フィラデルフィアからワシントンDCに向かう途中にあるアーリントン国立墓地に立ち寄りました。
1864年南北戦争の戦没者ために建設され、その後、種々の戦争の戦没者やアメリカの国民的英雄などが埋葬されている国立の墓地です。なお、独立戦争の戦没者も埋葬されています。
フィラデルフィアからワシントンDCに向かう途中にあるアーリントン国立墓地に立ち寄りました。
1864年南北戦争の戦没者ために建設され、その後、種々の戦争の戦没者やアメリカの国民的英雄などが埋葬されている国立の墓地です。なお、独立戦争の戦没者も埋葬されています。
前項で世界の自由のシンボルになっていったと紹介しましたがアパルトヘイト廃絶の闘士、南アフリカ初代黒人大統領ネルソン・マンデラ(1918~2013)が1993年ここを訪問しています。そのときの言葉が残されていますが、写真ではその字が見難いので転記します。
The Liberty Bell is “a very significant symbol for the entire democratic world”
なお、ネルソン・マンデラについてはこのブログで2017年1月2日、11日、14日に紹介しています。
左はダライラマのようです。
1776年このリバティ・ベルの鳴り響く音で独立宣言がなされました。アメリカ独立を象徴するものです。その後奴隷制廃止のシンボルにもなり、全世界の自由のシンボルになって行きます。現在残念ながらこのようにひびが入り鳴らすことはできないようです。
このひびこそ現代社会のシンボル 全人類に真の自由がもたらされたときこのひび割れはなくなります
1790年~1800年フィラデルフィアはアメリカ合州国の首都になり州議事堂が国会議事堂となりますが、議員数が少ない「元老院」が2階を、多かった「代議院」が1階を議場として使用したため「上院」と「下院」と呼ばれるようになりました。
ニューヨークの次の観光地はフィラデルフィアでした。この地はアメリカ独立・建国の中心地であったのでそれに関連するものがたくさんあります。その中心がインディペンデント国立歴史公園です。
写真は1776年アメリカ独立宣言が署名され、1787年アメリカ合州国憲法が制定された当時の州議事堂、現独立記念館です。
「自由の女神」のあるリバティー島から約1km北にあるエリス島(東京ドームの2.5倍の面積)には1892年~1954年まで移民局があり1700万人の人たちがここで審査を受け入国が許されました。現在のアメリカ人の5人に2人がこの人たちを祖先に持つといわれています。現在は博物館になっています。ここへはぜひ上陸して見学したかったのですが、ここも残念でした。
フランスが、アメリカ独立100周年を記念して送られ、現在世界遺産に指定されています。台座部分からは93メートル、総重量は225トンです。右手のたいまつの炎は純金です。足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴しています。これも子供時代の憧れでした。
途中でエンパイヤステートビルに出会いました。私の子供時代のアメリカ文明憧れの象徴的存在でした。1931年から前回紹介したワールドトレードセンターが1972年にできるまで42年間世界最長の建物でした。私にとってアメリカ=エンパイヤーステートビルでした。子供時代の郷愁に浸りました。