くろにゃんこの読書日記

マイナーな読書好きのブログ。
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未来のイヴ ヴィリエ・ド・リラダン

2006年01月16日 | 海外文学 その他
アンドロイドもの第2弾。
幻想文学系が好きな人は、一度は読んでみたいという本であります。
この本の初版本が出版されたのは本国フランスで1886年。
まあ、最近の書物でないことだけはご承知ください。
以前から、私も読みたいとは思っていたのですけれど、なかなか機会が得られず、
今回、よし、図書館から借りるぞ、と勢い込んで図書館に行ったら、岩波版と創元社版があり、岩波版は上下巻だったので、1冊で読めるほうがいいかなと創元社版「ヴィリエ・ド・リラダン全集 第2巻 (2)」を借りました。
家に帰ってから中身をのぞいて見ますと、なんと旧仮名でした。
でも、出版年は昭和52年なんですよね。
そんなに古くない。
創元ライブラリ版も正漢字・歴史的仮名遣いって書いてありますね。
ああ、訳者も斎藤磯雄で同じだからか。
岩波版だと違うのかな。
このところ旧仮名で読むことが多かったので、多少漢字が読めないものもありましたが、わりとスムーズに読むことができましたし、旧仮名ならではの表現が、威厳のある古めかしさやきらびやかさをかもし出していて、雰囲気たっぷりです。
アマゾンでみてみたら、この本、ユーズドで21000円。
高価格にビックリ。

リラダンはフランスの作家。
私はあまりフランス文学を読んでいませんが、フランス文学の印象といえば、回りくどい。
文章を通して、思想なり哲学なりをブッってくるんですが、それが何度も繰り返される。
本題に入る前が異常に長い。
読みにくい部分をあげつらってみましたが、これは個人的な感想なので許してください。
しかし、そこを読ませ、また、読み込ませるのが傑作であると思います。
「未来のイヴ」は、その部分が後半かなり重要になってきます。

「未来のイヴ」は、長い物語ですが、登場人物は多くありません。
発明家のエディソン氏は、あのエジソンですが、著者の創作の人物と思ってください。
そのエディソン氏のところにエディソン氏が困窮していたときに
助けてくれたエワルド卿が現れます。
エワルド卿は、ある女性に恋をしています。
その女性は、ミロのビーナスのような輝かしい容姿をしており、物腰も優雅な舞台女優です。
そこに一目ぼれをしたのですが、その内面があまりにも俗物であるために、エワルド卿は幻滅を感じますが、それでも、その容姿に惹きつけられる自分に思い悩みます。
一途なエワルド卿は、自ら死を選ぼうという決心をエディソン氏に語るのですが、エディソン氏は渡りに船とある計画を持ちかけます。
貴方に理想を差し上げましょうと。

その理想とは、エワルド卿が恋をしているその女性、
ミス・アリシア・クラリーの外見を厳密に写した人造人間のこと。
人造人間の受け答えは、文学上のあらゆる優れた点を兼ね備えた、
知的で神秘的なものになるという。
エディソン氏はメフィストフェレスよろしくエワルド卿に誓約をせまります。
そして、エワルド卿は、アリシアの容姿を与えられる女性の骨格ともいえるべき人造人間に地下室で対面します。
地下室へ向かう2人は、まるで黄泉の国へ旅立つオルフェウスかイザナギか、
ウェルギリウスとともに向かう地獄かといったところですね。
記憶円管を持つだけの彼女、ハダリー(理想)の不可思議な言動に心を奪われるエワルド卿。
そこには、秘密があるのですが、これは、エディソン氏が人造人間を作ろうと思った動機、ある女性のために身を持ち崩した友人アンダーソンの夫人に関係しています。
また、ハダリーの身体を一つ一つ解説していくさまは、人間の身体は物質で構成されており、魂はそこにはないことを物語っているようです。
では、魂とは何ぞや?

小説中では、現実にどれだけの真実があるのか、真実とは幻影に過ぎないのではないのか、
という哲学が繰り返し語られます。
これが引き金になり、エディソン氏の何でも電気で解決できるという、ある意味科学的でマッド・サイエンティスト的な傾向と、後半の非現実的なオカルティズムを受け入れやすくなり、小説世界へといっそう引き込まれます。
また、夢見る男性の理想の女性像は、外見的な美しさと神秘的な心を持つ、到底生身の女性には達し得ないもので、多くの女性からのブーイングが聞こえてきそうですが、神の御手の仕業か、はたまた偶然によってか、最終的にアンダーソン夫人は、理想を夢見る男と理想を作り出した男、そして男を惑わせる女に復讐を果たします。
女は怖い。
余談ですが、エディソン氏が人造人間製作を極秘裏に行おうとして、外界を遮断する場面での大騒ぎが、とてもユーモラスで面白かったです。

↑の創元ライブラリ版未来のイヴの装丁は1957年にフランスで刊行された本の中の挿絵でジャック・ノエルという人によるものらしいです。
ステキですよね。
日本での初出は昭和12年で、白水社だとか。
白水社というのに納得。

人造人間をウィキペディアで検索すると「アンドロイド(android)はヴィリエ・ド・リラダンの小説『未来のイヴ』に初めて登場する。「男性」を意味する andro と、「もどき」を意味する oid (接尾語)の合成語であり、アンドロイドは厳密には男性を指すため、女性型人造人間はガイノイド(gynoid)と呼ばれる。」と書いてありました。
厳密には、女性型をアンドロイドとは言わないようですが、男性の理想は、やはり男性に属するということでアンドレイードという名称を使ったのかしら。
邦訳では、アンドレイードという名称は一回しか出てこないんですけど。
女性の手の試作品についてのところです。
詳しく知っている方、ぜひ、教えてください。


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6 コメント

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リラダン (ego_dance)
2006-01-17 04:17:29
くろにゃんこさん、こんにちは。私もリラダンは大好きです。ポーをもっと過激にしたような絢爛豪華な象徴主義的幻想作家、というのが私の印象です。旧仮名遣いは最初は読みづらかったですけど、リラダンの世界にはぴったりだと思いました。



最初これを読んだ時は、長い小説のわりに作中の時間の経過が短いのに驚きました。エディソンが語る観念的な部分がえらい長いですよね。そういう意味では人造人間という題材を使って展開する科学小説というより、人造人間というアイデアについて語る、観念的な小説という気がしました。SFの先駆というよりやはりポーの象徴主義に近いような気がします。最後のハダリの末路なんかも、ロマン主義の香りがして良いです。



ちなみにリラダンを読むといつもギュスターヴ・モローの絵を思い出します。



「残酷物語」という短篇集もあって、私はそれと「イブ」しか読んだことありませんが、「残酷物語」も絶品です。石川淳が座右の書として手放さなかったそうです。絶版なんですよね。私はどうしても読みたくて古本を買いましたが、日本だと図書館に行けばあったりするのでしょうか。だとしたらくやしい。
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ありますね (くろにゃんこ)
2006-01-17 09:04:12
図書館には、リラダン全集がありますから。

「残酷物語」は、リラダン全集1巻ですね。

今度借りてみましょう。



ギュスターヴ・モローの絵画、↓で見てみました。

http://www1.odn.ne.jp/~cci32280/ArtMoreau.htm

個人的な趣味ですけれど、オルフェウス、いいですね。

きらびやかななかで、静止しているような静けさが素敵です。

絵画って、実物だとまた違った印象を受けますよね。

いつか、美術館めぐりとかしてみたい。



「未来のイヴ」は、SFとは違いますね。

アンドロイドという言葉を始めて使ったというところはSF好きには見逃せない点ですが、これを読んでガッカリしたという人もいるんじゃないかと思います。

SF的展開を希望するならば、ハダリーをもっと登場させるべきだし、アンドロイドとしての特性をもっと強調するべきですよね。

でも、ハダリーは観念的な存在となるし、おっしゃるとおりだと思います。

ロマン主義の香りは、全体からも伺えますね。

エワルド卿の貴族っぷりとか、ちょっと滑稽なところがいいですね。

フランス人が感じているイギリス貴族のイメージってあんななのかなぁ。
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偽者だと気付かないなら取り替えたっていいじゃない? (Itou.T)
2006-02-01 00:47:32
こんにちは。

この小説、私が好きなところは(冒頭のエディソンの長々と憂鬱な独白もいいのですが)、クライマックス、ハダリーの完成にアンダーソン氏が呼ばれて、アリシアの告白を受けるくだりです。そりゃ縊り殺したくなりますわー



androidの件ですが、manが、英語で「人」そのものをも指した(と過去形で言うべきでしょうか)ように、androもギリシャ語で人間そのものも指すようです。

印欧語の男女差別(笑)はおいといて、初めてこの語を造ったリラダンは、あえて女性gynoを選ぶほど深く考えなかったのかもしれません(なにしろ、この造語がSFというジャンルに大きな影響力を与えることになるとは想像できなかったでしょうから!)。この発明は、機械装置としては無性でありますし、作品上で「イヴ」──男から造られた者に準えたことから来ているのかもしれません。もちろん、リラダンの性格によるところも大でしょうけど。

真実は知りませんが、こんなところかなと想像する次第です。

なんとも、女性に勧めたり面白いと言ったりするのはちょっと躊躇う小説です。



遅ればせながら、トラックバックさせて戴きました。コメントありがとうございます
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ありがとうございます (くろにゃんこ)
2006-02-01 19:43:25
アンドロイドという言葉は、一般的に人造人間の総称として使われていますよね。

男女の関係なく。

私もず~っとそう思っていたのですが、ウィキペディアの記事を読んで、ああ、そうなのか~、私って思い違いをしていたのかしら、と思ったんです。

そういえば、ガイノイドとか、ヒューマノイドという言葉も使いますよね。

それに、私はアンドロイドは生物学的なイメージが強かったんだけど、どうやら違うみたいだし。

まあ、いいんですけど。

私的には、アンドロイドって響きはヒューマノイドよりも好きなので、ポリティカルコレクトネスなんてこの際、ほうっておきましょう!



そうですよね~。

リラダンはこの造語がこんなにメジャーになるとは考えていなかったでしょう。

女性に勧めるのはどうかな~と私も思いますね。

まあ、エディソン氏の陰鬱な独白に付き合える女性なら、多分、最後まで読めるでしょう。

最後まで読めば、なんだと~!とお怒りの女性も納得するのでは。

あ、でも読み込みが必要かも。
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斎藤磯雄譯 (pyrrhon)
2007-01-31 00:33:51
初めまして、こんにちは!
未来のイヴ、面白いですよね。
エディソンに熱のこもった人造人間解説させておいて
黙々として身を震わせるリラダンはスゴいものがあります。
アンダーソン夫人も怖いですが、リラダンも
ついでに表紙絵も私はこわいです。
素敵ではありますが、エディソンが肉付け前のハダリーをエワルドに見せなかったのも納得できます。
斎藤磯雄さん譯がもっと読みたくなって全集を買おうかと思いましたが確かに高いですね。
高すぎます(w_-; ウゥ・・。。。。
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名訳ですね (くろにゃんこ)
2007-01-31 09:52:07
このところ、昭和初期に翻訳された本を読む機会に恵まれたこともあって、旧仮名を読むことがあるんですが、斎藤氏の訳は時代がかったきらびやかさが引き立つ訳ですよね。
全集は確かにお高いですが、こまめにチェックすればお安く買えることもあるかも!?
リラダンは岩波文庫「フランス短篇傑作選」の「ヴェラ」を読んでいますが、こちらも良かったですよ。
どうもロマン主義というのは読者を選ぶようで、北村薫「空飛ぶ馬」の<わたし>のように「ヴェラ」を読んで震えるほどの感覚を覚える人と、別にどうってこともない人がいるみたいです。
私は<わたし>と同じ感覚に襲われるほうでしたが、いつまでもその感覚を忘れないでいたいと思っています。
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