ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

十年の後

2008-11-15 22:34:19 | 




私の心が、あなたとの仕合せを、何故願わないことがあるかしら。
私は、それを、あんな昔から、あんなにちっちゃな女の子だった時から、
ずっと願っていたのだもの。
でも、私がそれを、あまりに願ったから……、
許される範囲を越えてまで願ったから……。
ねえ、あなたの腕の中で眠る仕合せ---、私にとってそれが、どんなに仕合せなことか、
あなたには判らない---。
でも、たとえどんなにそれが仕合せでも---、
その中ですべてを忘れ、これでいい、これでいいって呟きながら、
そのまま永遠に眠ってしまいたいほど仕合せでも、
たとえそうでも、でも、もし、それが、
世間から隠れなくてはならない仕合せだとしたら---、
もし、この間の晩のように、
世界中誰一人、私がそこにいることを知らないような仕合せだとしたら---、
もし、私が、そこにいることが、
世界中の誰にも知られてはならないような仕合せだとしたら---、
そうした仕合せの中で、一生、生きていくことは、人間にはできない……



『贈る言葉』の中に収められた『十年の後』という柴田翔の小説で、主人公に対し学生時代の恋人が告げた言葉です。
三十歳を過ぎて結婚を目前に控えた彼は、依然として己の青春の生への未練を捨てきれずにいる。

過ぎ去った青春時代への想い、そこでやり残こしたこと。
過去へ戻っていこうとしても、結局は、それぞれの生き方で今を生きていくしか仕方がない。
もはや過去へ戻ることはできない…。

学生時代の恋人ですでに人妻で子供もいる女性への愛情の〝うずき〟という姿を描くことでそんな荒廃の相を著わそうとした小説です。


今は流行らないけれど青春というものが純粋で無垢だった頃が確かにありました。
そしてそれゆえに人が一挙に荒廃へとすべりおちていった時代が……。



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2 コメント

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読んでみます♪ (*Cotton Rose*)
2008-11-17 16:14:37
「そうした仕合せの中で、一生、生きていくことは、人間にはできない……」

人が望む本当の幸せって
何なのでしょう?

何もかもを捨ててしまってでも欲しいものとか
現状のものを大切に守ることとか

人にとって手の中に残したいもの
どうしても手にしたいもの
物分りの良い選択や我侭な選択。

どれも自分が決めることだけど
「こうあるべき」が正しいわけではない気がします。

この本、読んでみたくなりました♪
本屋に行ってきま~す!
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無垢で純粋な観念 (dragon21)
2008-11-18 22:25:09
こんばんは、Cotton Roseさん。


「無垢で純粋な観念」なるものに囚われない限り、
人間の価値観など常時うつろいゆくものと、
最近は、半ば〝投げやり〟になっています。

幸せとか幸福感もまた、とても相対的で、曖昧で、
とらえどころがない様です。

『贈る言葉』はもしかしたら絶版になっているかも知れません。
古本屋には文庫本で結構置いてあるように思います。
時代背景は今と驚くほど異なっていますが、よかったら読んでみてください。
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