日々の恐怖 9月25日 姉貴
僕が中学に入ったばかりの頃、仔犬がうちに来ました。
母の知人のところで仔犬が何匹か生まれて、1匹もらってくれないか、って話で。
仔犬が来る日、かぎっ子だった俺は学校が終わったら寄り道もしないですぐに帰宅し、母がパートから仔犬を連れて帰ってくるまでワクワクしながら待ってました。
夕方になって母が連れて帰ってきた新しい家族は、まだ足が滑ってしっかり立つこともできずにふるふると震えている、
本当にまだ犬の姿になったばかりの、小さな小さな子でした。
白いから“シロ”。
名付けたってほどじゃなくて、いつのまにかそう呼んでました。
もちろん僕も可愛がってはいたんですが、僕よりも母がものすごく可愛がってました。
元々足の骨がしっかりしてて、父が、
「 こいつ多分けっこう大きくなるんじゃないか?」
と言ってたんですが、父の予想通り1年もすると中型犬と大型犬の間ぐらいまでに成長してました。
少し遠い私学に通っていた僕は部活で遅くなることも多く、ちょうどその1年ほどの間、土日しか散歩に連れて行ってなくて、平日は両親が一緒に散歩に行ってました。
シロの食事も僕の帰宅前に母があげていたこともあって、1年が経った頃にはシロの中で僕の地位は、母>父>自分>僕 になってました。
つまり僕を弟分として認識していたようで・・・。
おかげで僕の言うことなんか全然きくわけもなく、完全に対等な感じでした。
母が帰宅したときには玄関まで行って、尻尾なんて4~5本に見えるぐらいの勢いで、ぶんぶんぶんぶん振り回しての盛大なお出迎え。
僕が帰ると、いつもの座布団で寝そべったまま、尻尾をパタパタ。
「 お前もうちょっとちゃんと出迎えしろよ。」
って言うと、
「 ふぅ。」
なんて鼻で溜め息つかれたりして。
一応尻尾はパタパタ振りながらでしたけど。
でも、やっぱり弟分として嫌われてはいなかったようで、学校で少しいじめられてた時期があったんですが、落ち込んで部屋でぼーっとしてたらトコトコやってきて、僕の腕のところに顔を乗せてじっと僕を見つめてたり、ベッドで横になってたらそっと寄り添って寝ててくれたり、そんなこともよくありました。
彼女にとっては“できの悪い、でも可愛い弟”だったんでしょうね。
やがて高校、専門学校と進んで就職も一人暮らしもして、彼女もできて一緒に住んだりして実家に帰ることも少なくなり、シロと顔を合わせることも滅多になくなってました。
たまに帰ると、いつも通り寝そべったままパタパタ。
そしてシロがうちに来て15年。
犬としては長寿ってほどじゃないけど、そろそろおばあちゃん、体も弱ってきて、散歩にも行きたがらない事が多いとか、食事の量が減ってきたとか、たまに母から電話があると、シロのことを心配してよくそんなことを話してました。
その頃から両親は、もうそう長くはないのかも知れないと感じていたようです。
それから半年ほど経ったある日、母から、
「 あと何日ももたないかもしれない。」
と電話があり、あまり切迫感もないままとりあえず週末に実家に帰りました。
玄関のドアを開けると、そこにシロが寝てました。
もう動くこともままならず、それでも昔のように尻尾だけはパタパタと振ってくれて。
びっくりして涙が出そうになるのをガマンして、
「 ただいま。」
と言いながら頭を撫でると、相変わらず尻尾パタパタしながら目だけで、
「 おかえり。」
みたいな。
もう食べることもできず、そのままでは床擦れになるのでたまに向きをかえてやるぐらいしかできなくて。
でもたまに、クゥゥって鳴いたときにスプーンで水を飲ませてやると、目を細めてました。
夜中2時ごろまでそうしてて、少し眠くなったので部屋で寝て、朝玄関に行くと、もうシロは冷たくなっていました。
両親はぼろぼろ泣いてぐちゃぐちゃになってましたが、僕は実感がわかず涙も出ませんでした。
ただ、もっと僕が散歩連れてったり、ご飯あげたり、色々してやればよかったな。
そんなことをぼんやりと考えてました。
あんまり実家帰ってなかったし、きっと俺の印象薄かっただろうなぁって。
翌日、ペット霊園にお願いしてシロとお別れしました。
やっぱり僕は泣けなかったけど。
その日の夜、少し早めに布団に入ったんだけど、眠かったわけでもないのでぼーっとしていました。
冬だったので寒くて頭まで布団の中にもぐって、ぼけーっと。
トットットッ・・・と足音が聴こえました。
人間の足音でないことぐらいわかります。
でも、もちろんすぐに“シロだ”とは思えず、“猫が入ってきたのか・・・?”とか“空耳?”とか色々ぐるぐる考えてました、って言っても一瞬だけど。
そしたらお腹の辺りにもたれかかる感じがして、すぐ太ももの辺りにパタパタ・・・って。
“あ、シロだ!”と思ったけど、なぜかそのままじっとしてました。
しばらく重さだけの感覚があって、その後あの鼻で溜め息が聴こえて、たまらなくなって顔を出したら頬にペロッと。
その途端、お腹の辺りに感じてた重さも、尻尾のパタパタもフッと消えて、何もなかったような一人きりの静けさが戻ってきました。
“ あ・・・、お別れに来たんだ・・・。”
そう思ったら、いきなり涙がぼろぼろ流れて止まらなくなりました。
シロの生意気な仕草や、落ち込んでる僕を優しく見守ってくれてたのが、そういう色んなことが一気にあふれてきて、声を上げてぼろぼろ泣きました。
ありがとう、あんまり会ってなかったけど、できの悪い弟を最後まで心配してお別れに来てくれたんだよね。
ちょっと偉そうだけど優しい姉貴がいたこと、ずっと忘れないよ。
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