牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

堺市内をカーナビで駆け回る

2007-04-25 08:09:19 | Weblog
今、自動車会社社長の新車を借りて乗り回している。カーナビが着いている車を運転するのは初めてだが、すごく便利で安心して運転できる。

 電話番号をアクセスすれば目的地に導いてくれる。午後から堺市内を訪問予定があり出かける。1箇所は面会時間に1分送れたため、今日もう一度出かけるが、その後初めての場所を3カ所、ナビに導かれながら夜9時前まで訪問し続けた。初めて会う方たちばかりだったが、どの方も気持ちよく会ってくださり、50代夫婦はイエス様を受けれる決心をしてくれた。

 4人の孫たちを世話している60代の女性は、苦労ばかりで大変だが孫たちの元気な姿に励まされて、何とかやっていますと涙を流して訪問を喜び、祈りを受けいてれてくれた。

 イエス様のことを聞いたことがなく、救いを必要としていてもどこにも求めるところがなく、迷いに迷っている人々が多くいることを思うとき、もっと熱心に福音を伝えたいと願う日々である。

 カバンの中にも車の中にも福音文書(パワーフォーリビングや雪よりも白くなど)をたくさん持って歩いているが、神学生全員にもいつでも福音を伝えるようチャレンジしている。

 日本中のクリスチャンが、イエス様を信じれば救われることを、いつでもだれにでも話さえすればクリスチャンの数がどんどん増えていくことを確信している。

 「アーメン。信じます。ありがとうございます。日本のクリスチャンが大勢になりました。ハレルヤ。感謝します!」と「告白しつつ、今日もカーナビで駆け回る。夜は大阪エリムのリバイバル集会。大勢が集まることを感謝しながら・・・・。

ローマ人への手紙

10:8 というのは、キリスト様を信じることによって与えられる救い〔私たちが宣べ伝えているのは、まさしくこの救いです〕は、すでに、私たちのすぐ手の届く所にあるからです。 実際それは、自分の心や口のように、すぐ近くにあるのです。
10:9 なぜなら、もし自分の口で「イエス・キリストは私の主です」と告白し、自分の心で、神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
10:10 人は、心で信じることによって、神様から正しい者とされ、その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。
10:11 聖書は私たちに、「キリスト様を信じる者は、決して失望させられることがない」と教えています。
10:12 この点では、ユダヤ人もそれ以外の外国人も同じです。 同じ主がユダヤ人にとっても外国人にとっても主であり、求める者にはだれにでも、ご自分の宝を惜しみなく与えてくださるのです。
10:13 主の御名を呼び求める者は、だれでも救われるのです。
10:14 しかし、主を信じていなければ、どうして主に、「救ってください」と求めるでしょうか。 また、主のことを一度も聞いたことがなければ、どうして主を信じることができるでしょうか。 だれかが教えてくれなければ、どうして主のことを聞けるでしょうか。
10:15 また、だれかが遣わさなければ、どうして人々のところへ出かけて教える人が出るでしょうか。 旧約聖書に、「神との平和を宣べ伝え、良い知らせをもたらす人の足は、なんとうるわしいことか」とあるのは、まさにこのことです。 つまり、神様の良い知らせを伝える人は、なんと歓迎されることか、というのです。



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