恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

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民の責任において

2009年01月16日 | 叫び
民は幸せを願い
我も他(ひと)も
皆が幸せになるために
村をつくり
やがて国をつくった

民は古より
主(あるじ)なのだ

ところがどうだ

ある国の民は
自分たちの祖母に降り注いだ
爆弾への怒りを忘れ
自分たちの街を焼き尽くした
猛火の恐怖をも忘れ

誰かが焼き殺されるのを
あるいは指をくわえ
あるいは手を叩き
ただ見守っている

焼き殺されているのは
民ではないのか
焼き殺しているのも
民ではないのか

これが国をつくった民が
本当にさせたかったことなのか

私は民だ

ただ指をくわえ
ただ手を叩くだけの
民ではなく

民が主であるべき国に生きる
主たる民だ

私は民のため
皆の幸せのため
力の限り声をあげよう

この社会の主たる民の
強く、重い
その責任において

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