スモン石鹸初場所は、角龍の販売が絶好調だ。固形石鹸のみの販売でも独走している。
日本勢は、新商品シャンプー「松居の泡」を投入するが、リンス「船越の泡」との相性が悪く、売れ行きが伸びない。
「松居」と「船越」を両方使うと頭皮に決定的なダメージを受ける。
2番手につけている栃ノ進は、グルジアの出身で結局日本勢は伸び悩んだ。人気営業マンのエンドウが、一人気を吐いている。
エンドウは、姿かたちが美しく、販売セールストークも正統派だ。先場所の販売最終日、白鳳のぶちかましで気を失ったが、
その人気は絶大だ。筆者は、名門の「清見川」という営業名(しこな)を継いで欲しい。
さて、
奈良の斑鳩、法隆寺に行って来た。京都以外を紹介するのは出雲大社に続き2度目だ。
日本最初の世界文化遺産。言わずと知れた聖徳太子建立のお寺だ。
何度か、ここで紹介したが、立派な「贈り名」の人物ほど、悲しい死に方をしている。
崇徳天皇、安徳天皇、などが典型だ、そして聖徳太子。用明天皇の子。太子であればいつでも天皇になって良いはずだ。
しかし、太子のまま死んでいる。うまやどのみこ?その名前にも引っかかる。
最近は、実在すら疑われている。
この法隆寺、実は息子の山背大兄の皇子の蘇我氏による虐殺後、破却された。その後再建されたのが、
現存最古の木造建築物として今に残った。
伽藍建造物はほぼすべてが国宝だ。梅原猛先生は、「秘密の十字架」の中で、怨霊封じ込めのお寺と断じている。
伽藍配置
南大門、拝観の入り口。
世界遺産の登録記念石碑。中門は工事中。
中門には、中心に大きな柱があり、出雲大社同様、怨霊封じ込めの為と言う説がある。
五重塔、逓減率(初層から上への屋根が小さくなる度合い)が大きく東寺の逓減率の少なさと対照的だ。
屋根が6つあるが、一番下は軒である。(裳階とも言う)
金堂。これが最古の建造物。ここも裳階が美しく、板葺きで上層の瓦ぶきとの対比が良い。
平安時代の再建。薬師如来三尊像も国宝、時代が平安なので京都の仏像に近い趣だ。
霊聖殿
太子信仰の高揚によって平安末期に建てられた。国宝の太子像が秘仏。
命日の3月22日に開帳される。厨子が開いても暗くて見えないらしい。
あれ?京都広隆寺では、11月22日を太子の命日とし、御火焚き法要を行っている。
以前紹介したが、諸説あるのか?
太子の子孫か?
大宝蔵院。ここに宝物が多く展示されている。
大宝蔵院から見た伽藍。
建造物の精度は、平安時代とそう変わらず完成度は高い。
一方、仏像は救世観音始め国宝級の仏像は、中国・百済からの渡来仏が多く。唐風の色彩が強い。
切れ長の目に細身のお体が特徴だ。
広隆寺の弥勒菩薩などを経て、平等院の阿弥陀如来で日本独自の文化に至る。
平安時代の定朝や運慶・快慶の出現で国風文化が完成するまで待たねばならない。
法隆寺は600年代、平等院で1000年前後。この400年は長い長い政治的な混乱と闘争の歴史でもある。
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