事業仕分けは、不必要な事業や省庁で重なっている事業を廃止するか統合するなどして無駄を省くことらしいが、そんなことは当り前。それぞれの人件費を一般の会社並みに厳しく査定し、契約公務員を採用し、人件費を徹底的に少なくする。民間がやっていることとい同じ努力をするべきです。とにかく、公務員は甘やかされ過ぎている。国民が公務員にはなりたくないと思わされるほど、厳しい雇用条件にしてみたらどうでしょうか。そのくらいのことで公務員の仕事の質は、逆に今より高くなること請け合いです。民間を規制したり、邪魔をしたりする仕事を高級取りが威張ってやっていては、日本の再維新にはならない。
公務員に関しは退職金や年金についても、抜本的に今の制度と金額を御破算にしてから、ゼロスタートでやりなおしたらいい。国民誰もが反対しない。公務員がストライキをするなら、させておけばいい。いくらでも変わりに仕事をする契約社員を雇うことが出来る。そして、彼らでなくても、彼らがしている仕事は出来るということを証明したらいいのです。
外国で、ボランティア的仕事をしているので、報酬は無いに等しい、それでも、やりがいや、充実感は十分ある。ですから、前にも書いているが、国とか地方とかの行政に頼ることは無い。ずっと、頼ったことは無い。逆に、税金を払うことや各種許可をとるとか望まない義務を押しつけられて、私がすることに対し、足を引っ張られたことが多かった。それが無ければ、もっと自由に、私が望むことを出来たと思うし、今よりもっと多くの他の人たちに手助けができたはずである。
日本には制度としてまだ充実していないが、寄付制度を免税という方法で充実すべきだと思う。タイガーマスク現象は良い例だと思う。日本も捨てたものではないと思う。こういう気持ちを、政治家や行政は自分たちが予算の配分の権利を握る範囲を小さくしてでも、育てるという、気持ちの余裕が欲しい。
諫早の水門干拓事業などは、最初からなにもすべきで無かった。そこの、様々な欲がからんで、予算の分捕りと配分で人間を狂わせてしまった。同じようが現象があちこちにある。全て、無かった時に戻せばいい、出来ないところは出来るだけでいい。どうしようもないところはそこで止めればいい。反対と賛成が争うに決まっている。争いが決着するまで、行政は黙って見ていればいい。仕事は少なくなるし、行政の担当者もいらなくなり、減らせるし、契約や派遣で済ませる。良いことずくめである。予算を与える必要は全くない。文句をいうのは、お金の配分を欲しかった人だけである。そういう人は、前にも書いたが、税金を払っていない。
今日の風景 寄付 意思 欲張り