者だ。(とかってに思う。)
 天才ではないけれど、努力して、一流の作家に成長できたと言うことだろう、そして認められて、良かったと思う。ぼくは、たしか「地球(テラ)へ」は読んだが、たぶんもうこれ以上は読まないだろうなあ。

ヤマザキマリ対談集

2021年12月18日 | 
  何度も書いているが、対談はホストなのだ。
 これはヤマザキマリが「運動」をテーマに2020年オリンピックの頃に対談したもの。まあおもしろかったが、萩尾望都とのはメール交換を再構成したものらしく、やはり、それはそれこそ対談の運動性、反射神経みたいなものが見えなかった。それは残念。

一度きりの大泉の話 萩尾望都

2021年10月29日 | 日記
 萩尾望都の大泉の頃の思い出話で、竹宮恵子との確執?が書かれている。重い話で、でも僕はなにしろ萩尾望都作品のファンを自負していて、読めて良かった。竹宮恵子側からの自伝は読むかどうかわからない。竹宮恵子は僕にとっては無意味な作家で、漫画百冊にも入れる気はまったくなかった。 竹宮恵子のこと以外の、知っている作家のあれこれが楽しかった。
 萩尾望都の文章はけっしてプロのものではないと思うが、理知的な部分があらわになっているとてもわかりやすいものだと思う。けっして下手くそなアマチュアの文章ではない。

気の滅入る梅雨空

2021年06月19日 | 日記
 気が滅入っている、というほどでもないのかなあ、ちょっと鬱っぽい。雨のせいか。雨がやんでも畑はぐちゃぐちゃだし、実家の古い家の窓を開けても湿気を呼び込むだけだろう、やめた。

 湿気で楽器が鳴らないほど高級な楽器ではないので、鳴らないのは未熟だからに過ぎない。

 日本の政治はまったくあきれかえる状況なのに、身近な人たちも危機感を感じているのはほとんどいない。いや、いるのだろうが、そんなのしょうがないと思っているのだろう。僕も。

 怠け者なもんで読みかけの本を読み出しても、前に読んでいたときの自分に戻るのにたいへん時間がかかる。頭にくる。

 怠け者なのだが、じゃあ、楽器触るかと思うより前に、妻が疲れたと言って横になるという。隣で騒音を出すのを躊躇する言い訳にしてしまう。

 昨日の次女の薬はやっぱり忘れて寝たのらしい、まあいいか。

 老人ホームに入っている母に、このコロナ禍のなか、面会に行ったが、老人というか母の性格の悪い面ばかり目につく。萩尾望都の本を検索したら「母と娘はなぜこじれるのか 」斉藤環なんてのが目について、まったくなあと思う。

 緊急事態宣言を解除すれば、かならずリバウンドが来る。バッカじゃなかろうか。いや、オリンピックどころではない状況になり、しかしバカ自公政権は強行し、政権担当能力がないことが明らかになり(もともとないけど)、政権交代することになるのか。それなら明るい未来だ。だがそれも期待しすぎてはいけない。政権交代しても、自公は自分のことは棚に上げた誹謗中傷をくりかえすだろう。前の民主党政権だって、自民党が積み上げた、いや、崩しきったものを再構築できなかったからこそ、消費税を導入せざるをえなかったのだし、アメリカとの関係もあまり変えられなかったのだ。悪夢のようなことは(自民党にとってはそうだったろうが)まったくない。
 フレンチGクレフで書いてあるフラウト・トラベルソの曲をヴォイスフルートで吹くのには、普通のト音記号だと思い、c菅だと思い、ひとつ上の音をフラットを二つ増やして吹く。第2間にある音符なら、ラではなく、ドでもなくシフラットなのだ。何度も確認しているのに、また確認し、しかもメモを書いて思い込まないと曲にならない、頭にくる。

 実を言うとチェロピッコロでフレンチGクレフを読むことすら難しい。なんなんだよ、フレンチGクレフ≒ヘ音記号はチェロ弾きだったら問題ないはずだろう。でもまあ1オクターブ上で、それを5度上のピッコロで弾くから、指板の上という言い方で良いのか、4度上を弾いているのか。できない。頭にくる。


 鬱だ。

パラサイト 半地下の家族 ボン・ジュノ監督

2021年01月14日 | 映画・テレビ

 録画してあった「パラサイト 半地下の家族」を見た。とてもおもしろかった。おもしろかったが、なんて言うか完結したちゃんとした物語じゃないのね。後半思わぬ展開でびっくりしたが、たいていすぐれた作品の思わぬ展開は、あとから必然だった思わせるものがあるのだが、これは全然。今もなんでこうなるの?と言う印象が残っているだけだ。
 だが、おもしろかった。

 吾妻ひでおが書いているのだが、萩尾望都スティーブン・キングのことを語っていて「彼の作品には必ず謎の人物がいて、それが最後まで謎のままなんです」と言うのだ。これを読んで思わずスティーブン・キングを読んだり見たりした。
 それを思い出した。

キャリー スティーヴン・キング

2019年12月01日 | 
 恐怖小説とか、超能力とか、念力とか、まったく興味がないし、ホラー映画なんかまったく見る気がしない。怖いし。狂気とか、精神病とかにはちょっと興味がある。興味があるという言い方はちょっと違うかな。まあいいか。
 興味はないのだが、萩尾望都がスティーヴン・キングを読み込んでいる、と吾妻ひでおが書いているもんで、こりゃあ読まなきゃあいかん、と読んだ。まあ、まあまあかな。小説とかこの書き方とか表現方法が、あってないんじゃないか。少なくとも読んでいて、怖い感じは全然なかったなあ。
 シャイニングをこの間録画した。いちおう見てみるか。