少し前になるが昨年2016年10月号の「新潮45」に宗教特集があった。気になる記事があったので読んでみた。
「今宗教に「救い」はあるか」 とのテーマでの特集である。以下のような記事が掲載されていた。
- 「反安倍」となった日本会議の母体「生長の家」藤倉義郎
- 慶大卒「日本人イスラーム預言者」を支える中田考 上条昌史
- 「反安保」で公明党に反旗を翻す創価学会員たち 西所正道
- 全国仏経会に圧勝した「アマゾンお坊さん便」 井上理津子
- 信者大激減時代の先にあるもの 島田裕巳
- 三分の一の「寺院消滅」で「葬式と墓」のこれから 鵜飼秀徳
これらの特集の中で島田裕巳氏の「信者大激減時代の先にあるもの」がまず気になったので読んでみた。
とにかく今は世界的に宗教界の艱難の時代のようである。世界的宗教のキリスト教会においても大変動が起きているし、イスラームの世界でも大きな変動が起きている。
キリスト教会の現状 ヨーロッパを中心とした先進国においてはキリスト教の力が衰え、教会に通う人たちは激減している。一方新興工業国(BRICs諸国)ではキリスト教の福音派が伸びている。これは現世利益や病気治癒などの宣伝によるいわばキリスト教系新宗教である。これらは経済成長著しい諸国では経済格差に取り残された人々が多くあり、そういう階層の人々に広まって行っているものである。中国でも「地下教会」や「家庭教会」が伸長しているのはこれらの宗教である。
隣国韓国では一時キリスト教会の伸長が著しく国民人口の30%を超えるまでになったが、今や韓国でもキリスト教福音派の成長は完全にストップして、どちらかといえばカソリックの方に改宗するひとが増えているという。
イスラームの拡大 いま世界で一番信者数を増やしているのはイスラームである。特にイスラーム人口が多いのはインドネシアで、世界最大のイスラーム国となっている。インドネシアは経済成長も著しい。またパキスタンのイスラームも増加を続けていて、近い将来この国が世界一のイスラーム国になるだろうと言われている。
このままいけば今世紀末にはイスラーム人口が世界一となりキリスト教の座を奪いかねない状況である。
「グーグルは神に代わりつつあるのか?」
さて、今日の宗教の衰退に関して面白い観点で指摘している人物がいる。それが米国オーリン大学のコンピューターサイエンス学科の教授アレン・ダウ二ー氏である。彼は米国内で特定宗教を持たない層がどれくらいいるかを調べた調査データをもとに、1990年から2010年の間に8%から18%に増えたことと、ネット使用者の増加に相関関係があると明らかにした。
これは直接に関連があるかどうかはわからないが、実際に人が困ったり悩んだりしたときに教会を訪ねるのではなくまずはネットで調べてみる。と言うわけだ。『ウォール・ストリート・ジャーナル』電子版は「グーグルは神に代わりつつあるのか?」という特集記事を載せた。
さて、イスラム圏の伸長が著しい傾向にあるということが明らかになっているが、これは東南アジアなどのイスラーム諸国の経済成長が著しいことと深く関連があると思われる。しかし、この経済成長があるレベルに達してくるといわゆる原理主義的なイスラームから、飲酒を認めたり、豚肉を食すると言ったことでなければ現実に寛容なソフトなイスラームが拡大していく傾向が強まってきている。
日本の宗教界の実情
さて、日本ではどうなのだろうか?日本では戦後の経済成長時代とともに新宗教が勃興し拡大したが、経済成長が頭打ちになりその成長が止まるとともに宗教団体の成長も頭打ちになり、今や完全に衰退の状況となっている。かつては大成長を遂げた新宗教教団が今では軒並みその信者数を減らしているのが実情である。例えば西日本に多くの信者を抱えて来た天理教は平成2年には180万人と報告されていた信者数が(『宗教年鑑』による)平成27年度版では116万人と25年間に三分の二に縮小してしまっている。創価学会に次ぐ巨大教団だった立正佼成会は同じ期間に634万人から283万人に減少している。そのほかの既成宗団も軒並み信者数を減らしている。創価学会は信者数827万世帯と発表していてこのところ変動はないが、かつての急成長の勢いはなく、実数は減って行っているのではとみられている。
既成仏教教団も軒並み信徒数を減らしている。東本願寺真宗大谷派は同じ期間に553万人から320万人に信者数を激減させている。西本願寺は信者数が増えていいると報告があるが、寺院数は減っている。
同じ特集の中で浄土宗の僧籍を持つ鵜飼秀徳氏の「三分の一の「寺院消滅」で「葬式と墓」のこれから」という記事では、深刻な寺院数の減少が全国で見られているとの実態が報告されている、地方の人口減少とともに閉鎖や掛け持ち、無住の寺院が増え続けているというのである。各教団とも最近20年間で、25~45%の寺院が閉鎖に追い込まれている。
都市化の波の中で檀家制度の崩壊も著しい。もう一つ別の記事 井上理津子氏による「全国仏経会に圧勝した「アマゾンお坊さん便」」にも見られる 葬儀のビジネス化も国民の宗教離れを象徴する事実ともなっている。
米国でもメガチャーチの衰退は著しい
いずれにせよネット化の時代はかつての巨大宗団の時代を終焉をもたらそうとしている。米国ではかつて一世を風靡したビリーグラハムなどの大復興師もその姿を見ることが出来なくなっている。メガチャーチと呼ばれた巨大教会は完全になりをひそめてしまっている。既成教団の衰退は米国でも深刻な事態を迎えている。
カリスマ的アイドルの時代からキャラクターの時代へ スマホやネットの普及はアイドル文化の世界でもカリスマ的なアイドルやスターの登場を許さなくなっている。一方的な大量情報手段の普及によるいわゆるマスコミの宣伝効果による大スターは登場することが難しい時代になってきている。今人々に受け入れられつつあるのはアイドルよりもキャラクターである。熊本大地震で大活躍したのが「くまモン」である。キャラクターはぬいぐるみでその中には誰が入っても「くまモン」になることが出来る。
安倍総理がリオオリンピックの閉会式に「マリオ」になって登場した。
この論文で島田裕巳氏は最後に、「キャラクターなら、私たちの目の前に現れ、しかも、私たち自身がそれに変身できるのだ。」と言っている。 「それはまさに多神教の神に近い存在である。宗教消滅は、多神教の復興に結びつくのかもしれない。」と結んでいる。
宗教の現状と未来・・・どのように展開していくのか時代の変化と共に、本来の宗教の果たす役割が問われている。
宗教教団が壊滅していく時代には、それでも人々の心を癒すなにものかが現れて、時代の要求に応えて行くようになるのだろう。
そういう先の時代を見据えていける宗教家、あるいは精神的復興の運動はその在り方や形式時代の変化とともに次の時代を形成していくに違いないだろう。
宗教法人[家庭連合」の未来は・・・?
宗教法人「家庭連合」はどのような道を歩んで行くのだろうか?今の時代の変化に応えられる力量を果たして備えているのかどうか?創始者の文鮮明師の教えが如何に優れていたとしても、その教えを継承していく人々の時代的感覚や、その時代にふさわしい「救い」への関与がなされなければ、教団としての命運は他の諸教団と同様、衰亡の道をたどるしかないのではなかろうか。
「宗教」とは何か?宗教に人々が求めるものは何か?あるいは宗教以外に人々の心を「救う」ものは何か?その求めるものに応えられるのが何か?その問題への答えを提供できたものが次の時代の主役になることだけは間違いなかろうと思う。
↓↓ 応援よろしくお願いいたします。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます