大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

☆奇妙な恐怖小説群
☆ghanayama童話
☆写真絵画鑑賞
☆日々の出来事
☆不条理日記

大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

☆分野を選択して、カテゴリーに入って下さい。

A,日々の出来事

☆( 1年間366日分の日々の出来事  )

B,日々の恐怖

☆( 日々の恐怖 )

C,奇妙小説

☆(  しづめばこ P574 )                          

日々の恐怖 5月21日 旅館

2014-05-21 21:07:27 | B,日々の恐怖



   日々の恐怖 5月21日 旅館



 五年ほど前、東北のこじんまりとした旅館に泊まった。
少し不便なところにあるので訪れる人も少なく、静かなのが気に入った。
スタッフは気が利くし、庭も綺麗、部屋も清潔、良い旅館だと思った。
 山の中にあるため夜遊びする場所もなく、日付が変わるころには旅館の中は静まり返っていた。
早めに床に就いた俺は、夜中の2時過ぎ頃、なぜか目が覚めてしまった。
その後寝付けないので、静まり返った館内を探検してみようか、なんて思いついた。
 部屋のドアを開けると、廊下は電気が消えていて真っ暗だった。
非常口を示す緑の明かりだけが、寒々しく廊下を照らしている。
旅館にしては不自然だが、“省エネかな”などと考えながら、俺は肝試し気分で探検をしていた。
 突然目の前で人が動いた気がして、俺は目を凝らした。
窓から入ってくる月明かりの中、客室のドアの前で何かをしている旅館スタッフのおっさんがぼんやりと見えた。
 カチャカチャという小さな金属音が聞こえたので、まさか盗みに入るつもりかと思い、俺は隠れて様子をうかがっていた。
だが彼は、ドアを開けようとしていたのではなかった。
ドアに南京錠をかけていた。
 俺はまずいものを見た気がして、物陰に身を潜めてじっとしていた。
鍵をかけ終わったのか、おっさんがこちらに歩いてくる。
 この先にあるのは俺の部屋だ。
彼は俺を閉じ込めるつもりなんだ。
体が強張った。
 何か分からんが危険だ、絶対に見つかってはいけない、そう思って必死で息を殺していたが、俺の横を通り過ぎた時、おっさんはあっさり俺を見つけてしまった。
おっさんはひどく狼狽しながら腕時計を見て、

「 仕方ないな、一緒に来てください。」

と言って俺を無理やり立たせて、どこかに引っ張っていこうとした。
 逃げようにも、集まって来たスタッフが俺を取り囲み、その中の一人が持っていたバカでかい着火マンみたいのを向けながら、

「 無事でいたければ、絶対に声を上げないでくださいね。」

と言うので、俺はおとなしく彼らについて行くしかなかった。
 連行されたのは宴会場だった。
電気の消えた暗い旅館の中で、そこだけは電気が全部付いていて明るかった。
旅館の人や地元住民っぽい大人がたくさんいて、さらにテーブルの上には郷土料理みたいのがたくさん並んでいて、いつでも宴会が始められるようにスタンバイしてあった。
 適当な席に座らされると、40代くらいのおばさんが俺の前に来て、

「 運が悪かったねえ、心落ち着けてれば大丈夫だから、頑張ろうね。」

などと、しきりに俺を元気づけてくれた。
俺は訳が分からず、キョトンとしているだけだった。
 やがて強面のおじさんが俺の横に座り、強い口調で言った。

「 宴会始まったらな、楽しく飲み食いするんだぞ。
そりゃあもう楽しげにな。
そのうち新しい客が来るけど、その人のことは気にするな。
気にしてしまいそうなら、その人のことは見るんじゃない。
ただし、目をそらすなら、不自然にならないようにな。
決して楽しそうな雰囲気を壊すな。
年に一度必ずお迎えしなくちゃいけない相手だからな、絶対に無礼を働くな。」

 やがて宴会が始まった。
おばちゃんたちが気を遣って料理よそってくれたり、ビール注いでくれたりしたが、俺は料理を箸でつつくのが精いっぱいだった。
みんな表面上は楽しそうにしているが、何かに脅えているのは明らかだった。

“ 目なんか覚まさなければ・・・・。”

と自分を責めているうちに、突然部屋の温度が下がったように感じた。
 暗い廊下の向こうから、ぴた、ぴたっという足音が、ゆっくりと近づいてくる。
旅館の人たちは気付かないふりでもしているのか、それまで以上に楽しそうに騒いだり、料理を食べたりしている。
下手に喋ると藪蛇な気がして、俺はおいしい料理に熱中してるふりをした。
 やがて足音が変わった。
木の廊下から、畳張りの宴会場に上がってきたのだ。
料理ばかり見つめている俺の視界の隅を、2本の脚が通り過ぎた。
黒いというよりも、そこだけ暗いという表現が合う、おかしな存在感の脚だった。
子供か女の脚のように細いが、ひどく重さを感じる脚が歩いている。
それは横長なテーブルをぐるりと迂回し、俺の斜め向かいにやってきて座布団に座った。
 皿の上の料理をつつきながら、悲鳴をあげそうになるのを一生懸命こらえてるうち、フッと脚が消えた。
同時に重苦しい冷たい空気が消えたので、俺は思わず顔を上げた。
周りには先ほどまでの作り笑顔をやめて、ほっとした表情の皆の顔だった。

「 終わったよ。」

と隣の席にいたおばさんに言われ、俺の体から一気に力が抜けて行った。
 その後、体験を共有した者同士の本当の宴会が始まった。
さっきまで味が全然わからなかった料理をおいしく頂いて酒を飲みかわして、その場にいた全ての人と妙な連帯感を共有した。
 部屋にかけてた南京錠もすべて回収したようで、おそらく宿泊客の中に、閉じ込められていたことに気付いた人はいないだろう。
 気がつくと夜も明けかかっていて、俺は部屋に戻って寝なおした。
目が覚めた時にはもう日は高く昇っていて、部屋の外はなんてことない普通の旅館に戻っていた。
 予定時間よりも少し遅れてチェックアウトのしたが、

「 あんたはもう仲間だよ、またいつでも来てね。」

と、旅館の人が総出で見送ってくれた。
 みんな名残惜しそうにしてくれたし、俺もこの人たちと離れるのは悲しかった。
ただ、そうであっても、俺があの旅館に行くことはもう二度とないと思う。
















童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月20日 不倫

2014-05-20 18:50:16 | B,日々の恐怖



     日々の恐怖 5月20日 不倫



 この話は、私がまだ大学生の頃、7階建ての貸しビルで夜間警備員のバイトをしていたときに経験した話です。
 そのビルは、警備室が1階の正面玄関脇にあり、各階のエレベーター前に監視カメラが付いていて、警備室の集中モニターで監視するシステムになっていました。
主な仕事の内容は、モニターの監視と定時の各階の見回りです。

 その夜は30代のAと二人で勤務していました。
私が午前1時の見回りを終えて警備室に戻ってくると、Aがモニターを凝視していました。

A「 4階のモニターが真っ暗なんだよね。エレベーター前の照明切れてた?」
私「 あれ、ほんとだ。照明切れてる階はありませんでしたけど・・。」

夜間は店舗の照明は落としてますが、監視の為にエレベーター前の照明だけつけています。

A「 俺ちょっと見てくるわ。」

Aは警備室を出ていきました。
私は変だなと思いながらも、特に深く考えず、椅子に座って見回りの日誌を書き始めました。
 日誌を書き終えた頃、ふとモニターに目をやると、4階のモニターが真っ暗、というより、真っ黒になっていました。
これは照明が切れているというより、監視カメラ自体の故障だと思い、Aに知らせる為に私も警備室を出ました。
 エレベーターで4階に着くと、エレベーター前の照明はついていました。
やっぱり監視カメラだなと思いながら辺りを見まわしましたが、Aがいません。
Aを呼びながら廊下を歩いて非常トビラまで行きましたがいませんでした。
 店舗は全て施錠しているので入れません。
おかしいなと思いながらエレベーターに乗って1階に戻りました。
警備室に戻るとAがいました。

A「 4階の照明切れてなかったわ。
監視カメラの故障だな。
お前どこ行ってたんだ?」
私「 それを伝えに4階行ったんですよ!
Aこそどこに行ってたんですか!?」
A「 わりぃわりぃ、業者に修理依頼出すのに監視カメラの型式番号いるな。
ちょっと見てきてくれ。」
私「 分かりましたよ。」

 警備室を出てエレベーターに乗りこみ、4階のボタンを押す。
トビラが閉まる直前で慌てて手を入れエレベーターから出ました。
監視カメラは天井近くの壁に付いているので脚立がいる。
警備室に脚立を取りに戻りました。
 再び警備室に戻るとまたAがいない。
まったくあの人はしょうがないなと思いながら、脚立を取って警備室から出ようとした時、ある事に気付きました。

“ さっきAを探しに4階に行った時に、何で途中で会わなかったんだ?”

 このビルのエレベーターは1台だけです。
外に非常階段がありますが、各階の非常トビラは内側から施錠するタイプで外からは絶対開けられません。
疑問が恐怖に変わっていきました。
 脚立を持ったまま固まっていると、警備室の外から足音が聞こえてきました。
私は咄嗟に鍵を閉めました。

“ ガチャ…ガチャガチャガチャ…ドンドン…。”

私「 すいません!Aですか!?」

“ ガチャガチャ…ガチャガチャ…ドンドン…ドンッ!”

私「 すいません!ごめんなさい!Aですか!?Aですか!?こたえてください!」

“ ドンドン…ドンドン…ガチャガチャ…ドンッ!ドンッ!”

私は思いました。

“ Aではない、まずい、どうする・・・?”

蹴っているのか、衝撃の度にトビラが歪みます。
私は体でトビラを押さえました。
 モニターを見ると、1階、4階、7階のモニターが真っ黒になっていました。

“ どうなってるんだ・・・。”

私は半泣きになりながら、今にも蹴破られそうな衝撃を体で押さえていました。

“ 警察呼んでも来るまでトビラがもたない。
逃げるしかない。
天井近くの壁に明かり取りの窓がある。
机に乗って何とか窓から外に出られる。”

タイミングを見ながらトビラから離れ、一気に机に飛び乗り、窓を開けました。
 しかし、窓の外に見たものは、血だらけの女の顔です。
両目がおかしな方向を向いている。
眼球が飛び出ていたのかもしれない。
 天井近くの窓なのに浮いているのか、至近距離で見てしまいました。
視界に黒い点が増えていき、やがて真っ黒になりました。
気絶したんだと思います。


 遠くで自分の名前を呼んでる声が聞こえました。
気が付くと、警備室のソファーの上でした。
昼勤のB、Cが私の顔を覗き込んでました。

B「 おいっ!大丈夫か!?どうした!?何があった!?」
C「 救急車呼ぶか!?」
私「 いえ、大丈夫です。すいません。」

意識が朦朧とした中、話を聞きました。
 朝二人が出勤してきたら正面玄関が施錠されていたので、鍵を開け警備室のトビラも閉まっていたので不審に思いながら鍵を開けると、私が机の上で倒れていたそうです。

B「 Aはどこにいる?どこに行った?」

その言葉で我に返り、説明しました。
Aか分からなかったのでトビラを開けなかったと。

C「 Aか分からなかったって、モニター見ればいいだろ?」

モニターに目をやると、各階綺麗に映っていました。

“ そんなはずない。
確かに1階、4階、7階のモニターが真っ黒になっていたはずだ”。

私「 すいません、モニターを戻してくれませんか?」

巻き戻っていくモニターを見ながら、真っ黒の部分が出てくるのを待ちました。

B「 止めろ!おい、これ、Aじゃないか!」

警備室外でトビラを叩いていたのは確かにAでした。

私「 何度も聞いたんです!Aですかって!でも全く返事が無かったから・・。」
B「 しかし、何でAは鍵開けないんだ?持ってるだろ?」
C「 おい!これなんだ!?」

 Cがモニターを指差す部分、廊下奥の非常トビラの方から、警備室トビラを叩くAの後方に、カクンカクンと近付いてくる影がありました。
その影がAの背後まで来ると、照明に照らされて、それが女だと分かりました。
ただ、首や手足の間接が有り得ない方向を向いていました。
 私が対面した女はこれだと確信しました。
Aは全く気付く感じも無く、ただひたすらトビラを叩いていました。
女はAにおぶさるように抱き着くと、そのまま二人とも消えてしまいました。

B「 連れて行かれた。」
C「 おい!なんだよこれ!?どうすんだよ!?警察呼ぶか!?」
私「 すいません!モニターを1時まで戻してください!」

どうしても確かめたい事がありました。
 モニターには1時の各階の映像がでています。
ちょうど見回りをしている私が映っていました。
見回りを終え警備室に戻る私。

“ おかしい、4階モニターは綺麗に映ってる。”

しばらくすると警備室からAが出てきました。

“ 4階を見てくるって出て行った時だ。”

1階エレベーターに乗りトビラが閉まる。
4階エレベーターのトビラが開き、出てくるAの後ろにさっきの女。
照明を見たり、監視カメラの方を見るA。

“ 後ろにいる、A気付いてないのか?”

再びエレベーターに乗るA。
女も一緒に。
 次にAがモニターに映ったのは1階エレベーター前ではなく、何故か7階エレベーター前だった。
今度は明らかに様子がおかしい。
女を背負いながら、フラフラと、モニター奥の非常トビラの方へ。
非常トビラの鍵を開け、外に出ました、女を背負ったまま。
 ちょうどその頃、私が4階モニターに映っていました。
Aを探して、見つからず警備室に戻る私です。

“ この時、私が話したAは誰だったんだろう。”

 しばらくして警備室から出てくる私。
エレベーターに乗って、慌てておりて、脚立を取りに警備室に戻る私。
しばらくすると、1階モニター奥の非常トビラの方からAがフラフラ歩いてきました。

“ 外から開けれないのに、どうやって入ったんだ?”

Aは警備室前までくると、必死にトビラを叩いていました。
何かに追われているように、必死に助けを求めているように見えました。

B「 おい!非常階段見に行くぞ!」

3人で1階非常トビラを開け、外に出ましたがAはいない。

B「 7階まで上がるぞ!」

 非常階段をあがっていくと、4階くらいでBが急に立ち止まり、下を覗き込みました。
そして下を指差しました。
 Aがいました。
2階の一部せり出した部分に、変わり果てたAが横たわっていました。


 その日、警察の現場検証が行われました。
7階非常階段の手すりから、乗り越えた時に付いたであろうAの指紋と靴跡が出ました。
私がモニターを見せながら説明していると、警察の方はどうも自殺のような処理に持っていくので尋ねました。

私「 あの?この女が突き落としたと考えないんですか?もしかして見えてませんか?」
警察「 ああ、これね。
こんなにはっきり映ってるのは珍しいんだけどね。
よっぽど怨みが強かったのかね。
でも明らかに生きてる人間じゃないでしょ?
捕まえようが無いし。」

警察から解放された時には、既にその日の夜勤の人が出勤してきていました。
 一通り引き継ぎを終え、Bと二人でビルを出ました。

B「 お疲れのところ悪いんだけど、少しつきあってくれないか?」
私「 ええ、大丈夫ですよ」

近くのい酒屋に入り、軽く飲んだ後、Bが話し始めました。
 AとBは、今の警備会社に勤める前も同じ職場にいたそうです。
実はあのビルの4階に、以前二人が勤めていた会社の事務所があったそうです。
 当時のある朝、Bが出勤してくると、給湯室で揉めているAと事務員を見つけたそうです。
Aは結婚していて奥さんがいましたが、その事務員と不倫関係にあったそうです。
 事務員はBの顔を見ると給湯室から飛び出して行きました。
ところが朝礼時間になっても、その事務員の姿がなく、朝に顔を見ていた他の社員達も不審に思い、全員で探したそうです。
ちょうど2階の一部せり出した部分で、Aが死んでいた同じ場所で直視出来ないくらいの惨状だったそうです。
 7階からの飛び降り自殺でした。
しばらくして、Aの奥さんは事故で亡くなりました。
みんな口には出しませんでしたが、誰もが事務員の怨念だと思ったそうです。
 その後、不況の煽りで会社は倒産、Bはこのビルの警備会社に知り合いがいたので、Aを誘って二人で警備員になったそうです。
 Bはそこまで話すと、一息ついて自分を責めるように言いました。

B「 俺が警備員に誘わなければ、Aは死ななかったかもな・・。」
私「 そんな事言わないでください。
そんな事言ったら、私は必死に助けを求めていたAを見殺しにしたんですよ?」
B「 いや、あの時、お前はトビラを開けなくてよかったんだよ。
モニター見ただろ。
あの時、トビラの外にいたのは生きてるAじゃなかったんだぞ。
もしもトビラを開けていたら、お前はAの魂と一緒にアイツに連れて行かれたぞ。」

私は背筋が凍りました。
 Bは深く溜め息をついた後、再び話し出しました。

B「 それにしても、女の怨みは凄まじいな。
Aのカミさんを殺して、Aまで自分と同じように殺したのに。
それでも怒りがおさまらず、逃げ惑うAの魂までも追い回すなんて。
やっぱり連れて行かれたんだな。
Aは俺のことを怨んでるかもな。」

 私はすぐに警備員のバイトを辞めました。
Bもそのうち辞めると言っていましたが、その後は分かりません。
 しばらくして、一度気になってBの携帯に電話してみましたが、現在使われていませんとのガイダンスでした。
無事でいてくれてればいいのですが・・。













童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しづめばこ 5月19日 P299

2014-05-19 20:15:14 | C,しづめばこ
しづめばこ 5月19日 P299  、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
下記のリンクに入ってください。(FC2小説)

小説“しづめばこ”



童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月19日 名士

2014-05-19 19:10:37 | B,日々の恐怖


     日々の恐怖 5月19日 名士


 彼女の実家がベッドタウンの住宅街にある。
1970年代後半くらいから人が集まり出した地域らしくて、彼女の実家も転入組だ。
だからPTAだとかパートだとか、習い事とかで知り合った人以外とはあまり面識がないってのが普通らしい。
 彼女の家のはす向かいの家から十字路をまたいだところに、すごく古い家があるらしい。
ベッドタウンになる前からそこに住んでいる人らしい。
 実際、表札にかかっている名字は、その隣町の地名にもなっている、
老舗の商店だとか、前の前の前の市長の名前とかに見られる、いわゆる地元の名士の一族らしい。
 でも、その地域のYさんの多くが、町の主要な施設や政治で華々しい活躍をされているのに対し、彼女の家の近所のYさんは何をしているのかも分からないし、記憶にある限りでは顔も見たことがない。
小学校入学前に転居してきて、もう今年で24年にもなるという。
 もしかしたら誰も住んでいないのかも、とも思ったが、夜になるとボンヤリと60ワットくらいの電球が灯っているのが見える。
それだけが、かろうじて在宅を知るてがかりだったわけだ。
 つか、24年間も近所の住人に顔も見られずに、食事だの銀行だの娯楽だのゴミ出しだのはどうしていたんだよ、と怪しい話だが、彼女の母親も地域の集まりや他の行事でも一切面識がないと言う。
家族構成がどうなっているのかも全く知らない。
 それが今年の6月、仕事が遅くなって夜の10:30を回った頃だ。
駅から家路を急いでいると、Yさんの家の前に人だかりができている。
野次馬が集まっているような感じではなくて、お客さんが大勢、もてなしてくれた家人に別れの挨拶をしているような様子だったらしい。
 十字路を照らす街灯の向こう側の暗がりに、礼服姿の男性、着物姿の女性が15、6人くらい玄関に向かって整列して、おじぎを繰り返していたらしい。
後姿だったんで顔は見えなかったらしいが、髪形からしてほとんどが中年かそれ以上の年齢に思えたとか。
 Yさんの家にお客さんか、珍しいな、と思いながら通り過ぎたが違和感がある。
玄関の戸はいつもどおり閉じられている。
つまりその集団は、誰に向かうでもなく挨拶を繰り返しているのだ。
 明かりは消えている。
Yさんの家の明かりは、9時を回ったあたりでいつも消えるのだ。
それに気づくと彼女は不気味に思って、見ないようにして足早に家に逃げ帰った。
 二階の自室の窓から恐る恐る十字路の方を覗き見ると、もうその人達はいなくなっていた。
思えば、あれだけの人数が揃って頭を下げていたのに、誰も一言も発していなかったように思えたとか。

 その一月後、金曜の夜に二階の自室の窓の外からヘッドライトの明かりが射した。
それがいつまでも消えないので窓の外を見ると、どうやら車がYさんの家の前で停まっている。
Yさんの家の明かりも点いていた。

“ またお客さんなのかな?”

と注意してみると、それは霊柩車だったらしい。
 急いで下の階に下りて、洋ドラを観ていた母親に、

「 お母さん、Yさんのとこ、霊柩車きてるよ。」

と伝えると、

「 あら、おかしいわね。」

と二人で二階の部屋に戻って窓の外を見ると、もう車は去っていたらしい。
そして、家の明かりも消えていたようだ。
 この話を聞いた時に彼女が聞いてきた。

「 でも変だよね。
霊柩車って、お葬式の後に家から火葬場に連れて行く時に使うんだよね?」
「 そうだよね、それに夜っておかしいよね。」

 夜中に霊柩車が家の前で数分だけ停車して、遺体を運ぶっていうのも妙な感じがする。
それに、今でもYさんのお宅には変わらず明かりが灯っているので、どうやら一人暮らしではなかったようだ。











童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月18日 八甲田山

2014-05-18 19:16:45 | B,日々の恐怖




   日々の恐怖 5月18日 八甲田山




 無人の別荘から深夜に119番があった。
5月17日午前0時すぎ、青森市駒込深沢にある別荘の固定電話から消防へ通報があった。
しかし、通信状態が悪く、電話の向こう側から声は聞こえなかった。
 一刻一秒を争う事態かもしれない。
青森消防本部は発信場所を特定し、消防署員ら10人が40分ほどかけて現場に到着した。
しかし、辺りは真っ暗で、家の中に人影はなく傷病者も見当たらなかった。
 現場は八甲田雪中行軍遭難事件があった地区で、木々がうっそうと生い茂る。
同本部通信司令課の担当者は、

「 何らかの原因で通報されたと思われるが、よく分からない。」

と困惑。
やむを得ず、誤報として処理することになるとしている。


      東奥日報社 2014年5月18日(日)10時42分配信













      八甲田雪中行軍遭難事件





 八甲田雪中行軍遭難事件は、1902年(明治35年)1月に日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が八甲田山で冬季に雪中行軍の訓練中に遭難した事件である。訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという日本の冬季軍訓練における最も多くの死傷者が発生した。
 救助活動は青森連隊、弘前連隊、更には仙台第5砲兵隊も出動した大掛かりな体制になり、延べ1万人が投入された。その後、生存者の収容の完了と捜索方法の確立と共に青森連隊独自で行った。
 救助拠点は、幸畑に資材集散基地、田茂木野に捜索本部を置き、そこから哨戒所と呼ばれるベースキャンプを構築、前進させる方法が取られた。哨戒所は大滝平から最初の遭難地点の鳴沢まで合計15箇所設営予定であったが、実際にはいくつかが合併され、11箇所の設置にとどまった。
 発見された遺体は、1体に数人程度をかけて掘り出して哨戒所に運搬した。余りに凍りついていたため、粗略に扱うと遺体が関節の部分から粉々に砕けるからであった。
哨戒所にて衣服を剥いだ後、鉄板に載せられ直火にて遺体を解凍し、新しい軍服を着せてから棺に収容して本部まで運搬した。
 水中に没した遺体は引揚げ作業が難航し、そのまま流されてしまうものが多数あった。そのため、幸畑村を流れる駒込川に流出防止の柵を構築し、そこに引っ掛かった遺体から順次収容して行った。
 しかし、雪解けで水量が増加したこともあり、柵を越え海まで流された遺体もあった。
発見された遺体は、最終的に5連隊駐屯所に運ばれ、そこで遺族と面会、確認の後、そこで荼毘に付されるか故郷へ帰っていった。
腐敗がひどく身元がなかなか判明しない遺体もあった。
最後の遺体収容は5月28日であった。


 と言うことで、この日までに忘れずに連れて行ってくれという電話だったのかも知れない。
残り10日である。














     営門の怪




 遭難事件から暫く経った頃、「中隊規模の一群が八甲田方面からやって来る」という噂が聯隊内に広まった。
その噂は津川聯隊長の耳にも届き、意を決した聯隊長は、衛兵の詰所に待機してその出現を待つ事にした。
 底冷えする夜、夜明け間近の事、血相を変えて飛んできた衛兵の報告を聞いた聯隊長は営門に急行(ラッパの音に混じって軍歌も聞こえたとの事)、そして今まさに姿を現さんかと思われた時、聯隊長は抜刀し闇に向って叫んだ。

「 雪中行軍隊の諸君よ、よっく聞け!
お前達は勇戦奮闘して見事な最期を遂げた!
今や無情雪裡の鬼と化すとも迷ってはならぬ!
お前達の死は無駄ではなかった!
軍装及び厳寒期の戦術には一大改革が施される事になったぞ!
来たるべき戦役に於いて未然に軍の損失を防いだその功績は大きい!
行軍隊員はみな靖國神社に合祀される事になったのだ!
迷うな、心安く眠れ!ここはお前達の来る所ではない!
帝国軍人として見苦しい振る舞いはこの聯隊長が許さんッ!
青森五聯隊の雪中行軍隊、回れ右!前へ進め! 」

と、号令をかけると足音はピタリと止まり、八甲田山に向って静かに遠ざかって行き、以来二度と現れる事は無かったとの事。

 上記の「来たるべき戦役」とは日露戦争の事である。
しかし、遭難事件から100年以上経っても、その足音が聞こえるという。
それはもしかしたら、未曾有の大暴風雪の中で非業の死を遂げた199名の栄誉を批判したり飯のタネにしている輩共のせいで、未だに成仏できないからかもしれない。













童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しづめばこ 5月17日 P298

2014-05-17 20:22:18 | C,しづめばこ
しづめばこ 5月17日 P298  、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
下記のリンクに入ってください。(FC2小説)

小説“しづめばこ”



童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月17日 写真

2014-05-17 19:22:59 | B,日々の恐怖


      日々の恐怖 5月17日 写真


 私が小学生の頃、通学路の途中に、子供たちから猿ジイと呼ばれる変質者が住んでいた。
変質者と言っても、年中寝巻きみたいな格好で、登校中の小学生の後ろをブツブツ言いながら、5メートルくらい離れてフラフラついていくという程度で、気味は悪いが実害はなかった。
赤ら顔で禿げていて、いつも前屈みだったから、猿ジイというあだ名で呼ばれていた。

 その猿ジイが、ある日を境に姿を見せなくなった。
クラスメイトたちは口々に、逮捕された、精神病院に行った、死んだ、などと噂していた。
私も猿ジイは気持ち悪いと思ってたけれど、持ち前の怖いもの見たさや好奇心で猿ジイが消えたことを少し残念に思った。
 猿ジイを見なくなってから1週間ほどたった日、当時一緒に遊んでいた友人3人に、

「 猿ジイの家に行ってみようぜ。」

と誘われた。
私は二つ返事で了解した。
 猿ジイの家は、学校から100メートルも離れていない場所にあった。
平屋の仮設住宅みたいなボロくて小さな家で、家を囲うブロックの塀と家との間に、バスタブや鉄パイプのようなガラクタが山済みになっていた。
 入り口の引き戸には鍵がかかっておらず、簡単に中に入ることが出来た。
今思えば、中に猿ジイがいるかも知れないのに、当時私たちは皆、猿ジイはもうこの家にはいないと思い込んでいた。
 それで、皆靴を履いたまま中に乗り込んだ。
家の中は狭く、1DKの安アパートのような感じ。
殺風景で、ガラクタで溢れる外とは打って変わってほとんど何もなかった。
 居間には布団をかけていないコタツ、古いラジカセ、灯油のポリタンクなどが無造作に置いてあり、隣のキッチンには小さな冷蔵庫がおいてあるだけ。
家電製品は全部コンセントが抜けていたと思う。
 何かを期待していたわけではないけど、あまりに何もないので私たちはガッカリした。

「 テレビも買えねーのかよ、猿ジイ。」

とか、

「 死体でもあればよかったのにな。」

とか口々に言いながら、家の中を物色した。
 すると、キッチンを見に行っていた友人が、突然、

「 うぉっ!」

と叫んだ。

“ どうした、どうした・・?”

と、皆がキッチンに集合した。
 叫んだ友人が指差す方向を見ると、冷蔵庫のドアが開いていた。
屈んで中を見ると、冷蔵庫の中には、黒いランドセルがスッポリと嵌るように入っていた。
 私は少しビビリながら、ランドセルを冷蔵庫から引っ張り出した。
ランドセルは意外にもズシリと重かった。
そして背(フタ)の部分には、刃物で切られたように大きな×印がついていた。

「 開けようか・・。」
「 開けるべ・・。」

私はランドセルを開け、中身を床にぶちまけた。
ノートや教科書、筆箱が散乱した。
 ノートには、『1ねん1くみ○○××』と名前が書いてあった。
教科書もノートも見たことのないデザインで、自分たちの使っていた学校指定のものじゃなかった。
 私は気味が悪くなった。
多分、皆同じ気分だったと思う。
黙りこくって、床に散らばったランドセルとその中身を見つめていた。
 私はその空気に耐えられなくなり、

「 猿ジイの子供のころのやつかなぁ?」

なんておどけながら、一冊のノートを拾いあげて、パラパラとめくってみた。
 丁度真ん中くらいのページに封筒が挟まっていた。
封筒は口が糊付けされていたけど、構わず破いて中に入ってるものを取り出した。
中身を見た途端に全身に鳥肌が立った。
 封筒の中に入っていたのは一枚の写真だった。
男の子の顔がアップになった写真。
男の子は両目をつぶって口を半開きにしていて、眠っているようだったけど、まぶたが膨れ上がってる上に、鼻や口の周りに血のようなものがビッシリこびりついてた。

「 やばいよ、コレ・・・。」

誰かがそう言った瞬間、突然、

“ ガタン!”

という音が風呂場の方から聞こえた。
 皆ダッシュで猿ジイの家を飛び出した。
勿論件の写真を放り出して私も逃げ出した。
そして、そのままその日は流れ解散した。
 申し合わせたように、猿ジイの家に行ったこと、あそこで見たものは皆二度と話さなかった。
私たちが猿ジイの家に忍び込んだ数日後、あの家は取り壊された。

 あれからもう12年たつ。
正直、あんなに怖い思いをしたのは、後にも先にもあの一回だけ。
 怖い出来事とも無縁の生活をしてきた。
なのに最近まで、すっかり猿ジイのことも猿ジイの家で見たものも忘れていた。
多分、無意識の内に忘れようとしていたんだと思う。
 それをどうして今になって思い出したのかと言うと、一昨日、引越しのために実家で荷物をまとめていた。
そしたら、しばらく使っていなかった勉強机の奥から出てきたんだよ、あの男の子の写真が。












童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月16日 勧誘

2014-05-16 18:55:55 | B,日々の恐怖



   日々の恐怖 5月16日 勧誘



 中学2年生の時の下校中、人通りの少ない道で、100mくらい先に人が二人立っているのが見えた。
自分の母親と同じくらいの歳のおばさんと、これまた自分と同じくらいの歳の私服を着た女の子。
だいぶ近付いた時に、ずっと俺をジロジロ見てる事が判り、ちょっと気持ち悪いなと思った。
そのまま通り過ぎようとすると、おばさんの方が話しかけてきた。

「 あなた○○中学?」
「 はあ・・・。」
「 2年2組のMさんって子、知ってる?」

Mという子は隣のクラスの女生徒で、本当は顔も名前も知っていたが、殆ど喋った事も無いような子だったので、知らない振りをした。

「 知らないですけど・・・。」
「 あら、そう・・・。」

話は終わりかと思ったが、おばさんと女の子は道を塞ぐようにして立っている。
 おばさんがカバンからゴソゴソと本を取り出した。
そして話は、“人類の幸福”やら“血の浄化”やら“祈らせて欲しい”やら、宗教的な話にシフトしていった。
 物凄く面倒臭くなってきたので、

「 ああ、僕そーゆーのはいいんで。」

と二人の間を割ってそのまま帰ろうとしたら、おばさんが強い力でオレの手首を掴んできた。

「 まあそう言わずに。」

おばさんが逃がすまいと手首を掴み、女の子の方が勝手に俺の額に手をかざしてくる。
 予想だにしなかった行動を取られて少し唖然としてしまうが、祈られたら負けだと思い、

「 こういう事を強要しちゃダメでしょ。
というか、僕本当に急いでるんで。」

と手を振りほどこうとするが、おばさんは手を離さない。
目がマジで、ほんのりゾッとする。

「 全然時間は取らないから、ね。
それにあなた達の血はね、とても汚れているの。」

初対面のおばはんに、何でそんな事言われなきゃいけないんだ、とイラついてくる。

「 いいって言ってんだろ!!」

と思い切り手を振って、おばさんの手を振りほどいた。
 おばさんはその反動で1mほどよろめいて、その場に尻餅を付く。
俺にはわざと自分から転んだようにしか見えなかった。
 そして、おばさんと女の子は暴力を振るわれたと不満な表情だったが、すぐに笑顔になり立ち上がりながら謝ってきた。

「 ごめんなさいね、ホントごめんなさい。」
「 いや、すいません、でも急いで帰らないといけないんで。」

そのまま二人に背を向けて家路に付こうとすると、10mほど行った所で、

「 気が変わったら、いつでもここへ来て、待ってるわ。」

と大きな声でおばさんが言うので振り返ると、二人は満面の笑みで手を振っていた。

“ ここへ来て、待ってるわって、通学路だし、この道は天下の公道じゃ!”

と思ったものの、無視してそのまま帰った。
 まあそれ以降、俺はその二人に会うことは無かったが、他の生徒も祈りを強要されたとか、1ヶ月くらい学校の間で話題に上がっていた。
そして、後から知ったことだが、2年2組のMさんは、その後すぐに転校していた。
その転校とあの二人に、何か関連性があったのかは分からない。













童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月15日 和太鼓

2014-05-15 20:12:08 | B,日々の恐怖



    日々の恐怖 5月15日 和太鼓



 8月初旬のことです。
夜中に我が家の次男15歳がリビングでいきなり歌い出し、私も主人も長男17歳もびっくりして飛び起きました。
 主人が、

「コラ!夜中だぞ!!」

と言い、電気を点けました。
 マンション住まいなもので、深夜の騒音は大迷惑になってしまいます。
長男も次男も小学生の頃から和太鼓をやってるのですが、そのとき次男は、舞台で着る藍染の腹掛けと股引き、頭にはちゃんと鉢巻を巻き、ご丁寧に地下足袋まで履いていました。
歌っていたのは、三宅島に伝わる『木遣り歌』です。
 『三宅木遣り太鼓』は三宅島のオリジナルにアレンジが加わった形で、和太鼓の曲として広く伝わるスタンダートです。
次男の所属するチームでは、『三宅』を叩く前に『木遣り』を歌うことがあるのです。
 次男は主人と長男で取り押さえようとしても構わず歌い続け、主人が口をふさいでも、まだもがもがやっています。
寝ぼけてるのかと思い、名前を呼んだり揺すったりしてもダメ。

「 ダメだ、とりあえず外に出そう。」

と、次男にタオルで猿轡をし、主人と長男が引きずってエレベーターに乗り、駐車場に走りました。
 急いで車を出し、次男はまだ歌い続けていましたが、騒音を気にしなくてよくなったことにとりあえずはホッとして、猿轡を解きました。
成り行き上、ハンドルを握っていたのは私でした。
どファミリーなミニバンのセカンドシートに、170、175、178cmの男が3人ぎゅうぎゅうに収まって、あたふたと夜逃げのように飛び出てきてしまったので、私はパジャマ、主人と長男はTシャツにトランクス1丁。

 どこへ行けばいいのか、どうすればいいのか、何が原因なのか、
思いつく限りの意見を出し合った末、主人が言いました。

「 病院だな・・・M(長男)、夜中もいける精神科、検索してくれ。」

『精神科』という言葉に、ちょっとドキッとしました。

「 携帯持ってこなかった・・・。」
「 俺も・・・。」
「 私も・・・。」
「 とりあえず携帯と着替えを取りに帰るぞ。
俺らは下で待ってるから、Mは家へ走って取ってこい。」

主人の言葉に長男もそれしかないと観念し、

「 家まで誰にも会いませんように・・・。」

とつぶやきました。
 その時、主人がぼそっと言いました。

「 こいつ、いつからこんないい声出るようになった?」

私は次男の異常な様子が心配で、ただオロオロしていましたが、主人に言われてよく聞いてみると、本当に心に染み入ってくるような声でした。
確かに次男の声なのですが、何と言うか、伸びだとか節回し?が、急にうまくなっている感じでした。
それからもしばらく歌い続けていましたが、ふいに次男の歌がやみました。

「 R(次男)!?」

名前を呼んでみましたが無反応。
きりっとした顔のまま、正面を見据えています。
かと思ったら、すっと自分の手を見て、握ったり開いたりし始めました。

「 バチ!これから打つんだ!」

長男が叫びました。

「 バチも持ってこよう!」

みんな口には出しませんでしたが、何か科学で説明できない事態が起こってると、このあたりから感じていました。

主人「 M、塩も持ってこい。」
長男「 塩・・・どうするか知ってんの?」
主人「 かけたらいいんじゃないか?」
長男「 まじかよ・・・。」
主人「 コンビニで線香も買おう。」
長男「 コンビニで売ってんの?」

沈黙・・・。
ものすごい不安ではりさけそうでした。
 マンション前に着き、長男が意を決したようにTシャツトランクスで走っていきました。
その後ろ姿に、緊急事態の真っ只中だというのに主人がゲラゲラ笑い出し、私もつられて笑いました。

「 よく考えたらめちゃくちゃ笑えるな、これ。」

Tシャツトランクスの父と長男が、ばっちり衣装の次男に猿轡をかませて引きずり、付き添うパジャマの母。

「 ものすごい怪しい家族だぜ。」

笑いがとまらなくなってしまいました。
すると、それまで険しかった次男の表情が、少し柔らかくなった気がしました。
主人は、

「 大丈夫。とにかく今は深夜だし、朝になったら考えたらいい。」

と、何か達観したような様子でした。
もちろん不安でいっぱいでした。
このまま本来の次男が戻ってこなかったらと思うと、こちらの方がおかしくなりそうでした。
それでも一瞬和ませてくれた主人に、とても感謝しました。
 しばらくして、長男が荷物を持って戻ってきました。

「 まだバチ出すなよ。ここでやられたら殴られる。」

主人がジーンズを穿きながら言いました。
私は助手席に移動し、主人の運転で再び走りだしました。

「 Rの部屋に入ったら、Tシャツキレイにたたんで置いてあったよ、有り得ねぇ。」

長男はそう言いながら、携帯で塩の使い方を調べていた。
 思いがけず、久しぶりに家族(+1?)でドライブとなりましたが、ある国立公園にたどり着きました。
我が家からは30分ほど山に登ったところにあり、ちょっと名の知れた滝や、秋は紅葉目当てで、観光客がやってくる自然の中です。
 もちろん、そんな深夜ですから、駐車場に他の車はありません。
まずは主人と私が車を降り、次男も長男が促すと降りてきました。
長男が次男に持ってきたバチを渡し、自分もバチを持ち、滝の音がゴウゴウと遠くから聞こえる方を向いて立ちました。
 まず長男が歌い出しました。それに次男がかぶせるように追いかけます。
歌い終わると長男はすっと座り、次男は腰を低くして構えます。
『三宅』は太鼓を真横に置いて、両側から低い姿勢で打つのです。
長男の地打ち(ベース)が始まり、次男がゆっくりと振りかぶり打ち下ろす。
 もちろん太鼓はありませんが、ドーンという響きを感じたような気がしました。
だんだんとペースが上がり、お互いに掛け声をかけながらエア太鼓は続きます。
長男と次男の『三宅』を初めて見たわけではないし、
 ところ構わず始める次男の素振りは、それこそしょっちゅう見ているのに、なぜか涙がとまりませんでした。
たぶん、次男の中の人にとっては、最後の『三宅』だと感じていたからだと思います。
 ようやく打ち終わり、2人が立ち上がりました。
次男はまず長男に、そしてこちらを向いて深々と頭を下げました。
顔には涙がぽろぽろと落ちていました。
しばらく泣いて、やがて、

「 兄ちゃん。」

と言いました。

「 Rか?」

と聞くと、泣きながらも頷きます。
心底ほっとしました。
塩も線香(売ってた)も出番はありませんでした。
 次男は部屋で着替え始めたことも、リビングで歌い出したことも、その後のことも全部覚えていました。

「 でも、俺がやったんじゃない。」

それはそうでしょう・・・次男もそこそこ打てるようになったとは言え、あの美しいフォームは、次男のそれとはあまりに違いましたから。
どこの誰だったのかは分からないらしいです。
ただ、

「 最初は悲しかった。
でも、打ち出したら嬉しかった・・・と思う。
怖かったけど、嫌な感じはしなかった。」

だそうです。
 念のため、翌日私の実家に連れて行き、近所のオガミさんに見てもらいました。

「何もない。キレイなもんよ」

と言ってもらい、やっと本当に安心しました。

「 満足して行ってるはずや。無念が晴れたんじゃろ。
ただし、まだR坊に大きな疲れが残っとる。
命が疲れとる。
ゆっくり精神を休ませなあかんよ。」

と、お守りをいただきました。
 それはオガミさん特製のちりめんで出来た小さな袋に、勾玉のような綺麗な色の石が入れられた物でした。
長男は、

「 なんでRより打てる俺じゃなかったんだろ?」

と言ってましたが、オガミさんは、

「 相性もあるし、M坊よりR坊の方が単純やしのぉ。」

と笑ってました。
 次男は、

「 達人に貸してから体の使い方がちょっと分かった。」

と言い、日々素振りに余念がありません。
何かコツをつかんだのかもしれません。
 終始慌てふためいていたため、後から思うと何やらおかしいことになってますが、その時は次男を失うのではと、この上ない恐怖でした、当の本人は今日もノンキに登校しましたが。












童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しづめばこ 5月15日 P297

2014-05-15 20:11:34 | C,しづめばこ
しづめばこ 5月15日 P297  、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
下記のリンクに入ってください。(FC2小説)

小説“しづめばこ”



童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月14日 仮住まいのアパート

2014-05-14 19:11:07 | B,日々の恐怖




    日々の恐怖 5月14日 仮住まいのアパート




 もう7年前、まだ俺が学生だった頃の話です。
入学した時から半年近く住んでいたアパートが、どうも不動産屋のミスで二重契約状態だったらしく、裁判になって俺は期限内に出て行かないといけなくなってしまった。
不動産屋が菓子折りもって謝りに来て、期限内には必ず条件に合う空き部屋を探すと言っていたのだが、タイミングが悪かったのか運がなかったのか、どうしても条件に合う場所が見付からず立ち退き期限が来てしまった。
 不動産屋も相当焦っていたんだと思う。
ほんとにギリギリになって、

「 とりあえず1ヶ月以内に見つけるからひとまずここに臨時で住んでほしい。」

と、とても俺の家賃じゃ住めないような賃貸マンションを紹介された。
つくりは少し古くて恐らく築20~30年くらいは経っていそうだが、部屋は2つあるし風呂とトイレも別でかなりいい場所だった。
 俺はあまりにも都合のいい話で当初事故物件を疑ったのだが、不動産屋が言うにはそういう事もなさそうだ。
ただ、夜中は少し治安が悪いので外出はなるべく控えてほしい、と念を押された。
俺は、

“ 近くにヤクザでも住んでるのかな?”

と考えたが、まあ1ヶ月程度の事だし、ほんとにヤバければ友達の所に居候でもすればいいだろうくらいに軽く考えていた。
 が、入居してすぐにここがヤクザがいるとかDQNがいるとか、そういう“ヤバさ”の場所ではないことに気が付いた。
 色々あったので箇条書きにすると、

・入居して2日目くらいに気が付いたのだが、他のフロアには人が住んでいるのに、俺が入居したフロアにはどうも俺以外に住人がいない。

・ある日エレベータで自分の部屋にあるフロアについたらネコの鳴き声がする、どうも非常ベルのついた消火器とかの入っているスペースからするようなので、閉じ込められているのかと中を見たが何もいない。

・2~3日に1回、深夜天井から何かをズリズリと引き摺るような音がする、最初上の階の住人の生活音か何かだと思っていたが、どうも天井裏からしているらしい。

・エレベーターから俺の部屋のあるフロアに降りると、突然強烈な視線を感じる事がある。もちろん周囲を見回しても誰もいない。

・朝目を覚ますとベランダにスーツ姿の男の人が立っているのがカーテンの隙間から見える。何事かと思ってカーテンを開けると誰もいない、ベランダに出てみると革靴が揃えておいてあり、“おいマジかよ”と下を覗きこんでも人が落ちた痕跡は無く、目線を足元に戻すと革靴も消えている。

・これは何度も目撃したのだが、ハイヒールが靴だけでフロアを歩き回っている、しかも昼夜を問わず。

・出かけて帰ってくるとバスルームに水が溜まっていたり、強烈に香水の臭いが残っていたりする。

・時々エレベーター横の階段から女の人の笑い声が聞こえる、しかも普通の笑い声じゃなくてなんか狂ってるような。

・週末の夜中の3時頃になると必ず外からベチャ…ベチャ…となんか変な足音?が聞こえる。

・部屋で電話をしていると、混線してなんかうめき声のようなものが聞こえてくる事がある。


 そんな状態が続くので、流石に1週間目に不動産屋に苦情の電話を入れたら、

「 ほんとうに申し訳ない、深夜に外に出なければ実害は無いはずだからもう暫らく我慢してほしい」

とお茶を濁された。
 まあ俺も実害はなさそうなのは解っていたし、あと2~3週間の辛抱と考えていたし、元々こういう事には楽観的なほうなのでとくに気にしていなかったが、ただ、2回だけガチでビビった出来事があった。


 夜中にトイレに行ったら玄関におばあさんが座っている。

“ カギはオートロックのはずだが・・・。”

ビビりまくった俺が、

「 あのー。」

と声をかけるとお婆さんが、

「 お爺さんを待ってるんです、ここにいますよね。」

と聞いてくる。
 いないと答えても、ニコニコしながら頑なにここで待つといって聞かないので、埒があかないしとしょうがないから110番通報して連れて行ってもらう事にした。
 暫らくしたら警察が来てお婆さんを説得して外に連れ出してくれたのだが、ドアを閉めたとたんにドアが物凄い勢いで何度も叩かれ、

「 お爺さんをかえせーーーーー!」

と絶叫された。
 びっくりしてドアを開けたら白目剥いたおばあさんが警官3人に取り押さえられていた。
あのときのお婆さんの物凄い形相は今でも忘れられない。


 もう一つはようやく入居できるアパートが見付かったと不動産屋から連絡があった日の事だ。
日曜で学校もなく、不動産屋から連絡がきたあと何となく荷造りをしていたら、玄関からガサガサと音がする。

“ なんだ?”

と玄関へ行ってドアを開けてみると、30cmくらいのダンボール箱が置いてある。
 不審に思いながらも中に入れて箱を開けてみると、かなり汚い木彫りの人形ぽいものが入っていて、裏にサインペンか何かで、

『幸せになれる人形』

と殴り書きされている。
 気味が悪いので人形を箱に戻して玄関の外に出し荷造りを再開していると、また外からガサガサと音がする。

“ 今度はなんだよ・・・。”

と思いながらまたドアを開けると、さっきの箱の上に紙が置いてあり、

『幸せになれましたか?』

と書かれている。
辺りを見回しエレベータや階段のほうも見てみたのだが、誰もいる気配が無い。
 この頃になるとこのマンションの異様な出来事にもそこそこ慣れてきていた俺は、

“ ああ、またか・・・。”

と思いながら特に気にせず荷造りに戻ったのだが、今度はトントンとドアをノックする音が聞こえて来た。
 最初無視していたが、何度もしつこいので玄関をあけて怒鳴ってやろうとしたが、ドアノブに手をかけたところでやめた。
なぜかというと、上手く説明できないのだがドアをはさんで何かすごく嫌な気配がする。ほんと上手く説明できないのだが、全身がざわざわすると言えば良いのか、なんかそんな感覚。
 それでも外は気になるし、恐る恐るドアスコープから外を覗いてみたら、20代前半~中盤くらいの女の人が立っている。
ただし、全身ガリガリに痩せていて髪の毛はボサボサ、両手に包帯巻いていた。

“ うわッ!?”

とドアスコープから目を離そうとしたら、そいつがドアスコープに顔を近づけくっきりとクマのある血走った眼で覗き込み、

「 幸せになれたよね?なれたよね?」

と聞いてきた。
 その行動にフイを突かれた俺はびっくりして後ろへ倒れ、暫らく放心していたんだが、そいつは多分それから1時間くらいずっとドアに張り付いて、

「 幸せになれたよね?」

と質問し続けていた。
 声が聞こえなくなってから更に1時間くらい様子をみて、ドアスコープから様子を見てみたのだが、女の人はいなくなり人形の入った箱も消えていた。


 その後俺はこの事件から2日後にこのマンションを引き払い、ちゃんとしたところに住む事ができるようになった。
ちなみに、不動産屋にはこの事を全部話してどういう事なのか聞いてみたのだが、不動産屋も詳細は知らないという。
 そもそも、おかしな出来事が頻発するようになったのもつい2年ほど前からで、元々は変な噂も自殺者が出たとか殺人事件があったとかそういう曰くのある場所でもないらしい。
 ただ、ある日を境に突然あまりにも異様な出来事が頻発するようになり、あのマンションのあのフロアに入居していた人達は半年もたずに皆逃げ出し、新しく入った人達もすぐに次々と出て行ってしまって今にいたるとの事だった。
だから俺のようなよほど切羽詰ったケースでも無い限り、現在は入居の募集すらしていないのだそうな。
 ちなみに夜中に外に出るなと警告したのは、俺の前にあそこに入居した人が深夜“何か”に追い掛け回され階段から転落し、結構な重症を負ったからだと言っていた。
“何か”と抽象的なのは、怪我した本人の証言があまりにも支離滅裂で意味不明だったので、結局正体がわからなかったかららしい。

以上で俺の話は終わりです。


 ちなみに、不動産屋から紹介されたアパートは特に何も無い普通のアパートで、色々迷惑かけたからと家賃も少し安くしてもらえたし、卒業まで普通に快適に過ごす事ができた。
それと例のマンションなのだが、2年前に近場を通る事があったので寄り道して行ってみたら、完全に取り壊され駐車場になっていました。












童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月13日 トイレ

2014-05-13 19:42:41 | B,日々の恐怖



     日々の恐怖 5月13日 トイレ



 俺は20代前半の頃、ある有名メーカーの工場に勤めていた。
その工場のトイレでの体験談。
その工場にはいくつもトイレがあるのだが、1つだけ全く使われていないトイレがあった。
 そのトイレは2階建ての工場の2階の北側にあり、俺はそのトイレがある2階フロアで仕事をしていた。
同じ2階フロアで働いている従業員は皆、フロア南側にあるトイレを使用していた。
どんなに行列が出来ていても、南側だけしか使用しなかった。
 休憩の時間、その工場に入って間もない俺はいつもの話し相手、勤務年数15年のおじさんになぜ皆、北側のトイレを使わないのかと訪ねた。

「 あそこは出るんだよ。」

普段は気さくで冗談ばかり言うおじさんが真面目な顔で、そう答えた。

「 またまた~、いつもの冗談でしょ~?」

みたいな感じで返すと、

「 あそこの便所だと糞のキレが悪ぃんだ!」

と、笑いながら答えた。

“ やっぱりいつもの冗談だ。”

真面目な顔で言うもんだから一瞬は本気にしてしまったが、いつもの冗談だった。
 休憩の時間が終わり作業に戻ろうとした時、

「 でもホントにあそこの便所には近づかねぇ方がいいぞ。」

そのおじさんが、さっきよりも真面目な顔で言った。

“ いい歳したおっさんが真面目な顔して何言ってんだか。
はいは~い。”

ってな感じで、空返事をして作業へ戻った俺だったが、作業中もずっとあのトイレの事が気になっていた。


 ある日の朝の事だった。
出勤して作業着に着替えていた時だった。
突然の腹痛に襲われた。
 トイレに行こうと思ったのだが、更衣室がある1階のトイレは更衣室からは結講な距離がある為間に合わない。
階段を登ったすぐの所にある、2階南側のトイレの方が近いということでそこへ向かう事にした。
 着いたは良いが、個室が全て埋まっていた。

“ これはヤバい。
いい歳して漏らしてしまう。”

切羽詰まった俺は、無意識に例の北側のトイレに向かっていた。
その時、おじさんの言葉を思い出したが、そんな事を言っている場合では無かった。
 北側のトイレに着くなり、猛ダッシュで一番手前の個室へ。
なんとか間に合った。
用を足し終え、さっきまでは必死だったので気付かなかったが、この個室、やけに暗い。
蛍光灯は点灯しているものの、トイレに駆け込んだ時と違い、やけに暗い。

“ 気のせいか?”

と思いつつ、ズボンを上げトイレを出ようとした時だった。

“ カラカラカラカラ・・・。”

誰か入って来たらしい。

“ ジャァァァァァ、バタンッ!
シュコシュコシュコシュコ。”

ブラシで床を磨く様な音がする。

“ 掃除のおばちゃんか?”

俺は水を流し個室を出ると、そこには清掃員用の青い作業着を着て白い三角巾を付け、マスクをした背の低いおばちゃんがブラシで床を磨いていた。
そのおばちゃんに、

「 おはようございます。」

と挨拶をすると、おばちゃんは、

「 おはようございます。」

と、マスクで顔は覆われているものの、笑顔で返してくれた。
その時見えたネームプレート。
「K」と書いてあったのを覚えている。
朝礼が終わり、俺は作業に取り掛かった。
 休憩の時間、いつものおじさんと話をしていた。
今朝、北側のトイレ使った事を話した。
するとおじさんは、

「 なんかおかしな事は無かったか?」

と、真面目な顔で聞いてくる。
 特におかしな事は無かったとは思うが、やけに個室が暗かった事と、掃除のおばちゃんに挨拶をしたと答えると、

「 お前、よくそんな状況で糞したな。」

と。
どういう事か訪ねると、

「 そのKっていうおばちゃん、もうこの世にはいねぇよ。」

“ は?”

って感じの顔をしてると、おじさんは続けた。

「 あのトイレの個室で自殺したんだよ。首吊って。
しかも、お前が使った一番手前の個室でな。」

またこのおじさんは適当な事ばっか言いやがって。
悪い冗談はよしてくださいと言うと、

「 いや、これはホントの話だ。
そのKっていうおばちゃんの事もよく知ってる。」

と、寂しい表情で語り始めた。
 おじさんの話によると今から8年前、そのKさんって人はこの工場の清掃員として働いていた。
おじさんはよくKさんと雑談をしていたらしい。
 雑談をしていた時だった。
Kさんが急に泣き出したそうだ。
おじさんが、

「 何があった?」

と聞くと、旦那からDVを受けているとの事だった。
毎日が地獄のよう、死にたい等と話していたという。
 おじさんは、それは警察に通報した方がいいと言ったのだがKさんは、

「 そんな事したら旦那に殺される。」

と、言ったそうだ。
 それから数日後、今まではDVを受けていたなんて見た目では解らなかったのだが、顔に痣を作りながら清掃するKさんの姿があった。
日に日に増える痣。
 Kさんはそれから程無くして、マスクをするようになった。
おじさんは毎日声をかけていたのだが、Kさんは無理した笑顔で会釈をするだけだったらしい。
そして、事件が起きた。
 ある日の朝、例の北側のトイレで用を足そうとした従業員が発見してしまった。
一番手前の個室で首を吊って死んでいるKさんを。
 しばらくの間、北側のトイレは使用禁止になっていたらしいが、いつの間にか禁止が解かれていたそうだ。
それからの事だった。
北側のトイレにて幽霊が目撃されるようになった。
 清掃員用の青い作業着を着て白い三角巾を付け、マスクをした背の低いおばちゃんが清掃をしている。
ネームプレートには「K」。
 あまりにも目撃されるので、何度かお祓いもしたらしいが、全く効果無し。
そこからは誰も北側トイレに近づく事は無かった、清掃員すらも。
 しかし不思議な事に、誰も清掃していない筈のそのトイレ、なぜが常に綺麗な状態だという。

「 Kさんが毎日掃除してくれてんのかもしんねぇなぁ。」

おじさんが笑いながらそう言った。
俺は何となく、悲しくもいい話だと思った。

「 あ、そうそう・・・。」

おじさんが続けた。

「 あそこで死んだの、Kさんだけじゃねぇんだ。」
「 は?」
「 Kさんが死んでから3年くらい経った頃かなぁ。
従業員もあそこで首吊ってんだよ。」

 おじさんの話によると、その従業員(男性)は相当ギャンブルにハマっていたらしく、給料が出たら全額突っ込んでは借金を繰り返していたという。
その借金を苦に、Kさんと同じ北側のトイレ、一番手前の個室で首を吊ったらしい。
 目撃談にはKさんの幽霊の他に、首を吊った男性の幽霊の目撃談もあった。

「 お前さっき、やけに個室が暗かったって言ってたよな?」

と、おじさんがニヤけながら言った。

“ やけに暗かったのって、まさか・・・。”

 俺はその日から、北側のトイレを使う事は無くなった。
死人が2人も出てるのに、なぜ使用禁止が解かれたのかおじさんに訪ねたが、それは解らないとの事だった。
 俺があの工場を辞めて数年。
北側のトイレは、今も存在しているのだろうか。
未だに目撃されているのだろうか。













童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

しづめばこ 5月13日 P296

2014-05-13 19:42:17 | C,しづめばこ
しづめばこ 5月13日 P296  、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
下記のリンクに入ってください。(FC2小説)

小説“しづめばこ”



童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月12日 骸骨くん

2014-05-12 18:18:11 | B,日々の恐怖



    日々の恐怖 5月12日 骸骨くん



 東京23区内に住む友人から聞きました。
その友人の弟さんの経験談です。
 その地区の弟さんと同年代の男子は、小学生時代のある一時期、骸骨の男の子とよく公園で遊んでいたらしい。
骸骨は痩せ細った様の比喩でなく、そのまま骨格標本の如き骸骨という意味。
ちなみに服は着ていたとのこと。
 この手のものって、創作にしても夕方以降に出るのがセオリーだと思うんだが、普通に昼間遊んでたそうな。
放課後だから夕方に近いと云えば近いけど、少なくとも黄昏時ではない。

 で、その骸骨くん。
外見以外はごく普通の男の子で、公園で遊んでいる間は、子供達も特に恐怖を感じたりはしなかったという。
初対面時はぎょっとしたが、何かこう、そういうものとして受け入れたそうだ。
 そんな訳で、骸骨くん出現後も、子供達は公園に通い続けた。
それが、何度目だかに、日が暮れ始めたから帰ろうという時になって、骸骨くんがもっと遊びたいと言い出し、 親が心配する、と断って帰ろうとする弟さんについて来てしまった。
 そこで初めて弟さんは少し怖くなったらしい。
なんとなく家に入れたら不味いんじゃないかと感じたそうだ。
結局、骸骨くんはマンションまでついて来たが、急に家に上げることは出来ないと説明し、弟さんはマンションの中に駆け込んだ。

 入り口がオートロックタイプではなかったため、部屋まで着いて来るのでは、と心配したが、幸い杞憂に終わった。
ただ、自室に入る前に、廊下からこそっと下を覗き込んでみたところ、まだ入り口でうろうろしていたとの事。
 そのマンションは入り口に、防犯用の赤外線センサー?が取り付けられているそうで、どうもその付近から先には進めないようだった、という話。
つまり骸骨くんは、弟さんの迷惑を考えて入るのを遠慮した訳ではなく、センサーに阻まれ“入りたいけど入れない”状態だったらしい。

 夕暮れ時ってのもあいまって、流石にその様子を不気味に感じた弟さんは、その日初めて家族に骸骨少年の話をした。
友人一家は空想か何かだと思い、その時は弟さんに適当に話を合わせたが、いくらもしないうちに、ご近所で同種の話を耳にするようになって驚いた。
弟さん以外にも、骸骨少年について来られた子がいた訳だ。
 ここに来てようやく怖くなってきた子供達が親に打ち明け、その話を子供の想像力の産物と捉えた親が、笑い話として他の親に話したり、子供の怯えぶりを心配してご近所の父兄に相談したりして、結果、“何だかよく判らないが、うちの子だけの空想話では済まないようだ”という話になった。
 勿論、大人達は子供の話をそのまま信じた訳ではないが、とにかく子供達が怖がっているのは事実なので、パトロールをしてみたり、

『 こういう噂があります、不審者に注意。公園で子供を遊ばせないように。』

というようなチラシも、回覧板で廻された。
地元の学校でも、公園で遊ばないよう児童へ注意があったという。

 ちなみに、目撃者・遭遇者は小学生以下にほぼ限られ、当時中学生だった友人も、“自分自身では見ていないし、 大人達の中にも見た人は居なかったと思う”とのこと。
 友人の知る限りという限定付きだけど、骸骨少年について来られた子は、ほぼ全員マンション住まいか、閂つきの門扉がついてるお宅の子で、玄関先まで来られてしまったパターンは、幸いにして無いという話だった。
そういう家に住んでない子の例も少数あったらしいが、知り合いの住むマンションに駆け込んで事無きを得たとか。
 従って、センサー・閂無しの場合や、家に上げるとどうなるかは不明。
赤外線センサーがあると何故駄目なのかも不明だし、そもそも、本当に赤外線センサーが駄目だったのかどうかも実際は不明。
 また、骸骨少年は単に遊びたいだけのようで、家に上げなかったことで、その後恨まれた、危害を加えられた、といった話は皆無。
正体も、公園との因果関係も、その後出没しなくなった理由も不明。
結局、いつの間にか目撃談はなくなって、自然と事態は収束した。

 一応当時の大人達の感触としては、子供達の狂言とは思えなかったとの事だけど、一種の集団ヒステリーだったのかなあ、という気もする。
ただ何か、夕暮れのマンションの前でうろうろする骸骨少年とか、当たり前みたいに骸骨と遊んでて、後からじわじわ恐怖を味わっただろう子供達の心境とか考えると、

“ 不明部分は不明のまま、こういう騒ぎが昔あったのだけは確かだけど、見てないから骸骨話が本当かどうかは判らない。”

てスタンスで友人が話してくれたので、何か余計に不気味だった。
友人曰く、“地元民なら回覧廻ったくらいだから覚えているはず”との事です。













童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の恐怖 5月11日 ミニカー

2014-05-11 18:30:17 | B,日々の恐怖


    日々の恐怖 5月11日 ミニカー


 まだ最近のこと。

ヤフオクにミニカーを出品している。
ある出品に質問が届いた。

原文のまま
『はじめまして、このミニカーを****円でお譲り頂けませんでしょうか?
 子供の一番のお気に入りだったのですが無くしてしまい困っております。
 どうしても直ぐに必要なので即決でお願いします。mail』

金額的にも妥当だったのでOKの連絡をすると、即振込みがあり返信。

原文のまま
『ありがとうございます、振込み完了しました、それと無理なお願いですが明日には必要な為即発送をお願いします。
 実は子供が亡くなって一緒に入れてやりたいのでお願いします。』

それを見て、急いで郵便局に持ち込みました。

 数日後、その小包がそのまま返送されていきた。受取人不明。
急いでメールするが連絡つかず、ヤフオクのIDを見ると削除されていた。
何気なく郵送先の住所を検索すると、火事で父と子が亡くなった記事にヒット。
そして小包を開けると、すすが薄く付いたミニカーが出てきた。
どうしたらいいのか分からず、すごく困った。










童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

☆童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。

-------大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ-------