ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

露と落ち露と消えにし

2008-02-19 22:05:01 | 
「おい、大丈夫か。B棟からサークル棟へ行くぞ」

H子とTを引きつれ、僕はもう上に上がらなくなった右肩をかばいながら、
A棟の1階フロアーから2階へ向かう階段を上っていくのであった。
額から、いや頭部からか、血液が滴れている。目に入るたびに、タオルで拭う。
H子も、よく闘った。こめかみに傷を負っているようだ。Tも足を引きずっている。

「Tよ。肩につかまれ」僕は、まだ自由の利く左肩を差し出す。
H子も右肩を差し出してTを支えている。

2階のA棟からB棟に向かう通路から構内を見れば、乱闘の凄まじさを思わせるに十分なほどの光景だった。
破壊された建て看板、角材、鉄のパイプ、ヘルメット、竹ざお、石礫、・・・
敵味方の所有物だったものがあたり一面に散乱している。

「あぁ、、やられてしまったな・・」
「いいえ、互角だったよ。よくやったと思うよ」H子が言う。

「そうか。それにしても汚い奴らだ。T、足大丈夫か」

Tは無言のままうなずいた。追っ手が来るかも知れない。早くB棟を抜け、
僕はサークル棟に向かわねばと気が焦っていた。
「多勢に無勢」という言葉がある。悔しいが、そういうことのようであった・・・


というような、夢を見た。半分リアル半分フィクションのような、そんな夢特有の物語であったが、久方ぶりに、手に汗を握る“悪夢”であった。
夢を見ても、この年になると夢の内容はすぐにおぼろげになりやがて消え去る。
だから、ここ3日間の病床にて、数え切れぬほどの夢を僕は見たはずだ。
けれども、強く脳裏に焼きついたのは、この夢のみである。

あの頃の僕たちの行動原理。

■類に生き類に死す   → 無駄死にの可能性
■自己犠牲の精神    → 無駄死にの精神
■自己否定       → 否定する自己をも否定する循環論の可能性
■プロレタリア自己解放 → 余計なおせっかい
■万国の労働者団結せよ → 更に大きなおせっかい

とんでもない勘違い、大いなる幻影に生きていただけだった。

僕たちより一つ、二つ前の世代の名言に「20代にマルクスを読まない奴は馬鹿者である。30代にまだマルクスを言っている奴はもっと大馬鹿野郎である」というのがある。
幸運にも、僕はその大馬鹿野郎にだけはならずに済んだようだ。

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