くろにゃんこの読書日記

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リチャード三世は悪人か?

2009年03月23日 | 海外文学 その他
「世界ふしぎ発見」というTV番組は、割合好きでよく見る。
数ヶ月前のことになるだろうけれど、ロンドンの特集をやっていて、ロンドン塔で二人の王子が行方不明のままで、シェイクスピアが2人の王子を殺害させたのはリチャード三世だとして稀代の悪人像を作り上げたと言っていた。
そう言われると、どんな悪人なのか知りたくなるのが人情というもの。
シェイクスピアは読みたいと前々から思っていたけれど、どれから読むべきか迷っていたという経緯もあり、「リチャード三世」から読もうではないかと発奮、さっそく図書館で借りてきた。
が、家に帰ってよくよく見ると、それは「エドワード三世」だった。
急いでいて「三世」しか見ていなかったのである。



がっかりしたのもつかの間、読み始めると面白くてあっという間に読み終わってしまった。
怪我の功名というやつである。
シェイクスピアがギリシア悲劇の影響を受けているということは聞いていたけれど、ギリシア悲劇にどっぷりつかっていた時期のある私にとっては、なじみのあるセリフの冗長さも心地よい。
ところが、この「エドワード三世」は長年シェイクスピアの作とは認められていなかったようである。
シェイクスピア作品と呼ばれているものには、シェイクスピアがその一部分を書いたものも含まれるというなかにあって、「エドワード三世」はすべてを一人で書いたのではないかと言われているらしい。
それも、ごく初期の戯曲となると、この完成度はすごい、シェイクスピアってスゲーとシェイクスピアのことを何も知らない私は感動したわけである。
だが、シェイクスピアの真価はもっと後年の作品になると発揮されるようで、シェイクスピア通の人にしてみれば、これでは満足されないようである。

エドワード三世は、シェイクスピア史劇のなかで父祖と崇められている存在であるらしい。
戯曲「エドワード三世」で、大きなテーマとなっているのは誓約であり、第二幕でソールズベリー伯爵夫人キャサリンによろめき、愛人にしようと企てるエドワード三世が、神の前の誓約か主従の誓約かで板ばさみとなるキャサリンのある行動によって(とても印象的な場面なのでぜひ読んでほしい)目を覚まし、よき王であることを示す。
「エドワード三世」は、百年戦争の発端から描かれているが、相手方フランスの王ジャンもまた、自軍には不利な誓約を守り、騎士道を示す。
予言や伝説的な戦いの場面を取り混ぜ、「エドワード三世」は気持ちよく読める史劇になっている。

エドワード三世の長男、皇太子エドワードは黒太子という異名を持つ英雄であるが、父王よりはやく夭逝してしまったため、黒太子の息子リチャード二世が10歳でエドワード三世より王位を継ぐ。
若年の王、それをとりまく強大な叔父たちとくれば、お家騒動が持ち上がるのも無理はない。
叔父の一人ランカスター公(第3子ジョン・オブ・ゴーント)の息子、つまりいとこのヘンリー・ボリングブルックが、リチャードを退位させ、ヘンリー四世となった。
これが元で、百年戦争の後、一国を二分するヨーク家とランカスター家の争い、すなわち薔薇戦争が起こるのである。
ちなみに、ヘンリー四世の跡を継ぐのは、その息子ヘンリー五世、その息子がヘンリー六世である。
ヘンリー六世の息子が皇太子エドワードで、その妻となるはずであったアンは、グロスター公リチャード、つまりリチャード三世の妻になる。
後に、毒殺されたとのうわさが流れるのだが。
ヘンリー六世を退位させ、追い落とすのがヨーク公であり、そのあとに王位につくのがヨーク公の長男エドワード四世である。

「ヘンリー六世」は第一部、第二部、第三部とあり、「リチャード三世」とあわせて、百年戦争の末期から、薔薇戦争終結までを描いている。
木下順二訳「薔薇戦争―シェイクスピア・『ヘンリ六世』『リチャード三世』に拠る」は、研究を重ねた末に4つの史劇をひとつにしたもので、場面や台詞を足したり引いたりしているため、先に別々に4つの史劇を知っているほうが楽しめるのではないかと思う。



「エドワード三世」は気持ちよく読めるものであるが、「ヘンリー六世」三部作と「リチャード三世」はそうはいかない。
一度約束した婚約を王は破棄するし、裏切りにつぐ裏切り、陰謀による処刑など延々と続く。
そして、兄弟であるクラレンス公を陰謀によって落としいれ、エドワード四世亡き後、王位につくのがグロスター公リチャードである。
リチャード三世は、これまで行ってきた裏切りや陰謀のせいで、誰一人信じることができない。
猜疑心は極限に達している。
そこに、救世主のごとくあらわれるのが、ヘンリー六世から後に王になるだろうと予言されていたリッチモンド伯である。
リッチモンド伯が兵をあげると、リチャードから味方は離れていき、ついには討たれてしまう。
リッチモンド伯は、死者を丁寧に扱い、徳の高さを示し、王位にふさわしい人物であることを知らしめる。

さて、このリッチモンド伯であるが、そうとう曲者である。
リッチモンド伯はなんと「エドワード三世」の冒頭にも登場する。
もちろん、称号であるから同じ人物であるわけはないが、フランスから亡命してきたアルトワ(リッチモンド伯)によって百年戦争の基礎は築かれ、30年続いた薔薇戦争はリッチモンド伯であるヘンリー・チューダーによって幕を下ろすのである。
なんとも壮大な構想ではないだろうか。
「ヘンリー六世」三部作と「リチャード三世」には、ところどころおおっという場面がある。
詳しくはウィキペディアなどで調べると出てくるし、挙げていればキリがないが、ひとつだけ挙げるとするならば、マーガレット妃がサフォーク伯の首を持ってヘンリー六世の玉座に控える場面である。
マーガレット妃という人物に魅力を感じた最初の場面だったからである。

リチャード三世は悪人か?
という議題だが、いろいろ歪曲されているんだろうなとは思うが、それなりにやったんじゃあないかと思う。
法外な税金を課したりすることもなかったようだし、よいところもあったんじゃなかろうかと。
まあ、シェイクスピアの作り上げた、リチャード三世の破綻していく人間像がすばらしいなと思うので、現実がどうあろうと別にどうでもいいかと思うことにした次第である。

エドワード三世
薔薇戦争―シェイクスピア・『ヘンリ六世』『リチャード三世』に拠る
シェイクスピア全集〈第5〉史劇 (1967年)
リチャード三世は悪人か (NTT出版ライブラリーレゾナント)


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2 コメント

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時の娘 (むぎこ)
2009-06-13 21:32:21
時の娘っていう本はご存じでしょうか?
安楽椅子探偵物です
世界史をやってないむぎこは
シェークスピアのリチャード三世のイメージが強かったので
この小説は目から鱗でした

それにしても日本の天皇はみんな名前が違うけど(後醍醐、崇徳、天智、天武、持統、聖武、後深草・・・うんぬん)
なんで外国のおーさまは
みんな名前が同じなんだ・・・とおもうのでした
むぎこの頭ではリチャードやらヘンリーやら・・・訳がわからなくなってしまうのでした。
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知ってはいますが読んではいません (くろにゃんこ)
2009-06-14 18:52:06
「リチャード三世は悪人か」に出てきます。
むぎこさんはお読みなんですね!

シェイクスピアの史劇には「ジョン王」がありますが、ジョン王は
あまりよい王ではなかったらしく、ジョンという名はその後王族には不人気だったようです。
リチャードとヘンリーは多すぎですよね。
見分けがつかん!
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